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天国のお土産  作者: トニー
第五章:王都と怪盗
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5-14. 王立学校での噂話

 授業の合間、庭園を見下ろす窓際のテーブル席。

 数人の学生たちが、簡易的なお茶会を開いている。


 ここは王立学校。世間では騎士学校と呼ばれることもある場所。

 学生たちはみな、全国の何処からか集まった貴族の子女達だ。


「教会の雑用手伝いで、組合の各支部を回って来たんだけどよ、今度は東カトナ地区の教会がやられたんだってさ」


 赤の混じった金髪をウルフカットにした男子学生が、行儀悪く椅子の背もたれを揺らしながら、話題を振り出す。


「なになにー? 怪盗の話? なんのギフトを使っているのだろうね? 僕はそれが知りたいな」


 どう見てもストレートヘアの女子に見える学生、が乗ってきた。

 なぜ男子の制服を着ているのかと、誰しもが疑問に思うだろう。

 その理由こたえは、彼の性別が男だからだ。


「それだ。手口は完全に一緒。侵入経路不明で、誰に見咎められることもなく、金庫の中身だけがスッカラカン。どーやってんだか知らねーが、これで四軒目だって話だ」


「夜な夜な教会に侵入して、金庫の中身をゴッソリと盗んでいく……

 神の恵みたるギフトを悪用し、未だに罰せられることもなく……

 ああ、神よ! わたしは違います!」


 三つ編み眼鏡の女子学生が、やたらと大仰に祈り始める。


「わたしはそのような者とは違い、教えを守り誠実に生きております!

 ああ、ですからどうか、どうか清いわたくしめの家族が暮らす、

 この王都を火と硫黄で滅ぼさないでください!!」


 マニッシュショートの女子学生が、紅茶の雫がついたティースプーンの先端を向けつつ忠告した。


「ねえエマーレ。それ、そろそろやめない? なにか深刻な感じになってきてる気がするのだけど」


 女子の制服を着ているどちらと比べても、男子な制服のストレートヘアの方が、女の子らしく見えるのは何故だろう。不思議だね。そんなことを思いながら、テーブルに突っ伏している銀髪ポニーテールの男子学生に、ストレートヘアが話し掛ける。


「昨日はセルバんもクァータスと一緒に行ったんだよね? なんか新しい情報とか出てた?」


 話し掛けられたポニーテールが、顔だけ起こして気怠そうに発言する。


「特になかったよ。何のギフトを使っているのかも相変わらず不明だってさ」


 ウルフカットのクァータスが続く。


「懸賞金の額、高位竜ハイドラゴンでも狩るのかよって金額になってるぜ。オレ等で捕まえられたらスゴイぜぇ? 参加者全員分の金属武器や馬、もしかしたら鎧まで買えるかもだ!」


 騎士には武具と馬とが必要だ。

 それらを用意できない者は、騎士には叙勲されない。

 それは、弱小貴族の次男以降には、それなりに高いハードルであった。


「クァータス、賞金首狙いの聞き込みだの待ち伏せだのが、騎士過程の単位になることはないからな? というかお前、法学の単位がヤバいとか言ってなかったか? そんなことに現を抜かしている場合か」


 緑がかった金髪をボブカットにした学生が指摘する。

 彼は寮長であり、寮生たるクァータスの落第は、寮の失点に成り得ると懸念する立場にあった。


「あの授業、つまんねぇんだもんよぉ。細けぇことをネチネチとさ。牛馬を繋ぐべからずとの看板のある場所に、驢馬を繋いだ商人を罰する根拠だとか、そんなのどーでもいーじゃん?」


 王立学校には、三つの男子寮と、二つの女子寮がある。

 オーク寮、オリーブ寮、トネリコ寮の三つが男子寮。

 ヤドリギ寮、ナナカマド寮の二つが女子寮だ。


 今この場にいるメンバーは、男子は全員がオリーブ寮、女子は全員がナナカマド寮の寮生だった。


 寮同士は、特に険悪だということはない。

 しかし、イベント毎に競い合い、切磋琢磨することを期待されたグループである。

 そして、ゼミナールなどと同じように、将来に渡って世代を跨いだ派閥を形成する種の一つだった。


「いいわけがないから授業で取り上げているんだと理解したまえ、クァータス」


 呆れた顔で、寮長のカロタスが言う。


「そういう面倒なのは、ぜんぶ神様に決めて貰うべきです。

 簀巻きにして川に放り込んで、浮かんで来たら有罪です。

 浮かんでこなかったら、まあ無罪だってことになります」


 トリップした感じで三つ編み眼鏡が言う。

 また何か、変な本を読んで影響を受けたに違いなかった。


 これ、どうしたらいいんだろうと、困り顔のマニッシュショート女子。

 助けを求めて兄の方を見る。


「ねえ、セルバん。怪盗はなんのギフト持ちなんだと思う? 僕はねー、銀魔法が怪しいと思うだけど」


 女子と見紛うストレートヘアのシェリが、銀髪ポニーテールの兄に更に尋ねていた。

 ちなみに、ポニーテールの名前はセルバシア。セルバんと呼ぶのはシェリだけだ。


「銀魔法? そんなものを使い熟せるのだったら、まっとうな商売で幾らでも稼げるんじゃないか?」


 上体を起こすことなく、クテッとしたままセルバシアが指摘する。


「まー、そうなんだけどさー。でも今のところ、他に有力候補が思い付かないんだー」


 銀魔法の<<収納>>だの、<<転移>>だのが使えれば、それはもうどんな場所にでも侵入できるだろうし、どんなものでも盗み放題だろう。

 しかしそれが事件の真相でしたなんていう推理小説があったら、それはもう非難囂々を食らうに違いない。安直すぎるオチだ。


「ふうん、シェリも興味あるんだね、怪盗に」


 セルバシアの妹であるマニッシュショート、エルシアが言う。


「怪盗にって言うか、ギフトだね。僕ってギフト研究会のメンバーだしさー。会のメンバーで意見交換とかするわけだよ。その参考にねー。エルエル、女子寮の方では話しに出たりはしないの?」


 制服以外は、どう見てもロングヘアの女の子であるシェリが、エルシアに応えて、そして尋ねた。


「やー、どうかなぁ」


 思い出そうと、エルシアが暫く宙に視線を漂わせる。


「あたしのハートを盗んでください怪盗様! とかならいたけど……」


 ダメな感じになっているエマーレのことは、ダメな感じであるからいったん保留とする。

 正直ちょっと、手に負えない。


 エマーレは<<感応>>のギフト持ちなのだが、本を読むとその著者の感情や思索とシンクロしてしまうことがある。それで、ヤバけな人物が著した本を読んだりすると、斯様にヤバゲな感じになる事があるのだった。


「あ、人間に化けるモンスターが出たって話もあったじゃない? まだ捕まってないし、そいつが司祭様とかに化けて盗みをはたらいているんじゃないか、てのがあったわよ」


「あー、妖鬼がコロシアムに出たって噂なぁ。あれも結構いい額が付いてたっけぇ?」


 カロタスの説教を聞き流し、クァータスが会話に復帰。


「レアだから生け捕りにするようにっていう条件付きで、ウルレ鋼貨六十枚だ。モンスターを生け捕れっていうのも珍しかったから、覚えてるけど」


 昨日、クァータスと一緒に組合窓口を回ったセルバシアが答えた。


「ふーん、レジェ鋼貨じゃないんだね。まあ、ウルレ鋼貨の方が使い勝手いいものね」

「違うよエルシア。商人以外の庶民には、ハンターも含めて、レジェ鋼貨の所持は違法なんだよ」


 エルシアの感想に、シェリが指摘を入れる。


「ああそっか、それでなんだ。……あれ?」


 指摘に納得した後、エルシアが少し考え込む。


「それって、貴族の金銭を泥棒が盗っても使えないようにするためだって聞いたことがあるわ。当然、教会の金庫にはレジェ鋼貨だって沢山入っていたはずよね? 怪盗は、それをどうしているのかしら」


 もちろんそんなことは、この場の誰にも分からない。


「さあなぁ、もし捨てちまってるならもったいなさすぎるな。恵まれない俺らに恵んでほしいもんだぜ」


 クァータスが肩を竦めてそういった。


「変身かぁ。銀魔法よりは、そっちの方がまだ現実的かなぁ。教会関係者の誰かに化けてるってことだよね。でもそれなら、聖騎士様が捜索に乗り出せば、パパーッと解決しそうなものだけれどねー」


 と、シェリが言う。


「王都にはふたりしか居られないからな。お二人とも王城の警護に専念されている。城下の方にまでは手が回らないだろう」


 カロタスがコメント。


「あ! そうだ聖騎士様と言えば、コロシアムに聖騎士のお姉さまが現れたって話! あれ何か新しい情報ない?」


 シェリが尋ねて、幾人かが顔を見合わせる。


「ないなぁ。というかパッと光っただけなんだろー? かなり眉唾だと思うけれどなぁ。対戦相手もオーガだっていうし。瞬殺するくらいのこと、別にオレだって会心の一撃が出ればやれなくはないかもだ」


 クァータスが、テーブルに片肘を突きながら応える。


「ブー、ブー。クァータスには物語的な夢が足りてないね! 悪の手に落ちた姫君を救い出すため、彼女は聖騎士という身分さえも捨てて、そして流浪の旅に出たんだよ」


「いや、それでなんでコロシアムのエキシビジョンマッチに参加してオーガと対戦なんて話になるんだよ。悪の手に落ちた姫君はどうした」


 分かってないなあと、ピンと立てた人差し指を左右に振るシェリ。


「女子ネットワークによると、お姉さまはBランクハンターへの昇格試験としてあのコロシアムに参加したらしいの。つまりコロシアムでの一戦を経て、Bランクのハンターになって、余所の国へと旅立ってしまわれたのではないかというのが僕たちの間での予想なのさ」


「なーにが女子ネットワークだよ。お前は男だろーが」


 クァータスが、呆れたという声で指摘した。


「女の子と仲良くなれば、色々と教えてもらえるんだよ!」


 シェリが言う。服装にもかかわらず、女子たちの中に違和感なく溶け込むこいつの特殊能力あってのことだよなと思いながら、セルバシアはひとり嘆息する。

 今日もにぎやかだ。なんでみんな集まってくるんだ……


 ここ暫くどうしても夜に安眠できない。だから彼は今も寝不足だった。

 因みに、寝不足をアピールした場合に予想される、他メンバの反応としては次の通り。


 エルシア「お兄、午前中ずっと寝てたでしょ」

 シェリ「あ、ごめーん」

 クァータス「お前いつでも眠そうじゃん」

 エマーレ「すべては神の思し召しです」

 カロタス「体調管理がなってない。反省文を書け」

 レーサリィ「……」


 レーサリィは、エルシアの隣でひたすらニコニコと微笑んでいる女子だ。

 彼女はいまは喋らないので、想像の中でも沈黙である。


 なんで喋らないのかというと、<<念話>>ギフトの訓練だということだった。

 よくわからないが、喋るのを我慢するのが特訓なのだとか。


「さあ、男共はそろそろ次の授業の時間だぞ。移動しろ、移動!」


 窓の外、木の影の傾きを見て、カロタスが掌を打ち鳴らす。


「あー、そうか、今日はこの後もあるんだっけ。女子はフリーでしょ? うらやましいなー」


 シェリが言う。


「なんだかシェリにうらやましいとか言われると、釈然としないものがあるのよねー」


 不満顔のシェリに、苦笑いしながらエルシアが感想を述べた。


 エルシア自身はそうでもないのだが、シェリの艷やかなストレートヘアであるとか、お人形のように華奢で繊細な造形であるとかが、女子たちの間で嫉妬と羨望の的になっているのを、当然に彼女も知っていたからである。


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