表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天国のお土産  作者: トニー
第五章:王都と怪盗
100/160

5-03. ひとまずの潜伏先、なの

 コロシアムからそう遠くない、人目に付きにくいだろう場所に、一軒の廃屋がある。

 師匠カニーファの姿からオーガの姿に変化する、或いはその逆をする、その目的でこのひと月、こっそりと利用させてもらっていた場所である。

 持ち主は不明。同じような建物が他にも数軒、付近にあるのを確認している。


 河童を回収しつつ騒然たる場を後にしたギークを、僕は咄嗟にここへと誘導した。

 追跡がかかることは当然に予想されたから、本当は一度城外に出ておきたかったのだけれど、河童がガス欠アラートを出してきたので、しかたなしでの一時避難である。


 誰かが接近してこないかを<<地図>>で警戒中。

 今のところ問題はないが、あまり長居はしたくない。


(しかし夜叉となりますと、お館様の場合はヤクシャと読むべきかヤクシニーと読むべきかは悩みどころでありますね)


 河童が言う。なにがどう悩み処だというのか、僕にはさっぱりだ。

 冗談のつもりなのかもしれないが、混乱が助長される一方なのでやめて欲しい。


 ギークは只今、夜叉の姿でお食事中だ。

 人目のないと場所だが、ここが城内であることに変わりはない。

 いつまでもモンスターとしての姿で居るのは問題がある。


 しかし師匠や悪徳爺の姿だと、下位竜レッサードラゴンの肉はうまく噛み切れないのだ。鱗程ではないが、肉も硬い。

 そのままの意味で歯が立たないので、これまたやむを得ずである。


 ギリ、、、ギリ、、、ブチンッ!

 ギリ、、、ギリ、、、ブチンッ!


 ナイフやフォークは当然に通用しないので、マルカジリである。

 まあ、仮に通用したとしても、いつも通りでマルカジリなのだが。


 頑健かつ鋭利な牙を肉塊に食い込ませ、呑み込める分だけを嚙み千切る。

 おいしくない。硬くて苦い。味覚問題も、師匠の姿には戻れない理由の一つだ。

 師匠や悪徳爺の姿の時と、本来(モンスター)の姿のときとでは、どうやら味覚が変化している模様である。

 後者でいるときの方が、明らかに味覚が鈍い。

 人間の姿でいる際はかなり選り好みをしないと、下手なものを喰ったら不味さで失神してしまう。

 ギークが? いや、もちろん僕がですよ?


 種類や部位によっては抵抗なく食べられるときもある。しかし少なくとも下位竜はダメだ。

 臭いも後味もダメ。酷いものだ。

 本来(モンスター)の姿ですらはっきり不味いと感じるものなど、人間の姿ではとても喰えたものではない。

 僕が。感覚遮断でやり過ごすのにも限界というものがあるのだ。というか感覚遮断とか言っているけど、詰まるところ単なる自己暗示だし、、、と、いやいや違う違う。僕は感覚遮断が使えるのです。使えます。念じれば通じるのです。

 色即是空。


 改めてギークの姿を観察する。


 額から長く伸びる角は二本。片方が根元から圧し折れている。

 折れていない状態にもできると思う。しかしこだわりがあるようだ。僕にはよく分からない。


 肌の色は妖鬼の時よりも黒に近い紫色。

 色名でいえば至極色(極めて黒に近い深い赤紫色)あたりが近いだろうか。

 もとより引き締まっていた体躯は、更に剽悍さと剣呑さとを増している。


 どんな猛獣よりも精強で、そして全身が凶器の如き鋭利さを見せていた。

 ……、……、ちょっと油とか塗ってポージングとかしてみてくれないだろうか。


 顔の造りは、見ようによっては美青年のようであり、悍ましき凶相のようでもある。

 好みで意見の分かれるところだろう。まあ男は体の造りが肝要だ。

 二目と見れないほどに酷いというわけでなければ、どうでもいいね。


 髪の色は墨を流したかのような黒。瞳は血色に紅い。

 この辺りは妖鬼の頃と大差なし。恐らく夜叉は妖鬼からの順当な進化先なのだろう。


 だがもちろん、ここで重要なのは外見が僕の好みかどうかではない。

 均整の取れた肉体美の大切さは言を俟たないところであるが、それはそれだ。


 ギークは妖鬼になって、他者の容姿と知識を奪う異能を手に入れた。

 夜叉ではどうなのか。それが肝心。その能力の一端はすでに見ている。


 ギークの新たな異能は、コロシアムから抜け出す際には大いに役立った。

 隠形の力。これはアタリだと、僕は思う。素晴らしい能力を手に入れた。

 けれどどうやら、弱点や欠点も多そうだ。


 物語でも、モンスターが使うこの類の能力は、必ず見破られることになっている。

 有効に活用するためには、研究と研鑽、対策への対策が欠かせないだろう。


 ギュムギュム。ガリガリ。ゴックン。

 ガリガリ。ギュムギュム。ゴックン。


 ギークは食事に熱中している。下位竜の肉はおいしいものではない。

 というか有体に言えば激マズなのだが、よくもそうがっつく気になるものだと思う。


 夜叉ヤクシャというモンスターのことを、僕は知らない。

 組合のモンスター図鑑、目録には名前があっただろうか? あいにくと記憶にはない。

 字面からは鬼族のようには見えないので、普通にスルーしてしまった可能性も高そうだ。


(名前は載っていたであります。ただし<情報不足>と書かれていて、閲覧料設定がBランクの中では格安だったのであります)


 左様ですか。

 さてそうすると、どうだろう。急いで組合本部を訪ねることは必要だろうか?

 どの程度のことが世間で知られているのかということには興味がある。

 しかし何故こんなモンスターに興味をと探られるのは避けたい。

 塩梅の難しい問題だ。


 ナタリア同伴での図鑑閲覧の申し込みは目立つ。そんなことをする狩人は他に居ないからだ。

 尚且つそれでわざわざ<情報不足>とあるモンスターの情報閲覧希望となれば、より一層だろう。

 ナタリアに一人で内容を検めてきてもらって、その結果を聞くか。それならその問題は解決できる。

 だがどちらにしても、ナタリアにまたしても借りを作ることになってしまう。


 ただでさえ数多の借りを作ってしまっている現状だ。

 不要不急のことでこれ以上借りを増やすのはどうだろう。

 今後ナタリアからなにか頼まれてしまったときに、断りにくくなってしまう。

 すでにして相当に断りにくいわけなのだが。


(フレデリカ自身はどうなの? 夜叉というモンスターのことを何か知っているのか、なの)

(手持ちには大した情報がないのであります。書庫ストレージにアクセスできれば大概のことは分かるはずなのでありますが、申し訳ない限りであります)


 河童は基本的に、あまり他のモンスターのことを知らないらしい。

 誰もが知っている程度のことさえ知らなかったりする。ただ、たまに妙に詳しいときもある。

 果たしてどういう基準なのだろうか。僕にはどうにも見当がつかない。


(推測で申し上げれば、Bランク下位圏(C+~B)のモンスターである妖鬼の上位種族である以上、夜叉はBランク上位(B+)ないしAランク下位(A-)に相当するモンスターのはずであります。ご存知かと思うでありますが、Bランクの上位以上となるモンスターは、その多くが超自然的な種族特性を備えるようになるのであります。具体的なところでいえば、下位竜(B-~B+)長老個体(エルダー/B+ランク)になってようやく竜族の象徴たる吐息ブレスを繰り出す力を得るのであります。これはそのランクに至らなければ、生成して保持しうる可処分魔素の値がその域に達しないからと考えられるのであります。お館様の新たに身に付けられた種族特性は<<森林の神霊>>とあるでありますから、直截に炎や雷といった現象を操るのではなく、なにがしかの霊的干渉を実現するものと考えられるのであります。今回お館様は隠形を行われたのでありますが、これは原理としては亜空間の森に自らの意志で迷い込むような形の極めて高度な応用と言えるのであります。こちら側に樹木が少なかったために構成として非常に不均衡であり、そのため蘇生で消費した魔素を更に大量に浪費する結果となったでありますが、樹木の多い場所で用いるのであれば、これは本来非常に効率的な術理の運用が可能なものと目されるであります。すなわち外部の霊的存在との同調共鳴による相乗的な……)


 ちょ、ちょっと待って。ちょい待ち。

 早い早い。そんなにまとめていろんなことを言わないで。


 僕は河童の長広舌にストップをかけた。

 まるで理解が追い付かない。何なのさっきから。

 河童、僕に厳しくない?


 よし、ちょっと待ってね。

 ひとつずつ、分かっていることから順番に確認していこうか。


 ギークは、夜叉になって新たな異能を身に着けた。

 その力で以てして、あの状況から抜け出して、今現在この場所にいる。

 僕の理解ではそれは、言ってみれは幽霊になるような能力だった。


 その場にいるのだが、その場からいなくなる。隠形の技だ。

 その状態のまま移動できるが、物に触れたりはできない。

 触れたつもりで手を伸ばしてもすり抜けてしまう。


 つまりドア壁関係なく移動が可能ということ。

 実に素晴らしい能力だと思えた。


 ただし欠点もある。能力の発動中は呼吸ができないのだ。

 息継ぎの為にちょいちょい隠形を解除する必要がある。

 河童の言うところによれば、燃費も相当に悪いらしい。


 蘇生を果たしてすぐ、ギークは咄嗟の機転でその能力を発動させた。

 物陰で息継ぎをしつつ、河童を回収してコロシアムを脱出、そして今に至る。


 河童の回収は、注目していた者が居れば、河童が車いすごと消失したように見えただろう。

 実際に何をしたかと言えば、しゃがみ歩きでこそこそと河童に近寄っただけなのだが。


 息継ぎついでに河童を背負い、再度隠形の能力を発動して、その状態で車いすを河童が<収納>した。

 河童とは念話擬きで事前に意思疎通が図れていたので、無難に合流できた次第である。


 遺憾ながらナタリアの方はコロシアムに置き去りにしてしまった。

 幽霊のようになっている状態では、ナタリアと会話をする方法がなかったためだ。

 ナタリアのことだから何とかするだろうとは思うが、悪いことをしたとは思う。

 後で謝ろう。礼も言わなければいけない。大変だ。


 種族特性には神霊と付くそうだし、てっきり幽霊のようになる能力かと、僕は思った。

 しかし、それは違うでありますと河童がいった。


(お館様が使われたのは、幽体化とは別のものであります。幽体化では、私を背負って運ぶことはできないでありますし、ついでに言えば服も着れないのであります。お館様の隠形は、誤解を恐れず平易な言葉でいい表すことを試みるのであれば「ズレた世界に身を置く」という概念の技術であります)


 ズレた世界? なんでしょうねそれは。

 まあ、誤解を恐れずとか枕詞が付いていた時点で、実際には違うと言っているようなものであるから、突っ込まないけどね。とっても難解な何かなのであろう。

 異常な角度にある尖った時間の世界とか、そういった類に違いない。

 もうこりごりだ。蘊蓄はもう結構。


 大きな肉塊は大体を食べ終えて、細かい破片というか、残った肉片の拾い集めに取り掛かるギーク。

 あれだけあった骨付き肉が、骨ごと影も形もなくなっている。まあ今更驚かないが。

 肉を取り出す前にまず藁敷きを置いているあたり、河童がさりげなくいい仕事をしている。


 肉片とかモンスターの血のシミとか、こんな廃屋にビシャってなってたら事件の臭いがプンプンだ。

 後始末はとても大切。しかし残念ながら僕に手伝えることはあまり多くない。

 お残しがないようにチェックすることくらいか。


 ひとまず、肉をひたすら口に詰め込む状態ではなくなったようなので、ギークに尋ねてみる。


(姿を隠したのはいい判断だったと思うの。でもなんでそんなことができるってわかったの? あ、向こうの隅にも骨片が落ちているの)


「む? ああ。……さて? そうだな、そういう夢を見た、という感じだ。夢の中で俺自身らしきものが、やって見せるんだよ。で、俺もそれを追従してみるのさ」


 ふーん? 夢ねえ。夜見る夢は嫌いだけれど、そういう便利な夢なら見たいかもね。

 後始末はあらかた完了。多少は血の臭いがこもっているようだが、まあその内に薄れるだろう。


(状況から、お館様が妖鬼デーモンオーガであったことは、露見したとみるべきであります。しかし夜叉としての姿は、お館様がすぐにお隠れになられましたので、恐らくそうはっきりとは見られていないかと思うのであります)


 夜叉としての姿も、目撃はされただろうと思う。

 しかし河童語を意訳するに、蘇生直後はどうも謎な光でビカビカと光っていたようだ。

 妖鬼にしても夜叉にしても、どちらも相当にレアな種族だし、そんな状態で一目見られたからといって、そうそう種族の特定ができるものとは思えない。


 しかしそれでも、今後しばらくは、王都での目立つ行動は控えた方がいいかもしれない。

 <<直感>>系統のギフト持ちが、妖鬼デーモンオーガの捜索に駆り出されないとも限らないからだ。


 あの系統のギフトは、どれもそれなりには希少なもののはずだけれども、此処は王都である。

 近衛兵や上級騎士クラスになれば、保持者も一定数が居るだろう。


 ナタリアに聞いたところでは、<<直感>>のギフトは、心当たりの元となる情報が多いほど、発動率や的中率が高くなるものらしい。

 そんなのは当然のことと言えば当然のことかもしれないが、つまり王都に妖鬼デーモンオーガが潜んでいるらしいという情報が流布されること自体が、<<直感>>が働く機会を増やしてしまっうことになるわけだ。全く持って厄介なことだ。

 ああいう<<直感>>ギフトのような能力は、敵方が保有してはいけないものだろうに。


「さてどうする、またカニーファの姿に戻るか?」


 ギークが尋ねてきた。今のギークは夜叉の姿である。

 目の保養的にはいいのであるが、もちろん人間の生活圏でこの姿というのは、大変によろしくない。

 食事が終わったのであれば、さっさと元に戻りましょうか。


 そう考えた矢先のこと。

 意識の端で眺めていた<<地図>>のマーカーに動きがあったので、僕はギークに警告した。

 件の変態蝗の胡散臭い飼い主が、この廃屋の方に向かって来ているようだった。


[INFO] 永劫の飢餓により、摂食物は魔素に変換されました。空腹状態は維持されます。

[INFO] 永劫の飢餓により、摂食物は魔素に変換されました。空腹状態は維持されます。

[INFO] 永劫の飢餓により、摂食物は魔素に変換されました。空腹状態は維持されます。

[INFO] ギークは、レベルが上がった!

[INFO] 現在の状態を表示します。


 ギーク

  夜叉ヤクシャ Bランク Lv12→Lv13 空腹(忍耐)

 【ギフト】

  不死の蛇 Lv3

  唆すもの Lv--

  地図 Lv4

  引戻し Lv3

  制圧の邪眼 Lv2

  <---ロック--->

  <---ロック--->

  <---ロック--->

 【種族特性】

  永劫の飢餓(継承元:餓鬼)

  暗視(継承元:小鬼)

  忍耐の限界(継承元:鬼)

  手弱女の化粧(継承元:妖鬼)

  森林の神霊


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ