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天国のお土産  作者: トニー
第五章:王都と怪盗
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5-10. 指名依頼を受けて

ガウェン侯爵領(この国)で、モンスター狩りをメインに据えて活動していると、水辺に巣食うモンスターどもの相手をする機会ばかりが多くなる」


 標的のいる目的地に向けて、一騎と三人とが、川の流れに並行する畔道を移動中。


「物流の中心が、このダナサス川だからな。それを阻害する水棲・半水棲モンスターの駆逐がまずは大事という話になるわけだ」


 長大な鎗を担いで、三人組の先頭を行くのはレンブレイだ。


「需要があって、供給がある。まあ当然の話なんだがな。その結果、森の奥や山の奥から出てこないようなモンスターの討伐は、その難易度に拘わらず優先度が低くなるし、報奨金も安くなってしまう」


 先行する一騎は、誰の目にも騎士である。

 鎖帷子の上から、紋章入りの軍衣(クルズィート)を着用し、騎馬に跨っている。


「努力が報われない、高ランクの大型モンスターを苦労して討ち取ったところで、雀の涙ほどの報奨金しか望めないとなれば、誰だってそんな仕事はしなくなる」


 割に合わないのだから当然だなと、レンブレイが常識・・を語る。

 そして水辺での狩りを繰り返すばかりになっていくわけだ、との皮肉を交えて。


「だから、港町モーソンをはじめ、この国に所属しているハンター達が所有しているギフトには、ある偏りがある。なんだか分かるか?」


 レンブレイが、半歩後ろを付いてくるふたりに問い掛けた。

 道中、折角だから可愛い後輩の面倒も見てやってくれと、アランに押し付けられたのだ。

 なまじ必要性が理解できるだけに、腹立たしいレンブレイであった。


「水辺にいるモンスターを相手取るのに、有利になるようなギフト持ちが多いって事ですよね?」


 少し間をおいてから、ふたりの一方であるウェナンが応えた。

 以前は相当な痩せぎすだったが、今では少し逞しくなって、それらしくなってきた。

 なにらしくかと言えば、指名で依頼を受けるような一人前(Cランク)のハンターらしくである。


「そうだ。相手を水場から誘き寄せる。釣り出す。あるいは追い出す。そうした目的に有用なギフトに人気が集まる。陸地に引っ張り上げた獲物を、逃がさないように足止めする、罠に嵌める類のギフトも同じく人気の的だ」


 カニーファと別れて程なく、ウェナンとフィーの二人は、Cランクへの昇格試験に合格した。

 いまのウェナンは、トド革を鞣したブーツを履いて、胸当てを着けている。自前で用意した装備だ。

 廉価品だが、食うにも事欠いていた何ヶ月か前とは雲泥の差があった。


「結果、そうしたギフトの習熟度ばかり高いハンターが多くなり、幅を利かせている。当然の帰結ちゃあ帰結だがな、それが極端化してしまうと不味いことがある。なんだか分かるか? フィー」


 そう言って、レンブレイはもう一方に問い掛けた。

 問いかけてから、やや質問に幅がありすぎるかと思い、次の一言を付け足した。


「確立されたスタイルの中で同じような狩りを繰り返す連中ばかりになると、どんな不都合があるかということなんだが」


 名指しされて、ウェナンとほぼ同じ装いでペアルックなフィーが考え込む。

 ウェナンとの違いは、フィーが佩いている武器は細剣レイピアで、ウェナンが携えているのは短鎗ショートスピアだと言うことくらいだろう。もちろん性別も違うわけなのだが、残念ながら少なくとも胸当ての上からでは、見た目上に大きな差異は見当たらない。髪が少し長めだというくらいか。


「えっと、、、それが通じない相手が出た時に、誰も対処できなくなるってことですか?」


 少し考えてからフィーが答える。その通りだよと、ニヒルに笑ってレンブレイが応じた。

 先の水竜狩りの顛末を、レンブレイは思い起こす。


 挑発のタイミングを誤ったハンターがふたり、水竜の巨体に磨り潰された。

 それを補うようにカニーファが猛然と矢を射掛け、水竜の注意を引く。

 咆哮を上げて再度の吶喊してきた水竜は、カニーファの巧みな誘導で確かに罠の上に乗った。


 罠は<<粘着糸>>ギフトによる拘束型のものだった。

 落とし穴に嵌るサイズの相手ではないから、その選択肢しかなかったのだ。


 普段より糸の密度を上げれば、ある程度の間は拘束できるだろう。その間に更に糸を追加して身動きを封じればいい。それが罠師の男の算段だったか、まるでダメ。<<粘着糸>>のギフトによる罠は、暴れ狂う水竜の足止めには完全に役者不足だった。


 糸がダメというより、糸を固定するために括った立木があっさりと引き抜かれてしまったのだ。

 今思えば、あの罠師のハンターは大型モンスターの力量というものを完全に見誤っていた。

 普段、ぬるま湯に浸かるような、ルーチンワークの狩りしかしていないからだと、レンブレイはそう思う。


「おびき寄せて、罠にはめて、タコ殴りにする。そのいつも(・・・)が通用しないモンスターが出てくると、ものの役に立たなくなる奴等が多い。それが、この国の狩人組合が抱えている問題だ」


 もう少しで目的地。遠方に広がって見える林がそれである。

 ガウェン侯爵領における、造船のための有数の木材供給拠点。


 寄子貴族であるラニラ男爵の領地にあって、男爵領の経営を支える収益の源泉でもある。

 土地が塩気を多く含むため、ガウェン侯爵領には、大きな森が少なく、林も育ちにくい。

 そんな中、その林は大変に希少であり、多くの人々にとって生命線と言える存在だった。


「Cランクに上がりたてのお前たちにまで、指名依頼が出される理由がつまりはそれだ。イレギュラーな狩りに対応できるメンバーってのが、本当に少ないのさ」


 嘆かわしいこったと、レンブレイはため息混じりにそう言った。


「特に今回の標的、死面蜘蛛というやつは、ルーチンワーク共にとって相性最悪だしな。遠隔攻撃をしてくるのに加えて、罠を張って待ち構えるタイプ。ま、いつもやっていることをやり返されるってわけだな」


 そして碌に対応もできず逃げ帰って来るか、モンスターのエサになる。

 情けないのを通り越して泣けてくる話だ。本来のハンターとは、そんなものではないはずだろうに。


「巣食った一帯に火を掛けて、燻り出せれば手っ取り早いのだが……」


 案内役で先導している騎士が、馬上からちらりとレンブレイ達に目線を向けてくる。

 火を掛ける? 火種を持ち込んだ時点で、この男は矛先をこちらに向けるだろう。レンブレイは肩を竦めた。


「なるべくというか、木を傷つけた本数分、報酬を減らすと仰せのご依頼だ。任務を達成したにも関わらず、こちらが罰金を払うようなことになるような手段は避けるべきだな。まあ、有態に言って貧乏くじな依頼だが、期待されているんだと思って前向きに挑むことだ」


 金払いの悪いモーソンの狩人組合が人材不足なのは今に始まった事ではないが、赤鬼事件によってますますそれが悪化した。先日Cランクへの昇格を果たしたウェナンとフィーが、早くも中堅扱いという有様だ。


「レンブレイさん。他人事じゃないはずです」


 フィーが少し呆れたようにツッコミをいれる。


「俺にとっては、いつものことだ」


 感慨なく、レンブレイが応えた。


 騎士の騎馬が脚を止めた。

 馬上から、騎士がレンブレイに声を掛ける。


「ハンター共、そろそろ到着だ。我はここで待機させてもらう。もう少し進めば、蜘蛛の奴めの巣が見えるだろう。どう動くつもりなのか、一応聞いておこうか。迂闊なことをされては堪らんからな」


 相変わらず騎士というのは偉そうな糞の集まりだなと、レンブレイは考える。

 ところでその騎馬、だいぶ草臥れておいでですが、まさか馬から降りずに待機なさるので? それはちょっと思い遣りに欠けるんじゃないですかね?

 ああなるほど、運動不足のせいでお宅様には贅肉がつきすぎて、自分一人じゃ降りたら再度は跨がれないってわけですか。


「フィーの音消しは、俺を含めてでも可能だよな?」


 騎士の問いかけを相手にせず、歩む足を止めることもなく、フィーの方を向いてレンブレイが尋ねた。


「え? はい、できます。近くによってくれていれば」


 フィーが、ちらりと騎士の方を気にしてから、レンブレイに応えた。

 騎士はなんだか呆然とレンブレイの方を見ていた。


「ならお前と俺で森に入る。ウェナンはバックアップだ。十分注意するが、俺とフィーが蜘蛛の巣にもし囚われるようなことがあって、そこに蜘蛛が寄ってくるようだったら、この忌避剤をぶつけて時間を稼げ」


 そう言って、レンブレイがウェナンに何個かのミカンを手渡す。


「忌避剤、ですか?」


 受け取って、ウェナンが首を傾げた。


「そうだ。食うなよ? 別に毒でも何でもないがな」


 蜘蛛は柑橘を好まない。

 なぜだろう? 理由は知らないが、そういうものだ。


「き、貴様、無礼であろう! 我を差し置いて何を話しているか!」


 騎士が、顔を赤くして喚き始めた。つられて騎馬の鼻息も荒くなる。

 しかしレンブレイはそれを完全にシカトして、林の縁に向け歩き続ける。


 この騎士が立ち止まったところで、自分が立ち止まる理由はない。

 レンブレイのは当然のこととして、それを確信していた。


「あ、あの、良かったんですか? 騎士の人、怒ってましたけど」


 激昂する騎士を置き去りに、そろそろ蜘蛛の巣の一部が見えてきたので立ち止まったレンブレイに、ウェナンが問い掛けた。


「今回のような場合、俺達は土地の領主から請われて遠方から派遣されて来たのだから、客分という扱いになる。あの騎士は領主の騎士なのだから、本来は俺達を歓待すべき立場だ」


 蜘蛛の姿が見えるかどうか、踏み入るに適した場所はどこか、レンブレイは周囲に目を走らせる。


「実態としては、本人が言っていたように、領主からお目付け役を仰せつかっての同行なんだろうが、それは別に俺達には関係のないことだしな。この領地の領民でもない俺たちが、偉そうに指図される謂れはないんだ」


 ここから林の奥に入る。ウェナンは其処で待機。

 鎗の穂先でそれぞれの場所を示しながら、レンブレイが指示を出す。


「貴族だから、騎士だから偉いってわけじゃない。どんな職分の相手かということだ。ああ、だから警邏の任に当たっている騎士に突っかかるのは辞めておけよ? 不審人物としてしょっ引かれちまうからな」


 ニヤリと笑って、レンブレイが言う。


「やりませんよ、そんなこと」


 呆れた顔で、フィーが応じた。


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