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0-01. 発端

　街の広場は、未だ興奮冷めやらぬ、観衆たちのざわめきで満ちていた。

　いまここで、一人の少女が罪を償うために命を落とした。

　少女の名はミア＝エデン。彼女は領主の娘で、そして悪魔に魅入られていた。

　断罪したのは教会だ。

　異端審問官が審理を行い、裁判で死罪が判決され、そして公開処理が執行された。

　お嬢様の最後がどのようなものであったのか、私の瞳はその光景を写さなかった。

　真実を見抜けなかった咎で、私の目玉は抉り取られてしまっていたから。

　けれども段取りは知っている。何が行われたのかを知っている。

　だから物音だけで、市民たちの歓声だけで、情景を想像することができてしまう。

　匂いだけで、知りたくもないことが分かってしまう。

　いま、餓鬼(モンスター)の群れが正義を執行する騎士たちの剣に斃れた。

　罪を犯したお嬢様を地獄に落とすべく、用立てられた醜怪な化物ども。

　こうしてまた一つの悪が滅びた。主の国が近づいた。喜びを皆に。主の名を讃えよう。

　場を取り仕切る司祭が清めの祈りを捧げる。

　流れる血は罪の穢れを濯いで清め、哀れで愚かな罪深き少女の魂を救うだろう。

　そして、改悛の秘蹟を願う定型文をお座成りに口にして、踵を返した。

　歓声が湧く。

　それは、街の守護者である騎士たちへと向けられた、期待と労いの声援であった。

　それは、醜怪な躯を晒すモンスターどもへと向けられた、嫌悪の罵声であった。

　それは、神の愛を理解せず悪魔に靡いた愚かな領主の娘へと向けられた、侮蔑の嘲弄であった。

　清掃夫たちが、血の染みがこびり付いた荷車を曳いくる。

　フォークで餓鬼どもの屍を積み上げて、河原へと運び去っていく。

　広場の石畳に流された血を水とブラシで洗い流し、あるいは雑に拭き取る。

　多少の痕跡は街の歴史、そして彩(いろどり)なのだと、誰もが言うだろう。

　観客たちが口々に感想を述べ合い、笑顔を交わして帰路に就く。

　広場の周りには出店が立ち並び、観客たちの関心を買って商品を売りつける。

　娯楽に乏しい街の人々にとって、悪討つ公開処刑は祭りの一種だ。

　終わってしまった。もうきっと、なにも残ってはいない。

　私は結局、何もできなかった。

　反省が済んで、禊を終えたら、戻って来いと言われた。

　私はそれになんと応えただろう。わからない。どちらにせよ、戻るつもりなど毛頭ない。

　戻ってくれば、その目も治療しよう。

　そんなことも言われたけれど、不要な気遣いだ。これ以上、私に何を見せるつもりだ。

　ここは天上に最も近き場所。

　ここは地獄の怪物(モンスター)共を迎え撃つ最先端。

　エデン辺境伯領、領主ミドナ＝エデン辺境伯がお膝元。林檎の街、エデナーデ。

　聖杯から注ぐ雫を最初に受ける、輝かしき騎士達の街である。

　私がもし次にこの街に戻って来ることがあるとすれば、それはきっと。

　戻って来いと声を掛けてきた相手の期待には、沿えない形でのことになるだろう。

[INFO] 餓鬼(名前なし)は、人族「ミア＝エデン」を摂食しました。

[INFO] 餓鬼は、人族「ミア＝エデン」を摂食しました。