5-11. 高原で王獣を待つ、なの
「王獣だと? 王都の付近に、そんなものが居るのか?」
ナタリアの提案に、ギークが尋ねた。
王獣は竜族に並んで有名なモンスターである。
馬を好んで捕食する彼等は騎士の大敵だ。
王獣の気配があると、騎馬が怯える。
怯えて、まともに言う事を聞かなくなってしまう。
王都の傍には騎士学校もあるわけで、こんな所にいて良いモンスターではないはずだ。
そんなのが頭上を飛んだりしたら、それだけで騎士見習いには落馬者が続出してしまうだろう。
落馬者続出で思い出した。
そういえば、むかし蛮族の支配していた邪悪な国があって、そこでは王獣を飼い慣らしていたという伝説があった、と思う。
その国の討伐では、王獣の脅威に王国の騎士団が大損害を蒙ったとか、確かそんな話だ。
演劇の一つになっていたはずだけれど、はて題名なんだったか。
その演目は、忠義溢れる勇敢な王の騎士達が、どうやって難局を乗り切ったのかが主題で、だから王獣というキーワードを聞くまで思い出せなかったけれど、あの物語で最終的に攻め滅ぼされることになる蛮族の国、あれってもしかして、ナタリアの祖国なのではないだろうか?
「居るらしいな。おそらく、群れからはぐれた個体だろうが。目撃情報からの類推では、Bランク中位か、もしからしたら上位があり得る、ということだった」
堅実に実績を稼ぐ話はどこに行きましたか。
Aランク寄りのBランクだとすると、相当な強敵なんじゃないかと思います。
「本来は水竜戦のように、ハンターのチームを編成して臨むべき相手だろうな。しかし、我達の場合は、我達だけの方がいいだろう。テンテンが参戦できなくなる分、部外者は邪魔だからな」
えーと、僕はですねー。河童狩りに行きたいのですが。
ダメですかねー?
「居場所は北西。数日の距離になる。偶然にも陰府の入り口がある場所の近くだ。今回はそちらに挑むつもりはないが、フレデリカの地図に追加しておいて貰えるか? そうすれば今後、いつでも移動できるようになるのだろう?」
それ、どう考えてもそれは偶然ではないでしょうよ、ナタリアさん。
そういう仕事をチョイスしたのだとしか思えません。
どんだけ地下に行きたいんですか。
一応、他にどんな仕事があるのかも確認しておきたいといって、僕も組合の掲示板を確認させてもらった。
でも、貼り出されていた賞金の出るモンスターの中に、河童の名前は見つからない。
うーむ。
そういえば、港町モーソンで読んだモンスター図鑑に、河童は渡りをするモンスターである可能性あり、秋口から春先までは山童に変じて川から姿を消すとの説がある、とか書いてあったかもしれない。
そのせいかもなー。
獲物がいないようであれば仕方がない。
結局、グリフォンに挑むことに同意して、数日間を掛けて、目的地まで徒歩で移動することになった。
ただ黙々と歩いてもなんだ、その道中、ナタリアに尋ねてみる。
「河童の渡りが事実かって? すまないが、知らないな」
むう。ナタリアは相当モンスターに詳しいと思うのだが、それでも知らないと。
「お前との出会いの最初が水竜狩りだったからアレなんだが、我はもともと火の通りにくい水辺のモンスターは苦手でな、河童だの水虎だのが相手になるような仕事は、基本的には請けないのだ」
水克火。水は火を消し止める。
苦手属性ってことね。まあ、仕方ないか。
移動中、大きなトラブルはなく、そして目的の場所が近付いてきた。
坂道が多くなり、そしていつか道らしき道がなくなる。
藪を掻き分け、地図で方向を確認しながら山を登った。
だから山登りはギークが先頭だ。
師匠の姿でいては、柔肌が藪の鋭利な枝先に負けてしまう。
すでに周囲には人気も人目もなくなった。
だからギークは、夜叉本来の姿に戻ることにした。
「それがお前の、本来の姿、というわけか」
感心したように、ナタリアが言う。
本来の姿、夜叉の姿。うん、まあ、今はそうね。
以前、妖鬼の姿を見せた時は、あれがそうだったわけだけれども。
「うっわ~、、、厳ついわね! てゆうか、なんであんた角が折れているわけ?」
ナタリアの背後からぴょこんと顔を出して、犬耳が言った。
そういえば、犬耳はギークの師匠として姿以外は初見になるのかな?
「……角? ああ」
ニョキッと生えた。折れていた方が、完全な形に再生する。
「うわっ、キしょッッ」
ずざざっ、と犬耳がドン引きする。
というか、おいギーク。何かこだわりがあってそうしてたんじゃないんかい。
「昔、折られたことがあってな」
ギークが言う。
「そのイメージで、どうも意識していないと、折れた状態を再現してしまうようだ」
そんな理由かよ。
「ほう? あのコロシアム以外でも、人間に討伐されかけたことがあったのか」
ナタリアが尋ねてくる。
ナタリアの金属武器は、やや短めの錫杖だ。
先端の輪に計六つの金属環がジャラジャラと付いている。
手持ち無沙汰なのか、それをくるくると回しながらだ。
総金属製ではあるものの、明らかに直接突いたり殴ったりに向いた武装ではない。
藪を切り開くのにも向いていないわけなのだが、山の登り始めにナタリアが行く手を遮る藪を焼き払おうとしたので慌てて制止する一幕があった。
アホか。山火事にする気か。
そうしたらなにか拙いのかときょとんとしやがった。
拙いに決まってるでしょ。変なところで常識がないな。さては前科者だな?
「昔、未熟な頃に、不意を突かれてな」
ギークがもう、一端の何かであるかのようなことを言っている。
昔ってお前。まあ、別にいいけどさ。
藪を掻き分け山を登って、そして見晴らしの良い高原に出た。
「ギーク、待て。ここはグリフォンの普段の猟場のひとつだと見える。ここで迎え撃つことにしないか」
更に先に進もうとしたギークを、ナタリアが止めた。
王獣が別の何かを狩猟した、その何かしらの痕跡を発見した模様。
ギークが足を止めて振り返る。
「グリフォンがお出ましになるまで、ここで待機するのか?」
迎え撃つなら相手に攻め込んで来てもらう必要がある。
確かにこの高原は、グリフォンの狩猟場になっていそうな、開けた場ではある。
だが相手は空を飛ぶモンスターだ。その行動半径は相当に広いことが予想される。
そうそう都合よく出現したりはしないのではないだろうか。
「これからテンテンに行ってもらう。テンテンも飛べるからな」
ナタリアがそう言って、それからテンテンの頭を撫でつつ仕事を頼む。
「テンテン、悪いが王獣を探してきてもらえるか? 多分、そう遠くない場所にいるはずだ」
ジャガンッ、とギークが金属弓に弦を張って、軽く調子を確かめた。
「はーい。じゃあ、ひと回りして見つからなかったら戻って来るわ」
ぺったりとくっ付いていたナタリアから少し離れ、犬耳がふわりと宙に浮かぶ。
陽光下では分かりずらかったが、淡く光を纏っているようだ。
「あ、モンスターが襲い掛かって来た場合は犬笛で呼んでよね。駆け付けるから」
ギークを指さして、ナタリアに向かってテンテンがいう。
モンスターね。うん、まあギークもリアルに血迷うことがあるから、アレだけれどね。
だいぶ仕組みが分かって来たし、フレデリカも警告してくるので、最近は発症していないが。
そしてテンテンがヒュパンと飛んで行く。足下の下草が丸く倒れた。
鳥のような翼があるわけでもないのに、どうなっているものなのか。
「しかし本来の姿と言っても、角を折ったり生やしたり、自在なわけだ。本当にそれは本体か? 体の一部だけを例えばカニーファのものにしたりもできるのか?」
話の続きと、ナタリアが問いかけてきた。言われて、ギークが考え込む。
それから弓を持っていない方の、自分の右手を開いたり閉じたり試してから、応えた。
「……短い時間、形だけなら可能だろう。だがその状態は不安定で、ものの役には立つまい」
「なるほど。では時間を遡るのはどうだ? カニーファの子供自体の姿になってみるだとか」
ギークが答えると、ナタリアが即座に聞いてくる。
「そんなことになんの意味がある? まあ、ある程度なら可能だろう。年を取る方向でも、若返るのでも。見た目だけの話だがな」
ブフーーーーーッ!
ギークの答えに、僕は心中で噴き出した。なにおう?!
「ほう、そうなのか。いや、意味はあるだろう。変装し放題じゃないか」
え? ちょっとまって、なにいっちゃてるのギーク。
もしかして師匠の少女時代とか、幼女時代の姿にもなれて、着せ替えとかできちゃうってことなの?
「別人になれるわけじゃあないぞ? 今一つ、役立つシーンが思い付かんな」
え? なんでいままでそんな大事なことを黙っていたの? 死にたいの?
ああ! どうしよう、白いフワフワのドレスとか買わなきゃ。猫さんの着ぐるみな寝間着とかも用意しなきゃ。大変だ! 金銭! 金銭がない!? この大事な時に!!
(見つけたわよー。これから一発、蹴りくれてやってから、そっちに連れて行くからね? ナタリアに伝えておいて!)
……あれ? なにか犬耳の声らしき幻聴が聞こえる。
僕がポカンとしていると、フレデリカがその声に返事をした。
(承知したのであります。お館様、聞いての通りであります)
ギークが頷く。
いや、なんかおかしくない?
「ナタリア、テンテンがグリフォンを見つけたそうだ。これから仕掛けると言ってきた」
そしてギークがナタリアに告げた。
ナタリアは二度、瞬きをしてから、首を傾げてギークに尋ねる。
「以心伝心という奴か。素晴らしいな。ギンギンないしクンクンの顔を見れる日も近そうだ」
その名前、気に入っているんですね。
「どれだけの距離があっても、テンテンとは会話ができるのか?」
それから問われて、ギークがフレデリカの方を見る。
ああ、良く分かってるね。そんなこと、僕に聞かれても分かりません。
(電波の特性上、発信源の地上からの位置が高ければ、遠くまで届くであります。平地であれば三小里程度かと思うでありますが、今回のように遮蔽物の少ない場所で、テンテンが上空から発信する場合であれば、もっと遥かに長距離からでも届くであります。更に申し上げれば、ご主人様が受信側になる場合の通信の方が、素子として働くナノマシン密度の関係上、距離が伸びるのであります。先ほどの場合、こちらからの返信はテンテンに届かない可能性があったであります)
電波はお前だと言いたい。
「良く分からんが、制限はあるようだ。具体的なところは分からん」
サックリとギークが答えた。その様子をみて、ナタリアが解釈する。
「ああ、なるほど。フレデリカ経由なわけか」
(ご主人様経由なのであります。全然違うであります)
フレデリカが即座に否定するが、その声はナタリアには届かない。
というか、そこは余り、どうでもいいことかな。
地図上に表示されているテンテンの位置を確認。
かなりの速度でこちらに接近中。
(ギーク、そろそろ来るの。迎撃準備なの)
足を肩幅に開き、ギークが矢を二本持って、一本を番える。
その様子を見て、ナタリアが空を見上げた。
目視だとどうだろう。
雲一つない晴天に、黒い点が見えた。ああ、あれですね。
「ナタリア、ひとところに固まっているのは悪手だと思うが、どうだ?」
ギークが言う。
「まあそうだな、我は移動しつつ、熱波を当ててグリフォンの注意を引く。お前が隙を見て撃ち落とす。それでいいか?」
「ああ、わかった。グリフォンがこっちを狙ってきたら、撃墜役はテンテンか?」
ナタリアが得意なのは範囲攻撃だ。
強力な長距離射撃を可能にするような攻撃手段の持ち合わせはないと聞いていた。
「さて、まあ、臨機応変だ。なんとでもなるだろう」
意外とナタリアも適当である。
「来たわよーーッ」
テンテンがギークの足下に着地。
ナタリアの元に行かない理由はなにか?
バサッ バサッ バサッ
敵が増えたのを見て取って、頭上で旋回する巨大な鷲の翼。
ヘイトを擦り付けるためですね。分かります。
ギークが弓の弦を引き絞り、頭上を狙う。
風の動きがおかしい。ヒュゴウ、ヒュゴウと渦巻いて、吸い上げられているような。
(ご主人様! 気圧が操作されているであります。ダウンバーストが来るであります)
(それはなに、なの!)
グリフォンとはどんなモンスターなのか。
移動途中でナタリアと意識合わせしたときの内容を思い返す。
鷲様の上半身と翼を備え、獅子の胴体を備えた王の獣。
確認されているモンスターランクは最弱でCランク上位、最高位でAランクだというからかなり幅がある。
確認されたAランク個体は、なんとその体躯が獅子の八倍はあるほどに巨大だったとか。
空に居られると大きさの目測は全く宛てにならないが、この個体も相当に大きい。
Bランク中位程度の相手という予想だったが、Bランク上位以上である可能性大である。
で、そうだとすると、どういうことになるかというと。
(超強力な上から下への突風であります。樹木を引っこ抜いて吹き飛ばすくらいの威力があるであります。攻撃は諦めて防御態勢を採るべきであります!)
早く言えー! ガゴンッ
体が一瞬浮き上がる、嫌な浮遊感。そして潰される。
頭上から、どうしようもない圧倒的なパワーが叩き付けられた。
ギークと、フレデリカは押し潰された。
ナタリアとテンテンが、それぞれが吹き飛ばされていくのが分かった。
Aランクに至ったモンスターの多くは、超自然的な力を振るい始める。
津波を起こし、或いは竜巻を呼び、或いは雷を降らせ、或いは炎を撒き散らすようになるのだ。
そしてその片鱗は、モンスターによってはBランクの上位から見られることもある。
僕らはいま、まさにそれを体験させられていた。
[WARN] ギークは、外敵からの攻撃を受けています!
[INFO] 現在の状態を表示します。
ギーク
夜叉 Bランク Lv13 空腹(忍耐)
【ギフト】
不死の蛇 Lv3
唆すもの Lv--
地図 Lv4
引戻し Lv3
制圧の邪眼 Lv2
<---ロック--->
<---ロック--->
<---ロック--->
【種族特性】
永劫の飢餓(継承元:餓鬼)
暗視(継承元:小鬼)
忍耐の限界(継承元:鬼)
手弱女の化粧(継承元:妖鬼)
森林の神霊