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天国のお土産  作者: トニー
第五章:王都と怪盗
113/160

5-16. 弁明して崖を登る、なの

 人だかりに向けて、問答無用に刃を投じる。

 狙い違わず、人がひとり血を吹いて倒れる。


 何事かと王が誰何すいかして、短剣ダガーを投じた聖騎士は応える。


「天啓の導きがありました。王に仇なす悪漢と思われます」


 それが認められるのが、聖騎士というものである。

 裁判も何もありはしない。聖騎士に齎される天啓は絶対に正しいと信仰される。


 聖騎士がそう言うのであれば、たとえその剣に貫かれたのが最愛の息子であったとしても、王はそれを為した聖騎士を賞賛しなければならない。

 その判断に、その言葉に、疑問を差し挟むのならば、それは神聖なるものへの冒涜だ。


(狂王バラゼンはなぜ狂ったのか、なの)


 英明だった若き王は、しかしいつか悪魔に魅入られ静かに狂いだす。

 神を悪しざまに罵倒するようになり、聖騎士たちを遠ざけ、教会を迫害した。


(教会がこうだからなの。こういう連中だったからなの! よく分かったの。間違っているのは皆なの!)


「……」


 僕の言葉に応えはない。

 鎖に繋がれたミアは項垂れていて、何も喋ってはくれなかった。



 クラナスはギークに普通に尋ねてきた。

 単に思いついた疑問を口に出しただけであるかのようである。


 どうしてだろう。

 問答無用に一刀両断で当然と思える。なぜそうなっていないのだろうか。


 クラナスもまた、僕と同じように、神に背を向けたのだろうか?


 尋ねられたのは、モンスターが何故、である。

 ギークをモンスターと断じたのが天啓によるものだとして、そのこと自体を疑っている風ではない。

 理由、動機を聞かれている。つまり、話し合いの余地があるということだ。それ次第では見逃そうということ、そうに違いない。


 よし、弁明を頑張ろう。頑張ってくれギーク。

 あ、ちなみにウソは厳禁でお願いします。確実にバレると思います。


 僕が応援すると、ギークが不愉快そうに眉根を寄せた。

 気軽に言いやがって、お前がやれ、とか思ってそうだなー。


「あたしは、ナタリアの単なる連れだ。ナタリアは、あたしの事をちゃんと知っているよ」


 クラナスの問い掛けにギークが応える。

 ナタリアをだまくらかして一緒にいるわけじゃない。その通り。


「そもそも、あんたらに出会わなければ、グリフォンには変装を解いた本来の姿で挑むつもりだったんだ。ああ、今のこの姿は借り物でね」


「お前は、あのナタリアというハンターに、飼われているのか?」


 それを聞いて、クラナスがギークに問う。

 飼われる。飼われているのかと言われると、なんだか違うものを想像してしまいますね。何故だろう。


 ボンテージルックでハイヒールなナタリアが、鎖に繋がれた全裸な師匠カニーファを前にして、ビシリと石畳を鞭で打つという絵が浮かぶ。


 「さあ白ブタ、オレの靴をお舐め!」

 「あ、嗚呼っ、お姉様……」ペロペロ。

 「女王様とお呼びッ!」ビシィッ。

 「きゃいん!」

 「なってないね! テンテン、お手本を見せておやり!」

 「はい女王様! よろこんでだワン!」


 斯様な妄想が捗っていく。それはそれでとても楽しそうだ。実に退廃的で貴族的じゃあないか。今度からテンテンのことはバター犬とでも呼ぼうかな。

 貴族といえば、変態性癖の持ち主が多いのである。いや、ミアは違うけれどもね!

 血の伯爵夫人とか、青髭男爵の伝説とか、城の中のなんちゃら人とか、枚挙に暇がない。あの辺の話、実話が元になっているものも多いらしい。しかし一体いつの時代の話なのか。どうもよく分からないのは何故だろう。


 いやだから、もちろんミアは違うよ? せいぜいクラナスに四つん這いになってもらって、お馬さんごっこをやったことが、もしかしたら何回かはあったかもしれないけど、精々がそれくらいだもの。お馬さんなんだから服とか着ちゃダメとか、轡つけなきゃとか、そんなのオプションだしね。


 クラナスが更にすこし身を引いた。剣の柄がカチャリと鳴る。


「なにを考えている? 何故だがここで切り捨てておくべきではないのかという気がしてきたぞ?」


 あれ? もしかして僕のせい?


「あたしではない」


 ギークが断言する。あ、怒ってるかも。

 あ、痛い痛い! 自虐反対! アイアンクローやめて!

 自分の顔面をミシミシやる変な人になっているから!!


 ちなみにその類のオプションな希望は、滅多には叶わなかったとだけ補足しておく。


「……ナタリアには仲間にならないかと誘われただけだ。ナタリアは食事をくれる。鍋料理ばかりだがな。それを以て飼われているというなら、まあそうなのかも知れないな」


 なかなか際どい回答をギークがする。

 とりあえず嘘ではないが、心にもないことだな。


「あっちの小柄なのは、だいぶ懐いているようだな」


 特に振り返ることもなく、クラナスが言う。

 懐いているね。テンテンが、ナタリアにね。ラブラブだね。

 たぶん夜な夜なペロペロやってる。きっとそう。


「テンテンか。あっちの方が古株だ。あたしは新参者でね。あたしもその内、ああなるのかもしれないな」


 それは嘘だろ。どう考えても。

 いや、可能性の話をしているだけだから、嘘ではない、のか?

 そんなつもりなんて消し粒ほどもないくせによく言うよ。


「つまりは、なにも企んではいない、ということか?」


 企んでないです。クラナスとお風呂に入りたいとか、乳繰り合いたいとか、チューしたいとかあるけれど、自制します。


 クラナスには僕のようなのとは関わり合いにならないところで、幸せな家庭とかを築いて欲しいのです。

 僕は我慢の子なのです。しとしとぴっしゃん、しとぴっちゃん。


「グリフォンの死骸を多少でも回収させて貰おうとは思っているかな。今日の夕飯の足しに」


 やがて目的の場所に近付く。

 そこは切り立った崖だった。王獣グリフォンの寝床は、どうやらこの上にあるらしい。

 さて、どうやって登ったものだろうかと、僕は岩肌を見上げた。


「おいおい、これよじ登るのか?」


 バリードが本気かよと声を上げる。この一行の中だと彼が一番の重装備だ。

 ロッククライミングは確かにしんどいだろう。


「空を飛べるグリフォンの立場からすれば、地を這う連中が訪問しやすい場所に巣を作る理由はないだろうからな。よじ登れなくもなさそうだという時点で、むしろ行幸だろう?」


 ナタリアが何やら達観したようなことを言っている。

 道中、こっちの二人はどんな会話をしていたのやら。


「テンテン、先に行って様子を見てきてくれ。無理はしなくていい」


 そして、ナタリアがそのように言葉を続けた。

 あ、行かせるんだ。


 まあ、<<天駆>>ではなくても、短時間であれば空を飛べるようなギフトは他にもある。

 崖をひとっ跳び、イコールで人外のモンスターだ、ってことになるわけではないのだけれどね。


「はーい。ナタリアが安全に登ってこれそうな状況かを、偵察してくればいいのね?」


 テンテンが応える。

 ナタリア限定ではなく、みんなが、でお願いしたい。


「私も行こう」


 クラナスが言う。機動力のある二名が先行して後続の安全を確保する。まあ、妥当なところかな。

 シュパンッと、衝撃音を残して崖の上に飛んでいくテンテン。それに対してクラナスは、パッと消えたと思ったら崖の中腹あたりに出現し、そこからまた姿が掻き消えて、そして次にはもう崖の上に到着していた。

 ちょっと想像していたものと違う。<<天駆>>は空中を移動できるギフトだと聞いていたから、てっきりテンテンのようにまさに空を飛べるものかと思っていた。

 でもいまクラナスがやって見せたのがそれだとすると、むしろウェナン少年が開眼した<<瞬着>>ギフトの、空中対応版のような感じなのだろうか。

 どっちもできるとか、普通にありそうだけどね。なんたって聖騎士の固有ギフトなのだし。


「おー、あのお嬢ちゃんも空を飛べるってか。スゲエな、結構レアなんだろ? 詳しくは知らないけどよ」


「そうかもな。そっちのお嬢さんも、見事なものだ」


 自分がどんなギフトを保持しているか。それは、どんな事が出来るか、何が制約かということと、直結する情報である。

 いつもペアを組んでいる相手にならともかく、行きずりの相手に晒すようなものでは無い。だから、ナタリアも、バリードも、あれはなんのギフトなのかと言うような、深入りする質問は避けたようだった。

 相手が話してくれるのなら歓迎して拝聴するが、あえて尋ねることはしないと言うものだそうだ。


 崖上を見上げる。クラナスが、大丈夫そうだとジェスチャーを寄越した。

 ……テンテンは?


「平気っぽい! 相手、岩陰で寝てた!」


 ヒューンとナタリアの元に舞い戻って、じゃれつき再開。どんだけだよ。


 ギークがフレデリカを地面に下ろして、代わりに弓を背負って崖肌から数歩離れる。

 ん? 何するの?


 助走をつけて、スタッ、タッ、タッ、と崖を跳ね登った。

 おいおいおいおい! そんなことができるの?!


「ミイ、フレデリカを引っ張り上げてやってくれ。<<引戻し>>で出来るだろ?」


 なんだかちょっと呆然としていたら、そんな事を言われた。

 可能のかな? 試したことないぞ。

 まあ、やってみるけど。


 クラナスがこちらをじっと見ている。

 いや、見えてはいないのだろうけれど、こちらの方に顔を向けている。

 ちょっと緊張するね。


(ニャー?! 乱暴でありますっ、断固抗議するでありますー! 無慈悲で一遍の容赦呵責のない報復が謝罪と賠償でありますーー!!)


 ガンッ ゴカッ ガガンッ


 空を舞うフレデリカ。おお、できたできた。


 ちょっと二回か三回ほど岩肌に衝突して跳ねていたのは、まあご愛嬌かな?

 あ、義肢が壊れていると困るな。後で確かめなきゃ。


 フレデリカを崖上に運べたから、ナタリア達を<<転移>>でここに持ってくる事もできる。

 でも、それは流石に控えたほうがいいかな。銀魔法ってやつは聖騎士の固有ギフト以上に悪目立ちするだろうし。


(え、ギークちょっと待つの。ナタリアを待たないの?)


 ギークが弓の調子を確認して、なんだかもうすぐにでも王獣グリフォンに挑もうとしていたので、制止する。あ、首を横に振りやがった。


「クラナス。別に下の連中を待つ必要はないだろ。あんただけだって、十分に倒し切れる相手じゃないのか?」


 おーまーえーにー、クラナスの何が分かるかー!

 てゆうか呼び捨て? 呼び捨てなの?


「……独断専行は感心しないな。そのつもりなら、事前に打ち合わせを済ませておくべきだろう」


 不明な表情でクラナスがごっともなことを言う。


「打ち合わせは、今しているだろう?」


 師匠の姿で可愛らしく小首を傾げて、ギークが言う。

 ギークよ、それは冗談のつもりなのかな? あまり面白くはないぞ?


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