1-09. 子熊、なの
(ギーク! ダメっ、まつの!!)
僕は叫ぶ。
強権発動。今すぐ飛び掛かろうとしたんであろう足を止める。
ガクンッ。急制動。
あ、ちょっと足の筋とか痛い。
「ギ、なんダ?! 食いものだゾ、喰わせろ!」
わーい、ワイルド。
もうちょっと気にすべきことがあるんでない?
本能のままに、ナンでもカンでも咥えこもうとするの、ちょっとは控えてほしいです。
慎みとかね、躊躇いの風情とかね、そういうものも大事なのです。
そんなことばっかりじゃ何時かそのうち、デカすぎるモノを無理に呑み込もうとするあまり、いろんなところがブチブチッてイッちゃう日が来ますです。
そんなことになっちゃったら、もう一生取り返しがつかないのですからね。
(待つの。どう見てもあれは子熊なの。親が近くにいるはずなの!)
親熊注意ー、熊はキケンー。
小鬼と熊とじゃどちらが強い?
それはわかりませんが、餓鬼と熊なら、熊が勝つ。
王都観光の時、コロシアムで戦わせるのを観た。
齧りついた餓鬼を力任せに振りほどき、叩き潰していた。
そこら中にモンスターの血が飛び散って、あまり上品とも趣味のいいイベントとも思えなかったが、どうしてか今王都では一番の人気興行だというから不思議だね。
そんなわけで、熊は警戒すべき相手だろう。
人間の大人の男性であっても、単純な腕力勝負じゃ、熊相手は分が悪かったりするらしいし。
まして熊の上位種だというブラッディベアとか、その更に上位の鬼熊だとかになってくると、退治には騎士団が駆り出されて、凱旋パレードあげて帰ってくる類の相手になる。
そんな相手が待ち構えているかもとなれば、条件反射で飛び掛かるのは迂闊に過ぎるというものだ。
つかその無鉄砲さで、よくこれまで生き延びてこれたな。
結局何歳なのか聞きそびれたままだけど。
あ、いや駄目だったから、捕まって切り捨てられる破目になったのだっけね。
「グゥ、ナンだ? 喰えないのか?! オレハ腹が減ったゾ!」
この野郎。
知ってるよそんなことは。
不本意ながら同じ体なんだから。
(そのうち何かは食わせてやるからッ。だからちょっとは堪えてほしいの!)
脳裏に思い浮かべる《地図》の周辺探索で、付近をくまなくチェックする。
チェックするが、不審なものは見つからない。
うーむ、おかしい。
子熊もまた、水を飲みに来たようだった。
あんなにかわいいのに。
あんな水飲んじゃだめだよー。体壊すよー。
物陰から観察を続ける。
ストーカーだね。子熊かわいいからね。危ないね。
(尾行なの。バレないように、跡つけてほしいの)
ひとしきり喉を潤して満足したのか、子熊が踵を返したのを見て、ギークに指示。
ちょっと難易度高いか? がんばれ。
子熊にマーキングを付けたから、周辺把握の範囲から外れない限り見失うことはない。
ないんだけど、この周辺把握のレンジ、そこまで広範囲をカバーできるわけじゃない。ぼーっと突っ立ていたらあっさりと見逃してしまう。
「ギィ、面倒ダ。なぜ今スグ喰わない」
一応、指示には従ってくれるようだが、とにかく不満らしい。
考え方が刹那的過ぎると思うの。
寝床云々の会話の時には、いちおう何か考える頭はあるんだなと見直したんだけどなー。
何だろうこのちぐはぐさ。
まあどっちにしろ、食いものが思考の中心に居座って、不動な感じなのは変わってないけどね。
(親熊の元に帰るんだと思うから)
(親熊をマーキングできれば、そこから先はすごく楽になるの)
情報を制する者はチートなんだぜ。
チートしたいだろ? しようぜチート。
跡をつける。
跡をつける。
尾行。
ストーキング。
こそこそ?
いや、擬音としてもう普通にザクザクだしガサガサだし、こいつ隠れる気ないだろ。
へたくそ過ぎるわー、このド素人めー。
子熊はやはり時折、こちらの方を気にして振り返ってくる。
そうだよね、気になるよね。気にしないで。
うん、気にしないで。
ああ、子熊かわいい。
これはもう見逃すしかないんじゃなかろうか。
お腹は確かにペコペコですが。
別にかわいいこの子熊ちゃんじゃなくったってー。
下草を掻き分けて、跡をつける。
そして洞穴発見。あーあ。
巣穴かな。巣穴だよね。
木立の根元に、黒い穴がぽっかりと。
子熊は、一拍立ち止まってから周囲をきょろきょろ。
そして駆け足気味に、暗がりへと姿を眩ました。
木の陰に身を潜めつつその姿を見送って、それから洞穴へとゆっくり近寄る。
親熊、気配なし。はて、なぜに?
「ココ、寝床にスルか? 中々、イイ場所だ」
なるほどそうね。
まあ、親熊がいないのならね。
うーん。
とりあえず、奥へ、踏み入ってみますか?
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