6-02. 面接試験
大股に廊下を歩く。約束の時間に少し遅れてしまった。
授業中に生徒が怪我をして、その付添いをしたからである。
彼は剣技教官。担当授業では、生徒達に模擬戦をやらせる事もある。
十分に注意はしているが、骨折程度の怪我人は出る時には出てしまう。
待ち合わせの相手は、すでに応接室で待っているという事だった。
ドアを開ける。彼、コロンゼはしばらく固まった。
「すまん、部屋を間違えたようだ」
逆回しに応接室を退出し、開けたドアを閉めた。
そして部屋のプレートを確認する。首を傾げた。
改めてドアをノックし、相手からの返事を待ってドアを開ける。
「度々すまんが、カニーファというのは貴女のことか? ハンターで、今回護衛の仕事に応募して来た?」
「組合からBランクへの昇格試験として臨むように言われて参りましたので、正確には応募したわけではありませんが、その通りです。カニーファは私です」
応接室のソファーには、白皙黒髪で濃い緑色のロングドレスを着た美女がひとり、腰掛けていた。
学園には貴族のお嬢様方も多数在籍している。そうした少女たちの華やかさは見慣れていたが、なんと言うか格の違う美貌であった。
彫像か何かのようだ。作り物じみている?
いや、完璧すぎるというか、現実離れしているというか。
この娘がハンターだって?
俺は今からこの娘を面接しようってのか?
「そうかすまない、あー、もうちょっと待っていてくれ。実は面接官はもうひとり居てな、来ていないようなので、連れて来る」
「はい、お待ちしています」
募集したのは、数日間の臨時雇いだ。
もちろん、生徒を害するような、妙な人間を雇う訳にはいかない。しかし教官を新たに採用しようというのではない。
その程度の面接であれば、コロンゼは自分ひとりで十分だと判断していたし、こうした臨時雇いの面接はこれまで彼は何度もこなしてきた。
面接官がもうひとり要るというのは、今この瞬間に追加された要件だった。
「で、なぜ私なのです? コロンゼ教官」
「ああ、すまん。迷惑だとは思うが頼まれてくれ」
紋章学の担当教官、マーディーの呆れた目付きに耐えながら応じる。
「募集要項に若い女性は謝絶とでも書いておけば良かったのかもしれんが、いや参った」
「泊りがけの遠征ですからねえ、神経質になるのは分かりますが、生徒達だってそこまで見境無しじゃあないでしょう。気の回し過ぎでは?」
その指摘に、コロンゼは困った顔をしながら言った。
「そうならいいんだがな。いや、どちらにしても、募集要項にそうとは書かなかった以上、性別だの年齢だのと言った要素で弾くのは宜しくない。昇格試験で請けさせられた仕事だと言っていたから、理由を告げずに不合格というのも禍根を残すだろう。体よくお引取り願うために、貴君の知恵を借りたいわけだ」
「はあ、仕方ありませんね。ひとつ貸しですよ? なにかで返してくださいね」
◇ ◆ ◇ ◆
どういう経緯でなのか、狩人組合で陰府に至る廃坑の探索部隊を組むことになったらしい。
どこまで続いているものかも知れない、暗黒の廃坑に挑み、そして居ないかもしれない妖鬼を探せという。
おまけにその妖鬼を見つけたなら、生け捕らなければならないそうだ。
いやはや、そんな仕事、一体誰が請けるのか。
まさにナタリアはその打診を受けた。指名での依頼である。
「先日に挑戦の相談をしていたことが奏功したに違いないな」
ニヤリと笑って、ナタリアが言った。
捜索対象はギークで間違いあるまい。しかしどうして廃坑に潜んでいる可能性があるだなんて話になったのか。どうにも腑に落ちないことである。
「教会からの断れない依頼ということのようだったから、組合としても無茶を言っている自覚がある。なら多少の無理も通るだろうと思ったのだがな」
ハイリスクで無茶な仕事だな。だが請けてもいい。
その代わり、相棒も一緒だ。駄目と言うなら断らせてもらう。
それからついでに、この相棒をBランクにしてやってくれないか?
ナタリアは依頼を受けるにあって、そのように要求した。
「同行者については任せる。だがBランクへの昇格をそう簡単に考えてもらっては困るな。分かっていて言っているのだろうが」
組合長はそう言って、手元の幾つかの書類に目を通した。
「実力の程は、お前を含め何人かの高位ハンターから認められているそうだな。コミットした話ではないが、Aランクのグリフォン狩りに参加して手柄を立てたと言うなら、その点に不足はないのだろう」
「ああ、太鼓判を押してやるよ。こいつが未だにCランクでいる方が不自然というものだ」
組合長の言葉に、ナタリアが便乗した。
「だが、単なる戦バカにBランクはやれんぞ? 分かるだろう。Bランク以上のハンターというのは、ひとりひとりが組合の代表となるのだ」
そう言って、組合長はギーク扮するカニーファを睨み付ける。
「どうだ、お前にその気概はあるか? これまでの先達が積み上げてきた信用と信頼、それを担うにはまだ自覚が足りないのではないか?」
「あんたがあたしの何を見てそう感じたのかは知らないが、なら証明してみせようか。試験と言うのがあるのだろう。それを受けさせてくれればいい。落ちるのならば、確かにあんたの言うとおり、あたしには何かが足りないのだろ」
それで提示された試験の内容が、王立学園で企画されている、生徒達の遠征遠足の護衛仕事だった。
その内容を聞いて、ナタリアはつい舌打ちしたものである。
「あの狸オヤジめ、できる訳がない仕事を」
「何故だ。単なる護衛仕事だろ? こんな簡単なことでいいのかと思ったくらいだぞ」
吐き捨てるナタリアに、訝しげにギークが尋ねる。
ナタリアは首を横に振って、ギークの甘い考えを否定した。
「学園で面接を受けて、臨時雇とは言え採用されるところから条件に入っているだろ。これが難関だ。護衛として頼りになりそうかも評価はされるだろうが、それ以上に見識だの礼儀作法だのを問われることになるだろう。貴族の子弟である生徒たちの前に出せるような人格者かどうか、というような観点でな」
ギークは肩を竦めた。
「それは確かに、俺向きの仕事じゃないな」
「基本的に元々貴族に縁があったような連中向けの仕事だ。我とて学園の面接など、そうそうと受かる気はしないぞ。どういうつもりなのか、というかあの狸の考えは、つまり受からせる気はないという事なんだろう」
苛立たしげなナタリアに、ギークが言う。
「さて、組合長に毛嫌いされて嫌がらせを受けるような事をした覚えもないものだが、何故かね」
「わからんが、速やかに試験に失敗して、とっとと陰府に潜れということかもな。もしそうだとすれば、知らない内に組合もだいぶ腐食したものだが」
◇ ◆ ◇ ◆
「高位貴族、という言い方をすることがあります。なんのことか、そしてまたそれが何故なのか、お分かりですか?」
コロンゼによる幾つかの口頭審問を経た後、マーディーが問い掛ける。
「公爵、侯爵、辺境伯を含む一部の伯爵のことです。王から直接爵位を賜った家系であるため、そのように呼ばれます。同じ伯爵位にあっても、公爵侯爵からその爵位を賜った家については、その区分けには含まれません」
カニーファはスラスラとそれに応えた。
同じ質問を普通の庶民にしたとしよう。
地方の村落であれば、
「貴族? ご領主様のことかい?」
が普通だろう。
貴族の出入りが多い王都であっても
「やたら立派な馬車に乗ってる連中のことだろ?」
が関の山で不思議ではなかった。
それくらい、貴族の常識というのは庶民には知られていない。
そして縁もないものであった。
ハンターであればそこに、仕事の依頼元として金払いの良さ悪さという概念が追加されるかも知れない。
しかし高位だのなんだのの定義など、およそ応えられるはずもないことのはずだったのに。
「侯爵家のご子息と、男爵家のご子息が言い争っていたとします。あなたに気付いた侯爵家のご子息が、そこの無礼者を押さえ付けろと言いました。あなたはどうしますか?」
淀みない相手の回答を、それでもまだやや意外な程度と流しつつ、マーディーは更に質問の難易度を上げた。
ほとんど即答で、カニーファが応える。
「どの家の出であろうとも、他家の構成員、及び他家に雇われている者に命令する権利など有しません。口論で済んでいる限り、手出しはしないでしょう」
コロンゼはオイオイと少し呆れた。
聞く方も聞く方だし、応える方も応える方だ。
「では、口論では済まないときは?」
マーディーが重ねて尋ねる。
「決闘に寄らない貴族間の暴力沙汰は認められません。そして当主でない者が決闘をするためには、当主の許可を得なければなりません。その旨を説明して退かないようであれば、人を呼び集めて改めて理を説くことになリます。必要性が認められる状況であれば、実力での制圧も視野に入ります。しけし、私の立場であれば可能な限りそれは避けるべきでしょう。対立する両者を遠ざける努力を優先し、貴族位をもつ教官に対応を引き継ぐ事を考えます」
マーディーは舌を巻く。これははっきりと異常だと認識した。
法学専攻の学生でさえ、このような応用問題を即答など、そうはできないだろう。
「……そのとおりだとは思いますが、一体どこでそのような見識を?」
「一般教養であると認識しています」
マーディーは、机上の書面に改めて目を落とした。面接相手の経歴書だ。
地方の組合で優秀だったので、Bランクハンター昇格のため王都に来た。
しかし要約すれば、大凡それだけのことしか書かれてはいない。
「貴女は貴族の出身なのですか?」
「申し訳ありません。出身に関する質問には、狩人組合の決まりで答えてはいけないことになっています」
そうなのか、とマーディーはコロンゼを見た。
コロンゼが渋い顔で頷く。狩人組合は実力主義の組織だ。
建前上、人種出身は不問であり、依頼者にもその主義に理解を求めていた。
建前はしょせん建前で、そもそもその主義をハンター自身がきちんと理解していなかったり、実践できていなかったりするものなのだが。
「失礼。では、別の質問を」
マーディーは気を取り直して、携行していた羊皮紙をひと巻、カニーファに手渡した。
「そこにひとつの紋章が描かれています。どのように解釈できますか?」
それはもう、完全に嫌がらせだなとコロンゼは思った。
自分だってそんなのは答えられないだろう。
そもそもマーディーがその羊皮紙を持ち歩いていたのは、直前の授業で教材として使用したからである。この面接の為に用意した訳ではない。紋章官の選抜試験でもあるまいしと言うところ。
「解釈、ですか。これはエデン辺境伯の紋章かと存じますが、解釈というのは紋章学的な見地でと言う意味になりますか?」
「……そのように」
マーディーが応える。
これは嫌がらせです、と言ったも同然だ。
紋章学と言う言葉を知っていること自体がまず驚異だと、コロンゼは思った。
「……この紋章は、第三代目のエデン辺境伯のものですね。このエスカッシャンの図案は、初代が主王から賜った盾の絵柄を踏襲したものになります。同様であるセラト辺境伯、トール辺境伯、オーディア辺境伯らのそれらと対比させる事で、初代の騎士エデンが、将にその時代の筆頭騎士であったこと示すでしょう」
マーディーの顔が引き攣ったのを、コロンゼは見た。
「クレストが象徴するのは聖杯、聖杯湖を頂く所領を誇るものです。しかし、この頃の土台はまだシンプルですね。後代になると土台に葡萄の蔦が絡むようになります。教会が総本山を移動させた五代目からのことです」
ほう、そうなのか、
ところで俺はなぜこんな場にいるんだったかと、コロンゼは思った。
「サポーターは当代に至るまで変わらず、付き随う騎士達ですね。しかし鎧の形状は時代によって微妙に違います。紋章のヘルメットの形状と合わせて、時代時代の流行が感じられる部分でしょう。この頃はバイザー付のヘルメットはあまり一般的ではなかった筈ですが、三代目は二代目から買い与えられたこの形状のヘルメットを非常に気に入っていたそうです」
マーディーは固まったままだ。
「コロネットが伯爵位を表しているのは言うまでもないことです。コロネットを主王国の様式で統一するとの宣言がなされたのが、ちょうど三代目の時代ですね。もちろんエデン辺境伯は元からこの様式のコロネットを意匠としてきましたが。標されているモットーの『次は無い』は、色々と想像の余地がありますが、一度の機会に全力を注げという意味だとされています。初代から当代までこの家訓を紋章に掲げていますが、三代目はトゥラ王国の攻略戦で、これを負け狗の捨て台詞かと貶された事に激昂して、無謀な突撃を繰り返し敵味方の双方に大きな損害を出していますね。四代目も五代目も、というかどの代のご当主も、同じような理由で少なくとも決闘騒ぎは起こしていますから、三代目だけを短気だと評するのは当たらないでしょうけれど」
「あー、と。貴女はエデン辺境伯とは何かご縁がお有りなのかな? 随分と、まあなんだ、お詳しいようだが」
マーディーが固まっているので、コロンゼが尋ねた。
「多少、あります。もっとも、向こうは今の私を見ても、それとお気づきにはならないでしょう」
「なるほど。ふむ、貴族に知り合いが?」
因みにコロンゼもマーディーも貴族であり、そして騎士である。
「以前は。そうですね、私がこれくらいだった頃の話です。親の付き合いだったので、今は全くです」
カニーファが、自分の肩口より少し下ら辺で手の平を水平にする。
身長がそのくらいの頃、という意味だろう。
そう答えてから、少し考えて、カニーファは笑顔で言った。
「今日、お二人とは知り合いになりましたけれどね」
「ご両親は何を?」
その笑顔への反応は自制して、コロンゼが流れで尋ねる。
「お答えできません。申し訳ありませんが、規則ですので」
申し訳なさそうに、カニーファが言った。
「ああ、いや、こちらこそ申し訳ない。他には、ううむ、そうだな、逆にカニーファさんの方から、何か質問はあるかな? 答えられることなら答えるが」
ダメだな、これで不採用にはできない。
コロンゼは内心で嘆息した。
もちろん続いての技能評価次第ではある。
しかし、なんとなくやすやすとこなされそうな予感があった。
そしてその予感が全く正しいものであることは、この後すぐに証明されたのであった。