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天国のお土産  作者: トニー
第六章:遠足に行こう
136/160

6-15. 見物と不満事

「とーーっ!」


 格別の気合が乗った掛け声が、野っ原にターンと響いた。

 少女の小柄な体がフワリと飛来、獣革を鞣した靴底が標的に触れる。


「だッ、うわわわわぁーーッ?!」


 お兄さん風を吹かせて無双していたウェナンが哀れ無様に蹴り飛ばされる。

 悲鳴を上げて、ゴロゴロゴロと転がっていく。オイオイと、見物していたレンブレイは苦笑した。

 悲鳴なのか歓声なのか、うおー、とか、きゃー、とか、孤児たちがとにかく賑やかだ。すげー、すげー、を連呼している者もいるし、お腹を抱えて大笑いしているのもいる。大変に喧しいが、まあ、皆楽しそうであるし、結構なことではあるだろう。

 そう、子供というのは、本来が騒々しい、そうあるべきものだろう。喧しい! 大人しくしていろ! そう、叱られるのことが彼らの権利だ。子供達までもが最初から俯いて、陰鬱に淀んでいる光景が、正常であるはずはない。


「ウェ、ウェナン兄ちゃん! 大丈夫?」


 ひっくり返ったウェナンの方へ、女の子がひとり、パタパタと駆けていく。さっきまでの、どっからでもかかってこい状態だったウェナンを、キラキラ憧れの眼差しで見詰めていた女の子だ。

 まあ、大丈夫ではあるだろう。咄嗟に身体を丸めて、頭を打ったり関節を捻ったりしないようにしていたようだし。倒れ伏したウェナンの方に目線をやりつつ、被害の程度を見立てるレンブレイ。

 一拍二拍の間、伏せっていたウェナンがガバッと飛び起きた。寄って来た後、オロオロとしていた女の子の心配に何か適当に応じて、そして飛び蹴りをかましてきた相手に憤然と食って掛かる。


「何しやがんだフィー! 四回転はしたぞ!? 下手すりゃ死んだからな!?」

「なによ、どっからでも掛かって来いだったんでしょ? 背中からじゃなかっただけ有難く思いなさいよ!」

「掛かって来いてな、お前には言ってねぇよ?! こいつ等に言ってんだよ! 分かれよ! 察しろよ!!」

「あー、俺知ってるー。こう言うの、痴話喧嘩って言うんだよなー!」

「「違う!」」


 誰かの茶々入れに揃って振り返り、ハモって叫ぶウェナンとフィー。

 何だろうね、年長者としては、青春だねぇとか感想すべきところなのか? 塀に腰掛け、立てた片膝に片肘を載せてその腕で顎を支える格好で、レンブレイは、再度苦笑した。

 つい先刻、あのふたりの仕事ぶりはどうかとアランに訊かれた。そこらの定型狩りしかできない輩なんぞより、もう十分に一人前だろうさと太鼓判を押してやったわけだが、しかしこう、孤児院のガキ共とワイワイやっているところを見れば、ふたりもまだ十分にその年頃だし、見た目だよなと思う。

 初見の時はまさに、カニーファのオマケという印象の二人だった。指導役を押し付け、もとい任されていた頃から、もう半年ほどが経つか。歳月日数などいちいち数えちゃいないが、季節の移ろいからしてそんな所だろう。

 二人共、とうにレンブレイの手は離れた。今では、彼等だけで幾つもの仕事を達成していると聞いている。アランに感想を聞かれたのは、ひとつ前の仕事で偶々ふたりとターゲットが被って、これは少し驚きだが危うく先を越されかけたからだ。さすがに最後は経験からの勘働きとでも言うもので競り勝たせては貰ったが、自他共に港町モーソンの筆頭狩人と認めるレンブレイと競える時点で、これはもうなかなかに大したものである。

 船持ちの商人共に囲われて、ほとんど私兵同然に特定のお得意様からの仕事しか請けようとしない能無しの稼ぎ頭(・・・)共を思い起こす。あいつらに、この二人の爪の垢でも煎じて飲ませてやったら良いんじゃないか。


「おい支部長! いい加減、俺達をBランクにしてくれてもいいんじゃないか!? 贔屓が過ぎるってもんだろう!?」

「贔屓とは聞き捨てならないな。規定は知っているだろう? その条件を満たす者になら、王都への推薦状を書くとも」

「どれだけ組合に貢献してきたと思っている!? 多少の融通を効かせてもいいんじゃないかと言っているんだ!」


 先般、レンブレイが組合支部に顔を出すと、丁度そんな戯けたやり取りが為されていた。五人のむさ苦しい連中が支部長のアランを半ば囲むように直談判を試みている。

 レンブレイの考えでは、狩人組合の癌こそがそいつらだ。貢献だって? チャンチャラおかしい。


「揉め事かい、支部長」


 無遠慮に盛り上がっていた場に割り込ませてもらうと、レンブレイを見て明らかに腰が引けたらしい阿呆共が、愛想笑いを浮かべて場を譲り始めた。内心にレンブレイは舌打ちする。この雑魚共にもだが、だいぶ忍耐強くなっちまったアランにもだ。その気になればこいつら程度、アラン一人で叩きのめせるはずなのだ。そうしてやればいいじゃないかと思う。


「レンブレイか。揉め事と言う訳ではない。狩人組合に於ける、論功行賞の基準について意見があると言うから拝聴していただけだ。お前も一緒に聞くか? まあお前をAランクにしてやれん事については申し訳なく思うところもあるし、むしろ意見を言う側に回ってくれるのでも構わんが」


「おい支部長、今は俺達が……!」


 アランの言葉に、先程まで一番威勢良く吠えていた間抜けが噛み付く。


「一緒に聞くと言っているだけだ。諸君らを蔑ろにしようというのではない」


 それを静かに見据えてアランが言う。まあ茶番だな。くだらない。

 ルーチンワークしかできないくせに、高い報奨金を受け取り、組合にはろくに還元しない。それでいて組合からの評価が芳しくない、功績を正しく評価できない組合は積弊に病んでおり、刷新と革命が必要だなどと、大声で不平不満を喚き散らす。この五人はそういう糞ったれの一角だ。今回が初めてのことではない。お前らこそが積弊だ。レンブレイはそう思う。

 達成した任務の難易度に応じて評価する、報酬額を定める制度に改めることを前々からアランは提唱していた。レンブレイとしてもそれが理想だと思う。現状は明らかに公平ではなく、多くの歪が問題を日々生み出している。

 しかし、その難易度とやらをどうやって客観的に定めるのかという現実的な課題があり、なによりつまり<刷新>を訴える既得権者どもの抵抗が重く粘ついていて、未だに実現していない。その目処も立たない。

 そうした稼ぎ頭(・・・)のハンター達が訴える刷新というのは、より商人連中がハンターを私物化できる、手足のように扱える、そして商人に気に入られたハンターが高い評価を得て出世する様な方向性のそれであって、つまりはクソである。かつてに廃止され、禁止された傭兵稼業を看板を狩人と変えて復活させようという試みなのだ。それは「俺たちは傭兵ではない。誇り高き狩人だ」を掲げた組合創立者の遺志を真っ向から踏み躙る裏切りである。


「フン、別に構わんさ。Aランクな。なりたくないわけじゃないがね。ここ暫くが過労気味な方を何とかしてほしいもんだ。水路掃除の連中を何人か回してくれるとかな」


 横目でろくでなしの五人を見遣る。顔を背けたのが四人、果敢にも不愉快そうに睨んで来たのが一人。


「水路掃除だと? そんな言い方は無いんじゃないか、レンブレイさんよ! 確かにあんたはこの街じゃ一番の腕利きかもしれんが、あんた一人が何でもを支えてるって訳じゃないんだぜ!?」


「おっと、済まないな。特定の商船の護衛しかしないあんたらの様な半端者の事は、何と呼ぶのが正式なんだったかな? うっかり失念してしまったようだ。悪いが教えてもらえるかい?」


 勿論、正式名称なんてものはない。

 なんだとこの野郎! と、さすがに五人ともがそれぞれに気色ばむ。

 彼等が青筋を立ててレンブレイに詰め寄ろうと言う所で、アランが一瞬頭痛を堪える姿勢をしてから頭痛の直接の原因を睨み付けた。


「おい、レンブレイ。建設的な会話をする気が無いなら、邪魔だからどっかに行ってろ。ああそうだ、悪いがお使いを頼まれろ。あの二人、ウェナンとフィーを呼んでこい。伝えなきゃならん事がある」


 犬でも追い払うかのように、シッシッと言うジェスチャーをしつつ、アランが言った。


「あいつらをか? 何の用だ?」


 レンブレイが不審げに尋ねる。


「呼んできたら纏めて伝える。一応断っておくと、あまり良い知らせじゃあないな。彼ら自身についての事じゃないがね」


 そう告げてから、アランは一瞬だけ机上の書類に目を落とした。


「熊狩りで大人気もなく手柄を掻っ攫ったんだったか? 忙しいと言うなら競合するような仕事なんぞ請けなければいいだろうに」


「それこそ人聞きが悪いぜ。無謀な狩りに挑もうとしているガキのハンターが居るから助けに行ってやってほしいと受付の嬢ちゃんに頼まれたんだよ。あいつらだと分かってりゃ、放っといたさ」


 そう応えて、レンブレイはやれやれと首を横に振った。


「ほう? あの二人の最近の成果は聞いているが、レンブレイ、お前からしても一人前か?」


 まあ、そんなやり取りがあったわけである。


 熊狩りの後に聞いた話では、フィーは使えるギフトをひとつ増やしたらしい。

 ギフト<<練気纏い>>。戦う者の定番にして、一流どころの必須ギフトだ。

 どうしたのかと尋ねれば、請けた仕事の追加報酬ボーナスで依頼人から貰ったのだというから、珍しい事もあるものだ。

 仕事の報酬としてギフトの分与が提示されることは時折ある。しかし追加報酬でと言うのは聞いたことがない。誰もが欲しがるような報酬なら、最初から提示してこそ、それを報酬にする価値があるというものだろうに。

 さて一体、何があったのやら。


「ウェナン! フィー!」


 絶叫混じりのウェナンの抗議をフィーが適当にあしらいつつ、ねー、ねー、次はー? と集ってきた孤児等に、そうねー、じゃあねー、とウェナンだけが逃げ回る鬼ごっこ(罰ゲームあり)の提案を始めた辺りで、レンブレイは見物を止めて、手を挙げ二人に呼び掛けた。

 レンブレイがこの場を訪れてすぐ、ウェナンもフィーもそれに気が付いたのだが、急ぎの用件でもなし、子供達の相手を中断させるのも悪いかと、レンブレイは駆け寄ってこようとした二人を手で制していたのだった。


「あっ、ハイッ、ごめんなさい!」


 レンブレイに見られていた事を思い出したらしい。

 すこし頬を赤面させてからわたわたと姿勢を正し、シャンとレンブレイの方を向いて、フィーが応えた。そんなフィーを微妙な半眼で睨みつつ、ウェナンがなにやらブツブツと文句を呟く。

 まあ仲良くやれよと、レンブレイは投げやりに考えた。

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