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アルヌスの旭日旗  作者: 神倉 棐
第1章 自衛隊彼の地にて戦えり【ギルム編】
9/27

開戦までの97分間


ギルム領主の館、その一室に今俺達はいた。


「治安維持協力要請はなんとか受理されたよ……」

「その様子じゃ、かなり大変だったみたいだな」

「……嫌味しか言われてないよ。それはもうねちねちと」


俺は本日何度目かの大きなため息を吐く。確かに協力要請は受け入れられたが「勝手に決めやがって」とか「仕事増やすな」とか「なに勝手に異世界エンジョイしてんだ」とか……まあ最後のは私怨な様な気がするが通信を担当してくれた人はかなり長々しく嫌味を口にしていた。

うん、心が折れそうだ。


「自業自得だろ?勝手に決めたのも海自と空自の仕事を増やしたのもあと異世界エンジョイしてんのも事実なんだから」

「前2つは認めるが最後のは認めないよ。異世界で人殺しをしてなにがエンジョイなんだか……」


実際、隊員の内3割が『人を殺した』という事に耐えきれていないのだ。これを『エンジョイしている』と言うならば俺は言ったソイツを殴るだろう。


「で、『いつ』援軍は来るんだ?」

「少なくともすぐは無理、早くとも夜明け、遅ければ明日の昼」

「遅くないか?空母アカギがあるんだろう?」


神木は椅子の上で足を組み直す。手にはペンが握られ回すなど時々もてあそばれている。


「停船中な上、基地と滑走路設営の途中で戦闘機を浜上げした後だったらしい。空母アカギに積み直すにしても一旦出航しなきゃならないからそれだけ掛かるんだと」

「無駄が多すぎんだろ?それよりヘリ空母からヘリ飛ばした方が早いだろ?」

「いずも型護衛艦1番艦『いずも』の事か?今は護衛艦3隻と共に別任務の為に現在作戦行動中らしいぞ」


いずも型護衛艦1番艦いずも、2015年度就役のヘリ空母でありこの『いずも』は名の通りいずも型護衛艦のネームシップである。


「?、どんな任務だよ?異世界に来てまでやる任務ってなんだ?」

「『原油調査』だよ。第十三護衛艦群は元々中東エリアに送る石油採掘・精製関連全部の資材・人員を輸送する輸送船の護衛の為に出航したんだ。アカギ以下護衛艦7隻はおまけの演習航海で途中までの航海を一緒にしていただけに過ぎない」

「どこに湧いてんだよ?下手したら不法占拠でこの国との交渉もご破算になりなねんぞ。……お前が物理的に首を賭けたのに」

「勝手に俺の首を飛ばそうとすんな‼︎……コホン、旧大陸とこの国の間にある海に浮かぶ島の北端周辺らしい。……ちなみに地図上ではこの国の物で少なくとも4桁ぐらいの人間が住んでる」

「……アウト」


神木はお手上げと言わんばかりに両手をあげる。が、最後まで聞いて欲しいと思う。


「確認はさっき取ったよ。この国で湧いてる『原油』は毒の沼として禁忌されて活用されてないそうだからこっちがなにしようが文句は言わないってさ」

「……借り1つか?」

「まあ、そう考えておこうか。有効性を知ったら禁忌なんてしようがないからね、何割か流せば許してくれるさ。精製方法は彼らには無いんだから」


これで向こうが手を打ってくれなければ資源を守る為に戦わなければなくなる。船や車両、機体において『石油』とは生命線なのだ。ただ、まだ弾薬方面での補給はまだ効かない様だ。それ以前にこの世界に『火薬』も『燃料』もない、つくづくここがファンタジーな異世界だと実感させられる。


「残弾数は?」

「柊二曹からの報告だが、64式小銃は1,127発分、キャリバーは2,132発分、ドラグノフが31発分だな。確実に数千もの軍団を倒すには圧倒的に弾薬は足りない、……迫撃砲が有ったのなら別なんだけどなぁ」

「迫撃砲より自走砲の方が欲しいよ。この際クラスターでもなんでもいい」


あれも無い、これも無い、無い無い無い尽くしだ。だが、


「まあ、無い物ねだりしていても何にもならない。今ある物でなんとかするしか無いよ」

「そうするしか無いか……」


今度は神木が大きなため息を吐く。その時部屋の扉がノックされた。


「オオゾラニイ殿、カミキニイ殿、失礼ですが本陣作戦立案部にお越し下さい。第1近衛騎士団団長アリサ様がお呼びです」

「分かりました」


若い女性騎士が敬礼し扉を開ける、それに俺と神木は大人しく従った。


戦闘開始まで、あと残り62分。



◆◇◆◇◆◇◆



ギルム領主の館中庭、銀狼族含めた獣人種と人種の難民達は自衛官達に警護されながら自衛隊の一時拠点となるテントを張るのを手伝っていた。私もまたその1人である。


「先輩、コッチの紐はどうすれば良いんですかね?」

「こうじゃ無いかしらユミィ?」

「おおっ‼︎セラ先輩流石です」


私はかわいい後輩であるユミィに紐の結び方を教えつつ周りを見回す。手伝っている獣人も人間も特に嫌な顔をせずに寧ろ自分から自衛官かれらに手伝える事は無いかと聞きに行くぐらい積極的に手伝いを手伝っている状態だ。今まで彼らが自分達にしてくれた事に感謝し少しでも恩返しがしたいと誠意的に全員が思っている。


「先輩?どうしました?」

「ううん、なんでも無い。早く終わらせちゃいましょうか」

「はい!先輩‼︎」


再び私は作業に戻る。その時背後うしろから肩を叩かれた。


「?」

「ねえねえサラお姉ちゃん。お兄ちゃん知らない?」

「お兄ちゃん館から帰ってこないの」


それは助けてくれた自衛隊を纏めるあのオオゾラ・ツバサと言う人に懐いている銀狼族の兄妹だった。


「お兄ちゃん?ああ、オオゾラツバサ様の事ですね。しばらくしてたら帰って来るのではないでしょうか?」


私はそう言うが2人はまだ納得していない様だ。


「うー、お母さんもそう言ってたんだよ」

「だから探しに行こうと思って」

「やめた方が良いですよ、迷子になりますしツバサ様の迷惑にもなりますよ?」

「うう……」


2人の三角耳が力無く垂れ下がる。なんとも言えない罪悪感に耐えかねて視線をずらすとその先に1人の女性騎士に連れられて歩くツバサを見つけた。噂をすればなんとやらだ。


「ツバサ様」

「?」


私が声を掛けるとこちらに気付いたのだろう、立ち止まって手を振った。


「「お兄ちゃん!」」

「あっ、こら」


2人の兄妹は耳をピンと立てると体当たりをするかの様にして彼に飛びついた。流石に私はこれに焦ったが思いすぎだったらしい、飛びつかれ少しバランスを崩したがすぐに立て直し2人の頭を撫でている。


「お兄ちゃんどこ行ってたの?」

「心配したんだよ、もう‼︎」

「あははは、ごめんごめん。ちょっと仕事でね」


2人は頬を膨らませる。それを見た彼は少し悪かったなあという顔をしながら自分の頬を掻いた。どうやら頬を掻くのが気まずかった時の癖らしい。


「あ、そうだセラさん」

「はい、なんでしょうか?」


彼は私を見る。優しい光と残酷な闇が共存するその黒瞳が私を捉えた。


「まだしばらく仕事があるんです。その間レオとエミリアの2人の相手をしてあげてくれませんか?迷惑かもしれませんが……」

「いえ、大丈夫です。こう見えて子供の相手は好きですから」

「あ、私も良いですか?私先輩程ではありませんが子供に相手が好きですから」


そこにユミィも入ってきた。彼女もまた子供好きの1人である。彼は嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。セラさんにユミィさん、2人をよろしく頼みます。2人共、まだ仕事があるからセラさんとユミィさんと一緒にいてくれるかな?」

「うん!良いよ!」

「分かった!サラお姉ちゃんにユミィお姉ちゃん。よろしくね!」

「よろしくね、レオ君、エミリアちゃん」

「ふぇ〜、可愛いです」


2人の眩しいほどの笑顔にユミィの顔が完全に崩れる。私もかなり崩れている自信はあるが、


「じゃあ、またあとで」

「はい、行ってらっしゃいませ」


彼は手を振りながら踵を返してあとの2人の所に戻った。

そういえばいつからだろうか?口調がいつの間にか従者として主人に仕える時のものに変化している。他人行儀とは違う、主人と認めた者にだけ使う口調にだ。


「……彼を主人に……ですか…」

「どうしました先輩?」


ユミィが心配そうに私の顔を覗き込んだ。独り言の内容については聞こえていなかったらしい。


「なんでもありません。さあ、2人と遊びましょうか?」

「はい!先輩!レオ君、エミリアちゃん行くよ‼︎」

「「わーい!」」


ユミィに連れられて2人は走り出す。そんな3人を眺めながら胸の中に生まれつつあるその思いとまだ気付いていないその感情に私はひっそりと悩むのだった。


戦闘開始まで、あと残り56分。



◆◇◆◇◆◇◆



領主の館、別館会議室。そこに第1近衛騎士団団長、第2近衛騎士団団長、ツルッペルン女伯爵、シリウス辺境伯、そして俺達自衛隊のメンバーが集まっていた。今行っているのは作戦会議、要するにどの様にどこの部隊を配置しどの様に行動を行うか、またもしもの時どう動くかを決める場だと考えてくれればいい。


「この辺境都市ギルムには計4つの城門があり、高さ約5メートルの城壁が張り巡らされている」


第2近衛騎士団団長のエレンは俺達に説明する為円卓に置かれたギルムの地図を指でなぞる。ギルム城壁の形は計画的に建設された為ほぼ四角形、正しく言えば南北に長い長方形型となる。


「なお、城壁及び城門にはかなり高度な『対魔法防御魔法陣』が施されており、魔法攻撃においてはかなり威力を減衰させることができる」

「『対魔法防御魔法陣』?」

「そうだ、この魔法陣は基本どんな物にでも描くことができ精度が高ければ高いほど高い効力を発揮する対魔法攻撃の基本中の基本とも言える対策だ。但し、完全に無くすことはできずこの城壁に施された魔法陣なら上級魔法7発を一ヶ所に連続して食らえば破壊されてしまう」

「つまりアンチ・魔法限定か、アンチ・マテリアルは?」

「残念ながら城壁本来の強度しかない」

「……」


考えてた通りだがあまり好ましいものではない。魔法陣を刻んだ分普通より脆い可能性がある。


「確認だが本当に『銃』や『大砲』、『火薬』は無いんだよな?」

「無いぞ、『銃』も『大砲』も『火薬』も聞いたことが無い」

「なら攻城兵器としてメインになるのは投石機や破城槌の骨董品級の旧装備か」

「破城槌の問題は数だけだが投石機の射程はどれぐらいなんだ?50ぐらいか?」

「この世界には『魔法』っていう超便利な万能法があるんだ、およそ100と予想しておくべきだ。……当たるかは別として」

「だな」

「ちょっ、ちょっと待て!投石機と破城槌が『骨董品級の旧装備』ってどういう事だ⁉︎」


エレンが会話に割り込んでくる。そもそも俺達の世界げんだいとこの世界むかしを比べるのは間違いだった。進んだ歴史が違うし発想自体が違う、この世界で物事は大抵魔法でかたがつく、だが俺達の世界には魔法が無い。だから代わりに『科学』が発達し物事を解決してきた。つまり彼らは昔から考え方がなんら変わっていないのだ、簡単に言えば変わる必要が無い、わざわざ変えてしまう理由が無いのだ。


「そのままの意味さ。定番の攻城兵器だろうが城攻め自体が古いんだ、俺ならわざと通過して出てきたところを狙うね。その方が数を活かせる」

「……」

「それに投石機なんて命中率最悪だろ?運搬にも手間が掛かる。なら城なんか攻めずにおびき出した方が経済的にも運用的にも楽なんだよ」


但し、これが投石機でなく迫撃砲や自走砲、ロケットミサイルなら話は別だ。逆に城に籠って貰って一網打尽の飽和攻撃を掛かる。そしたらあっさりと敵を殲滅できる。


「……つまりどうすればいい?」

「しっかり籠る、奇襲する、夜襲する、しっかり兵を休ませる以上」

「いいのそれで?」

「もちろん、守ると攻めるのでは勝手が違う。攻める方が多く手を持てるが守る方がそれを上回る利点を持っている。問題は……」

「補給、つまり物資ですか?」

「御名答、正解です」


アリサの答えに俺は拍手を送る。騎士団の団長をやっているだけあって戦闘についての知識もしっかり持ち合わせているらしい。


「食料は市民を含めて約1ヶ月分、矢や医薬品などの消耗品は野戦での5戦分、飲料水については井戸から幾らでも補給が可能です」

「じゃあこちらも情報を開示するよ。64式小銃と呼ばれる武器の残弾数は1,127発分、キャリバーは2,132発分、ドラグノフが31発分だ。弾数は少ないが、威力は知っての通りだ」


俺の言葉にその場にいた全員(神木を除く)が息を呑む。甲冑すらあっさりと貫き弓の射程を遥かに超えた距離から正確に狙い撃てる、そんな攻撃をあと3,000回以上は行えると言うのだから。


「まあ、全部撃ち尽くす訳にはいか無いし護衛にも幾らか回すから使えるのは3,000発ぐらいだね。それでも『足りない』」

「『足りない』……ですか?」

「ああ、足りないよ。最低でも全部合わせて7,000は欲しい」

「な、7,000⁉︎」

「そもそも1発1人の割合は分に合わない、せいぜい2人以上は片付けたいな。となると小銃よりキャリバーの方が良いんだが……」

「おい、大空。独り言がダダ漏れだ」

「げっ、またか…。まあ独り言の通りなんだけどね」


左手が自分の頬を掻く、その仕草に彼が纏っていた冷たい冷気は霧散しいつのもの雰囲気に戻る。が、彼女は彼が怖かった。


ツバサニイ殿は人を殺す事をどう思っているのだろう?


彼女も既に何人か斬った事はある。盗賊だったり敵兵だったり、数は3桁には届かないがそれに近いだけ斬った事がある、だがそれでも彼女は『人を殺す事』に慣れる事は無かった。対して自分が引き込んだ知り合いと同じ顔をした異世界の人間は私には人を殺す事をなんとも思っていない様に見える、あの冷たい冷気を浴びて私はそう感じた。決して人殺しを楽しむ様な人ではない、しかし必要に迫られれば人を殺す事をなんとも考えずに行える人の様に見えた。


「配置についてはどうするんだ?」

「それについては北に第2近衛騎士団を、東に第1近衛騎士団を、西に私達領兵・警護兵と冒険者の混成部隊を、南にツルッペルン殿の領兵と君達自衛隊を配備するつもりだが?」

「ツルッペルン殿と自衛隊だけでは人数が800にも満たないぞ。いくら今まで攻撃を受けた事がない方面といえ危険だ」

「あらあらエレン、問題ないわよ」

「ツルッペルン殿⁉︎」


ツルッペルン女伯爵はまるで頭の悪い弟に諭すかの様な声色で言いながら両手を大きな胸の前で組んだ。


「いくら彼らに制限があるとはいえ下手したら第2近衛騎士団全軍より20人の自衛隊の方が強いのは火を見るよりも明らかよ?それに南門はステラス山脈を背にした門、しかも耕作地で足場が良くない所に大部隊を配置したがる名将は居ないわ。見る目のない馬鹿以外はね」

「しかし……」

「それでも敢えて配置するなら大部隊で無く少数精鋭、しかも夜襲時に私なら配置するわ。それなら上手くいけば南門を落とせるかもしれないから」


彼女の言葉にエレンは完全に沈黙させられる。


「では、自衛隊の皆さんが賛成なさるならこれで決定しますがよろしいですか?」

「大丈夫だと思うよ」

「同じく」

「では決定ですね。早くともあと1時間以内に敵は現れる筈です、急ぎましょう」

「もちろんです。宜しくお願い致しますツルッペルン女伯」

「こちらこそ、行きましょうか?」

「喜んで」


ツバサ達とツルッペルンは部屋を出る。残された私とシリウス、エレンの3人はその足音が消えてからやっと再び口を開いた。


「アリサ様、彼女と彼らを組んでよろしかったのですか?」

「大丈夫でしょう、彼女も彼女なりに警戒している様ですし」

「なら我等と組んでも良かったのでは?」


エレンは純粋に彼女を心配して言う。無論それに気付かぬ彼女ではないがそれはできない話だった。


「無理よ、彼らを第2近衛騎士団と組めば戦力バランス崩れる。今の配置が最良ベストです」

「ならば!」

「貴方の第2近衛騎士団を2つに分けるの?やめた方が良いわ、確実に現場で問題が起きるわ」

「しかし……」

「貴方はツルッペルン女伯爵とツバサニイ殿を信じていないのですか?」


私の言葉に彼は刺されたかの様な顔をする。卑怯だとは思う、だがあまりにも彼は彼らしくも無くしつこ過ぎた。


「……そうではありません、その……」

「どうしたの?」


エレンは少し詰まる。が少し顔を背くながら話した。


「できれば一緒に戦いたかったなあ〜……と」

「ぷっ!」


あまりに予想の斜め上だった答えに吹き出してしまう。それを見た彼は顔を真っ赤にして怒った。


「ちょっ、『殿下』⁉︎笑わないで下さいよ‼︎」

「ふふふっ、ごめんなさい。あまりに面白かったのだから、つい」

「ついじゃないですよ⁉︎恥ずかしいったらありゃしない。シリウス様も何とか言って下さいよ」


話を振られたシリウスはため息を吐く。少しだけ口元が釣りあがっているので彼も笑いを我慢しているのは目に見るより明らかだ。


「悪いが私もアリサ様と同じく君の斜め上の答えに吹き出しそうなんだ。諦めてくれ」

「そんなぁ⁉︎言わなきゃ良かった……」


エレンが恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら肩を落とす。が、このメンバーでこれだけ思いっきり笑ったのは何年ぶりだろうか?できればツルッペルンも居てくれれば完全だったのだが贅沢は言わない。


「笑うのもこの位にして気を引き締めましょうか。この先自衛隊の援軍があるといえ激戦となるのは必視、また私達が会えるよう……願います」

「「御意、殿下の意思のままに」」


2人は胸に手を当て礼をする。2人の礼を見届け私は部屋を出る、こうして彼女にとっての戦いは始まりを告げた。



◆◇◆◇◆◇◆



同刻、アルタクルス軍本隊軍司令部。いるのは合計7人、彼はその中の1人として円卓に着いていた。


「バルツァー伯、此方には儂と共に『南門』を攻めて頂きたい」

「しかしロマノフ公、南門はステラス山脈を背にしている上付近は耕作地、兵の足場が悪いですが?」

「問題無い、未だ南門を戦場としたことは無い。敵も油断している筈だ」


彼の正論を肉ダルマの公爵は撥ね付ける。公爵の持つ兵力は7,000、対してギルムに詰める兵力は約3,000であり数では勝るが勝てるかは別である。


「では南にどれ程兵を?」

「バルツァー伯兵と我が兵合わせて10,000で攻めればあっという間に落とせるだろう」

「10,000……ですか」

「そうだ。それだけいれば鎧袖一触がいしゅういっしょく、いとも簡単に落とせる筈だ」


バルツァーは上官の馬鹿さ加減に頭が痛くなる。10,000もの兵を南門攻略に配備するのは明らかに余剰戦力、いや逆に邪魔ですらある。自分なら精鋭2,000による夜襲、急襲が最も効果があると考えるがこの無駄に太い上官は馬鹿の一つ覚えかの様に数にモノを言わせた物量作戦しか考えられないらしい。


「分かりました……」

「ならばいい、他の門についてはそれぞれ5,000ずつ配備するとしよう。陽動とはいえ制圧できるならしてくれて構わん、褒美は思うがままと思うが良い」

『おおぉっ‼︎』

「……」


盛り上がる他の貴族達を眺めバルツァーはこっそりため息を吐く。殿下の意向で副将としてここにいるが正直扱いは副官か観戦武官レベル、今の彼に作戦立案権も拒否権すら与えられていない。いくら殿下から極秘で『ある』指示を受け別に『負けてもいい』戦いとはいえ、部下をこんな所で死なせたくない。


「ではロマノフ公、私は貴公の部隊を『補佐』する為に後方に下がろうと思う」

「ほほう」


補佐とは名ばかりに簡単に言えば手を出したくない、被害を出したくないという事なのだがおめでたいこの豚は手柄を譲るという様に取ったらしい。全くおめでたい馬鹿である。


「よろしい、バルツァー伯には後衛を頼みましょうぞ。ではこれにて解散するがよろしいかな?」


豚は軍議を解散させる。長居はしたくないので私は一足先に天幕テントを後にした。


「閣下」

「……なんだ?」

「例の集団が最終地点を通過、『ギルム』に入ったそうです」


隣に歩いて来たどこにでもいそうな兵士、彼女は周りには聞こえない程度の声量で彼にそう言った。


「数は?」

「49名、内戦闘員は26名かと」

「所属は分かるか?」

「マグナ学園生を数名見かけましたが不明との事です」


彼は帽子をかぶりなおし、隣の彼女は兜をかぶりなおした。よって目元と表情が見え難くなる。


「良くやった、部隊を引き連れて領地に戻れ」

「……承伏し兼ねます。私達はまだ動けます、ギルム内部での工作も行えては……」

「計画変更だ。領地に戻るのが嫌なら国境地点にある前哨基地まで撤退しろ、これは命令だ」

「……御意」


並んで歩いていたバルツァーの隣から彼女は早足で遠ざかる。直ぐに彼女の気配は人混みの中に消えた。彼女は自分の私設諜報部隊の1人だ、まあ『ただの』隊員ではないが。


「ふう……、さて」


彼は晴れる空を眺める。蒼い空は憎たらしいぐらい透き通り遥か彼方を見渡せる。そんな中彼は人知れず指示を実行する為動き出した。


戦闘開始まで、あと残り36分。



◆◇◆◇◆◇◆



南門にて彼女、シャルル・ハル・ツルッペルンは壁上で土嚢や空堀、落とし穴を作る自衛隊の姿を見て思考を巡らせていた。


変わった軍ね……。


まず思ったのはそれだった。僅か20人、それで騎馬隊300を蹴散らす戦力を持ちながら指揮官であるはずのあの2人も部下に混じり土嚢作りや落とし穴作りをしている。これでも随分変わっているのだが極め付けはあのツバサと言う男だろう。


「殿下に頭を下げさせるなんて、ねえ……」


知らないとはいえ初見で彼女、アリサに頭を下げさせたのだ。しかもあの眼光、甘さと残酷さの共存するあの目は異常としか言いようがない。獣人達に偏見無く接し、敵ならば容赦無く殲滅する、あの冷気も味方なら心強く敵なら恐怖でしか無い。


もしかしたらあの子はとんでもないバケモノを味方に引き込んだのかもしれないわね。


昔からの知り合いである彼女の顔を頭に思い浮かべながら今彼女がいるであろう東門を眺める。


「全く、あの子には振り回されてばかりね」


が、悪い気はしない。昔からそうだったからだ。それに彼女の引き込んだ彼には興味が湧いた。


「ツバサ・オオゾラ、異世界から来た来訪者ビジター。巨大な力を持った彼はこの国を、この世界をどうするのかしらね?」





戦闘開始まで、あと残り10分。








兵器紹介

・クラスター爆弾:通常の空対地爆弾とほぼ同サイズのケースの中に、小型爆弾や地雷で構成される数個から数百個の子弾を内蔵する。発射、投下の後に空中で破裂することで子弾を散布し、多数の小規模な爆発を引き起こすなどして広範囲の目標に損害を与える。 強固な建造物に対する破壊力は低いが、一度の投下で広範囲に散布できるため、広い範囲に被害を与え、面制圧兵器として使われる。


・いずも型護衛艦 いずも:2015年度就役のヘリ空母でありこの『いずも』は名の通りいずも型護衛艦のネームシップである。艦載機はSH-60K哨戒ヘリコプター 7機、MCH-101輸送・救難ヘリコプター 2機、AH-64D アパッチ・ロングボウ 5機となるがアパッチ・ロングボウは現実においては搭載されていない。


・アカギ型航空母艦型護衛艦 アカギ:2020年度就役の日本初正規空母型護衛艦。艦載機はF-35B 24機、F-15海自仕様型機 12機、MCH-101輸送・救難ヘリコプター 4機が搭載されている。現実においては存在しない。


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