表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天国のお土産  作者: トニー
第六章:遠足に行こう
125/160

6-04. 握れない手綱、なの

 交易都市ナフタリアス。

 その都市は王都の南西、王家直轄領とスローレザン公爵領との境にある。


「神話とか、伝承とかの話になるのですけどね」


 僕らは商人の護衛でナフタリアスに赴き、そして数日前まで滞在していた。

 護衛した商人はそもそもナフタリアスの出身だと言うことで、道中の雑談で街の由来を聞いた。


「かつてダンクルーザ王国に世界を蹂躙しようとした魔女がいたそうです。ダンクルーザ王国はご存知ですか? ダンク侯爵家の祖先が納めていた王国なんだそうですが」


 魔女。物語における定番の悪役だ。酷いことをするのはみんな魔女。

 病をばら撒いたり、モンスターを生み出したり、招き寄せたり、凶暴化させたりする。

 魔女は災いを齎すものであり、生かしておいてはならないらしい。


「その魔女はですね、王都に向けて、モンスターの大群を嗾けたと言われています。それを、聖ナフタリが瀬戸際で食い止めて、そしてどうやってか、奇跡の力で焼き払ったというのですね」


 そしてどうしようもないような問題を解決してくれるのは奇跡だ。

 間一髪で差し伸べられる救いの手。絶望の中の最後の希望。

 信じる者は救われる? 神は敬虔なる信者を決して見捨てない?

 それは最後まで信じ通して、そして殺されていった人達への侮辱に違いない。


「ナフタリアスはその時の現場、聖ナフタリが奇跡の力を振るった場所だと言います。ちょうど街のある辺りを境にして、スローレザン公爵領側は暫く荒地が広がるんですけど、それがまあ、奇跡の痕跡というわけですね」


 聖ナフタリは最古の聖人のひとりだ。なにか聞いたことがある都市の名前だと思っていたけれど、なるほど向かっている場所は、その奇跡の現場らしい。


「ペンペン草一本生えないので、スローレザン公爵としては扱いに困る土地だとは思いますけどね。実は巡礼地のひとつなんですよ、ご存知でしたか?」


 当然ご存じだった。巡礼地<滅却の平野>。ミアと訪れる予定を組んでいた場所のひとつだから。

 いろんな場所を見て回って、それからミアが外国に嫁いだあとには、たとえ屋敷に閉じ込められる事になってしまったとしても、その思い出を語り合って、それで楽しくふたりで暮らしていこうと、そう思っていたのに。


(ナフタリアスに戻る? ギークの言いたいことが分からないの。なんでそんなことをしなきゃいけないのか、説明してみやがれなの)


 もう、あの街に戻るつもりはない。少なくとも、面倒な尾行者たちが居なくなるまでは。

 そもそも、なぜそんな場所への護衛仕事を請け負ったのかというと、見張られていると、ナタリアが突然そんなことを言いだしたからで、その対策としてだった。


「見張られている? 誰に? なぜだ?」


 その日、唐突にナタリアから指摘をされて、それにギークが尋ねた。

 敵意や害意に対しては、ギークもかなり勘は鋭い方だと思う。けれども今回の尾行者については、そうした気配をギークはまったく感じていなかったようだ。


「確証あってのことではない。誰がどうしてだのと、そういったことはわからんな。だが見張られていること自体は間違いないと、オレは思うね」


 つまり監視が事実だとすれば、相手はかなりの熟達者だと思われたので、どうしたら誘き出せるだろうと悩んだ結果、遠出してみてはどうかと言う話になったのである。


「もちろん、尾行してきていたハンター共を始末する。他に何がある」


 僕の問い掛けに、当然だろうとギークが応じた。

 ナフタリアスへの道行きに、果たしてノコノコと付いてきたのは五人。その内のひとりはまさかのAランクハンター(ランカー)だった。

 色々と小細工をして、うまいことナフタリアスに置き去りにして、それで僕らは王都に転移で戻って来た。それにもかかわらずである。


(わけわかんないの。それはもう片付いた話なの)


 なに言ってんの? 正気なの? だからそれが、ギークに対する僕の返答だ。

 もう春だから、ギークの脳みそからも、かわいいツクシ君たちが、イイ感じに「こんにちわ」しようとしているのかも知れない。


「片付いた? 少し時間を稼いだというだけだろう。遅かれ早かれ、また喰らいつかれる。なんだ? そうしたらまた逃げるのか?」


 ギークが噛み付いてくる。また逃げるのかって? 勿論だとも。

 もうあの連中には関わらない。冗談じゃないよ。


 テンテンに上空から位置を確認してもらった。フレデリカにはジャミングをお願いした。それでギークには隠形使わせた。

 色々と頑張って、何とか五人全員をマーキングする事に成功していた。


(相手の居所は把握済みなの。簡単なことなの)


「ハッ、その時やっていた事を何だろうと放り出して、誇りも何もなく怯えて逃げ回る暮らしがお前の望みなのか? 『臆病者の義理知らず』という言葉があるそうだが、貴族様の辞書にはないのかね」


 か、格言だって? ギークが?


「敵に怯える者は、当然その時の味方の命さえ顧みず、我先に逃げ出す糞なんだろ? ああ、貴族ってのはまさにそれだっけな。一人生き残って逃げ帰って言う訳だ。『彼等が身を呈して私を救ってくれました』か?」


(え、え? いや、別にそんな、そんなつもりは全くないの。ちょっと待つの。なにか話を飛躍させすぎなの)


 なんだなんだ、なんの話だと僕はたじろぐ。


「逃げ回るなんてのは俺はゴメンだね。従うつもりは無い。フレデリカ!」


 ギークが言う。なにか逆鱗に触れた感じ?

 いや、突然何さ。


(なんでありますか? 私はご主人様の忠実な奴隷であります。申し訳ないでありますが、ご主人様の為でないことに協力はできないであります)


 ギークに呼ばれて、フレデリカが応じた。

 わざわざ宣言するところに他意を感じるのは僕だけか?


「もちろんお前のご主人様の為だとも。ミイと俺とを付け狙う敵がいる。お前はどうするべきだと思う?」


(敵でありますか。真に<敵>であるなら、ついに来たかというところでありますが、ふむ? 別口でありますかね)


 はい?


(推察するにバグった者共のことでありましょうね。長らく放置することになってしまった現状は遺憾の極み。この上さらにご主人様に牙を剥こうというのなら駆逐一択であります。御館様のマルカジリで魔素に還元須らしであります)


 いやいやいやいや。何を言っているのかさっぱりだよ?

 とりあえず、かなり過激なことを言っているよね、もしかして。

 てゆうか結託してる?! ちょっと待ってよ!


「いい答えだ。ではお前の大切なご主人様の為に、泥を被る覚悟でそれに臨もうじゃないか。大義の為というやつだな。なに、潔白性のお前のご主人様も、いつか縁の下の力持ちであるおまえの事を正しく理解するだろう」


(了解であります。ではナフタリアスに転移するでありますね。あ、御館様、変装は必要でありますか?)


「変装? ……そうだな、この前買った鎧の、兜だけでも被ってくか?」


 ギークがそう言うと、差し出した左の掌に、ポッと鋼鉄製のバシネットが出現した。

 ナフタリアスに滞在中に、掘り出し物市で購入した全身鎧一式の一部である。

 いやまて、全身鎧の兜だけ被るとかどんな変態なんだ。

 ああいや、そんなことよりも!


(ちょ、ちょーーーっと待つの、駄目、早まっちゃ駄目なの!)


(ご安心くださいでありますご主人様。不肖このフレデリカ、手足として義肢とショゴスとを得た今、直接の戦力としても活躍し、いざとなれば身を呈してもご主人様を護る覚悟であります)


 いや、そうでなく。


 そうして転移した。

 転移してしまった。


 ヤダヤダとゴネては見たけど。

 フレデリカとギークに結託されると、果たして僕に何ができる。


 無力感だ。

 ショゴ君、聞いてくれよ。皆が酷いんだよ。


 そうしたら。

 転移した先には、地獄があった。


 死体があった。

 沢山あった。

 ひどい臭いが立ち込めていた。


 そこは、滅んだあとの世界だった。


(なんなのこれ? なの、、、、)


 死体がある。死体がある。死体がある。


 それらはどれもひどく焼け爛れていた。

 あるいは炭のように焦げていた。


 そうだ、僕はエデナーデをこうしてやるつもりだった。

 言葉の上では。気軽に言う怒りの表現としての皆殺し。

 けれど今、それは現実となって目の前にあった。


 煤けた瓦礫と、黒焦げの遺体が散らばっていて、悪臭が立ち込めている。

 ひとの皮膚が、肉が、骨が灼けて焦がされた異臭が漂っている。


 目に映る情景に影響を受けての錯覚かも知れない。

 けれどもその密度は、あまりに濃厚で、クラクラする。

 気が遠くなる。


 黒い塊を抱きしめたまま、炙られ焦げたのだろう遺骸が目に付いた。

 その黒い塊は、きっとちょっと前までは泣いたり笑ったりしていた筈だ。

 母親に抱かれたまま一緒に焼かれたに違いないそれになんの罪が?

 そこかしこに悲劇があって、ここは悲劇の痕跡で溢れていた。


 老いも若きも男も女も、見分けがつかない感じなのがそこら中だ。

 散らばっている。あの小さいのはきっと幼児が原材料。

 これは僕の白昼夢? 僕の夢見たものが形になった?


 でもここはエデナーデじゃない。

 でもここまでの光景は僕には想像できない。


 僕の思い描くエデナーデの最後では、街は炎に包まれて人々は逃げ惑う。

 でもその惨劇の登場人物に子供はいない。幼児なんてもっての外だ。

 そもそも人々は逃げ惑うのであって、僕の想像に死体はないのだ。


(フ、フレデリカ! ここは何、何処なの、どこに連れてきたの?!)


 犠牲者が多すぎる。死体が多すぎる。

 逃げる暇もなく、逃げ道を塞がれた? そうだ、そんな感じだ。

 意図的に逃げ道を誘導されて、纏めて焼き払われたように見える。


 誰かの仕業? 誰の仕業。違う! 僕は違う!


(先日訪ねた都市のはずであります。しかしだいぶ様相が変わっているでありますね)


 だいぶ様相が変わっている? そんなレベルの話じゃない。

 ここが? あの賑やかで活気に溢れていたナフタリアスの街だって?

 空間どころか時間まで飛び越えたってんじゃないのか?


 あの護衛してきた商人とか、

 笑顔がいい感じだった受付の女の人とか、

 花を買ってくださいませんかと声を掛けてきた可愛い女の子とか


 無謀にもギークから財布を掏ろうとしたクソガキとか、

 僕からしても高いって値を吹っ掛けて来た愛想だけはいい兄ちゃんとか、

 気立てはいいのに不幸そうな宿屋の女将さんとか


 その女将さんに客の前だってのに借金返済を迫ってきた高利貸とか、

 ひと晩幾らだじゃねえよぶっ殺すぞこの酔っぱらいなイカレポンチとか、

 わーわー言いながら走り回っていた子供たちとか


 数日という短い滞在の間だったとはいえ、

 知り合ったり見かけたりした、そんな色々な人達はどうなった。


 焼け死んだらいいというような連中もそりゃあいたさ。

 けれどそんな連中しかいなかったわけじゃなかったのに。

 神はその人たちの為に滅ぼさないのではなかったのか。


「ふん? えらく様変わりしたもんだな。ハンター共はどうした?」


 ギークが何かを言っている。

 よく分からない。なんの話だ。


 あの半分焦げている女の子とか、ミアと背丈が似ている。

 埋葬してあげたい。こんなところに放置なんて可愛そう。


(ここは危険であります。ひとまず城門前に転移するであります)


 フレデリカが何かを言っている。

 よく分からない。なんの話だ。


 あそこで倒れている女の子もミアに似ている。

 焼かれて焦げた女の子は皆がミアに似ている。


 キレイなか細い指先を拷問で焼き潰された。

 華奢でお人形みたいだった脚を黒炭のようにされてしまった。


 僕は天を呪って地を恨んで、それで、それで、それで?

 彼女たちに同じことをしたんだっけ?


 いや? あれ? そうだっけ?

 僕がしたかったのはそんなことだっけ?


 落下感。崖から落ちる。落とし穴に嵌まる。

 ガクッとなって、背筋に嫌な怯気が走った。


 僕は復讐をしたくて。

 僕から大切な人を奪った報いをくれてやりたくて。

 それから、それから、それで泣いて許しを乞わせてやるんだって。

 後悔させて、ゴメンナサイって何万回も叫ばせて、それからそれで。


 ミアは何も悪くなかったんだって、それを証明したかった。

 そうだったんじゃ、なかったっけ?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ