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天国のお土産  作者: トニー
第五章:王都と怪盗
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5-15. 取分の交渉と露見、なの

 教会の金庫をあさった、翌日の昼。

 今日もいい天気で、空は晴れ渡り、そして風はひどく冷たい。


 僕らはフレデリカの<<転移>>で、高原の縁にある大岩の側に戻ってきていた。

 懐は温かくなったのだが、残念ながらその温かさは山地を吹き抜ける寒風から身を守るには役には立ってくれていない。

 役立てるためにはショッピングという儀式が必要なのだが、その時間はなかったからだ。


 そう、王獣グリフォン狩り(ハント)なんかよりも、王都でショッピングを楽しみたくて仕方がない僕である。

 とはいえギークはやる気だ。仕方ない。手早く片付けて早く戻りたいものである。


 昨日逃げ帰った高原に転移して来てすぐに気が付いたことがある。

 地図の周辺探知に反応ありだ。つまり、付近に人がいる。

 なんでまたこんな場所に?


(人がいるの。ふたりなの)


 僕が警告する。

 ギークは舌打ちをして、変身の解除を中止する。

 テンテンが手慣れた風に頭巾を被った。


「どうしたテンテン?」


 ナタリアが訝し気に尋ねる。

 相手がいるのは岩陰の向こう側。直接の目視はできない状況だ。


「近くに誰かいるって、フレデリカが言っているから……」


 ナタリアの問にテンテンが応える。

 そしてここで哀しいお知らせ。犬耳娘、僕とフレデリカを区別していない模様。

 ちょっと酷いんじゃないかと思う。


 確かに、実体のない僕を認識するのは難しいっちゃあ難しいかもしれないし、ギークとフレデリカのどっちかが一人二役の腹話術っぽいことをやっているとすれば、女の子ボイスなんだからそりゃあフレデリカがやっているのだろうと推測しても、むしろそれが当然かもしれないけれども、なんだか人格を認められていないようでとっても哀しい。


 まあ、とりあえず今はいいや。目下の問題は、こんな場所に人間がいるってことで、それは敵なのかどうなのかってことである。


 山賊さん? まさかねえ。

 こんな王獣グリフォンが頭上を飛び回るような場所を山砦にできるはずはない。

 とにかく、岩陰からこっそりと相手を伺うことにする。慎重に、こっそり、バレないようにだ。


「? おう、ナタリアじゃねーか。久しぶりなやつに、意外なところで遇ったな」


 相手の姿を視認して、思わずギークの頭の中で大声で叫んでしまった。

 それでギークがうめき声をこぼして、相手方に気付かれた。


 だって仕方がないじゃないか。

 クラナスがいたんだもの。僕としては、叫ばずにはいられない。


 バレてしまったので仕方なく岩陰から出れば、前述のような声を掛けられた。

 声を掛けてきたのは、一緒にいた男ハンターAの方。

 ナタリアの知り合い?


 男なんてまあどうでもいい。クラナスを見る。

 クラナスは、白い軽鎧を着て、刃波打つ両手剣(フランベルジュ)を担いでいる。

 髪型が少し乱れている他は、コロシアムの時に見かけた装いのままだ。


「バリードか。お前が女連れとは驚きだ。どこから攫ってきた娘だ? 夢破れての無理心中か?」


 男ハンターAの名前はバリードというらしい。

 ……? 無理心中? 誰が? 誰と?


 クラナスの、髪型が乱れている。と、いうことはだ。

 ギーク! こ、この男を殺せ、疾く殺すのだ!


「あいっかわらずの暴言だな。昨年振りかのだってのに。ちったあ女らしく『逢いたかった~♡』とか『抱いて♡』とか言ったらどうなんだ」


 バリードなる強姦魔が、両手を腰に当てて呆れたように嘆息した。

 赤黒い甲冑で全身を覆い、身の丈ほどもある大剣を背負っている。

 王都の居酒屋で、クラナスと杯を交わしていた男だった。


 どうやらハンターだったらしい。

 そしてとりあえずは殺すべき相手の様だ。

 さあギーク、何をトロトロとしているのか。


「それが女らしいと考えるお前の脳みその、相変わらずなオガクズっぷりに安心したよ。さてふむ、お前がここに居るということは、王獣グリフォン狩りか。被ってしまったようだな。遭いたくない相手に遭遇したものだ」


 実に率直に、ナタリアが言った。


 いや、僕はまたクラナスに逢えたことが、天にも昇るほどに嬉しいのですが。

 ああいや、ダメダメ、自制しなきゃ。


 とりあえず、外されちゃったマーカは付け直しておこう。

 ついでに男の方にもだな。月のない夜には気を付けろ。


「んだよ、お前らもか? まあ、指名で受けた依頼じゃねぇし、バッティングすることもあるわな。ああ、一応お互い自己紹介でもしとくか? そっちのは随分とちまっこいが」


 ギークに目をやり、次いで外套を着て頭巾を被ったテンテンの方を見て、バリードが言った。


「その前に、お前たちはどういう状況だ? 完全に未着手だというなら、こっちは仕掛中だ。協調体制は取らないぞ?」


 ナタリアがピシャリと宣言。

 ハンター同士というのは、ときに仲間であるが、ときには敵である。

 限られたパイを奪い合っているのだ。


 僕は、クラナスにであれば、大概のことは譲る覚悟だが。

 獅子身中の虫とは僕のこと。


「おっと、手厳しいな。だがそれはこっちの台詞でもあるぜ? ついさっきここでやり合って、手傷を負わせたところだ。逃げられたけどな。こっちが戦う前は、五体満足に見えたぜ? 仕掛中ってのはなんだ?」


 ナタリアが、ちらりとこちらに目を向けてきた。

 アイコンタクト。その心は何だろう?


「巣の位置を突き止めた。手傷を負って逃げたとなれば、そこに戻っているのだろうな」


 ナタリアが述べて、ふむとバリードが頷いた。

 一瞬考えて、申し出てくる。


「そうか。なら五分五分でどうだ」

「こっちは四人でそっちは二人だ。七三で手を打とう」


 バリードが仰け反って、少し揺れた。


「お前な、その背負われているのと、そっちの小さいのまで数に数えるのか?」

「ちょっと! ちまっこいとか小さいとか! 失礼にも……ッ、……ッ」


 バリードの発言に、テンテンが喚き出そうとして、よしよしとナタリアに宥められた。


「手傷は負わせたものの、逃がしたのだろう? もうお前たちのところには寄り付くまい。断念して帰り支度をするところじゃないのか?」


 ナタリアがテンテンをあやしながらバリードに言う。

 頭巾の陰で見えないが、きっとテンテンはプクーッとむくれているのであろうな。


 バリードが、クラナスの方を向く。

 ナタリアの前まで近寄って、クラナスがナタリアに軽く会釈をした。


「Bランクハンター、クラナスだ。お初にお目にかかる。私は空から王獣グリフォンの巣を探すことができる。多少時間はかかるが、諦めるには至らない。だが」


 そういって、クラナスがバリードの方を向いた。


「競争をしたら敗ける、ような気はするな。断定はしないが」


 バリードが、すこし呆れた顔をする。


「そう思ったとして、交渉中に素直に口に出してほしくはない台詞だぜ?」


 ギークが前にでる。


「Cランクハンター、カニーファだ。ナタリア、あたしは別に五分で構わないぞ。というか、あたしの取り分は少な目で構わない」


 ギークの発言を聞いて、ナタリアが少し意外そうな顔をした。

 まあね、金庫強奪やらかしたのは昨夜のことで、まだ借金を返してもいないしね。


「うわ、ちょっと待ってくれよ。この構図だと俺が、こっちのやたら綺麗な姉ちゃん、ああいや失礼、カニーファ嬢の取り分を削る交渉をしているみたいな感じになるのか? それはちょっと勘弁だぜ。これでも騎士を目指している身なんだ」


 バリードが辟易という表情で、天を仰いだ。

 そうか、騎士を目指しているのか。

 強姦魔には無理だと思うので、諦めたらいいんじゃないかな。


「ふむ、ここは男が折れるべきところだと、オレは思うね。吝嗇ケチな奴は大物おおさまにはなれないぞ」


 いやいやナタリアさん、なんですかその詐欺師みたいなやり取りは。

 そんなつもりはなかった、なかったよ? あれ? ギークはどうなんだろう?


 まあ、クラナスが損をしないなら別にいいや。

 グリフォンのマーカを確認する。色は黄色イエローで、負傷中。

 きっとクラナスの成果だ。強姦魔が邪魔をしたから仕留め損なったのだな。

 先刻からひとところに留まって、動いていない。静養中なのだろう。


 直線距離でなら、そう遠くはない場所だ。

 問題は起伏がどれほどか。残念ながら未踏な場所なので分からない。


(フレデリカ、一応聞くけど、グリフォンのマーカの位置には転移できない、なの?)


(ご主人様の<<地図>>上で未踏である場所、そして目印がない場所には行けないのであります。グローバルネットワークが復旧すれば、地図情報をデータセンターまたは衛星からダウンロードできるでありますからそういった制約はなくなるのでありますが、現状では不可能であります)


 うん、良く分かんないけど、できないと。


 取り分についての話し合いには一応の決着が着いたようだ。

 僕らは王獣の巣に向けて移動を開始する。


 先頭はフレデリカを背負ったギークで、道案内。

 真ん中がクラナスとバリードで、殿がナタリアとテンテンだ。


「その眼帯」


 暫く黙々と移動した後。

 バリードが、ナタリアが何やら会話を始めた。

 それを機としてか、ギークがクラナスに話し掛けた。

 えー?! なに? なんで? どうして?


「そんなものを付けていて、前は見えているのか?」

「視えてはいないな。だが案ずるには及ばない。周囲の状況は把握している」


 ギークの問い掛けに、あっさりと、クラナスが応える。

 どうやってだろう。聖騎士固有のものではない、なにか別のギフト?

 いや、それはそれとして、ギーク、なにやってんの。


「負傷か? 治らないのか?」

「……、さて、宛はないな。別にそこまで不自由してはいない」


 不自由ないわけがないじゃないか。

 クラナスの返事に、僕は哀しくなる。


 屋上から、朝日に煙る街を観た。夕日に彩られた影を観た。

 綺麗ですね、また観たいですねって、クラナスだって言っていたもの。


「逆に尋ねるが」


 クラナスが、ギークに問い掛けた。


「君はモンスターだろう? あっちの小柄なのもだが。なぜ、敵意もなくハンターに随行している?」


 ぎゃー。


「ああ、君自身もハンターだと言っていたか。どういうつもりだ?」


 ばー、れー、てー、いるーーっ?!

 天啓? 天啓なのか? えーと、どうしよう、どうしよう。


 まあ、待て。とりあえず落ち着こう。

 冷静になれば大丈夫だ。きっとそうだ。冷静になるのだ。


 えーと、冷静になる方法。

 うーん、うーん。


 南無阿弥陀仏なーむあーみだー 南無阿弥陀仏なぁーむあぁーみだー

 南無阿弥陀仏なーむあーみだー 南無阿弥陀仏なぁーむあぁーみだー


「……、……、あたしに、あんたと争う意思はない」


 僕が南無南無やっていると、ギークが応えていた。


「尋ねたのは、何を企んでいるのか、だ」


 顔の半分近くが赤い眼帯で覆われてしまっている。

 クラナスの表情は全く分からない。


 僕の記憶にあるよりも、クラナスの口調はだいぶ硬い。

 ただ、僕の覚えているクラナスのそれは、ミアと愛を語る時のものだ。


 愛し合う二人の会話と、初対面の体裁でやり取りしているこの会話での語気を比較して、クラナスの今の心中を推し量るのは、適当とは言えないだろう。


「はい、お嬢様、アーンして♡」

「あーん♡ あ、美味しい♪ はーい、クラナスもー」


 クラナスが、スススとわずかにギークから遠ざかる。

 フランベルジュの剣柄を持っていない方の手を、自身の反対側の肩口に持って来た。

 半身を掻き抱くようにして、クラナスが急にその肢体をブルッと震わせる。


 ……? なにごと?


「……なんだかよくわからんが、そのような事実はないぞ? いや、ひどい誤解の気配がだな」


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