5-21. 悪魔の組合と黒板、なの
道徳上の怪物。
神と自然と人間の敵。
Q.それは何だと思いますか?
彼等は、必ず地獄に堕ちる者たちです。
強欲の化身でにして、死後には魔王の最も忠実な召使いとなるのです。
秩序は、聖職者たちの身命を捧げる祈りと、騎士たちの流す血で保たれます。
彼らはその上に胡座をかいて、恩恵に与りながらも仇で返すロクデナシです。
農民たちが、労苦を惜しまず汗を流して収穫した農作物を安く買い叩いて辛酸たらしめ、そして高く転売して利ザヤで肥え太る邪悪の権化どもなのです。
A.それは商人です。
特に悪しざまに言われるのは高利貸です。しかしこれは同じものと思っていただいて差し支え有りません。
商人というのが賤業に身を窶す者たちであるという事実に変わりはないですし、そもそも大金を得た商人というのは必ず金貸し業に手を出すものですからね。
教会は、金貸しに利息を付けることを禁じています。
にも関わらず、彼等は高利で金を貸すのです。地獄に堕ちることさえも厭わない、なんと恐ろしい所業でしょうか。
「どうして彼らはそのような悪事に手を染めるのですか?」
決まっています、彼らが純然と悪だからです!
彼らは人の心を持たないのです。
利益の為に魂を売り渡した、それが商人という生き物なのです!!
若くして毛髪に見捨てられた、幼女スキーな変態家庭教師の熱弁を思い出す。
普段の死んだ魚の目が嘘のような、身の入った熱弁であった。
彼は、毛髪だけでなく、金運にも見捨てられていたらしい。
ほんと、なんであんなのを雇ったのだろう。
「商人たちがいるからこそ、物流が成立しているのです。にも関わらず我々は不当に蔑まれています。だからこそ弱者で結託し、助け合い、理不尽に抗う必要があるのです」
若返った悪徳爺、青年の姿で、ギークは商人ギルドの門を叩いた。
そしてただいま、組合への加入に際して、組合の理念であるとか互助の精神であるとかの、そうした有り難い説明を拝聴している最中である。
うん、たぶん、拝聴しているのではないかな。
ぶっちゃけ僕が拝聴していないので、ギークの態度がどんなふうと事細かに評することは能わない。
少なくとも、暴れ出したり、高鼾をかいたり、カボチャのカブリモノに夢中になったりはしていないようだ。ギークは。
で、僕は何をやっているかというとだが、
(フレデリカ、あれ! あのカボチャ素敵なの! ぜひ被るべきなの)
棚に置かれていたハロウィンカボチャに、僕の目は釘付けだった。
(ご主人様、その話はもう終わったのであります。被りものはノーであります)
似合いそうなんだけどなあ。
というか、元々はフレデリカの方から言い出したことなのになあ。
(チョットだけ、チョットだけなの! 減るもんじゃないの!)
(購入すれば所持金は減るし着脱すれば諸々傷むであります。減るであります)
むう、くだらない屁理屈を捏ねおってからに。
なんの話をしていましたっけ?
ギークが悪魔の仲間入りをしようとしているという話でしたかね?
まあ元々が鬼だし? 夜叉か? 別に今更というやつだね。
「では、このサインによって貴方は我々の友人であり、苦楽を分かつ仲間となりました。おめでとうございます」
ああ、血判じゃないんだ。悪魔との契約っていったら血だよねえ。偽物じゃないのかこれ。
いつの間にやらギークがサラサラと、組合加入のサインまで済ませていたらしかった。
「さて、先程も伺いましたが改めて最後に、なにか尋ねたいことがありますか? 先程はお答えできなかったことでも、今なら答えられるかもしれませんが」
サインする前には、ひと声くらいかけろよなー、と思う。
カボチャカカシの夢に心躍らせていた僕が悪いのだろうけれども。
「そうですね、王都で商売するにあたって、先程聞いた以上の特別な許可が必要なことは、なにかありますか? あるいは許可ではないにせよ、届出ておいた方が無難なこととなどがありましたら、伺っておきたいです」
生真面目なお登りさん風の善良青年を装う口調で、ギークが尋ねた。
座り悪ッ 違和感がもう、ゾクゾクッとくるね。
「繰り返しになるのですが、何処でどんな商売をするかは、事前に必ず届け出るようにしてください。その内容ごとに個別に審査、確認や調整が行われることになります」
組合参加の受付を担当してくれた、組合の幹部であるらしい、身なりのよい壮年のベテラン商人が、懇切丁寧に教えてくれる。
「ある地区では問題なかった商売が、別の地区では既に類似の商売をしている組合員が居る等の理由で許可されない場合があります。何処で、なのかも重要なので気を付けてくださいね。これを怠ると、いらぬトラブルの元になりかねません」
いくらでも良いと言われた入会金に、レジェ鋼貨を奢った甲斐もあろうというものである。商人の善意と親切は金で買える。友情だって、愛だって。
ギークの自己紹介は、何かアイディアはないかと聞かれたので、昔読んだ本に脇役で出てきた若手商人の身の上話を言ったら採用された。
地方での商売が上手く行ったので、その商い自体は親に譲って、稼いだ金を新しい商売の元手にしようと考え上京して参りました、という感じ。
ちなみにその若手商人は、元手にしようとした資金を悪徳役人に徴収されて、ついでにお尻を掘られそうになったところ、主人公である聖騎士アデスの活躍で新しい世界の扉を開いたのだけどね。いや、なんでそうなるのかの過程は省くが。
まあ、ギークがそうならないことを願う。
「組合は原則として組合員を公平に扱います。先に始めた者に、公平に商売の優先権が与えられます。そしてその権利は、組合費の滞納や不祥事によって失われることがあります。注意してくださいね」
ベテラン商人の説明を聞いてギークが頷く。
「フラッゲンさんの商売は西方諸国との交易、取り扱うのは主に食品ということですから、まあ余り寡占して云々というものではないですが、それでも特産品の扱いには留意をお願いします。食品と言っても香辛料の類は柵が多くありますので、取り扱われる際にはご相談を」
大丈夫、売る気の方はあんまりないの。
そういうことにしておけば、糧食の大量な買い込みも仕入れということで誤魔化せるのではないか、というギークの目論見です。
変に世間ズレしやがってからにね。
「ありがとうございます。ああ実は、もしかしたら王都になら売っているかもと購入を頼まれたものがあるのです。他の商人の方々から、そうした情報を買おうと思ったら、あるいはもしお持ちの方がいらっしゃればで取引のお願いを出そうとすれば、どんな方法がオススメでしょうか?」
とにかくギークの言葉遣いがらしくない。あの悪徳爺の若かりし頃の喋り方なのだろうか? なんでこれがああなったんだ?
「ああ、情報の価値をよく理解しておられるようだ。貴方は良い商人ですね、ええ」
ベテラン商人はそう言って、ギークの斜め後方を指し示した。
「あちらに黒板があるのが見えますか? 欲しいもの、知りたいことがあれば、書き付けておく事ができます。有力な情報には幾らを支払うと、明記しておいた方が食い付きは良いでしょうね。チョークは自前で用意いただいて居ますが、ここで売ってもいますよ?」
どれどれ、どんなことが書いてあるのかな?
=上質な霊鉄の鉱石求む、相場割増でお支払い=
ほうほう。
で、ちょっと離れた場所に
=霊鉄の鉱石の相場額が幾らか教えてください=
……コントか? どう見ても同一人物の字だが。
まあ、それはどうでもいいとして、他にはなにが?
=黒コショウ買う。対価にはお船をプレゼント=
=王子様な奴隷を売ってください。中古お断り=
=さいごのカギ譲って! 決して悪用しません=
本当に大丈夫か? この掲示板。
いや、目に付いた変なのをピックアップした結果ではあるけれどもさ。
書き込んだ内容は不定期的に消されるので、それまでに望む結果が得られていなければ、再度自分で書き直さないといけないらしい。
冗談や悪戯なんかも書き込まれることはあるが、どうせその内に消されるので、よほど悪質でなければ問題視されませんよ、と。
まあ、ダメ元で書いてみますか。ギークに書かせる。
=強化系統ギフトの種子。レジェ鋼貨2枚以上=
=直感系統ギフトの種子。レジェ鋼貨3枚以上=
=迷彩系統ギフトの種子。レジェ鋼貨4枚以上=
あまり期待はしないけれどね。
=憑依霊払いの方法。効果があれば有り金全部=
ほう、ギーク? その勝手に書き付けているそれはなんのつもりかな?
「ギフトの種ですか。うーん、一般に出回ることは滅多にありませんね」
ギークが黒板に書き付けるのを横で見ていたベテラン商人が告げた。憑依霊のほうは、僕が即座に消させたのでノーコメント。
強化系統のギフトというのは、肉体を丈夫にしたり、武器の破壊力を増したりするもの。前者の代表が<<身体強化>>で、後者の代表が<<錬気纏い>>。どっちらかと言えば後者が欲しいね。
直感系統は<<直感>>が手に入るのが理想だけれど、<<危機察知>>辺りでも妥協できる。
迷彩系統のギフトには、人間の眼から隠れるものと、ギフトの探知を掻い潜るものとがある。欲しいのは後者だ。
<<直感>>や<<天啓>>で正体が露見するのをある程度でも防いでくれるものとか、誰かに例えば<<地図>>のマーカを付けられてしまった場合に外すことができるようなものとか、そういうのが望ましい。
何にしても、やはり種はそうそうと出回らないか。まあ、そうですよね。
猟奇的なギフトであるところの<<種子の収穫>>でしか作れないわけだし。普通の人なら教会に行って<<授与の儀式>>を受ければそれで済むわけだし。
「王都では各地から持ち寄られた珍品でオークションのようなものも開かれると伺いましたが、そういったところでも出ないものでしょうか?」
「大きなオークションに出品されるのは、大体が貴族や富豪が欲しがるもの、という事になりますからね。彼らがギフトを求めるなら、とりあえず教会に打診をするでしょう。コレクションとしては、ああいう消費期限があるような品は好まれませんし」
消費期限? え、そんなものあるの?
(この前見た通り、教会には沢山あったでありますが、あれは非売品ということでありますか)
フレデリカがぽそっと、そんなことを呟いた。
(ちょーーっと待つのフレデリカ。何の事が説明を求めるの! いい加減そういう大事なことを突然サラリと言い捨てにするのはやめるべきなの!)
聞き捨てならず、説明を要求。何度目だこのパターンは。
(ご主人様も確認されたはずであります。教会の金庫のあった部屋に、水薬の瓶が沢山あったであります。あれが恐らくギフトの種と呼ばれるものかと思うであります)
え、なに? じゃあの水薬を飲んだら好きなギフトがゲットし放題ということなの??
(二本かっぱらったはずなの。それぞれ何のギフトなの?!)
(どっちも宵闇を見通す瞳であります。ラベルが同じだったでありますから、あの部屋にあった水薬は全部がそうだったと思うであります)
ギークには種族特性で<<暗視>>がある。そんなギフトはいらん!
なんでピンポイントで使えないギフトしか在庫してないんですか教会ってやつは!?