5-22. スライムのタイツ、なの
うぞうぞと蠢き這い回るそれ。
それは何もない空間からどろりと零れ落ちてきた。
濃緑色の粘塊。ギークの足下に寄ってくる、これはなに?
いや、なにというか、僕の眼にはこれはスライムに見えるのだけれど。
「おい、大丈夫なのか?! 俺が喰われるのは御免だぞ!」
ギークが懸念を表明する。そうだよね、全く同感だ。
でかいスライムってのはホントに困る。どうしたら良いかわからない。
もしかしたら命の危険を覚えるべき状況じゃないか?
突如として現れたスライムは、質量的にはギークの半分くらいだろうか。かなりのサイズだ。危険な程に大きい。
スライムというモンスターは、対策をきちんとして臨むなら、そこまでの脅威ではない。ランク的にはそこまで高位の存在ではないし、弱点がハッキリしている相手だからだ。
けれど、不意に遭遇してしまった場合の危険度は高い。いや、小さいうちはいいのだ。小さいうちは大した脅威ではない。しかし大きくなると、具体的には松明くらいじゃ焼け石に水な感じになってくると対処に困る。
剣も槍もほとんど通じなくなるし、対抗手段の用意がなければ普通に詰む。ギークのように物理攻撃オンリーだと、大型のスライムとの不意の遭遇はとても危険なのだった。
(所有者登録できたでありますから、ご主人様がちゃんと躾けて管理すれば大丈夫であります。良い子なので可愛がってあげるとよいのであります)
フレデリカが、意味不明かつ暢気な回答をする。
ちゃんと躾けて管理って、具体的に僕はどうすればいいのですか?
(ギークのコスチュームの話をしていたの! 脈絡が通っていないの! というか、こんなのをどっから持ってきたの?!)
いや、あの、寄ってくるのですが!?
あ、ちょっと、あ、、、ぎゃー、ギーク呑まれた!!
スライムが近付いてきたので、ギークは飛び退こうとしたようだ。
そうしたら触手が伸びてきて足首に巻き付かれた。尻餅をつくかと思えば地面がグニャンという質感。そのままうぞぞんと粘体に覆われた。
いや、ヤバイ。ヤバイ、喰われるって。明らかに消化しようとしてるよね?! 捕食行動だよねコレ?!
ご主人様はちゃんと躾けて管理できていないです! つまり現状はかなりダメなんじゃないのかなあ!?
「クッ、この、おいフレデリカ! それともミイか?! 止めさせろ!」
粘体に肢体を弄ばれる師匠姿のギーク。
なかなか眼福な感じだが、喰われるのだとすればそれどころじゃない。
(今、抱き着いているのは、「ごしゅじんさまー」とじゃれついている感じなのであります。カワイイ子なのであります)
(いや、そんな可愛い感じなの??)
でもほら、ギークが結構本気出して脱出しようとしているのに、全然できない感じなのですが。
てけり・りー てけり・りー
(なに、なんの音なの?!)
もしかしてこれ、啼き声か何かでしょうか?
「おい! 早く何とかしろ!」
いや、そう言われても。と言うかおかしい。どうしてこんなことに。
さあ今夜も教会に押し入るぞー!
今日こそ使える感じのギフトの種を一緒に押収だー!
(でも、飾って着ていくお服がないの。灰でも被ってろという感じなの。ギークが不憫なの)
そんな話をしていたはず。
人間の姿のときでも、夜叉の姿になっても、どちらのときでも不自然なく着れるような衣服を買い求めたのだけれども、残念ながら、良い品は見つからなかった。
それでまあ、なんてことなのヨヨヨヨヨーンとやっていたのだ。
そしたらフレデリカが言いました。
(ちょうど良いものがあるのであります。先程処置が済んだばかりなのであります。入荷したてのピチピチであります)
で、出してきたのがこのスライムだった。脈絡がないことこの上ない。
(ちょっと遊んであげてから、服になれと命じれば良いと思うであります)
あ、くすぐったい!
このっ、あーもうギーク! お前諦めてないでもうちょっと頑張れよ!
え? なに?! このスライムを服に何だって?!
(もう少し馴染んだら、親愛度に応じて自由自在に色んな事を任せられるのであります。便利な子であります。因みに拾った一部は私用にさせていただいているであります。義肢の補強にも使えるであります)
つまりあれですか。このスライムを服代わりに着たらどうですかと。
マジでか。
てけり・りー
「おい! なんでもいいが、早くしろ! 気色悪い!!」
喚くだけじゃなくてもう少し努力しようね?!
いや、抵抗しようとしてどうにもならない感じになってるのは見りゃ分かるが。
制御って何をどうすればいいんだと試行錯誤。
簡単に言いますけどねー、右も左もわからないわけですよ。
服になれー、服になれー。と言うかその前にまず落ち着けー。
(もう一度聞くけど、こんなのどこで拾ったの!? なの)
頑張ってみつつ、フレデリカに尋ねた。
(昼間、街で拾ったであります。街中にいた野良を保護したであります。後半はお友達も連れておいでで大漁だったであります。ちゃんと去勢して所有者登録をしたので、安全であります)
いやいや、こんなモンスターが気軽に街中に居てたまるか。
そこはどんなカオスだ。
うーん、こうかな?
ああいや、こうかな? に反応しなくていい!
うわーん、難しいぞこれ!
こちらの意思にいちいち反応があって、それが過敏すぎる。
それから一刻半ほど頑張って、それでようやく、なんとか形になった。
疲れた。もう空も白んで、はいないが、今日どうするよ。教会行く?
只今のギークの格好は、スライム製の分厚め全身黒緑タイツだ。
これ以上は僕には無理。頑張ったんだ。もっと褒め称えろコンニャロウ。
(防御性能抜群で変幻自在であります。これ以上の外装はそうは無いであります)
フレデリカが太鼓判を押す。そうかい、そりゃあ良かった。
ああ疲れた。
「コロシアムから抜け出してきたのかもな。こいつならどんな隙間からでも這い出せるだろう」
少し嫌そうに、タイツに擬態して自身にへばり付いているスライムを、撫でたり抓ったりしながらギークが言った。
ああ、それは確かにありそうな話だ。
「で、これを今後の服にしろってのか? 正気なのか?」
少しどころでなく、嫌らしい。
うるさい黙れ、お望み通り何とかはしただろ。贅沢言うな。
(うー、取り敢えずはこの上に外套を羽織るの。外套の下が全裸ってよりは、だいぶマシなの!)
師匠用、悪徳爺用で、もちろんそれぞれに服はある。
しかし夜叉用はないし、変身する予定がある時には着る服がない。
変身する度に毎回ビリビリと破くわけにもいかない。
それがこれまでの問題点だった。
一応これなら、その問題は解決する、と言えるかな?
もうちょっと普通の服っぽくしたかったのだけれども。
「いい趣味とは思えん。どっちにしても人目についたら如何わしいぞ」
(今はこれが精一杯なの。今後に期待なの!)
細かいディティールを作りこんだり、色を部分部分で変えたりするのは、少なくとも今の僕にはシンドイのだ。理解しろこのアンポンタン。
爺の全身タイツ姿なんて僕だってお呼びじゃないよ。いや、実験のために変身してみてよと言ったのは僕だけどね!
もう少し頑張れればできそうという気もする。ピンクのフリフリなドレスと擬態させることだって、不可能ではない気がしている。要は習熟が必要だってことだ。
僕は今、新たな夢を思い描いていた。
服屋での物色で、僕は幼女な師匠向けの衣類の購入を希望したのだ。
結果は全却下。鬼畜なギークの合意得られずである。
あれは悲しい事件だった。
必要性が全くわからん。この金でメシを食ったほうが有意義だ?
何故分からん!? 信じられない。人類の損失だと思えこの野郎!!
その代りとなるものも、このスライム君で再現できるんじゃないかな。
いや、できるに違いない! フリフリの幼女師匠を必ずや!
なかなかにハードルが高いミッションだが、必ずや成し遂げて見せよう。
おお、何かやる気がでてきたぞ!
「フン、まあいい、確かに下手な鎧より丈夫そうだからな。クラナスの一撃に耐えられるとは思えんが、豹だの蝗だのの攻撃位なら防げそうではある」
自分自身を叩いたりして、何やってんのかと思ったが耐久度をチェックしていたらしい。痛痒も感じなかったね。うん、これは大したものだ。
「で、遅くなったが、これからまた金庫破りか。昼に鋼貨を預けた教会だな?」
あー、うん、そうね。疲れたからちょっと気乗りがしない。
でも、預けた鋼貨が金庫にあるうちに片付けるべきではある。
(そうなの。えーと、じゃあフレデリカ、いつもの要領で、取りあえず城内に転移をお願いしたいの)
(了解であります。それでは広場の噴水前に転移するであります。転移先で目立たないように、ひとまずは屈んでいて欲しいであります)
そんな一幕を経て、今夜も教会の金庫室に潜入した。
前回とは別の地区の、違う建物である。
攻略手順は前回とほぼ同じだ。違うのは、
(金庫室に不寝番っぽいのが居るの)
「ほう? さすがに警戒しているというわけか。どうする、殺すか」
短絡的すぎるわ!
(壁越しに金庫の裏側から中身を拝借するの。右にあと3歩移動なの。そこなの。フレデリカ?)
(了解であります。御館様、お願いするであります)
ギークが再び隠形状態になって、抱え上げたフレデリカを壁に押し付ける。
フレデリカの上半身が抵抗なく壁に埋まった。
……前にも思ったけど、この状態でギークが隠形を解除したらどうなるのだろう?
(回収完了であります。撤収するでありますか?)
(んー、ギークちょっとこのままフレデリカを左にスライド。フレデリカ、部屋の中にギフトの種のポーション瓶があれば、それも何本か確保したいの)
今度こそ手持ちと被らない素敵ギフトを希望だ。
(承知であります。あ、ダメでありますね。やっぱり宵闇を見通す瞳ばっかりであります)
なんでやねん! そんな大人気ですかそのギフト!
いや、違うか? 不人気だから在庫余ってる??
(あー、もうっ、撤収なの撤収! 腹立つの!)
本当はね、折角教会に侵入しているのだし、ナタリアが仕入れて来た情報の真偽というか、詳細が分かるような何かも入手できないかとは、ちらと思ったのだけれど。
でも欲張るのは危険だからやらない。今日は疲れたし。
ギフトの種が期待外れでがっかりだし。
もう帰る。
ナタリアが仕入れてきた情報というのは、例の胡散臭い魔物調教師に関することだ。
知人の誰かに調べてもらったと言う事のようだが、その誰かの素性は明言されなかった。
同志、とかいうグループのメンバーなんだろう。これはこれで胡散臭いね。
ナタリアの同志たち。
どれ位の規模で、普段何をしているのだろう?
旧トゥラ王国の汚名払底と名誉回復、復興を目指す?
具体的にはそれをどのような形で成し遂げるつもりでいるのか。
本気なんだとしたら、それはまあ平和裏にとは普通行かないだろう。
まあ、そもそも尋ねてもいないのだけれどね。尋ねたら応えてくれるかもね。
でも、深入りはしたくないな。あんまり興味もないし。
旧トゥラ王国こと、現セラト辺境伯領。
領主の次男坊には、ちょっと思うところがないではないけども。
(大体ね、アラビィタ? とかいうのが、なにをしているか分かるような資料って、つまりそれはなにって話なの。そんな都合の良いモノ、ホイホイ落ちていてたまるかって話なの)
そいつが教会の祓魔師であるという情報は、やはりナタリアの知人サイドでも把握していたそうだ。
より踏み込んだ情報として、どうやら祓魔師本来の仕事はほとんどしていないらしいことと、専ら王都における教会のトップである大司教からの直々の指揮下で、モンスターに関する研究のようなことに従事しているらしいということがわかった。
「何を勝手にブツブツ文句を言っている。うるさいから黙ってろ」
ギークに窘められる。ブーブー。
(捜索されているのはギークなの。ギークこそもっと危機感を持って、対策を考えるべきなの)
あの胡散臭い男、現在は妖鬼探索の為、何か色々な事をしているらしい。なんだかは知らないが。
知人な情報源の推測では、モンスターの気配を察知してアラートを上げる仕組みのようなものを、王都の随所に仕込んでいるのではないか、と言っていた。
「フレデリカが、なんだ? なんか知らんが対策しているんだろ?」
その話を聞いて、フレデリカおよびギークと善後策を話し合ったわけだ。
スライム騒動でぬたぬたやる前のことである。
(設置型のトラップを誤魔化す程度の、アクティブ方式の欺瞞なら、私でも実行可能であります。今後城内に居る時は、欺瞞反復の機能を常時有効にしておくであります。ただ、当然エネルギーを喰うでありますので、可能なら長時間の滞在は避けていただきたいであります)
そこで、フレデリカが謎スキルで対策出来る、みたいな事を言い出したのだ。
で、ああ便利だね、なんだかよく分からないけどね。
えーと、お任せでいいのかな? じゃあよろしくね、という感じ。
(フレデリカ、その欺瞞反復とやらで<<直感>>とかを掻い潜ることはできないものなの?)
(<<直感>>を完全な形で掻い潜るのは、どんな手段を以てしても困難であります。撃破狙いなら、物量作戦で処理能力を飽和させる方法が有効なのでありますが、やり過ごすとなると確実と言える手段はちょっと思い付かないのであります。採用可能で競合しない偽装手段を全て並列に実行するのがベターな感じになると思うであります。処理能力の勝負になるのであります)
だ、そうで、どこまでの効果を期待していいものかどうかは不明。
(なんでも人任せは良くないの! 自分でもできることを考えてするべきなの!)
「その言葉はそのままお前に返してやるが、とりあえず城外に出るまでもう少し黙ってろ。気が散る」
最近ギークが生意気である。再教育が必要な気がする。
余談。
この度僕らのパーティに参入したスライム君。
彼? 彼女? はショゴスという種族らしいので、ショゴ君と命名することにした。
親愛度を高めるには、やっぱり名前からだよね。
早く、いろんな衣装を再現できるようにならないかな。
[INFO] ショゴ君(種族:ショゴス)が、従者に加わりました。
[INFO] 現在の状態を表示します。
ギーク
夜叉 Bランク Lv16 空腹(忍耐)
【ギフト】
不死の蛇 Lv3
唆すもの Lv--
地図 Lv4
引戻し Lv3→Lv4
制圧の邪眼 Lv2→Lv3
<---ロック--->
<---ロック--->
<---ロック--->
【種族特性】
永劫の飢餓(継承元:餓鬼)
暗視(継承元:小鬼)
忍耐の限界(継承元:鬼)
手弱女の化粧(継承元:妖鬼)
森林の神霊
【従者】
ショゴ君 親愛度E