5-17. 王獣が普通に強い、なの
結局、王獣を叩き起こすのは、全員が揃うのを待ってからにするという当然の結論になって、暫くは待機となった。
きっと今頃、あのバリードとか言うのが、先行組が上から垂らしたロープを掴みつつ、ひいこら言いながら崖肌をよじ登っているはずだ。滑落してご臨終なさっていただければ幸いだであるが、流石に手伝うのはまずいだろうな。
ギークの誘いにクラナスが乗らなかった。まあ当然だと思う。別に功に逸る理由もないだろうに、ギークは何故あんな提案をしたのだろう。
クラナスが側にいるから仕方ないが、ギークがジェスチャーでしか僕の質問に答えてこないから、そのせいで何時にもまして考えが分からない。
先日、テンテンはフレデリカ同様に、念話みたいな感じで話しかけて来た。
ギークにはできないらしい。やってくれと言ったらムリと首を振られた。テンテンにできるならギークにもできたって良さそうなものなのだが。謎である。
そのギークの言動意図を意訳想像するなら、次のような感じだろうか。
クラナスは断トツの実力者なのであるから、足手まといの到着を待つなんて無駄なことしてどうするのか。
最強の一撃でも無比の奥義でも、なんでもいいから出し惜しみせずにぶっ放して、とっととあのケダモノを仕留めちまえよ。
俺はそれを見学に来ただけだ。いちおう万が一に備えて武器は構えておくが。
考え方としてはありなのか? どうなんだろう。
物語的な発想で言えば、真打ちと切り札は温存当然、土壇場ギリギリまで伏せておかねばならないものなのだが。
だってそれで仕留めきれなかったら詰むし、カッコイイ窮地からの大逆転も成立しないじゃない?
「待たせたな。獲物はあの先か? どう仕掛ける」
一番最後にやってきたくせに、バリードが偉そうだ。
そしてバリードがギークを見る。ギークというか、ギークの弓をか。
僕らの一行で、隠密状態から王獣の急所に一撃を叩き込もうと思えば、武装としてそれが可能そうなのは、弓使いのギークしかいない。
クラナスとバリードの主武装は、どちらも形状こそ違えど両手持ちの大剣だ。ナタリアは杖だし、テンテンは扱う武具はバックラーだけで基本は体術だし。
未発見状態から、隠れ潜んでの一撃で大ダメージを狙うなら、ゆえにギークの出番というのは、まあ妥当そうなチョイスとも思える。
でも、ギークは首を横に振る。俺はやらない。
そうね、やめといたほうがいいだろうね。
ギークの弓の腕はまだまだ未熟だ。最寄りの草むらから狙うとして、王獣の巨体の何処かには命中するだろう。でも額のど真ん中を射抜けるかというと、それはかなり怪しい。成功確率は五分五分くらいじゃないかな。
他に選択肢がなければやるけど、あるならそちらに譲りたいね。
弁護するなら、そもそもギークの使っている大弓という武器種自体、射角を付けて遠方に矢を飛ばすことに秀でた飛距離重視の武器であって、命中精度はあまり追求されていない。使うようになってからの付け焼刃な知識だから誤解があるかもしれないけれど、精度なら照準付きのクロスボウの方が遥かに上だろう。
射手に数を揃えて、雨霰と遠方に矢を一方的に降り注がせるのが、たぶん用法の基本なのだ。一射必中には向いていない。
達人となって極めることを目指すならば、そこを技量で補ってこそなのだろうが、師匠の知識を得たといっても修練期間半年未満のギークには、まあ高すぎるハードルだと言うしかない。一生を鍛錬に費やしてどうのというレベルの話だ。
大弓はギークのお気に入りなので、それはそれで別にいいが、どうなんだろう、他にも武器のバリエーションを増やすべきだろうか?
いまのギークの武装は、メインが大弓、サブウェポンが分銅鎖だ。そして夜叉の姿になれば、竜鱗さえ引き裂く鋭利な爪と、怪力がある。いちおう、近距離、中距離、遠距離が取り揃えられてはいる。
師匠の姿でいるときには、流石に夜叉本来の怪力は振るえないが、それでも人間の身体を紙屑のように引き千切る程度の膂力はあるだろう。夜叉に転生して、本来の姿のときだけでなく、変身した状態で揮える力も増したと思う。
それで言えば、人間用でしかない今ギークが使っている大弓は、張力にも不足があるといえるだろう。もっと重くて強い弓でも、ギークは平然と引き絞ることができるはずなのだから。
大弓を強化するか、新調する。それとは別に精密射撃用の武器を仕入れる。ついでに言えば、師匠の姿でいるとき用の近接武器も欲しいかな?
ウェナンやフィーに譲ってしまったわけだが、タイプとしてはああいう感じの、剣か鎗か。そして譲ってしまったやつとは違って、もっと頑強さ重視の、ギークの怪力にも耐えられるようなやつがいいよね。
まあ、武器を新調するのは、Bランクのハンターに昇格してからがいいと言われたし、それはまあそうかもなと思うわけだけれども。
ギークが辞退したので、初撃はナタリアということになった。
大掛かりな炎熱操作を繰り出せそうなのもまた、初手のタイミングしかないだろうから、十分に意味はある。
前衛組が前に出て、乱戦になってしまってからでは、一面焼却のようなマネはそうそうできないので、今のうちにということだ。
「炎熱操作:焼夷燼滅!」
ナタリアがキーワードを小声で呟く。
王獣とその周囲に、何やらドロっとしたキラキラが散布された。
そうと認識した次の瞬間、それらは一斉に、激しく燃え上がる。
凍てついていた空気が一気に赤熱し、思わず後退りたくなった。
もちろん僕がそう思った所で、ギークの足がさがるわけではないのだが。
炎が囂々と燃え盛る。とても派手。しかし狙いは酸欠だという。
鳥属性を持つモンスターはほぼ例外なく酸欠に弱いらしい。
それを踏まえての戦術ということだった。
見た目に反して狙いが地味だが、効果的である。
その筈だったのだが。
クカアァァァッ!
王獣が一声上げると、すぐさま目論見の甘さが露呈してしまった。
大気が唸りを上げて、王獣の下に続々と馳せ参じる。
そうね、大気を操る相手に酸欠狙いは甘すぎましたか。
ヒュゴウォォォォオオオオウウウウンンンン!!!
王獣を守る竜巻が一瞬にして形成された。
ナタリアのばら撒いた炎はいともあっさりと吹き飛ばされる。
こうなっては矢は通じない。
舌打ちして、ギークが引き絞っていた弓をいったん戻す。
「ハッ、どうにも一筋縄じゃ行かないな」
大剣を担いだバリードが前に出た。
「叩き落とすぜ! 練気纏、重剣技:天墜吽撃!!」
竜巻目掛けてバリードが大剣を振るう。
その大剣に黄金色の輝きを認めて、僕は瞠目する。
練気纏は近接での武器戦闘の基軸。
騎士であれば誰でも授かる基本ギフトだ。
騎士の基本ギフトであるが、固有のギフトと言うわけではない。
狩人であるバリードが使うこと自体は何も不思議ではない。
でも、黄金色の光だって?
ズガォォォンッ!
まさに浮き上がらんとしていた王獣の巨躯。
それがその一撃によって豪快に地面に撃墜された。
グキカアァァァァァアアアアアッ
王獣が絶叫を上げる。凄まじい威力の一撃だった。
渦巻く風を吹き散らし、王獣に血飛沫を上げさせたのだ。
練気纏の輝きは、習熟度によってその色と強さが変化する。
黄金色は六段階めのはず。つまりバリードは、練気纏のギフトを極めていると言うことになるのだろう。
老練の騎士以外が、この色の輝きを武器に纏わせている光景を見たのは、これが初めてだ。
見てくれこそ悪くはないものの、傷心なクラナスに付け込んだ、ゴミクズの紐野郎に違いないと見ていたバリードのことを、僕はわずかに見直すことにした。
しかしそれでも、獅子の優に五倍か六倍かの体躯を誇る怪物は、まだまだ倒れない。すぐさま体勢を立て直して、ひとたびは散った風を再度集め始める。
王獣は最初から、逃げ出そうとしていた。
負傷していたし、今また追加で手傷を負わされたのだ。
なんとか飛翔して、小癪な人間たちを振り切りたいのだろう。
一方こちらとしては、これ以上高山地帯で鬼ごっこなど勘弁だ。
何としてもここで仕留めきりたい。
双方の利害は衝突しており、折衷案を見出すのは難しそうだ。
(超音波、来るであります。耳を塞ぐべきであります!)
フレデリカが警告の声を上げたのを聞いて、ギークが叫んだ。
「耳を塞げ!」
そのほぼ直後。
クワオアァァンンンン!
何かが空間を凌辱する。
不可視の何かが万物を揺さぶって、激しく震わせた。
戸惑ったバリードが、それをまともに食らって地面に片膝を突く。
ものすごく辛そうだ。
テンテンは、ギークのではなく、フレデリカの言葉に反応した模様。
ギークが叫ぶのとほぼ同じタイミングで、ナタリアに警告していた。
クラナスはギークの警告を素直に聞いて耳を塞いだらしく、平然としている。
つまり被害者はバリード一人。どんくさい奴だ。見損なったぜ。
やはり所詮は女の弱みにつけこむようなクズなんだ。
一瞬でも見直すべきかと思った自分が恥ずかしい、
「目晦ましを放つ。……サン、……ニイ、……イチ」
性懲りもなく羽ばたいて飛び立とうとする王獣。
それを見て、クラナスが告げた。
「光爆!」
(ギーク! 下を向くの!)
一瞬、世界が白く漂白され、目を灼かれた王獣が再び地に堕ちる。
ついでにテンテンも落下。めがー、めがー、と転がった。
今度は人間は全員無事。
<<光爆>>は非常にメジャーなギフトのひとつだ。
ほぼ同様の効果をもたらす閃光玉というアイテムも組合で売っている。
敢えて言わずとも誰もが対処を知っている類のもの。
特に今回、クラナスはわざわざカウントダウンまでしていたのだから、普通は巻き込まれない。
ナタリア、テンテンにちゃんと教えてあげようよ。
「炎熱操作:灼錬鎗!」
ナタリアがギフトを発動させる。
ああ、その準備で手が回らなかったのか。
そりゃあまた、タイミングの悪いことで。
赤熱した槍状の輝きが、王獣向けて投擲される。
目潰しを食らって地面でもがいていた王獣の巨大な翼目掛けてである。
その紅蓮は、王獣の翼の片方を、やすやすと貫き焼き焦がした。
グキャアアァァァァァアアアアアアア!
王獣が悲鳴を上げる。肉の焼ける臭いが漂ってきた。
そう、今なら暴風の守は消えている。
ギークもまた、番えた矢を続けざまに射放った。
姿なき従者たちが戸惑う隙間を縫って、ギークの矢がもう片方の翼を穿つ。
これで王獣は、もう飛んで逃げる事はできないだろう。
グ、グカッ、グアァァァアアアアアッ
だが、その事が逆に王獣に覚悟を決めさせたようだった。
なんたるしぶとさか、怒りの咆哮を上げて、そして再び風を纏う。
ギークが分銅鎖を王獣目掛けて投じた。
分厚い風圧の壁に遮られ、届かない。歯噛みして鎖を回収する。
ヴァォン、ヴァォン、ヴァン、ヴァンヴァンヴァン、、、、、
風が渦巻く。吹き荒れる。
オオォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオッ
耳が痛くなる。気圧とかいうものが変化して、見えない暴力に振り回される。
目を開けていられず、その場に踏ん張ることで精一杯。
まともに動けない。
まさに竜巻。
細かな石の欠片のようなものが鋭く飛来し、ギークの服を引き裂いて肉を抉る。
鮮血が吹き散らされて、忌々し気にギークが罵声を発した。
今にも体が浮き上がりそう。
不味い。こんな高地で上空に巻き上げられたらどうなることか。
必死に重心を低くして、というか地面に身を投げ出すようにして、しっちゃかめっちゃかな不可視の怒涛をギークが懸命に堪える。
そんな中、
「見よ、神はわたしを助けてくださる。主はわたしの魂を支えてくださる」
クラナスのその祈りは、風のうねりに揉まれて、僕には聞こえなかった。
「加護あれかし、<<破邪顕正>>」
しかし起きた奇跡は明らかだった。
カッ と光ったかと思えば、フワッと唐突に嵐が凪ぐ。
クラナスを中心として、何もかもを洗い流そうとする光が放たれた。
それは、あっさりと超常の現象を打ち消したのだ。
猛り狂っていた大気に虚寂がもたらされ、王獣が愕然として固まる。
その場にいた全員の視線もまた、クラナスに注がれた。
なんてインチキ。
そして光はクラナスの波打つ両手剣に集約されていく。
なにか、知っているような現象が起きるような気がした。
伝承の通りと、言うべきなのか。
クラナスの両手剣が、先の<<光爆>>に劣らぬほどに強く、純然と白く輝く。
「聖剣技:光の剣!」
顕現したのは聖剣だ。
幾多の冒険譚にその名を記す、光の剣。
万理万象、断ち切れぬものなどない、不死さえ殺す必殺剣。
なにか、いやな予感がしないでもない。割鷄焉用牛刀だ。
フォオアォォォンッ!!
光が流れた。
クラナスが放った一撃が、王獣の巨体をシュカンと抵抗なく両断する。
分かたれた二つがズレる。