6-19. 宝の山、なの
竜族、ドラゴン。それは強いモンスターの、代表格みたいなものだ。
そもそも、モンスターに付けられているAだの、Bだのと言うランク。
そのランク付けの基準自体が、かつては竜族だったという説がある。
高位竜がAランク、下位竜がBランク。
そんな感じなわけなのだが、それは偶然そうなのではない。
下位竜相当をBランク、Aランク相当を高位竜と言うことにしよう。
そういう決め事から始まっているということである。
しかしその説でいくなら、下位竜をCランクとしなかったのは何故だろう。
そういう疑問を持つ向きもあるだろう。
高位竜と下位竜の間には、中位と位置づけられる竜族の一群もいるのだから。
賢者曰く、人間を5段階評価で真ん中のCに据えたかったから、だそうである。
事実とすれば実にくだらないが、まあありそうなことかなと、そう思う。
(……! ……カ!? ……。……ダ!!)
そして竜族は、強さだけでなく、高い知能を兼ね備えているもの、らしい。
物語であれば、言葉を喋る竜というのも、ごく普通に登場してくる。
現実でどうなのか、僕は知らない。
しかし少なくとも古代竜は喋るようだ。
Aランクたる高位竜を超越した、Sランクのモンスターの貫禄というものか。
(……ナイ。……デ、……カラ、……ダロウ!)
教会に言わせれば、言葉を喋るモンスターは殊更に邪悪な存在だ。
それは人の模倣であり、人を騙し、誘惑するための振る舞いだそうである。
ミアを魔女呼ばわりした連中の説くことだ。
教会がそう言うのであれば、真実は真逆なのかもしれない。
しかしこの古代竜、そろそろさっきから悪態と愚痴以外を喋ってないな。
人は屑の恩知らずの碌でなしだ。
恥知らずの塵で、無知が罪で、原罪の赦しを新たな愚で台無しにどうのこうの。
間違いなくループしているな。さぞや色々と溜め込んでおられるようだ。
いやはや、僕に言われても困ります。そろそろ勘弁してくれないかな。
(……ヲ奴等ハドウ思ッテイルノカ)
(……何ノ手モ打タナイ事ガ、まさニそノ証明デハ)
(……ソレコソ裏切リトイウモノ)
適当な相槌を打ちながら聞き流す。
あ、ギーク! 眠いのは分からんでもないけど目は開けといてよ!
僕の視界まで塞がっちゃうじゃないか!
延々続く愚痴の中にふと、聞き覚えのある固有名詞が出てきた気がした。
ちょっときちんと耳を傾けてみることにする。
(……メ、……メ! 今ニ至ッテ、……ナイカ)
(聞コエテイルハズダロウ! オ前達ハ世界ノ監視者デハナイカ!)
(へんりー! ふれでりか! ナゼ応エナイ!? 応エロ!!)
フレデリカ?
うーん? 何処かで聞いたような名前です。
何処かで聞いたような名前ですね。
ガウェン侯爵領の、東端に近い山間の、谷間を流れるダナサス河。
その中州にあった巨岩の、その下敷きになっていたのがフレデリカだ。
思い返すに、よくもまああれで生きていたよなと思う。
僕は結局、フレデリカのことを、よくは知らない。
何であんな所に居たのかとか、なにか目的があるのかとか、全然だ
まあ、僕がよく知っていると言えそうなのは、結局はミアだけなんだけれど。
ギークのことも、ナタリアのことも、そういう意味では、よくは知らないのだ。
ギークについては、分からなくなった、が正しいけれどね。
それは主に悪徳爺のせいだと思う。
(頭にアンテナが付いていて、背中にバッテリーを背負っていて、、、)
愚痴がようやく沈静化してきた辺りで、竜の言うフレデリカの特徴を訊いてみた。
返ってきた単語の意味が分からない。
(バッテリーというのは、甲羅みたいな感じのもの、なの?)
尋ねて気が付けば、アイスレクイエムの鼻面が眼前にあった。
グルルルルルルル
湿った鼻息が、突風となって吹き付けてくる。
(知ッテ居ルノカ)
いやあ、どうでしょうかね!
知らないかも知れないですね!?
少なくとも古代竜と知り合いなフレデリカというのは知らないです。
つまり知らないのではないですかね!
(ココに連レテ来イ! 今スグニダ!!)
古代竜が咆哮した。
うわぁおい、マジでか。何を言い出しますかこの愚痴トカゲ。
あんただって、我がまだ幼竜の頃とか言い出したじゃん。
それってつまり千年とかいう単位で昔の話なんじゃないの?
言ってみりゃ神話時代の出来事だよね?
(わーかったの! 分かりましたなの!)
最終的に、僕は根をあげた。
もう、めんどくさいわ。なるようになるだろう。きっとそうだ。
(人違いかも知れないけれど、とにかく連れてくるの)
絶対別人だよね。
もしかしたらこのトカゲの意中なフレデリカの、玄孫とか、来孫とか?
まあつまりそれってもうほとんど赤の他人じゃないかと僕は思うよ。
(……疲レタ。汝ガふれでりかヲ連レテクルマデ、我ハ休ム)
何様だこのトカゲ。
さんざん愚痴って怒鳴り散らしたかと思えばその言い草。
心の広い僕の忍耐にも、いくら何でも限界というものがありますよ?
内心で憤慨していると、退屈そうにしていたギークが僕に訊いてきた。
「おい、ミイ。あれをどう思う」
あ”? 今度はなんだよ畜生め。
ギークが指し示すあれなるものを見る。
そして僕は、暫し固まった。
(アイスレさん。あの隅に積まれているのはなんですか、なの)
丁重に訊いてみる。
竜は閉じかけていた瞼を半ばまで開き、実に面倒くさそうに、僕が示した方を見た。
(ヌゥ……? 我ノ眠リヲ妨ゲルトハ……。ごみダ。欲シイナラ持ッテイケ)
ほう。
ゴミですか。
貰っていってもいいものですか。
そのゴミ《・・》の山へと、ギークが歩み寄る。
そうかー、ゴミかー。
そこに乱雑に積まれていたものを眺めた。
ギークが目聡く見付けたのは、一見するに確かにゴミの山だった。
それらは、鎧であり、盾であり、様々な武器であった。
けれど大半ものは傷んでいる。その多くが壊れている。
「喰われた時に、弓を折られたからな。代わりが見つかればいいが」
ギークが言う。
なんのこと? まあいいや、それよりもさ、それよりもですよ。
ボロボロな、かつては煌びやかだったのだろう武具のなれの果て。
それは、古代竜に挑んで朽ちた、かつての勇者達の遺物に違いなかった。
◆ ◇ ◆ ◇
脳裏に地図を思い描く。現在位置は北の果てだ。
僕らを此処にさらってきた元凶は、いまや熟睡中である。
王都に帰りたいわけだが、果たしてそれは可能だろうか?
水と食料が手に入り、歩ける道があるなら、可能なはずだ。
時間は掛かるだろうけれども、不可能ではないだろう。
問題は、そのいずれもが、かなり望み薄なことだった。
アイスレクイエムの巣穴とおぼしき洞を出れば、そこは一面が白かった。
四方を見渡せば、断崖絶壁に囲われているようである。
ここはかつて火山で、火口か何かだったのだろうか。
今は完全に凍てついており、雪と氷に覆われている。
吹き付ける風は極寒だ。雪を舞い上げ、つむじを巻いていた。
水は凍っているし、まともな食料があるようには思えない。
アイスレクイエムは飛竜で、ここは飛竜の巣だ。
あの図体で理不尽だと思うが、飛竜は当然に飛べるわけである。
飛べるのだから、徒歩で通常に至れるような場所には巣を作らないだろう。
つまり、まっとうな道もないと思われる。
(やっぱり、どうにかあのドラゴンを説得して、送って貰うしかなさそうなの)
まあ、なんとなくそう何じゃないかなとは思ったのだ。
それもあって、喧嘩別れにならないよう会話にもそこそこ気を遣ったのだが。
まさか放置で爆睡される事になろうとは。
いくら待っても起きてこないから、仕方なく脇から這い出してはみたものの。
うん、ダメだこりゃ。自力じゃ帰れそうもないな。
「そうとは限らんだろう」
ギークが言う。
え? 何か宛でもあるの?
「武器が落ちていたと言うことは、ここまで来た人間がいたということだろう?」
あー、そうね。それはそうかも知れない。
古代竜を退治しようと、此処に乗り込んだ勇者達が、かつてに掘った道か。
今でも何処かにあるかもね。どうなんだろう。
探す?
でも、なにかヒントとか欲しいんだけどなあ。
どこもかしこも真っ白で、囲われている空間はそれなりに広い。
有無の分からないものを虱潰しに探すには、中々にしんどい広さだった。