表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天国のお土産  作者: トニー
第五章:王都と怪盗
105/160

5-08. ならば、陰府にも、なの

「ほう、そうなのか」


 ナタリアに対してか、それとも信じ難いことを口走った河童に対してか。

 ギークがひとこと、相槌を打った。

 質問責めが一息ついたかなと、冷めてしまったミカン茶を啜る。

 お茶と言っても、天日に干したミカンの皮をお湯に浸しただけの代物なのだが。


 せっかく王都にいるのだし、本当なら名物である蜂蜜酒でも呑みたいところだ。

 しかし庶民たる身にはそうそうと手が出ない高級品であるらしかった。

 売っている場所を教えて欲しいと街で聞いたらバカにされた。

 そして今は事実としてお金がない。誰のせいだ。


「ああ、まあほとんど夢物語だがな。もしそんなことが、いつかできるようになったら、陰府シェオルの深奥にだって挑めるかもしれない。オレとしては、期待せずにはいられないな」


 陰府シェオル? 何故いきなりそんな単語がと思ったその瞬間、ナタリアの膝の上でミカンの皮を剥いていた犬耳テンテンが、河童を指さしてナタリアに告げた。


「? ねえ、ナタリア。この変なの、転移も使えるって言っているし、行きたいなら、別にいつかでなくて、今でもいいんじゃない? 他の人間がいない場所なら、わたしも付いていっていいのよね? 陰府シェオルって、ずいぶん昔に潜った大きな洞窟でしょ? あの時は一緒に行ったものね?」


 ……、……、あれ?

 ……、……、あれぇ?!


(犬耳ちゃ……、あー、テンテンさん? あの、この声とか、えーと、まさか聞こえてる、なの?)


 一拍おいて、僕は恐る恐る、犬耳に確認をしてみる。

 でも、ほとんど同時にナタリアが口を開いた。


「テンテン、フレデリカが何を喋っているのか、まさか分かるのか?」

「え? そりゃあ分かるわよ。いつも、なんとかでありますー、とか言ってるじゃない」


 僕の問い掛けは聞こえなかったのか、ナタリアからの質問が優先されたのか、どっちだろう。


(ご主人様)


 リピートしてみようかどうしようかとキョドっていたら、河童が呼び掛けてきた。


(以前にも申し上げたでありますが、現在設定いただいているのは、付近の端末全てに放送ブロードキャストする通信モードであります。内緒話をする場合には、モードを切り替えていただくか、別途ピアツーピアの接続を行う必要があるのであります。ピアツーピア接続の開始は、ご主人様側からでも私側からでも可能でありますが、少なくとも私から接続した場合には、お館(ギーク)様に私の声が届かなくなるのであります)


 うん。うん? えーと、なんのこっちゃ。

 いつでもおうるうぇいず、ワケわかめ。


 砂時計クルクル。


 内緒話をしようと思えばできるよってこと、かな?

 つまり内緒話じゃないと、テンテンには聞こえてる? 


(一ヶ月以上寝食をともにして、ようやく判明って、どういうことなの……)


 犬耳ちゃん、ナタリア以外のことに興味がなさすぎでしょ。

 というか、どういうこと? 人間はダメで、モンスターには僕の声が聞こえるってことなの?


 ちょっと過去を振り返ってみる。

 と言っても人語を解しそうなモンスターの知り合いなど、ギークとテンテンを除けば赤鬼オカシラくらいか。


 どうだったかなー。僕の発言を聞き取ってる風だっただろうか?

 そもそもロクにヒトの話を聞かないクソだったからなー。


「ふむ、実はなテンテン、理由は分からないのだが、このフレデリカの言っていることが、オレにはよく聞き取れないのだ。悪いんだが、時々通訳をお願いしてもいいか?」


 小さな頭を優しくなでなでしながら、ナタリアがテンテンに頼んでいる。


「え? そうなの? うん、ナタリアの頼みなら、別にいいわよ!」


 テンテンが嬉しそうに応えた。

 尻尾がいつにもましてブンブンと振られている。


 ナタリアに頼まれごとをしたのが、嬉しくて仕方がないのに違いなかった。

 微笑ましい光景である。たいへんに微笑ましい。

 微笑ましいのだが迷惑だ。


「先ほどの会話で、ギークが答えていた内容と、フレデリカが話していた内容に、差異はあっただろうか」

「うー? あんまりよく聞いてなかったんだけど……」


 早速、気まずそうになる犬耳。


「そもそもフレデリカ、あんまり喋ってないわよ。ナタリアの質問にはほとんどギークが答えてたし。フレデリカが口を挟んできたのは、最後のほう、なんかまとめてガーッて言ってたくらいで」


 そうかもね。


(ガーッとは失礼なのです。私はいつも理知的かつ論理的な会話を心掛けているはずであります)

(いつぞや、私を捨てて他の女に走るのでありますか、とか言ってたの、、、)


 それを聞いて、ナタリアが少し考え込む。そしてフレデリカの方を向いて、話し掛けた。


「ふむ、そうだな、ではフレデリカに尋ねたいが、転移テレポートというのは伝説の通り、好きな場所から好きな場所に、一瞬で移動できるという認識で良いものか」


 フレデリカが、こちらにちらりと目線を寄越した。


(移動先の正確な座標情報が必要であります。グローバルネットワークから情報を取得できないため、ご主人様の地図頼りになるのであります。従って、ご主人様の地図にオブジェクトが表示されている場所の付近に、ご主人様が側にいる場合に限って、転移することが可能であります。転移自体の所要時間は、搬送物の体感的には一瞬といえるものであります)


(フレデリカ、それ絶対伝わらないの、、、)


「……、……、……、……」


 案の定、沈黙する犬耳。

 泣きそうになって、固まってしまっている。


(ギークが側に居ないとダメ。ギークが行ったことがある場所にしか行けない。だ、そうなの)


 たぶんそういうことを言っているのだろう、の意訳を口にしてみた。

 聞き取れるということと、聞き取った内容が理解できるということの間にも、また高い壁がある。


 テンテンが、パッと顔を上げて、笑顔で僕が答えた通りの内容をナタリアに告げた。

 うーん、なんだかなー、である。

 てか、やっぱり僕の発言も聞こえてはいるのね。反応してくれないだけで。


「ありがとう、テンテン。だがどうした? 最初少し困っていたようだが」

「ちょっと最初、何言ってるのか分かり難かっただけよ! なんでもないわ!」


 河童語、わかんないよね。その気持ちがよーくわかるよ。


(フレデリカにはもう少し、歩み寄りという姿勢が必要だと思うの)

(情報の伝達に齟齬をきたさないギリギリのラインまで歩み寄っている自覚があるのであります、、、)


 ダメだなこれは。わかっていたが重症だ。

 ナタリアが腑に落ちないそうな顔をしたところで、ギークが逆にナタリアに尋ねた。


陰府シェオルというのはなんだ?」


 おっとっと、ギークは知らないらしい。


「ギークが知らないというのは意外だな。鬼たちの故郷のひとつでもあるはずなのだが」

「故郷? 知らない話だ。何がある場所だ」


 ギークが知らないというのは、それはつまり師匠や悪徳爺の記憶にも、それに関するめぼしい情報がないってことになるのだろう。

 たまに、そういえばとか言い出すことがあるから、断定はできないけれども。でも確かに、とくに西方の国々では縁も薄いだろうし、神学とかを勉強する機会がなければ聞いたことがなくても不思議はない。


「いや、人間オレたちこそ詳しくは知らない。言い伝えによれば、低くて暗いところで、死者たちが住まう場所だそうだ」


 テンテンが、ミカンを一粒ナタリアに差し出した。

 少し笑って、ナタリアがそれを咥える。


「古い時代の鉱山にはな、坑道がそこにまで、陰府シェオルの天井にまで、達してしまったものがあるのだ。そうすると鉱山は呪詛に汚染され、モンスターの住処になってしまって、廃坑となる。いま、陰府シェオルに挑むというときには、普通はその廃坑を探索することを言うな。探索というか、実態は採掘だろうが。金属武器の素材となる霊鉄のほとんどは、陰府シェオルに繋がった廃坑で採掘されているものだそうだ。質の良い霊鉄は、そこでしか採れないとも聞くな」


 ナタリアがギークに説明する。ナタリアは色々なことに異様に詳しい。

 やっぱり、元々は貴族なのかな? 自由民にしては、教養のレベルが高すぎる。


「ほう。で、それと転移テレポートと何の関係が?」


陰府シェオル、厳密にはそこに連なる廃坑だが、そこはモンスターの巣だ。あの中には安全な場所などないから、休憩なしで行ける辺りまでしか探索が行われていないのが実際だ。細い通路が延々続いたりするので、大人数で挑んで交代しながら攻略というのも現実的ではないしな。つまり、転移テレポートでもなければ、日帰りできるくらいの場所までしか探索ができない。転移テレポートさえあれば、人跡未踏の奥地、陰府シェオルそのものにも、もしかしたら到達できるのかも知れないと、そういう期待だな」


 物語では、英雄の皆様方が結構気軽に、ひょいひょいと潜っているのですけどね。

 まあ彼らは飲み食い不要な超人で、かつ寝なくても平気だったりするものね。


「到達すると、なにか褒美でもあるのか?」


 そりゃあもう、知識だったり聖剣だったり、あと何があったかな?


「当然、陰府シェオルに生きてたどり着いたものなどいない。最初に鶴嘴を打ち付けた鉱山夫を除いてな。そうなったときには、その鉱山夫はもちろん生還しないから、結局は何の記録も残っていないんだが、未知であるがゆえに逆に伝説の類は山とあるわけだ。陰府シェオルに至れば、死者と会話ができるだとか、死者を連れ戻せるであるとか、死者が力を授けてくれるであるとか、まあ色々だな」


 死者に出会う。そのキーワードは、僕にはとても魅力的。

 ミアに会えるのだったら、それはもう、今すぐギークにゴーサインを出すところだ。


 でも、無理だということを僕は知っている。

 陰府シェオルにいる死者たちというのは、太古の時代に生きた人々だから。

 陰府シェオルというのは、洗礼を受けることができずに死んだ者たちの行き着く場所なのだ。

 そういうことに、なっているのだ。


 彼等は、どんなに善良であっても、天国には入れない。

 善きも悪しきも、死後は等しく昏い地下で奴隷暮らしを強いられる。

 永劫に救われることがない者たちの場所、希望のない暗黒世界。

 その場所が陰府シェオル。だからミアはそこにはいない。師匠もいない。


「旧トゥラ王国の人間たちは、今も陰府シェオルに囚われている。そのはずだ。伝説が真実の一端でも伝えているものであれば、だがな。会えるものなら、オレは彼らに会ってみたいのさ。そう思って、何年も前の話だが、オレもテンテンを連れて陰府シェオルに挑んだことがある。まあ、すぐに諦めたがね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ