6-20. 宝の山から選んだもの、なの
風雪舞う中を、それなりの時間、うろうろと探し回った。
しかし、人里に通じる道らしきものはまるで見つからないままだ。
かつては存在したが、すでに氷雪が塞いでしまったのか。それとも、なんらかの方法で隠されているのか。そんなもの、もともと存在しなかったのか。
どれなのかは分からないが、そのどれであっても、僕らには意味のない事だった。
(この崖を、よじ登る……)
ここは、やはりきっと火口なのだろう。四方は崖に囲まれている。
切り立つ岩肌を見上げて、僕は呟いた。
このまま抜け道を探し続けても、徒労に終わる予感しかしない。
ならばやはり、これをよじ登るしかないのだろうか。
「……登ってみるか? じゃあやっぱり、これは棄てていっていいな?」
右手に持った大鉈を、手首のスナップで軽々と振るいつつ、ギークが言った。
いいわけないだろ! 口にでも咥えとけ! とりあえずで僕は怒鳴りつけた。
僕らをこの凍てついた火口に略取してきた主犯、古代竜アイスレクイエムが、素っ気なくゴミだと言い放ったのは、いつかの時代に彼に挑み、力及ばず敗れ去った、勇者達の遺物に違いなかった。
そうと認識した僕が、少々我を忘れてはしゃいでしまったのは全く当然である。
(これはもしかして、もしかするの! 古に失われたという、伝説の宝剣なの!)
(これ! これはもしや、教会秘蔵の? じゃあ大聖堂に祀られていたアレは……)
(鎧に刻まれているこの紋章……、これは事件なの! スクープの臭いがするの!)
たとえ、使用者諸共で痛めつけられ破損して、長い年月手入れもされず、往時の輝きを失ってしまったとしても、元はそのどれもが超の付く一級品、その時代その時代に於いては、およそ至高であったに違いない品々だ。
意匠を何処かで見た、銘を何処かで聞いた武器や防具が、巣穴の隅には山と積まれて無造作に打ち棄てられていた。
それは、とてつもない宝の山であった。
「どう見てもただのガラクタじゃねえか」
興奮の余り有頂天だった僕に向かって、ギークは言った。
何てバカな。この歴史的な大発見を前にして、どう言うつもりなのか。
時代が時代なら、この剣どれか一本の献上で、爵位所領が貰えて不思議じゃないぞ?
ギークの無感動さに反発して、僕は怒濤の勢いで熱弁を振るった。
良いかよく見るがいい、例えばこの直剣! 今はちょっと刀身が半分くらいになってしまっているようだけれども、神代の名匠と名高いドルア=フェビリスの作に恐らく間違いないだろう。時の教皇が、聖人ダン=某(忘れた)に、人間界を脅かす邪悪な竜王、これを征伐せよと下賜したとされる宝剣である。レプリカのはずはない。きっと本物だぞ!
「いい加減にしろ。折れた剣になんの価値がある」
しかし、僕の熱意はギークにはまるで通じなかったようだ。
ギークの反応は極めて悪かった。
そういう事じゃないんだよ。
これだからギークはねー、困った奴だ。
もうね、このすごさってば、どう表現したらいいだろう。
とにかくすごいことだ。すごいんだよ!
(これ! これ全部もらっていいのね? 竜に二言はないのね?!)
そわそわと念押しをする僕。
グクゥー、スー、クー、グクァー。
返ってきたのは寝息だった。
いや、この古代竜、寝るの早いわー。子供かよ。それとも爺か?
まあいいや!
すでに言質は得たのだ。何を遠慮することがあるだろう。
「持って行けるわけがないだろう。バカなのか?」
俺の腕は二本しかないんだぞと、ギークが冷淡に言い放った。
冷酷非道なギークの言に、僕の意識が硬直する。
(え? な、なにをいっているのギーク、なの。まさか僕に、この宝の山のどれかを諦めろとか、そんなことを言いたいの? 出来るわけがないの!)
愕然と叫ぶ僕に、畜生ギークからの無道な侮蔑が突き刺さる。
「こんなものを両手で山と抱えて、まともに動けるわけがない。ここから最寄りの人里まで、徒歩で何日かかるか分からんのだろう?」
とんでもない僻地に連れてこられてしまったらしいと言うことは、既に告げていた。
<<地図>>を見れば、周辺に踏破済みの土地は一切ない。
位置の大体の目安としては、まず陰府に繋がっているとか言う廃坑道と、エデン辺境伯領の首都であるエデナーデを、線で繋ぐ。それとほとんど同じ長さの線を、後二本使って正三角形を作ってみる。北を上にしたその頂点の位置が、大凡の現在地点だ。
王都までの距離、目算で、えーと、真っ直ぐ移動できたとしても、数日じゃ済まないだろうね。うん、とんでもない僻地である。ドラゴン平原の更に北西。普通に魔境だ。
(ギークには、物の価値が分からないからそんなことが言えるの! 見るの、そこなる宝鎗は、刀身の銘と柄の意匠から察するに、かの英雄王が第一の騎士……)
呆れかえったという口調のギークに、僕は更なる説得を試みる。
「どうでも良いが壊れているよな? 食えるわけでもない、そんなもの持ち出して、お前は何がしたいんだ」
ええい、これが人間とモンスターとの、埋めがたい価値観の差というものか。
伝説だよ? 伝説の武器だよ? 伝説を何だと思っているのか!
その事実だけで、持ち帰らなければいけない義務を感じるだろう!?
どうしてくれよう。
なにかよい方法はないかと、僕は必死に考えた。
アイスレクイエムはいよいよ完全に熟睡し始めたようだった。鼾が五月蠅い。
この古代竜を言いくるめて、宝の山と僕らを人里近くに運んでもらう?
いやあ、ダメだね。全然ダメ。何故と言ってこの古代竜、手加減を知らない。
壊れ物や、貴重品なんて、とてもじゃないが預けられない。
スケールが違うから、仕方ないのかも知れないけどね。
僕らはアイスレクイエムに攫われて、此処に連れ込まれたわけだ。
アイスレクイエムには、僕らへの殺意とかは、全然なかった事が分かっている。
全然なかったにもかかわらず、ギークは少なくとも五回六回は殺されている。
全部、アイスレクイエムの口の中での出来事だ。
なんというか、バッタを捕まえた事って、あるだろうか。
ミアは小さいとき、結構おてんばさんだった。
中庭に居たバッタを捕まえて、メイドさんに見せびらかしに行ったりしたものである。
その時のミアには、当然だけどバッタに対して殺意とかは全然ないわけだ。
純粋純真に、珍しいものを捕まえたっていう思いだけである。
殺意どころか害意もない。
けれど捕まえられた側は、口からブクブク血を噴いたりしちゃうわけである。
胴は滑るので脚とか摘まめば、もげちゃったりもするわけだ。
ミアはものすごーく加減しているつもりでも、捕まった側からすればとんでもない。
スケールが違う相手のことは、思い遣るにも限界がある。
そんなつもりがなくったって、ついうっかりで損ねてしまうわけである。
同じ話なんだろう。
アイスレクイエムに僕らを殺める意思はなかった。
話し相手を見付けて喜んでいる風だったし、危害を加えるつもりさえなかったのかも。
しかし実際には、ギークは何度も死んだ。殺された。
竜舌に揉み潰されて全身骨折。全身甲冑はベコベコのボロボロだ。
撫で摩られて鑢掛けくらったかのような出血多量。圧迫死。あげく窒息死。
途中で失神しちゃったので、結局何回死んだのかも正確なところは分からない。
ギークはそこそこ頑丈な方だと思っていたけど、まあ関係なかったね。
意識を取り戻せば、推定心配そうにギークの容態を伺う竜一頭。
そんな感じで、先刻の愚痴地獄は始まったのだ。
「こいつにしておくか」
僕が考え込んでいた間、ギークは使えそうな弓矢の一式を漁っていたのだが、適当なものを見付けたらしい。
アイスレクイエムに呑まれた際に、これまでギークが使っていた、ド田舎の騎士宅から拝借してきた長弓は、無残に噛み砕かれてしまったということだ。
その代わりとしてギークが選んだ弓を見て、僕が呟く。
(これまでのとは、だいぶ形が違うの。使えるの? なの)
弓は元々は騎士の武装ではない。だから、僕は弓という武器には余り詳しくない。
細かい形状の違いが、使い勝手にどう影響するかとか、そんなことはまるで語れないが、しかしそれでも、全長が半分にもなれば、それは全然違うだろう事は想像できた。
壊れた長弓の代わりにギークが選んだのは、短弓と呼ばれる種類の弓だった。
古代竜に挑む、伝説級の武器を振るう勇者達の一員が持っていただろう品である。これはこれで、きっと一級品には違いない。
今後はそれを使おうと言うことについて、特に反対するつもりはない。ただ、使いこなせるのかが気になったので、訊いてみたわけである。
「カニーファが元々使っていたのは短弓だ。だから扱い方の知識はある。練習は必要だろうが、まあすぐに慣れるだろう。他に、弦込みで一式揃っているものはなさそうだしな」
まあ、ふーん、という感じ。
ギークが良いなら、それについては別にこれと言っての意見はない。
「では、ひとまず此処を離れるか。フレデリカを連れてくるってのは、本気か?」
いやいやいや、ちょっと待たんかい!
弓はまあ良いとして、他の武器とか防具とか、こんな所に置いては行けない!
ギークが踵を返そうとしたので、僕はふざけんなと引き留めた。
「さっきから言ってんだろうが。持てねえよ。そんなにこのガラクタの山が回収したいんだったら、それこそフレデリカを連れてきて<<収納>>させるしかねえだろ」
断固たる反論を喰らって、言葉に詰まる。
そうなんだよなー、フレデリカがいれば話は早いんだ。
アイスレクイエムには連れてくると答えた。
しかしそれは、面倒くさくなったので適当答えただけだった。
けれども、これは本気で連れてくることを考えるべきだろうか。
合流さえできれば、この場所も<<地図>>に記載はされているわけである。フレデリカの<<転移>>でひとっ飛びのはずだ。
手間としては、それほどのことはないと思われる。その後はフレデリカの面通しで、やっぱり人違いでした、ではお暇します、でお終いだ。
(……仕方がないの。とりあえず、今全部を持ち帰ることは、ひとまずは断念するの)
暫く悩んで、結局僕は折れることにした。
無理に持ち運ぼうとするのは、道中で落としたり失くしたりするリスクがある。
そうなってしまっては悔いても悔やみきれない。
(でも、それはそれとして、ギークも弓以外の武器をひとつふたつ、使うことを考えても良いのではないかと思うの。折角だから、どれか選ぶの)
全部を持ち出すことは断念した上で、僕はギークに提案をした。
やっぱりギークも、剣の一本くらいは持っておくべきだと思うのだ。
「何故だ?」
この爪で十分だ。
ギークは手の平を上に向けて、夜叉の鋭利な爪を見せつけた。
「いや、しかしそうだな。ちょっと待て」
なにか思うところがあったらしい。ギークは宝の山に改めて向き直った。
物色を始めるのだが、しかし宝剣宝鎗には見向きもしない。
そのギークの探し方を見て、何を探しているのかと僕は尋ねた。
「盾だ。あの廃墟での、ハンターどもとの戦いでは、だいぶ狙撃に煩わされたからな。盾でもあれば、また違っただろう」
ああ、うん、煩わされたって言うか、敗因だったね。
あれはもう、射手の力量が凄まじかったのだと思うけれど。
ギークは狙撃の一撃を堪え、斧男に痛撃を喰らわせてやろうとしていた。
いざというところで、狙撃のクリティカルヒットを脳天にくらって大ダメージ。
這々の体で撤退する羽目になったというのが、廃墟の街での戦闘の顛末である。
盾。しかし盾ねえ。
いや、悪くはないと思うよ? 思うけど、やっぱりこう、なんだかなあ。
なんでこう、いわゆる補助武器ばっかりを選ぶんだろうか此奴は。
ギークがひょいと手に取った盾を見て、僕はとりあえずコメントした。
(ああ、ちょっと待つのギーク。紋章が描かれている盾はやめておいた方が良いの。紋章というのは、自分の所属を顕すものなの。無関係な人間がそれを持っているのは、あからさまに怪しいの)
僕が言うと、フンと鼻を鳴らして、ギークは今し方手に取った盾を放り投げた。
「そうかよ。そうすると選択肢はほとんどなさそうだな」
ガシャン! と言う落下衝突の音に、僕は色を無くす。
使えないにしても、歴史的な価値があるお宝には違い。
もっと丁寧に扱えと僕が文句を言うと、ギークが胡散臭そうに返してきた。
「持っているだけで出所が割れて、入手経路を怪しまれるような品、どうやって売り捌く気なんだ? やっぱりゴミじゃねえか」
……いや、それはね?
ほら。うん。まあ、いいじゃないか。宝物は宝物だよ。
「これでいいだろう。他のはどれも小さすぎるからな」
そしてギークが選んだのは、円形の盾だった。
材質は不明。中央部がドーム状に膨らんでいる。
夜叉の姿で持つと小盾くらいのサイズに見える。
しかしカテゴリ的には中盾、もしかしたら少し小さめの大盾になるだろう。
錆びていない、歪んでいない、壊れてない。
それであからさまな特徴がない盾というと、確かに選択肢はほとんどなかった。
その選択自体に異論はない。正直、盾の善し悪しとか、僕にはよく分からないし。
(ふーん。まあ、盾は別にそれでいいの。他には何かないの? 直剣とか、一本くらい持っていても良いと思うの)
僕の助言に、ギークが即答を返してきた。
「不要だ。殴った方が早い」
いやいや、百歩譲って夜叉の時はそれで良いとしよう。
師匠の姿をしている時に使える近接武器はやっぱり必要だと思う。
武器だけではなく、本当なら鎧の一式も欲しいところだ。
攫われるときに着ていた全身甲冑は、見ればかなり悲惨な状態になっている。
その代わりも物色したい。
けれども鎧はやはり荷物だ。
着用するには人間の姿に戻らなければならない。
そうするとギークの体力とか筋力は当然に劣化する。
人里までこれから歩いて帰らなきゃいけないことを考えるなら、冷静に考えればやはり無理のある話に思えた。だから、それはまあ、今は我慢する。
しかし帰るその道中で使えそうな武器の一振りくらい、持っていくべきだろう。
道中に誰かと遭遇した場合の事を考えても、魔境側からやってきた人間が、弓だけ持ってナイフも何も持っていないとか、逆に不自然というものじゃないか。
ところで此処ってやっぱり魔境だよね?
古代竜アイスレクイエムの住処だものね。当然だね。
なら、<魔境からの生還者>の称号とか貰えないのかな。
エデナーデでは、魔境に挑んで生還した騎士にはこの勲章が授けられる。
すごい栄誉だったのだけれどな。
「フラッゲンの武器、分銅鎖がある。これで十分だろう」
僕が説得に熱弁を振るうと、ギークがそんなことを言ってきた。
いやいや、そんなもの、布の服しか着ていないような盗賊相手ならまだしもだよ?
堅い相手にはまるで通じない武器じゃないか。
もっと、それこそ全身甲冑を着た、完全武装の騎士とでも戦えるような武器が必要だと、僕は思うね。
今後のことも考えると。
(もういいの、僕が選ぶの。ちょっと付き合うの)
説得が面倒になった僕がそう言うと、ギークが厭そうな顔で注文を付けてきた。
「嵩張るようなのはゴメンだぜ。動き難くなるからな」
じゃあかしいわ。
今ギークが弄んでいる大鉈は、そうして選んだ一振りである。
棄てるとかマジであり得ない。
/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_
[INFO] 短弓<竜鱗穿ち喰い破るもの>を入手しました。
[INFO] 生きている盾<黒六号>を入手しました。
[INFO] 生きている刃<赤四号>を入手しました。
短弓<竜鱗穿ち喰い破るもの>
説明:
レジェ鋼製の武器。複数の宝玉により特殊効果が付与されている。
命中時に余剰の推進力を衝撃力に転化して周囲を攻撃する。
付与効果:
自動修復、貫通力向上、威力向上、余力衝撃転化
生きている盾<黒六号>
説明:
リビングウェポンの一種。武具としては非常に強力。
自己犠牲を厭わない勇者に力を貸し、その代償に命を貰い受ける。
多くの武具が朽ちている中、汚れひとつない武具にはそれ相応の理由がある。
種族特性:
再生、共生、偽りの命、結晶化、防護結界、秘匿結界、蠢く手指
生きている刃<赤四号>
説明:
リビングウェポンの一種。武具としては非常に強力。
自己犠牲を厭わない勇者に力を貸し、その代償に命を貰い受ける。
多くの武具が朽ちている中、汚れひとつない武具にはそれ相応の理由がある。
種族特性:
再生、共生、偽りの命、結晶化、結界破り、腐食の刃、猛毒の刃