5-05. 祓魔師の二人連れ、なの
胡散臭いのが接近中。さあどうしましょう。
隠れてやり過ごすか、接触して会話をしてみるか。
無難なところで、この場から立ち去るという選択肢もある。
ギーク、および河童と対応を相談する。
「青鬼がああなった理由には、多少の興味はある」
と、ギーク。
「妙なものを飲み食いして、その結果でああなるかもしれんとなればな。警戒が必要だ」
ああ、そういうこと? どうなんでしょうね。
あの発狂状態、何か食ってああなるようなものなのでしょうか。
「まあ、しかし別に、ここで無理に接触を図る理由もないだろうな。その件はフレデリカの分析待ちだし、それこそお前の<<地図>>とやらで、いつでも居所を知れる相手なのだろう?」
うん、そうですね。
(ご主人様にお任せするのでありますが、しいて申し上げれば隠れてやり過ごすのはお勧めしかねるのであります。御館様の隠形は発動時および解除時にコストがかかるようでありますが、息継ぎの度に解除して発動し直す必要がある関係上、長期間の待機は大量に魔素を消費することになるのであります。補給物資が不足気味の現在、消費した魔素の補充が間に合わなくなる可能性が懸念されるのであります)
こちらは河童。
隠れてやり過ごすのはやや難ありか。
いや、能力としての隠形ではなく、普通に物陰に隠れるという選択肢は依然あるわけだが。
そもそも胡散臭男はどうしてここに来ようとしているのかということだよな。
もちろん横を素通りという可能性はあるけれど、まあ、ここを目指していると仮定した場合の話で。
何かを探知して、という可能性がやはり高いだろう。
なにかといえば、もちろんコロシアムから忽然と姿を消したギークを探していそうだよね。
きっとあの連中は、教会の手先か何かなのだ。
影の実行部隊、暗躍する執行機関とか言う奴だ。なんかカッコイイ感じだ。
であればそのへんの物陰に隠れたとして、サックリと見付けられてしまうのではないか。
なにかきっと、そういうギフトを持っているからこそ、この廃屋に目を付けたのだろうし。
ならば、やはり立ち去るのが無難だろうか。
確かにあの胡散臭いのは胡散臭いが、積極的に関わり合いになる理由が何かあるか?
復讐を焦るつもりはないが、しかしそれは確実な完遂に向けて入念に準備をしたいからだ。
余計な厄介事に首を突っ込んで時間を浪費するのを良しとするつもりはない。
(あの胡散臭いの、ギークの目から見て強そうに見えたか、教えて欲しいの)
ギークに意見を聞いてみる。
いざ戦いになったとしたらどうだろうか。
「虫じゃなくて飼い主の方か? 分からんな。戦っている姿を見たわけでもない」
むう。達人なら、立ち居振る舞いだけで、相手の力量を看破して然るべきだろ。
それじゃ僕と変わんないじゃないか。
教会の手先。教会の手先か。
僕は教会なんて大嫌いだ。僕はもう神なんて信じない。
エデナーデの教会も、エデナーデ辺境伯に並ぶ僕の怨敵である。
神の愛なんて糞くらえだ。必ずや血と炎と黒い煙に沈めて見せる。
だが、しかしてさて、エデナーデ以外の教会は、僕が復讐するべき相手なのか。
例えば孤児院も、末端の教会組織である。困窮する者に施しを、恵まれないものに救いの手を。
教会は額面通りの、神の愛を伝道して、哀れな衆生を救わんとするためだけの組織ではない。
しかしそういう活動を、彼等が一切行っていないというわけではない。
隠れ蓑に過ぎないと、言えなくもないだろう。
でもきっとそれはどちらが正体ということもないのだ。
例えば、師匠の親友だったという港町モーソンの孤児院の院長。
あの方が裏では悪事に手を染めているということは、多分ないはずだ。
あの方は心底孤児たちの窮状を残念に思っているようだったし、自分の無力を嘆いていたと思う。
そしてあの院長だって教会の構成員には違いなく、同じような人たちは他にも沢山いるだろう。
その諸々が全て擬態で、それは教会ではないというのは、また少し極論が過ぎる。
彼ら彼女らで教会は成り立っている。
その全てを、僕は復讐のために灰燼と帰せしめるのか? いいや、そんなつもりはない。
教会は腐敗しているとは思うが、しかしそれはそれとして必要なものだ。
エデナーデ以外を復讐の視野に入れるつもりはない。
それ以上は際限がなくなってしまう。
どこかで満足をしなければならないのだ。
考える。あの男は胡散臭い。必ず何か背後があるはずだ。
教会は悪人の集団ではないだろうが、善人だけで構成されているわけでもない。
そしてあの胡散臭いのが繋がっている線は、間違いなく教会の暗部へと伸びている。
きっとそうだ。モンスターをあのように改造してみたりするような連中が、真っ当なはずはない。
教会の闇、秘密、弱みになるようなもの。
それを握ることができれば、大きな力になるだろう。
復讐のための武器として活用することが、もしやできるのではないだろうか。
やはり、敢えての接触をはかってみようか。
虎穴に入らずんは虎児を得ずというし、いざとなれば逃げればいいのだ。
悪徳爺の姿ならば、最悪正体がモンスターと知れてしまっても、潰しはきくだろう。
(やはり、接触をはかってみようと思うの。教会の弱みを握れれば儲けものなの。あいつらが何者で、何を望んでいるのか、ひとまずはそれを確認しておきたいの)
ギークに悪徳爺の化粧をさせる。
河童には<<収納>>から悪徳爺の着衣と木樽を取り出してもらう。
木樽は河童本体を隠す用。河童を中に入れて、廃屋の隅に設置する。
悪徳爺の衣装に着替えたギークの全身をチェックする。
耳は尖ってないか? 尻尾を隠し損ねていないか?
よし、まあ大丈夫だろう。
しかしこの爺のどこが手弱女なのか。
種族特性名が詐欺だと思う。
普通に<<変身>>とかでいいだろうにな。
この異能を名付けた奴にとって、変身できるなら若い娘、手弱女の一択だったわけだ。
変態の発想というやつだな。
「おや? 貴殿はこのような場所で、何をしておいでかな?」
変態が現れた。
刈り上げた白髪、真っ黒なトンビコート、黄色い丸眼鏡。
胡散臭い男の登場である。なんだその丸眼鏡。カエレ!
ひとりではない。はち切れんばかりに膨らんでいる、茶髪風船男との二人連れだった。
うっわー、こっちはこっちで半端なく強烈だ。なんだが汗の臭いがここまで漂ってきそう。
今は冬だぞ? なんで半袖? そして湯気とか立ち昇っているのですが?
風船男は手のそれぞれに一本ずつ、折れ曲がった針金らしきものを持っている。
何だろうね、あの針金。昆虫の触覚のよう。
風船のように膨れた体型に対して、その針金の何と細く小さく見えることか。
もちろん、どちらも僕の好みのタイプに非ずだ。
王都に来てから、ほんと、ロクな男に出会わない。
クラナスと居酒屋で差し向かいに座っていたハンターらしき男くらいか。
あのハンターは、クラナスの恋人だったのかな?
相応しい相手なのかどうか、面談とかしたいところだ。
……しまった!?
クラナスに男が! で動揺をしていたせいで、そっちにはマーキングするのを忘れていた!!
「別に。お前さん方に迷惑をかけるようなことじゃないさ。とっとと失せな」
ぶっきらぼうにギークが応じた。
悪徳爺がひとり薄暗い廃屋の中に居る。これはもう裏取引の現場でしょう。触るなキケン。
そんな演出。でもブツは非所持です。だから探られても痛くはないですよ?
でも気持ち悪いから寄らないで欲しいね。
ガルルルル。
「ふむ……。ラッグス、ここで間違いないのですね?」
胡散臭いのが、茶髪の風船男に問い掛ける。
風船男が、頷きでそれに応じた。
あっちの湯気風船が、探索のギフト持ちなのかな?
そんな感じね。あの針金が、なにか関係あるのかな。金属武器には見えないが。
とりあえずこの風船も、マーキングしておこう。
何者だか分からないけれども。何者だか分からないからこそ。
「我々は祓魔師、聖職にある者です」
胡散臭男が言う。
にゃにおう?! まんま教会の人間かよ!
何ふっつーに、しれっと、モンスター連れでコロシアムとかに参加してんだよ!
「危険なモンスターの追跡をしているのですが、貴殿、なにか心当たりはありませんかな?」
黒いトンビコートとか何の冗談だ。祓魔師ならスルプリ着ろボケ。
ガウッ ガウガウッ。
「そしてまた、モンスターそのもの、またはそれと強い縁のあるものが、この建物にあるのは間違いありません。なにか、お心当たりは?」
間違いないときたかよ。その確信は何処からだ。
でも、よし、ギークのことを怪しんではいるようだが、夜叉の変身だとはバレていないな。
「なお言うまでもありませんが、聖職であることを名乗った我らに対する虚偽の回答は、裁判に於いて貴殿の立場を不利なものとすることがありますのでご注意を」
あなたにはー、黙秘権が―。
「どうして間違いないのかが分からないな。だが、そうだな、こちらは今し方、些細な取引を終えたばかりだ。その相手に掛かることかも知れんな」
悪徳爺のギークが答えた。些細な取引? 何ですかそれは。
どうもギーク、何か適当なことを言って誤魔化そうとしているようだが、うまく誤魔化せなくてもそれならそれで別にいいかという、ぞんざいさを感じさせますね。
「ほう、取引ですか。ちなみに、どのような?」
捜索部隊が編成されるだろうことは予想通りだったが、たった二人で来るとはね。
見付けてどうするつもりだったのか。
戦って捕まえるつもりなら、もっと戦力を連れて来るべきだろう。
それともこいつらこんな見た目で、上級騎士並みの実力者だったりするのか?
あのトンビコートの下には金属武器を隠しているのか?
風船っぽいの、まともに戦えるようなキャラには、とても見えないのだが。
「下位竜、水竜の一部をやり取りさせてもらった。ガウェン侯爵領で最近捕れたもんだ。損のない取引ができて満足していたところに、あんたらがやって来たのさ。悪いがもうこの場にはないぞ。まだ少し臭いは残っているが」
やり取り? やり取りか。河童とのな。
そしてお前は満足はしていなかったはずだ。嘘をつくな。
「フゥーム、、、嘘はお付きではないようだが。どうだラッグス?」
「はぁ、いや、何とも。ダウジングというのは、反応すれば真です。でも反応しなければ偽とは言えないもんですから、、、。ちなみに、今は反応していませんわ。この男が白かというと、それはちょっと、違いますが」
この風船的な茶髪の方は、ラッグスという名前らしい。
胡散臭さ全開の方の名前は何かな? まあ、聞いたとしても僕はすぐに忘れてしまいそうだけれども。
胡散臭男と湯気風船で十分かな、こいつらのことは。
「どなたとの取引だったのかを、伺っても?」
胡散臭男がギークに尋ねる。
「こっちにも都合がある。そこまでは明かせんな。あんたらが追跡している、危険なモンスターとやらが、儂の取引相手だとでも言うのなら、そりゃあもちろん話は別だがね。ああ、参考までにどんなモンスター探してんだか教えてもらえるかね? 似顔絵でもくれりゃあ、知り合いに聞いてみるが?」
眼光を鋭くして、ギークが嗤い、そして応じた。
踏み込んだ情報を要求するなら、そっちもなにか出すべきだろ?
それが嫌ならとっとと帰れ。
そこまでしていただくには及びませんとか相手に言わせて、話を終わらせようとしている。
あくどいね。とにかく悪徳爺は灰汁が強い。頼もしいような、扱いにくいような。
敢えて接触して情報をと言ったところで、あからさまに探りを入れるのは怪しすぎる。
こいつらが聖職者、祓魔師で、やはりコロシアムから逃走した妖鬼を捜索しているようだと、そこまで分かればとりあえずこの場では十分かな。
そして教会本体が、ナタリアがいうところの魔物調教師を自身の一部に取り込んで、何かしていると。
これは、調べてみなければいけませんね。うん。その価値はあるでしょう。