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天国のお土産  作者: トニー
第六章:遠足に行こう
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6-10. 不穏な雲行き

 ミイが、白魔法という単語に食い付いたのを観察していて、ギークは考える。

 俺が喰らい、そして取り込む(・・・・)と、どういうカラクリか、ミイはその取り込んだ相手の「ギフト」なる能力が使えるようになるらしい。

 この付き纏ってくる煩いのを喰らえば、ミイはその白魔法とやらも使えるようになるのだろうか? 便利なようで、俺が使えるようになるわけでは無い、と言う所がまたどうにもだよな。


 引率の教官や、雇われの護衛等とともに、生徒一行が学園を出立したのが昨日の昼前だ。街道を北に向かって進むその道程は、王獣狩りでナタリアとギーク達がかつて通った道に、今の所ほぼ完全に一致していた。ギーク達が先に歩んだ時に比べると、暖かくなって、草木が芽生え、飛び交う虫や鳥が増えた。

 間もなく収穫の時期だろう麦畑が見えなくなって、つまり耕作地帯を抜けて、見渡せば荒野と、所々の雑木林という景色が広がり始めていた。

 モンスターも、季節によって活動量や生息域が変化する。寒い時期には、獲物が少ないので大人しくしていたモンスター達も、暖かくなれば活発に荒野をうろつき始めるかも知れない。


 先に、この街道を通ったときには、印象深い何かとは特に出会う事はなかった。

 けれど、今回もそうとは限らないだろう。

 何か起きないと、暇だしダルくて仕方がない。

 何か出て来いよと、朝方からテンション高めに再開された、シェリの愚痴混じりなマシンガントークを聞き流しつつ、事態の変化をギークは期待していた。


「おーい、聞いてるかセルバシア」


 先頭集団にあって、ぼんやりと、何もない中空をただ眺めているようであった銀髪ポニーテールの後頭部に、赤の混じった金髪をウルフカットにした男子学生、クァータスが声を掛ける。


「うん? ああ。……いや、聞いていなかったが、なんだ?」


 呼び掛けられて数度まばたきをしてから、セルバシアは振り返った。


「あんまりボーッとしてるなよ。そろそろ、いつモンスターに襲撃されても不思議じゃないぜ。巡回がいる耕作地帯からも、だいぶ離れたしな」


 呆れた表情で、クァータスが言う。

 先刻彼が話していたのは、いい加減退屈だから、そろそろモンスターの一匹でも出てこないものかねという話だったが。


「襲撃なぁ……」


 あからさまに武装した人間の大集団に、わざわざ襲い掛かってくるようなモンスターなんて、果たしてどれだけ居るものだろうか。

 銀髪ポニーテールのセルバシアは、上の空でそんなことを考えた。


「遭遇したとしても、こちらからちょっかいを掛けなければ、大抵は勝手に逃げ出すものだろうと思うんだけどな」


 人間側こちらが縄張りの奥深くにヅカヅカと入り込んで、我が物顔で土地を荒らし回るから、獣達は荒ぶるのだ。

 かつて山野を駆けずり回る生活をしていたセルバシアは、そのように心得ていた。

 獣たちには獣たちの礼節がある。正しくそれを理解して尊重するのなら、そうそう襲われたりなどしないものなのに。


「遠足も学業、訓練の一環なのだからな、呆けていていい理屈なぞ何もないぞセルバシア」


 ボブカットの学生、寮長カロタスが、明らかにやる気なさ気なセルバシアを窘めた。遠足での<戦果>もまた、寮対抗での比較対象になる。寮の最大戦力にいつまでも腑抜けられていてはでは困るのだった。


「狂犬は、相手が誰で、どうだろうとも噛み付いてくるものだ。すべてのモンスターが見境なしではないだろうが、あらゆるモンスターが見境を持っているというわけでもない」


 そうした事情をおいても、油断は大敵なのであって、長という立場から、カロタスはセスバシアに苦言する。


「りょーかいです、寮長殿。ふぅ、、、おや? そう言えば、シェリはどうした? 姿が見えないな」


 セルバシアの言を聞いて、クァータスの頬が引き攣る。シェリの姿が見えないのは、この遠足が始まってからずっとのことだ。今更かよ! とぼんやりし過ぎなセルバシアにツッコミたい気分になったからであった。

 姿が見えなくなった原因を彼が担っているからではない。


「やつはダメだ。暗黒面に堕ちた。もう帰ってくることは、二度と無いだろう。惜しいやつを失くしたもんだ」


 セルバシアから目線を逸し、気持ち斜め上の方を眺めながら、クァータスは嘯いた。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 彼の怒りを、燃え盛る炎に譬えるのはそぐわない。

 なにか現象になぞらえるのならば、吹雪だろうか。


 彼の嘆きと失望、諦めは降りしきる雪のようだ。

 長い時間に、積もる自重で押し固められ、いつか永久の凍土と化す。

 そして慟哭の氷嵐が、一切の凍て付いた世界を駆け巡るのだ。


 大気は凍り、彼が飛び去った後には航跡雲が残される。

 行く手に雨雲あれば、それは雹霰と化して地に落ち撒かれた。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 女と見紛う体躯には不相応なことに、シェリは全身を隠すことさえ容易いだろう、重厚な大盾を背負っている。


 あろうことか、その大盾は総金属製で、背後ろから見れば金属の壁が二本の脚を生やして歩いているように見えた。

 当然のことその重量は凄まじく、その証としてシェリの足跡は、全身甲冑を着込んでいるギークに劣らず、深く地面に残されていた。


「お前が背負っている大盾それ、そんなもの、まともに扱えるのか」


 まともに扱えないこと前提で、ギークがシェリに尋ねる。そもそも、盾の重さにひっくり返ったシェリを、最後尾にいたギークが、しょうがねぇなと助け起こしたのがきっかけで、ギークはシェリに懐かれていた。

 つまり、ひっくり返ったら起き上がれない有様だということを、ギークはもう承知しているのであり、実のところ聞くまでもない話だ。

 カニフさんも何か喋ってくださいよ、というシェリからの再三のリクエストが鬱陶しかったので、それに根負けしたギークが口にした問だった。


「これ? うーん、まあ、もちろんだよ、と言いたい所だけどね。今はまだ、両手持ちならなんとかって感じかな。今はまだね」


 一拍おいて、シェリはグッと力んで決意を表明した。


「卒業する時までには、うん、何とかしてみせる!」


「盾を両手持ちにしてどうしようってんだ」


 ギークが、呆れた、という声色で尋ねる。


 カニーファもフラッゲンも、盾の運用についてはあまり知識がない。

 どちらも、主たる活動域は市街地であり、そんな場所に大盾を持ち出す奴はまず居ない。障害物の多い市街戦で大切なのは身軽さだ。必要なら壁でも何でも即席の盾になる。


「どうって、まあ、カウンターとしてはそれなりに?」


 シェリが答える。


「大盾構えている相手に、馬鹿正直に突進してくるバカがいるのか?」


 その答えに、ギークが指摘した。


(集団戦闘では普通なの。対騎士の戦術としては、むしろ定番のひとつと言ってもいいの)


 そのギークの指摘にミイが突っ込む。

 面倒くさいな、割り込んで来るんじゃねえよと、ギークは思った。


「……、……、全員がズラリと盾を構えて待ち構えるならともかく、ひとりだけポツンと盾を構えて突っ立っていたところで、回り込まれるのがオチだろう?」


 どちらかと言えばミイにコメントしつつ、ギークは逆に自分が盾を持つという事をそれなりに真面目に検討していた。だからこその会話である。

 視認できない何処から飛んでくる、破裂する矢。ナフタリアスで不覚を取った原因は、見た目に反してやけに敏捷はしっこかった片手斧野郎ではなくて、反撃のチャンスをことごとく潰しに来たそちらにある。少なくとも、ギークの分析ではそうだ。

 あの時、鍋蓋のような即席の盾では、盾ごと弾かれてしまってお話にならなかったが、あの矢を防げるだけのちゃんとした盾があれば、またもう少し勝機もあったと思うのである。


「その辺はもう、相手によりけりというか、状況次第ですよ。決闘とかなら、相手が回り込もうとするのに合わせて振り向けるかどうかだし。相手が複数の時には不利だけどね。でもそれって、別に大盾に限った話じゃないし」


 シェリが言う。


「まあでも実際、僕のメインは支援だから、コレで誰かを直接殴ったり、叩いたりってことは滅多にないよ。白魔法使いに期待される役回りってさ、やっぱり傷んだ戦力の救命と回復だからね。そこは役割分担で」


「戦わんのなら、むしろそんな嵩張るもの、そもそも要らんだろう」


 そのシェリに、ギークが尋ねる。


「軽い打撲とかならともかく、大怪我の治療には、どうしてもある程度の段取りが必要なんですよ」


 んー、と少し考えてからシェリが答えた。


「それってつまり、骨継ぎをしたり、傷口を洗ったりって事なんだけど。そうすると、モンスターとの戦闘中に、そうした作業の為の安全地帯を確保する必要があるわけで、大盾コレはそのための道具ってワケ」


 シェリの解説からは、前線に出るのであれば、という前提が省略されている。

 味方陣地の奥に引っ込んで、運ばれて来る怪我人を待つスタイルなら、そんな大盾は全く不要だ。実際多くの戦場医はそうするし、その方が効率がいい。

 しかしそれはシェリの望むところではなかった。彼は医者になりたい訳ではない。貴族の子弟として目指すのはもちろん、戦場に勇名馳せる騎士である。


「ふん、騎士がモンスターと戦闘ね。まあ、そういうこともするのか」


 フラッゲンの記憶に照らして、ギークが呟く。

 それは、シェリ個人に向けてというわけではないコメントだった。


 騎士サマがモンスターなんかと戦うもんかよ!

 モンスターには紳士協定も助命嘆願も通じねェ。

 それに勝った所で、身代金の支払いは望めないからな!


 およそ騎士というものに対するフラッゲンの理解はそのようなものだった。

 しかし少なくとも、この大弓の持ち主は俺を狩りに出張ってきたしなと、左手に握る弓把を、ギークはわずかな間だけ意識する。


「?」


 シェリが、そんなギークを少し不思議そうに伺う。

 ギークの呟きの意図が汲み取れなかったからだろう。


 シェリの認識では、人間世界の守護者である騎士が、モンスターと戦うのは言うまでもなく当然だ。それは高貴なる者の義務である。


「カニフさんは、これまでどんなモンスターと戦った事がありますか? 僕はですね、鉄棘鼠の掃討に参加したことがありますよ。この盾、役に立ったんですから!」


 話を変える体で、シェリがギークに尋ねる。

 これまでに戦ったモンスター? 尋ねられたので、ギークは少し考えた。


 そんな最中。


「中型モンスターの群れだ! こっちに来るぞ!!」


 ギークが何かを応える前に、前方から警告の声が聞こえてきた。


「隊列を組め! 急げ急げ!」

「各自、旗を中心に集まれ! グズグズするな!」


 そんな指示が、慌ただしく行き交い始めた。


 やっと何かが起きたらしい。

 さてしかし、出番はあるかな?


 そんな事を考えながら、ギークは走り出す。

 中央を避ける形でやや迂回しつつ、騒動が起きている地点目指して。


 シェリは、旗のもとに集まれという指示に従わなければならない。

 ここからは別行動だ。

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