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天国のお土産  作者: トニー
第六章:遠足に行こう
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6-03. 俺は自由を求める

 カニーファと、フラッゲン。

 俺が喰らったふたりは、どちらも底辺に生まれた人間だった。

 あいつらから見て、貴族というものがどういうものだったのか。

 思うにミイは、まるでわかっていない。


 今回の面接、ミイとしちゃあ上手くやったつもりらしい。

 合格を貰ったという意味じゃ、まあそうなのかもしれないけどな。

 わかってないぜ。


(もー、喋り疲れたの。ギークは鬼なの! 全部僕に喋らせやがったの)


 そのミイのやつが、ぶつくさと零している。


「お前の台詞だ。自分で喋って当然だろう?」


 俺が鬼なのは当然だろうと思うが、いちいち突っ込んだりはしない

 ミイにそれができるって事については、色々と思うところがあるわけだがな。

 だが、できるって言うなら精々こき使ってやるさ。


(ギークの身体なの! ギークが喋るべきだと思うの!)


 ああ、それは俺もそう思うぜ?

 俺の身体をお前が使えるってのがおかしいんだと思うね。


「俺が喋りたいようなことだったら、もちろん俺が喋るとも」


 あれこれと指図されるのは好きじゃない。

 明確にそうだと自覚したのは、やはりフラッゲンの爺を喰らってからか。


 自由がない。俺には自由がない。

 暴力的なまでに俺は不自由だ。圧倒的に支配されている。

 なぜだ? いや、仮に何故と分かったとして、俺はそれを許容するのか?


「自由がないのは、オメェが能無しだからだよ! だからナンにも、何一つとして、オメェにゃ任せられネェんだ」


 かつてフラッゲンが、誰とも知れない役立たずに吐いたセリフ。

 そんなものを何となしに回顧してみる。


「一から十まで指示されなきゃ何ひとつマトモにできネェ分際で、なに面白い口をきいてやがる! 遠回しな自殺志願なのか? 死にたきゃ勝手に死ねよ。ああ、いや掃除が面倒だからな、変な死に方は選ぶんじゃねぇぞ。ダナサス川の下流にでも飛び込んで、モンスターの餌にでもなっとけ」


 フラッゲンは不自由に生まれた。奴は生まれた時から不自由だった。

 しかしフラッゲンは、そこから自由を得た。奴の努力あってのことだ。

 それに比べて俺はどうだ? 情けないにも程がある。


 俺は日夜、四六時中、いつだって見張られている。ほとんど囚人だ。

 ミイこそが看守、俺にとっての枷である。


 俺は、生殺与奪をコイツに握られている。

 ひどい話だ。俺に何の落ち度があって、この境遇なのか。


 ミイのやつがその気になれば、俺を投身自殺させる事ができる。

 底なし沼に沈めることも、戦っている最中に隙を作ることも自由自在だ。


 気に入らない。

 俺の意向を無視して身体を操れるのは一瞬だけだと言っていた。

 だから? そう大したことはできないって? バカを言う。

 一瞬で十分だろ。タイミングさえ見計らえば、簡単だよな?


「ほんとにな、冗談じゃないぜ。勘弁してほしいね」


 ミイ自身にとっても自害自殺になる。

 この痛がりがそうそう仕掛けてきたりはしないだろう。


 しかしそれが可能ってだけで十分に脅威だ。冗談じゃない。

 問題だ。解決が望まれる。どうやって? 知らねぇよ。何とかしてだよ。


 ハンターとしてのランクを上げる。

 ミイはとりあえず、そうしたいらしい。なんでなのかは、よくわからん。

 今回、学園とかいうところの面接を受けた動機もその為なんだとか。


 面倒でならない。

 苛立たしい。


 俺がしたいのは狩りだ。

 そして闘争で、その結果として獲物を喰らうことだ。

 貴族がどうのなんて、意味不明な問答をしたいわけがない。


 俺は最近理解した。

 狩りもせず金を払って食う飯は、魂の毒だ。


 そんな生活は、俺というものを腐敗させる。

 あれは金銭に対する餌付けで、飼い慣らしなんだ。

 ああ、ふざけやがって。


「哀れな娘。お前の望みはそうやって、飢えた野良犬のように生きることなのですか? 獣のように生きるものは、獣のように死ぬのです。その生き様に僅かの不満もないのですか」


 しかし、カニーファがかつて受けた説法が脳裏を過る。

 正しくは、その説法を聞いたときのカニーファの心象の記憶だ。

 悔恨? 羞恥? それも怒りか。そうだな、落ち着こうか。


 落ち着こうと思えば、俺は冷静になれる。

 ムカムカがスッと収まり、視野が広くなる。鬼の頃からの種族特性だ。

 フレデリカに言わせれば、やり過ぎるのは良くないそうだが。


 覗うべきは好機であり、求めるべきは手段である。

 嫌だ嫌だと何でもかんでもに反発したいわけではない。

 ミイの軛から脱するのが最上だが、方法が思い付かない。誰かに相談も難しい。

 次善は主導権を取り戻すことだ。俺はお前の奴隷ではないと理解させること。


(なーんか、ギークがろくでもない事を企んでいる予感がするの。悪いことは言わないから、ぶち撒けてみるがいいの)


 勘がいいのか悪いのか、ミイがそんな声を掛けてきた。

 感覚は共有されても、感情はそうではないそうだが、なにか察したか?


(ああ! もしマスターベーションとかがしたいのだったら、僕は狸寝入りをするのでそう宣告してくれればいいの。僕は貴族の腐、違う、婦女子として、その辺りには理解があるのでノープロなの)


 なにを理解しているつもりか知らんが、多分お前は何も分かってねえよ。


 学園からの道をしばらく歩く。そしてナタリア達と合流した。

 以前と場所を変えての、相変わらずの野営である。


 ちょうど、入浴中と言うか、ナタリアが沸かした布に浸した布で、身体を拭いている最中だった。

 ナタリアは、水桶に手を突っ込むだけでそれを湯にできる。なのでちょいちょいとそういう事をしているらしい。


 実際に目にしたのはこれが初めてだったかもしれないが、さして気にせず声を掛けようとしたところ、テンテンがバンッと飛び出してきた。


「覗き行為に天誅! くらえ、そして死ね! 流星脚ーーッ!!」


 おいおい! マジかよ?!

 辛うじて飛び込み前転で回避。地面に付いた手を伝って鈍い地響きを感じる。


 振り返れば、地面にひび割れが走っている。

 小さなクレーターができていた。躱せなかったら死んでたかもな。

 ミイが邪魔をしなくて何よりだ。


「避けんじゃないわよこのドヘンタイ!」


 墜落地点からジャンプ、宙返りしてこちらを睨み付けながら着地。

 ビシッと指を突き付けつつ、テンテンが喚いた。


「アホか、この犬っころ、何しやがる!」


「ナタリアにはこの私が、指一本たりとも触れさせないわ!」(いいえ、たとえ触れなくとも! 今夜のオカズにだってさせたりしない!)「今ここで、記憶ごとそのスカスカ色ボケ脳味噌をグチャッとしてやる!」


 そうかい良かったな。


「別に触れやしねぇし、夕食のツマミにもしねぇから、ふたりでよろしく好きにやってろ。とりあえず俺に突っかかってくんじゃねえ」


「問答無用!」(私がツマですって?! そんな目で見ていたのね! 許せないわ!)「さあそこに直れ! ドタマかち割って天日に干して、悪趣味なアクセサリに加工してあげるわ!」


 ……、……。

 フレデリカ、その副音声はなんの真似だ。


 襲い掛かってきたテンテンの猛攻を、避ける、躱す。

 ええい、クソ、チョコマカと。速いし重いんだよな、こいつの攻撃は。


 突進してきたかと思えば、跳ねて宙返りして、上から蹴り込んでくる。

 大技が多いから何とか避けているが、偶に混ぜ込んでくる小技がウザイ。


 あ、しまった。

 小技をあしらって一息ついた所、器用に背後に回り込まれた。

 ダメだ、避けきれん、ガード!


「蒸発しちゃえ! 昇華、曳光龍雷肘撃破!!」


 なんだそりゃアホか、とは思った。

 が、ビカビカ光ってズドンと突貫してきたその一撃は相当にキツかった。

 ギリギリで振り向いて、クロスガードで受けたのだが、片腕折れたな。

 ダメだ、この女(カニーファ)の姿じゃやってられん。


(ギャーッ 腕! 腕が?! ばかギーク、ちゃんと避けるの!)


 文句を言う相手が違うだろド阿呆。


「おいナタリア! 飼い犬の躾がなってないぞ! なんとかしろ!!」


 大声で、テントの向こう側に声を掛ける。


「おやギーク、戻ったのか。思ったより時間がかかったな」


 なにを呑気なというところだ。

 首からタオルを掛けただけの格好でナタリアが顔を出してきた。


「きゃー! ナタリア、だめーー!!」


 テンテンが慌ただしく、ナタリアの方へ飛んでいく。

 自分の身体で俺の視線を遮ろうというのだろう。

 というか、遮ろうとしているな。

 ぴょんぴょん跳ねてみたり、手を振ってみたり。

 まあなんだ、やはりアホだな。


(お帰りなさいませご主人様、であります。王獣ごはんにするでありますか? ショゴスと遊ぶ(おふろ)でありますか? それとも私の整備(わ・た・し)、でありますか?)


 フレデリカが何か言っている。

 たぶんきっと、冗談のつもりなんだろう。面白くはないがな。

 というかだな、お前にはちょっと言いたい事があるぞ。

 バレてないつもりなのか?


 いや、ちょっと待て、なんだこのグダグダは。

 仕切り直しだ仕切り直し。いい加減にしろ。


 折れた腕を掴んで固定し、元通りにくっつける。

 痛いは痛いが、この程度は無視できる。

 ミイがなにやら悲鳴を上げているが、それも無視だ。


「採用されただと? 信じがたいな。……色仕掛けか?」


 場を仕切り直して、面接に通ったことを告げた。

 来週打合せ、再来週に遠足に同行といった感じの予定らしい。


 そうしたら、ナタリアから何やら失礼な疑惑を掛けられた。

 まあ確かに、俺じゃあ通らなかった面接だったとは思うがな。


「それで、その間はどうする? 地下に潜るのか?」


 説明は面倒なので誤解を解く努力は放棄して、話を先に進める。


「ああいや、それがちょっとな、さっきまでフレデリカと筆談で確認をしていたんだが」


 筆談? フレデリカの方を見る。

 義手で器用に地面に文字を書いていたらしい。

 なんて書いてあるんだ? 目印が必要?


「地下からの脱出はいつでも可能なんだそうだが、脱出した地点に地上からまた戻れるかというと、多少問題があるらしくてな。解決策の仕入れにすこし時間がかかりそうだ。なので、今すぐには行かない」


 相変わらず、フレデリカが後出しでなにか言ったらしい。


 そう言うのは、陰府に挑もうとか言う話が出た最初の時点、王獣グリフォンを狩りに行く前にでも言っておけという話だな。

 変なところでいらん口を挟んでくる割に、大事な事については聞かないと答えなかったりするのは何故なんだ。


(何なの、フレデリカ? 問題?)


(地下の洞窟のような、狭い場所に転移するのはとても危険であります)


 今更だな。


(ですので、そもそもお勧め致しかねるのでありますが、どうしてもという事であれば、ビーコンが欲しいであります。ある程度は広い空間で、壁と床、可能なら天上にもビーコンを設置しておけば、安全性が高まるであります)


 ビーコン? 何だそれは。まあ、フレデリカの言うことだからな。

 しかしナタリアが仕入れようとしているんだよな?


「仕入れるってのは、何を仕入れるんだ?」


 ナタリアに尋ねる。


「道標石だな。それで良いらしい。霊玉を加工したものだが、知らないか? 外をうろつくハンターには、準必携品だぞ?」


 知らないな。少なくともカニーファの知識には無い。


「これだ」


 首を傾げていたら、ナタリアが小袋から、光沢のある小さな棒状の石を取り出した。


(その石はビーコン代わりに使えるであります。但し方向付けされる前の状態のものでないとダメであります)


 フレデリカが割り込んでくる。ナタリアには聞こえていないだろうが。

 というか、方向付ってなんだよ。


「横に長いのを、魔力を通しながらふたつに折って、ああこれは既に半分の、そのまた更に欠片なんだが、それで片割れを地面に刺しておくんだ。誰かに持たせておく、でもいいんだろうがな」


 ナタリアが言う。

 その石は緑黄色で、キラキラとしていた。

 大きさは指の先ほど。まあ、キレイな石っころという感じだ。


「それで、折ったもう一方の片割れ側に改めて魔力を通せば、地面に刺した方の位置が分かる。そっちにより近い方が光るだけだから、方角が精々だがね。まあそういう品だな」


 ほう?

 まあ普通は、ミイのように、行ったことがある場所なら地形からなにから、周囲に獲物がいるか、敵がいるか、分かったりはしないわけだしな。

 目指すべき場所の、方角くらいでも指針として示してくれるアイテムがあると言うなら、それはきっと便利というか、ないと困るわな。


「貴重な品なのか?」


 準必携品と言う割に仕入れに時間が掛かるとは、これ如何に。

 どこにでも売っているというわけじゃないのか。


オレ達が普段買うのは、こういう欠片だ。こういう欠片なら、ぼちぼち売っている。半分に割った方を、更に砕いたものだ。どこ向きの石かで値段はまちまちだから、貴重なのあれば、一日分のメシ代くらいで買えるものもある。割られていれてないやつは、あまり普段行くような店では見ないな」


 ナタリアが言う。

 再度フレデリカに目線を向けて、改めて尋ねた。


「その道標石とやらがなければ、廃坑への転移はできないということか?」


(できなくはないであります。でもあった方がいいものであります)


 必要度合いの程度がわからんな。


「仕入れるというのは大変なのか?」


 今度はナタリアに尋ねる。


「なんとも言えんな。買おうと思ったこともないからだが。意外と簡単に手に入るかも知れないが、ある程度の量を確保しようと思えば、恐らく産出地からの取り寄せになるだろう。半月からひと月程は見ておいた方がいいな」


「ではその間はどうする?」


オレはその仕入れの手配と、ついでにできる範囲の下調べで情報収集だな。お前は好きにしていて構わんぞ。面接に受かったというなら、学生たちの遠足旅行とやらに付き合うのだろう? だから、陰府に向かうのは恐らく、それから戻って来てからになるだろう」


 少し考える。ちょうどいいかも知れんな。

 気に入らなかった問題をひとつ、片付けておくいい機会かもだ。


「そうか、では俺は少し狩りにでも行かせてもらおうか。構わんだろ?」


(え? なに、なんなの)


 ミイが、びっくりしたような声を上げてきた。


「ほう? 熱心なことだ。組合に行くのか? ならそこまでは同行するが」


「ああ、いや言い方が悪かったな。ハンターとしての仕事じゃない。犬狩りにでも行こうと思ってな。ちょっと欲求不満でね」


(何を考えているの、ギーク)


 ミイが聞いてくる。お前の不始末を片付けることを考えているのさ。


「うん? 良く分からんが、まあいいだろう。もう夕方になるが、すぐに行くのか?」


「そのつもりだ。明日の夜には戻る」


 そう言って、フレデリカに歩み寄る。


(ギーク! 何処に行くつもりなの?!)


 何処? なんと言ったかな、ナフタリアスでよかったか?

 目指すはそこだ。中途半端はやはり良くないと、俺は思うんだ。


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