表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天国のお土産  作者: トニー
第五章:王都と怪盗
121/160

5-24. なんとかしないと

 ナタリアの余命はもう幾許もない。そう聞いている。


 理由はよく知らない。寿命なのさとナタリアは言う。

 そんなはずはないと、わたしは思う。


 ナタリアが居なくなるなんて、そんなのは認められない。

 なんとかしなくちゃならない大問題だ。


 でも、私にはどうしたらいいかなんて分からない。


「なにかの間違いに決まってる」


 そう思う。大体にして、いつ死ぬのかなんて、どうしてわかるというのか。

 未来のことなんて分からないじゃないか。

 だからきっと、ナタリアは何か勘違いをしているのだ。


 でも、でももし間違いじゃなかったら?

 手をこまねいていていいはずはない。なんとかしなければならない。

 ああ、それではしかし、一体どうしたらいいのか。


「問題なのは、ナタリアが……」


 諦めてしまっていること。

 自分の事なのに、仕方ないとそれを受け入れてしまっていることだ。


 これまで、手に負えないことは全部ナタリアが何とかしてくれた。

 わたしだけじゃ、どうしたらいいのか見当もつかない。

 でも何とかしなくちゃいけないんだ。


「天狗の集落というのが他にもあるなら、一度訪ねてみたらどうだ」


 とか。


「ギークとならうまくやっていけそうじゃないか。よかったよ」


 とか。


 ナタリアは、後に残されるわたしの心配ばかり。

 なんで? わたしはナタリアの代わりなんて欲しくない。

 そんなことで、安心なんてされたくない。


 どうしてもっと、長生きする方法を探してくれないのか。

 わたしと一緒にいようとしてくれないのか。


陰府シェオルとかいうのに行けば、なんとかできるかもって言ったじゃない」


 唯一、その可能性で挑戦したことがあるのが陰府シェオルという場所だ。

 地下深くに潜って其処に至れば「もしかしたら」があるかもと、以前にナタリアがそう言った。

 でも、当時挑んだ時には、これはムリだとすぐに断念してしまった。


 夜よりも深い泥のような闇の中、休憩もままならないような場所だった。

 闇に強いモンスターの襲撃を掻い潜ってひたすら地下へと潜る。

 それがとても辛かったのは事実だ。


 でも、もうちょっと頑張れたんじゃないかと思う。

 ナタリアの見切りは早すぎたと思う。


「そもそも薄い目だ。テンテンまで巻き添えにして、命がけで挑むような事じゃあないさ」


 わたしのことなんていいの!

 説得しようとした。でも、その時はダメだった。


 フレデリカの協力があれば、ムリではなくなるかも知れないらしい。

 少しずつ、安全な場所で休み休み行けるようになるかも知れない。

 なら今すぐにでも行くべきだ。なんでそうしないのか。


「あのバカ鬼が邪魔なのよ……」


 よく分からないけど、ギークの奴がダメなんだっていう話だ。

 資格がないとか、ランクが足りないとか、よく分からない。

 わたしがそうしたみたいに、コッソリ忍び込めばいい。

 いったい何がダメだっていうのか。


 分からない。

 コソコソするのは御免だとか、ギークがワガママを言ったのだろう。

 蹴っ飛ばしてやりたい。いろいろとアイツは邪魔者だ。


「別にギークなんかいらないから、フレデリカだけついて来てくれればいいのに」


 ギークがそばにいないと、フレデリカは転移できないと言っていた。

 そんな事ってあるのだろうか? なんのためにあんなのが必要なのだろう。

 女装趣味の変態鬼なんてお呼びじゃないというのに。


「えーと、あ、あれかしらね。見つけたわ」


 雲の高みから地上を見下ろし、五人の人影を捉えた。

 ゆっくり宙を漂っているわたしの姿は地上からは見えないはず。

 流出する魔力の勢いはなるべく控えめで抑えつつ、じっと観察する。


「あの男が一番強そうね」


 赤髪白バンダナの男に目を付ける。わたしと比べても互角に近い気配を感じる。

 他の四名も雑兵じゃないようだし、戦い方を間違えたら普通に敗けるだろう。

 別に挑むつもりもないけれど。


 疫病神が引き連れてきた面倒事だ。

 こいつらなら、疫病神ギーク自体を始末できるだろうか?


 どちらにせよナタリアが巻き込まれるのは避けないといけない。

 ここは素直に報告するしかないか。


(フレデリカー、聞こえてるー?)


 天狗同士が以心伝心で会話する要領で、フレデリカに声を掛けた。


 ナタリアは、ただいま商人とかいうのの護衛で街道を南下中である。

 ギーク、それに荷物よろしくラバに背負われたフレデリカも一緒だ。


 少し距離をおいて、後を着けてくる五人の男たち。

 ギークが尾行されているようだという結論は、先日出た通りである。

 とことん足手まといなバカ鬼だ。鬼族がバカなのはしょうがないが。


 任された務めは空からの二重尾行で追手の姿と人数を確認すること。

 取り敢えず、その任務は恙無くこなした。


 驚くような事じゃないが、驚くべき事にフレデリカから応答があった。


(聞こえているであります。任務お疲れ様であります)


 これは、天狗同士でしかできないことなのかと思っていた。

 ナタリアに昔試みて通じなかったから。


 ナタリアが、フレデリカの喋っていることが聞こえないと言ったから、そういえばこれってこれじゃないかと、ふと思い至ったのだ。

 フレデリカはどう見ても天狗じゃないのに、不思議なこともあるものだ。そしてどうでもいいが、ギークは聞き取りのみしかできないらしい。それもまた妙な話だと思う。

 世の中には不思議なことがたくさんある。


(あんた達、やっぱり尾行されてるわよ。説明するのめんどうだから、そっちで勝手に見てくれない?)


 以心伝心ができるんだからこれもできるんだよね?

 えーと、久しぶり過ぎてちょっと自信ない。思い出そうと頑張ってみる。


(スードゥーで視界録画デーモンをスタートアップ、ライフタイム30セコンド。共有モードイネーブルでリモートアクセスをアクセプト、ペアリングターゲットは個体名フレデリカ)


 呪文を使うの久しぶりだ。

 こういうのって、使わないと忘れるわよね。


(? はて? ……了解であります。ポート確認、レスポンスタイム計測、パケットロス5%未満、前提条件クリア。データリンクをUDP接続で確立。ストリーミングデータの受取開始。観察対象の順次目視をお願いするであります)


 ん? ちゃんと通じたのかな?

 定型文じゃない返しはやめてほしい。


(なに、なんなの?! おかしいの! テンテンが狂ったの!)


 もうひとりのフレデリカ、通称ナノデリカが失礼極まりない。

 狂ったってなによ。


 わたしは落ちこぼれだけど、それでも呪文くらい教わったわよ。

 ……意味とかはさっぱり知らないけど。



「そいつは不可竄の猟犬(クロツァード)だな。Aランクハンターだぞ。だいぶ大物に目をつけられたじゃないか」


 日が落ちたあと、焚き火を囲むナタリアに合流した。

 護衛対象だという商人は、すでに寝入っている。


 わたしは毛布を被って、ナタリアにヒシッと抱きついた。

 わたしは毛布。仮に商人が寝たフリでこっちを伺っても大丈夫。

 わたしはナタリアが抱えているのは毛布の塊だ。


 ナタリアは温かい。周りがどれだけ酷寒であっても、ナタリアは温い。

 こうしている時が、わたしは一番幸せだ。


「それなりの確信がなければ、そもそもここまで尾行しても来ないだろう。形振り構わず殲滅する意志ならとうに行動を起こしているはずだ。生け捕りにでもしたいんじゃないか? なにか聞き出したい事があるのかもな」


 ぬくぬく。ああ、ずっとこうしていられたらいいのに。

 なんでそうできないのだろうか。


「面倒だ。罠に嵌めよう。こちらから奇襲を掛けて皆殺しにする」


 ナタリアとギークがなにかを話している。

 ナノデリカが時折ギークに注文をつけたりしている。


(まーつーの、ギーク。フレデリカの予想通りに<<追跡>>で尾行されているというなら、転移には追随できないはずなの。このまま護衛の目的地である商業都市まで行って、それで転移で王都に戻れば撒ける相手なの。わざわざリスクを負う必要はないの)


 フレデリカはふたりいる。

 マスデリカとナノデリカ。命名わたし。非公認。


 多頭のモンスターというのはそれなりにいる。驚くには当たらない。

 もうひとつの顔が何処に付いているのかは知らないけれど、疑わしいのは頭の円盤みたいなのかな? お尻とかだったらちょっと面白い。驚いてあげてもいい。


「こういう場合、向こうが仕掛けて来る前に先手を打つのが当然だ。尾行に集中する余り、野良モンスターの襲撃に対する対処が遅れたんだろう。不幸な事件だったな、でなにが不味い」


「相手のほうが数が多いし、どんなギフト持ちかも知れないぞ? 全滅必達で挑むには分が悪いんじゃないか? 特にAランクのハンターであれば<<不屈の誓い(リカバリポイント)>>持ちでも不思議じゃない。そうだとすると殺した瞬間に安全地帯セーブポイントに逃げ帰られてしまう事になる」


 ナタリアー、ナタリアー。ハグハグ。

 幸せで眠くなってきた。まぶたが重い。


「こちらの仕業だとバレなければ良い話だ。全滅できれば最善だが、しくじったところで何を失うものがあるというのか」


 今日は半日空にいて疲れたし、もうこのまま寝てしまおう。

 うん、明日もナタリアと一緒にいられますように。



 警告、ハッシュ値が一致しません。

 不正なアクセスの痕跡を発見しました。

 セルフチェック開始。影響範囲を特定します……

 失敗。特定できません。

 過去ログとの比較でバックドアを探索します……

 中断。ログが改竄された痕跡を発見しました。

 ライブラリから照合用のデフォルトセットを取得します……

 ネットワークエラー。タイムアウトです。

 ローカルに保存されているバックアップとの照合を行います。

 警告、ローカルデータは改竄されている可能性があります。

 クリア。セルフチェックを完了します。

 警告、この状態はネットワークが回復するまでの一時的なものです。

 ネットワーク接続が復旧次第チェックシーケンスをリトライします。



 翌朝起きたら、視界の右下になにやら黄色い印があった。

 なんだろう? わからないので放っておいたら、そのうち消えた。


 結局、尾行者たちには手を出さないことに決まったらしい。

 ナノデリカが強硬に反対して、ギークが面倒になって折れたようだ。

 別にどっちでも良いけれど、あからさまにバカ鬼が不機嫌でウザイ。


「さて済まないが、オレ達は城内に数日滞在して、それから直接転移で王都に戻ることになる。テンテンはオレ達が城門を潜るのを見たら、あとはそのまま飛んで王都のそばに先に帰っておいてくれ。キャンプの場所も変えたいから、適当な場所を探しておいてくれると助かる」


 結局、護衛先となる都市までの往路では、尾行者たちは仕掛けて来なかった。

 なので予定通り、置き去り作戦で行くということになったようだ。


 数日間のうちに、都市中のいろんな場所を彷徨いて、偽装工作をするのだとか。

 わたしは城内には入っちゃダメなので、別行動になるのは仕方ない。

 でも、ギークが平気なら、わたしだって平気だと思うのだけどな。


 ん? ああ、ギークも平気じゃなかったから尾行されているわけか。

 さすがバカ鬼、反省ということをしないわね。


「わかったわ! じゃあ、街に入るまでは、空から見張ってる!」


 元気よく応える。前向きであればこそ活路も開ける。

 そう教えてくれたのもナタリアだ。


 そのとおりだと思う。だからわたしは諦めない。

 捨てたくないものを捨てたりはしない。

 しがみついて、離したりなんかしないんだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ