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天国のお土産  作者: トニー
第六章:遠足に行こう
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6-22. 雪猿鬼

 二転、三転して、その度、凍てついた山肌に衝突した。

 身が裂かれ打ち削られて激痛が走る。だが、堪えられないほどじゃない。


 意識の焦点を合わせ、隠形の発動を試みた。失敗、失敗、ようやく成功。

 見えない力から解放されて、身体から重さがなくなる。跳ね転がっての落下が停止し身体が宙に浮いた。

 周囲を見渡し、踏ん張れそうな場所を探す。適当な場所で実体に戻り、一息をついた。


「やってくれるぜ。……おいミイ、さっきの奴等はどの辺りだ?」


 忌々しく、山頂の方面を見上げて尋ねる。

 一回一回のバウンド間隔が長く、だいぶ滑落してしまったようだ。

 だからこそ途中で隠形に入る余裕も作れたわけだが、登って戻ろうと思うならかなり怠い作業になるだろう。

 とはいえやられっぱなしというのも癪だ。最近どうも負け癖が付いている気がする。ここらで立て直しをはかりたいもんだ。

 だがそれも相手の居所次第かとミイに尋ねれば、応答がない。どうやら、落下の恐怖と衝突の激痛で、目下完全に失神中のようであった。つくづく役に立たねえ道案内だな。


 仕方ねえ。舌打ちをして、反撃は諦めた。

 腹立たしいが、遠目には岩にしか見えない連中だ。雲に覆われ、見通しの利かないこの土地で、落ちた距離をもう一度登って、奴等を探し回るってのは、どうにも怠過ぎる。

 余り食いでがありそうでもなかったしな。いいだろう、ここが奴等の生息地だというなら、同じようなのが他にもいるはずだ。リベンジは、次に遭遇した奴にさせてもらうとしよう。奴等にも個体差くらいあるんだろうが、俺には見分けられるもんでもないだろうしな。


 ミイの案内がなくなったので、どちらに向かって降りていけば良いのかもよく分からん。

 まあとりあえず下に向かえば良いんだろうさ。上から来たんだからな。

 そんな感じで、適当に山下りを再開させた。


「しかし、食えそうなものがねえ山だな」


 だいぶ長い時間、メシを喰っていない気がする。しかし、ぼやいてはみたものの、不思議なことにそこまで腹は減っていない。空腹は空腹なのだが、いつも通りに空腹なだけだ。

 隠形は、燃費の悪い能力だったはずだ。あれを何度も使うと、それこそ食うこと以外何も考えられなくなるくらいに腹が減る。これまではそうだった。

 ところが今は、それこそ何度も使っているのだが、どうしたことか普段よりもまだ余力がある。心当たりはないでもない。

 余り心地のいい話でもないが、あの古代竜だろう。だいぶ汚え唾液を飲まされたからな。なんかそのせいじゃねえかって気がする。

 レベルアップとかランクアップとか言うのをしてんじゃねえかと思うんだが、よく分かんねえんだよな。見てくれはそう変わっちゃいないと思うが、鏡が欲しいぜ。

 あれだな、フレデリカが言うには、Bランク以降はレベルアップやランクアップが難しくなるって話だったが、随分と栄養豊富な唾液だったのかね。タンでもちょっと囓っておいたら、もしや次の種族に進化もできたんじゃないか? 惜しいことをしたかもしれん。カニーファの姿で歯が立ったとも思えないが。

 そういえばミイの奴に文句を言うのを忘れていたな。竜に喰われている最中、隠形なの、隠形を使って抜け出すの、とか間抜けに連呼してやがった件について。夜叉の姿じゃなきゃ使えねえわけで、お前が着せた鎧が窮屈だったせいでこの姿に戻れなかったんじゃねえか。あんときゃ声が出せなかったから、後で文句を言おうと思ってたんだが。


 ようやく雲がかっていた辺りを抜けた。靄が晴れて、視界が開ける。

 ミイはまだ気絶中だ。いい加減起きたらどうなんだ。俺が手前をひっぱたけば、もしからした痛みで起きるのかも知れないが、まあやりたかねえな。俺も痛いわけだしな。

 左手に提げていた円盾を横に振るって、飛来してきた何かを弾き飛ばした。ふむ、いちいち避けなくていいというのは、やはり中々に便利なものだな。


「聖地を汚ス! 何者カ!?」


 次には誰何の怒声が飛んできた。さっきのは投げ槍か何かだったらしい。

 まず攻撃とは、中々に剣呑だ。そっちがそういうつもりなら、こっちも遠慮は不要だな。

 声の聞こえた方に目線を向ける。人間大ほどの白い毛むくじゃらが一頭いた。俺から見ればふた回り程も小柄だが、さっきの岩擬き共よりは可食な部位が多そうだ。

 右手の鉈を握り直す。さっきはガッカリな結果だったが、次は頑張りますよと言わんばかりに光っていやがったのを汲んで、転がっている最中も手放さずにいてやったんだ。

 相応に働いて貰いたいわけだが、あの時のぼんやりとした光は今は消えていな。今度も役に立たないようなら、まあ邪魔だし、適当に捨てていくとしよう。

 俺が上方にいて、毛むくじゃらは下方にいる。その高低差を飛び掛かって一気になくし、その勢いのままに鉈の刃を振り下ろした。


「ヌグゥ、狂い鬼の、類カ?!」


 それなりの速度で振るった斬撃だったが、惜しくも避けられる。

 滞空時間が長すぎたかな。まあいい、そう何発も躱せそうな感じでもなかった。

 しかしこの毛むくじゃら、自分から仕掛けてきた分際で、反撃を喰らったら俺をイカレ呼ばわりか。大分いい性格をしているようだな。


「吾は聖地の護り手、、、大いなる黒よ、御加護ヲ!」


 なんかブツクサと唱えたかと思うと、毛むくじゃらの雰囲気が変わった。

 目が青白く光っている。また妙な能力持ちか。面倒だ。大人しく喰われろよ。

 横薙ぎに振るった大鉈が、今度は目にも留まらぬ速度で躱された。おまけにどう動いているんだが、鉈を振り切る前に反撃の蹴りが飛んでくる。

 その蹴りは盾で防いだが、なんだコイツ。めちゃくちゃ早いな。王都のコロシアムで戦った昆虫並みか?


「やるじゃないか」


 思わず感嘆の声を上げると、相手の毛むくじゃらが意外そうにこちらを見た。

 青白く輝く目が、動く軌跡に残光を引いている。分かり難いが、毛むくじゃらの体躯もなにやら淡く発光しているか?

 蹴りの威力は、俺が片腕で受け止められきれる程度だったことを考えれば、敏捷さ向上の能力なのかね。


「……キサマ喋れるのカ! ならば答えヨ! 何者であるカ!?」


 んん? 喋る速度も速くなってんな。随分と金切り声に聞こえるぜ。

 ま、問い掛けられたからと言って、返す義務もないだろ。無視して再度斬り掛かる。

 当たんねえなあ。器用に避けやがる。俊敏さは明らかにあっちが上だ。

 だが戦闘技能じゃ俺の方が優秀だな。足運び、体捌き、相手のそれは単純すぎる。目には留まらなくとも、予測可能であるなら同じ事だ。


 お互い、攻めて避けての応酬になった。相手は素手だ。俺も別に鉈での攻撃にこだわりはない。右と見せかけて左、盾で殴りかかって、それも避けられる。

 バカめ、ここだ! 避けた直後で動きの止まった相手に、追撃の蹴りを叩き込んだ。手応えあり。そこそこ豪快に、蹴り飛ばすことに成功した。


 蹴り飛ばされた毛むくじゃらは身体を丸め、大分角度がついて緩やかになってきていた山の斜面を転がっていく。おい、つーか待てや。そのまま逃げるつもりじゃねえだろうな。

 転がり状態から立ち上がった毛むくじゃらは、一瞬こちらを睨み付けたかと思うと、背を向けて案の定で遁走に移りやがった。かー、やっぱりかよ。

 しくじった。一撃を食らわせたのに満足して、逃げに入ったのを傍観しちまうとは。だが、逃がさねえよ畜生め。追いかける。そう何度も夕飯を取り逃してはたまらない。


(ギャーッ、なにやってるのギーク! やめ、止めるの! 離れるの!!)


 耳元というか、頭の中で、唐突に大音量を鳴らされた。

 思わず顔をのけぞらせ、奥歯を噛み締めて顔をしかめる。捕らえた獲物が、泣き喚いていた顔のまま、目をぱちくりとさせて、そんな俺を不思議そうに見たのがわかった。


(さ、さ、サイテー、サイテーなのギーク。これ以上なく見損なったの! 僕がちょっと気を失っている間に、こんないたいけな女の子を組み敷いて、ふ、服をはぎ取るなんてッ)


 服? なんのこっちゃ。コイツは元からこうだったよ。

 捕らえた毛むくじゃらを見る。逃走途中で加速の効果が切れたらしく、急に動きが悪くなった。そうなれば簡単だ。再度の加速はやらせないよう隙なく追い詰めて、地面に押し倒しマウントポジションを取ったと言う状況である。

 みっともなく命乞いを始めやがったから、喉を噛み潰して窒息させれば静かになるだろうと大口を開いたところで、ミイの罵声が鳴り響いたのだ。


 女の子?

 捕らえた夕飯を観察する。毛むくじゃらだ。服なんてもちろん着ていない。ただし身体の前面、顔から下腹あたりにかけてまでは毛が薄い。まあ、そういう生き物は多いよな。

 雌なのかね。両腕を押さえつけているので、当然に曝け出されている胸を見る。言われてみれば、少し膨らんでるようにも思えるが、これを乳房と言うには、カニーファのそれとは比較にもならない。男でもこれくらいの奴はいるだろう。股の方はどう、、、

 ガンッ! 俺の右手が唐突に跳ね上がって、かなり痛烈に俺を殴った。


「ツガッ、何しやがる!」


 もちろんミイの仕業に違いない。

 俺が抗議の声を上げると、ミイがそれに倍する大声で怒鳴ってきた。


(見損なったの! 見損なったの! 見損なったのーッ!! なんてことするの! はやくその子から離れるの!)


「莫迦なことを。せっかく捕まえた今晩のメシだぞ。逃げられちまうじゃねえか」


 そう応えると、ミイは悪口なんだか何なんだか、最早意味も不明な奇声を上げて喚き散らし始めやがった。あー、うるっせえなあ。


「わかった、わーかったよ。おい毛むくじゃら、助けて欲しけりゃメシを寄越せ。そうすりゃ見逃してやる。出すもの出さねえってんなら、お前が俺に喰われる。単純な話だ。どっちがいい? 好きな方を選べ」


 俺の右手が俺の意思に反して拘束を解いてしまったせいで、毛むくじゃらの左腕は自由になっている。毛むくじゃらは、地面に解放された方の手を付いて、上半身を僅かに浮かせ、なにやらマジマジとこちらを見詰めてきた。


「……頭の中デ、声ガ? 御遣様?」


 俺がミイに妥協して、わざわざ親切にも提示してやった選択肢をガン無視し、毛むくじゃらの雌猿は、何のつもりかそんな言葉を口にした。

 誰だよ御遣様。そんなやつはここには居ねえよ。

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