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天国のお土産  作者: トニー
第六章:遠足に行こう
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6-18. 誘拐されて、なの

 僕らは、Bランク狩人への昇格試験として、王立学園の護衛仕事を請け負った。

 狩人組合からの課題である。否応もない、強制された仕事だ。


 信じがたいことだが、ギークは全うに仕事をこなした。

 護衛として油断なく周囲に気を配ったし、護衛対象とのコミュニケーションにも努めた。

 やればできるじゃないかと、褒めてあげても良い位だった、と思う。


 しかしそれも、突如として不可解な霧に包まれるまでの話だ。

 霧の中で、奇怪な氷の化け物に襲撃を受け、あげくにギークは竜に喰われた。


 護衛任務失敗、と言うことになるのかな。

 なるよねえ。犠牲者も出ていたようだし。

 理不尽すぎる。


 護衛に失敗して、護衛対象に損害が出て、けれど護衛役が生きていると言う場合。

 さてどういうことになるかと言えば、それはまあ最初の契約次第であろう。

 契約書にどう書いてあるかということだ。


 そしてその肝心の契約の仔細を知らんわけである。

 自分で結んだ契約ではなくて、組合が押しつけてきた仕事だから。

 請けないという選択肢がなかったし、説明もされなかった。


 一時的な護衛仕事の募集試験があるから、行って合格してこい。

 雑に言えば、組合からこの仕事自体について説明された事など、それで以上だ。


 試験には受かって、仕事には失敗したわけだが、さてどういうことになるのでしょうね。

 言っても今回の失敗に、ギークの自責はほぼほぼ皆無の筈だ。

 不可抗力。まさにそれ。どうしようもない事だった。


 喰われた口の中では、ぐっちょんぐっちょんに舌で舐られた。

 これはもう恥辱であろう。全身とにかく、ベトベトでネチャネチャだ。

 気分は最悪。鎧脱ぎたい。風呂に入りたい。


 こっちこそ精神的な損害賠償を請求したいくらいなものである。

 是非とも免責条項および福祉が充実した契約になっていることを祈るばかりだ。

 まあ、目下で最大の問題は、それとは別のことだけれども。


(オイ、ナンカ、喋レ)


 ザー、ザー、という雑音混じり。

 酷い雑音とともに、声らしき唸りが頭の中に直に響いた。

 ひどく聞き取りづらい。これはしかし、目の前のこいつの声らしい。


 すなわち、僕らにBランクへの昇格試験を失敗せしめた元凶。

 直ぐの傍らには、それが居るわけなのだが、これもまたどうしたらいいのか。


 まああれだ。うん。あれだよ、竜だよ。しかもめちゃくちゃデカい。

 ガウェン侯爵領の港町で、ヤリ男と仕留めた水竜とは、比較するのもバカらしい。

 とりあえずどう考えたらよいのかも分からなかったので、ちょっと置いておいたのだが。

 僕の都合はお構いなしらしい。そんなことでは女の子にもてないね。生涯独身だ。


 比較するのもバカらしい、と言っておいて何だけれど。

 身体は大きさ自体は、もしかしたら大差ないか?


 だが、そこからしておかしい。なんたってこいつは飛竜だ。

 水竜の図体はデカい。奴らは海の中が住処だから、体重に鈍感なんだろう。

 ところが飛竜は空を飛ぶわけだ。それが体格で水竜に匹敵するとか、狂気の沙汰だな。


 仮定、古代竜<<氷結の鎮魂歌(アイスレクイエム)>>。

 神話級の怪物。推定Sランクのモンスター。

 そう、このバカでかい飛竜、おそらくはそれのはずである。

 或いは世界の始まりから、数百年を生きているのだろう超越存在だ。


「おい、何か喋れ、だとよ」


 ギークが言った。

 ギークは胡座をかいた姿勢で、仏頂面だ。

 その言葉は恐らくというか、僕に向けての一言であっただろう。

 眼前の竜に向けての言葉ではなかったと思うが、反応がある。


(チガウ。ソレジャナイ。ソレハ聴キ取レヌ)


 この短い時間で分かったこと。

 どうやら僕は、この偉大なる飛竜と、意思の疎通が可能であるらしい。

 そしてどうやら、ギークが喋る、音としての言葉は通じない。

 なんでだろう。


(何かと言われても、なの。困るの。大体にしてギークも諦めるのが早すぎなの。もっといろいろな手段を試して試みるべきなの。そもそもこう、人を口の中で窒息死させておいて、当然のように悪びれないこの竜の図々しさが……)


(ア? モットはっきり、ゆっくりト喋レ。ワカラン)


 とりあえず不満をぶちまけてみたところ、制止が入った。

 何か喋れというから喋ったのである。なにか文句あるか畜生め。


 衆生無辺誓願度 煩悩無盡誓願断 法門無量誓願学 仏道無上誓願成


 うん。よし。

 やけになるのは良くないな。いつでも心に太陽を。


 どうもあれだ。

 だいぶお年を召されて、念じての会話でさえ難聴気味なのかな。


(あなたは、<<氷結の鎮魂歌(アイスレクイエム)>>なの? そうなの?)


 一拍おいて、ゆっくりはっきりと尋ねてみることにする。

 ほぼ間違いないと思うのだが、確認だ。確認は大事。


(アア? ナンダソレハ。知ラン言葉ダ)


 ぐう。おかしい。そんなはずはない。

 こんなご立派な飛竜が、そう何匹も居て堪るか。

 というか、居るなら居るで、それと知られていて然るべきだ。


(じゃあ、あなたのお名前は? なの)

(ナマエ……、……名前ハ、忘レタ)


 自分の名前もワカランほどに、お年を召されておられるらしい。

 話にならんじゃないか! 誰かに文句が言いたい。ぜひ言いたい。


(名前ガ要ルカ? ナラ※※※※※※※※※ト呼ブガ良イ)


 いや待て、なんだそれ。

 理解不能で発声不可能、珍妙な何かの異質な響きである。

 呪いの言葉か何かであろうか。


(アイスレクイエムなの?)

(……、※※※※※※※※※ダ)


 無理。なんと言っているのか、雑音にしか聞こえない。

 無理なので、押しとおす。


(アイスレクイエム?)

(……、※※※※※※※※※ダト言ッテイル)


 強情な奴だ。


(アイスレ?)

(……、……、オマエハ、ドウシテ喋ル。人ハ、ことばヲ亡クシタノダロウ?)


 諦めたらしい。

 この古代竜、強面のわりに、話せば分かる気配を感じますね。

 いいことですね。


 これはもしや、もしかするのだろうか。

 この恐るべき古代竜と友情を育んで、エデナーデを殲滅しろフラグなのだろうか。


 ああしかし、僕は昔ほど自分の衝動に自信がない。

 なんてことだ。


 ここは情熱を以て、この古代竜を言いくるめるべきシーンじゃないか。

 復讐の兵器として、これ以上ない程の素体と思える。

 だと言うのに、僕はなんて愚かなんだ。


(言葉を亡くした? ……何のこと、なの。みんな普通に喋っているの)


 普通に尋ねたのだが、突然の大音量が、僕の脳裏に響き渡った。


(アリエン! 人どもハ言葉ヲ忘レタ! 何時の頃からカ、我ガ呼ビ掛けに応エズ、我ガ制止ヲ聞カズ、我ノ警告ヲ無視するバカリとなっタ! 言葉ヲ亡くシ、野山の獣と同じに成リ果テているデハないカ!!)


 痛い痛い、頭痛い。超うるさい。勘弁して。


 よくわかんない。

 昔は人間と会話できていたのが、できなくなったとか言ってる?

 お宅さんの耳穴に、岩よりデカい耳糞が詰まっている真実に清き一票。


(言葉トともニ、人どもハ道理モ情理モ破リ棄タ! 許せん! 母君の墓ヲ荒らしおったのだゾ! 赦されることではナイ! ドウシテそんな事が出来る!? オ前、言葉を忘れて居ないのナラ、何ぞ弁明してミセヨ!!)


 やばいです。このアイスレ、なにやら突如としてヒートアップを始めました。


 母君? なんのこっちゃ。

 竜の墓場に、冒険者という名の盗掘屋が湧いたとか、そういう話?

 それはもうなんか、しょうがないことじゃないですかね。


(なるほど、母君のお墓が、荒らされたと)


(ソウダ! 我にトッテハ育て親だ! シカシ貴様ラにトッテハ、実の母ニモ等しい方のハズデハナイカ! サア、ドウ言うツモリダ!? コタエノ如何にヨッテハ……!!)


 えーと、えーと、話が全然見えませんね! 母君誰やねん。

 僕というかミアの母様はまだご存命のはずだから、墓荒らしに遭う道理はないですよ。


(それはいつ頃のお話、なの?)


(ヌゥ……? 歳月ヲ数エル事ナドとうにヤメテイル。ワカラヌワ。百年かソコラ……、ウヌ、自分のウマレル前のコトと言イたいノカ)


 言いたいというか、まあそうね。間違いなく、だいぶ昔の話のようで。

 もう時効ってことでよくないですか。知りませんが。


(グヌ、……、……、ツマリ知ラヌカ。ヨモヤ母君のコトさえ、貴様ラ人は、忘れ去ったのか?)


(えーと、なの。うーん、何というか、ちょっと待つの。待っていて欲しいの)


 竜からの問い掛けに、ちょっと回答を保留する。


(ギーク、この鎧、なんとかして脱いで、元の姿に戻るの)


 僕の意図を察したらしい。

 フン、と鼻を鳴らして、ギークが自分の着ている鎧の留め具を探し始める。

 着脱は基本フレデリカ任せだったので、ギークが自分でやるのは初めてだ。

 かなり手こずったものの、なんとか取り外すことが出来た。


(ナンダ?)


 そしてギークの姿が変わる。

 鎧を脱ぎ捨て、半裸だった色っぽい師匠の格好から、凶猛な夜叉の姿に。

 筋骨が膨らみ伸びて、ギチギチに逞しくなった。


(……妙な芸ダナ。ソレデ、ナニガシタイ)


 あれ?


 見ての通り、ギークの今の見た目は夜叉、鬼族のモンスターである。

 つまり見たとおり、人じゃないので分かりません。無関係ですアピールなのだ。

 どうもちょっと、反応が予想外だが。


(見ての通り、僕はちょっと、人の姿を借りてるだけなの)


(ワカラン。少シ背が伸ビタカ? しかしダカラトイッテ、それがナンダというのか)


 ダメだよ! こいつ目も悪いよ! もう引退すべきだと思うよ!

 確かに鬼族は、姿形としては人型かも知れないけどさ!


(モウ一度訊ク。貴様、母君のコトを知ラヌノカ)


(えーと、なの。その、あなたの母君のことを知って居るか、なの? うん、申し訳ないけれど、知らないと思うの)


 結局は、素直に答えることにした。

 だって知らんもの。


 今居る場所は、おそらくは竜の巣穴。洞穴であった。

 その洞穴に、大音量の咆哮が、グワングワンと反響しつつ、轟いた。

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