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天国のお土産  作者: トニー
第五章:王都と怪盗
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5-18. 避難と見込み違い、なの

 クラナスが繰り出した聖剣の閃き。

 それは僕らが足場にしていた地面をも、ズッパリと断ち切っていた。

 そしてここは山頂も程近い崖上の窪地である。


 ズレる、ズレる、景色がズレていく。


 ゴンッ! 


 足元が揺れた。

 わー、たいへんだー。


 クラナスの、今の表情は伺えない。

 しかしたぶん、侍従長に悪戯を見咎められた時の表情をしている気がする。

 クラナスは、これで存外に迂闊なところがあるというのを僕は知っている。


「オイオイオイオイ!?」


 バリードが慌ただしく周囲を見渡しつつ騒いだ。

 そして僕らは奈落の谷間に真っ逆さまになったのだった。




 浮遊感、落下。

 ヒュッと吸い込まれて、ファッと吐き出される。


 景色が暗転する。


「ォォォォオオオオオオッ?! ……お? なに?」


 ドサッと枯れた草原の上に転がって、わちゃわちゃバタバタ。

 それからピタリと、バリードが手足の動きを止めた。

 しばし呆然とした後、起き上がってキョロキョロと辺りを見回す。

 わかりやすい道化である。


「……ここは? ……王都、だと?」


 芸もなく、フレデリカの転移で緊急脱出。

 これで二度目。前回同様、王都の城壁を望むいつものキャンプ地。


 さすがに出し惜しんでいる場合ではないと判断してのことだったのだが、一息ついて当然あるべき姿を探せば、それが見付からない。


 なに? なんで? どういうこと??


(フレデリカ、クラナスは? クラナスがいないの)


 道化なんてどうでもいい。一番大切な相手だけがここにいない。


(転移に抵抗されてしまったのであります。遺憾ながら置き去りであります)


 あ、あ、アホかー!!


(早く戻るの! アイル・ビー・バーーーックなの!)


 あー!? てゆうかクラナスのマーカがまた外れてるし!

 これじゃ無事かどうかも分からないじゃないか?!


(崩落現場は地形が大きく変わってしまっていると予測されるでありますので、直接の転移先には選びにくいのであります。安全に転移できそうな最寄りを再計算するでありますので……)


 なにを悠長なことを! 安全なんてどうでもいい!!


(にゃー! 早くするのー!! くらなすーーー!)


 僕はパニックを起こして、とりあえずギャーギャーと喚いた。

 そしてギークにアイアンクローを食らう。イタイイタイイタイッ!


 というかギーク、自分も痛いハズなのに手加減がないぞ。


「銀魔法ねぇ……。まともな使い手は、マーリン以来か? 学のない俺にはよくわかんねぇけどよ」


 道化野郎が何か賢しげなことを言ってる。

 草むらの上でずっとジタバタやっていればよかったのに。


 崩落の現場から少し離れた場所に転移で移動。

 そこから徒歩で崩れた岩場に戻って来た。


 しかし、クラナスが見つからない。


「どうだいお嬢さん、これから王になる俺の手伝いをしてくれる気はないかい?」


 焦る僕を尻目に、フレデリカがバリードにナンパされた。

 ナタリアがバリードにフレデリカのことを説明したのを踏まえてだ。


(ギーク。この男を今すぐポアるの)

(ご主人様、転移ポアは今したばかりなのであります……)


 僕のギークへの指示命令に、フレデリカが割り込みで謎ツッコミ。

 ポアに転移という意味があるとか、そんなトリビアのことはどうでもいいわ! つーか、誰が分かんだよそんな小ネタ。

 ああだめだ、自分が何を言っているかさえ良く分からなくなるほどの怒りがぐつぐつと。

 クラナスに粉かけた身で、消息不明生死不明なクラナスを心配するあまり、窒息するでも過呼吸に陥るでもなく、平然とフレデリカをナンパしようとはなんたる悪業なのか。これはもう到底許すことはできない罪である。

 大焦熱地獄の木転処にでも叩き込んで、(43京65)(51兆68)(00億年)ほど煮込んでやらなければ気が済まない。因みに大焦熱地獄は八大地獄の下から二番目で、敬虔に暮らす女性を襲った者が堕ちる地獄。地獄の最下層である阿鼻地獄と同等とされる場所であり、木転処はその十六小地獄のひとつである。

 命を救ってくれた恩人の妻をNTRした者が放り込まれるという。まさにこの糞(バリード)に相応しい。


「悪いがバリード、フレデリカについてはオレの方が先約だ」

「なにぃ!? お前も王を目指すというのか?!」


 バリードの発言にナタリアが釘を刺す。

 リアルにブッスリいくべきだと僕は思う。


「馬鹿を言うな。というか、なんでそうなるんだ」


 ナタリアが呆れ顔で尋ねた。


「銀魔法と言ったらマーリンで、マーリンと言えば王佐の大魔導士だろうが」


 ナタリアとバリードがほのぼのと漫才を繰り広げている。

 もういいよ。もうお前らで夫婦にでもなっちゃえよ。

 僕のクラナスに手を出すなー。


(クラナスー! クラナスを探すのーー!)


 僕が騒ぐ。ギークが口を開いた。


「バリード、クラナスの居所に心当たりはないか?」


 ギィィィィイイク! なぜそんな奴に聞くのか―!

 探す気あるのか! まじめにやれーーッ!!


「クラナスは気配で世界を観るからな。俺達が付近に居ないことにはすぐ気が付いただろう。あっちも探しているんじゃないか? 空を飛べるわけで、さすがにあの程度の崩落でどうにかなったとも思えん」


 む、思いの他、まともな回答が返ってきた。

 いや、油断してないけない。こちらを油断させる作戦かも知れない。


「万が一、はぐれた場合の合流地点とかは決めていないのか?」

「お前らと合流する前だったら、あの高原だな」


 僕は<<地図>>でいつもみんなの居所を確認できるので、ついついそういう基本を疎かにしてしまう。そうですね、もしもの時の集合場所を決めておくとか、集団行動の基本ですね。


(フレデリカー、高原にゴーなの)

(了解であります。あ、念のために申し上げるでありますが、この人数を転移させるのは、エネルギー残量からして後2回くらいが限界であります)


 え? ちょっと待って何その初耳な制約。

 何回でも使えるってわけじゃなかったの?

 それを聞いたギークがフレデリカを制止、ナタリアに声を掛ける。


「ナタリア、テンテンに偵察に行ってもらえないか? フレデリカが、転移できる回数が後2回くらいで打ち止めらしくてな」


 成程と頷いて、ナタリアがテンテンにクラナスを空から探すように頼む。

 直接テンテンに言わない辺りがアレだな。

 賢明というか、姑息というか。


「クラナスと合流できたとして、これからどうする? グリフォンを倒しはしたが、証明は難しそうだ」


 ナタリアがテンテンを送り出して、それからバリードに尋ねた。


「瓦礫に埋まっちまったからな。組合への成果報告は断念するしかないだろ。おっと、一応言っておくが、仕留めそこなってただ働きなのはお互い様だぜ?」


 指名依頼や契約仕事と違い、一般のモンスターハントの場合は、貼り出されている条件を達成できたかどうかだけが成否の基準なんだそうである。

 そして、討伐証明の提出が最低限にならないケースは皆無だ。どんな形であれ、証明を提出できなければ報酬はもらえない。


 逆に言って、狩りに出向くにあたって契約を結んでいるわけではないから、討伐証明を提出できない状態で仕事を終えてしまったからと言って、違約金を取られたりすることはない。

 狩りの為に遠出するにあたっては、その旨を組合に告げておくこと。戻ったのであれば、帰還報告を兼ねて退治そのものは達成できた旨を報告すること。それがマナーではあったが、別に必須ではなかった。


 だから、狩りの依頼があって狩場に赴いたとしても、目的のモンスターが存在しないということが時々起こる。

 不親切なシステムだと思うが、そういうものだということだった。


「そんなことは分かっている。オレ達は王都に戻るが、お前たちも同行するか?」


 ナタリアが続けて尋ねる。

 当然そうかと思っていたのだが、バリードは首を横に振った。


「いや、俺達は元々ヘザファレート公爵領に行く予定だった。丁度ここがそのルートの街道沿いに近かったからな、このグリフォンハントは寄り道なのさ」


 ヘザファレート公爵領は王都の北。ドラゴン平原とミザンナ砂漠に挟まれており、剣呑な土地柄で知られている場所だ。

 多くのモンスターが生息する魔境の地を定期的に掃討することで、王都以下南部諸国の平穏を保つ役割を担っており、東の防衛ラインを支えるエデン辺境伯領と並ぶ、人類社会の最前線地帯である。


 そんな場所に、クラナスは何の用事で行こうというのだろうか。このバリードにドナドナされているのであれば言って欲しい。たとえ錬気纏が黄金色だろうと関係なんてあるものか。生まれてきたことを後悔するくらいの拷問の末に、アレ捩じり切って菊の蕾に押し込んで縫い合わせてやる。


ヘザファレート公爵領(あっち)の組合でも、グリフォンの討伐依頼が出ているようならよし。出ていなくても王都にはまた戻って来るからな、その時に報奨金を貰えればいいかと考えたわけだ」


 テンテンが戻って来た。やはりクラナスは、最初の高原にいてくれたらしかった。


「じゃあ、まあここで別れるってことでいいだろ。俺は高原に行って、クラナスと合流したらそのまま公爵領の方へ行く。お前らはまだしばらく王都か? まあ戻って来た時にでも、一杯やれればいいな」


 テンテンのナタリアへの報告を横で聞いていたバリードがそう言った。

 クラナスと離れ離れになってしまうのは哀しい。しかしいつまでも一緒にいちゃダメだという気持ちがあって、そのどっちつかずで僕は固まってしまった。

 その隙にナタリアが言う。


「そうか。じゃあ、まあ達者でな。見事王様になれたら、オレを宮廷魔術師として雇っておくれ」


「ああそうだな。それまでにお前も、そっちの子から銀魔法を教えて貰うなりしておいてくれ」


 う、クラナスに最後にひと声くらい……。

 このまま行かせてしまっていいのか。いや、しかし今から引き留めるのってちょっと不自然だし。

 あうあうと煩悶する。


 その間にもバリードがズカズカと遠ざかって行ってしまう。

 クラナスに地図のマーカを付けることができていないのも心残りだ。

 しかしこれについてはまた向こうで<<破邪顕正>>を使われたら解除されてしまうのだろう。諦めよう。というか、クラナスに付きまとうつもりはない。ないのだ。


 クラナスが困っているなら手助けはしたい。

 けど、クラナスを僕の復讐に巻き込みたくはない。

 僕はがっくりと肩を落とし(もちろん比喩的にだ)て、そしてバリードの背を見送った。


「さて、やれやれ、うまくは行かないものだ。あれだけの大物を仕留めたとなれば、Bランク昇格も確実と思ったのだがな。やはりもう少し地道に行くしかないか」


 ナタリアが嘆息して言う。

 そうですね。河童狩りとかいいんじゃないですかね。妙薬をギュウと絞るために。


 河童は、今は旬ではないようですので、暫くは保留にしますけれどもね。


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