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アルヌスの旭日旗  作者: 神倉 棐
序章
3/27

始まり


「ふう……暑いな」

「隊長〜一旦休息を入れましょ〜よ〜。もうじき正午ですよ」

「そうだな……できるだけ早く合流したいんだが、こちら第七小隊、第一小隊送れ」

『こちら第一小隊、どうした?』

「もうじき正午だ、もう少し開けた場所を見つけ次第休息を取る」

『了解』


隊長である彼は無線を切り双眼鏡を覗く。まだしばらく開けた場所に出そうに無い。


「大空隊長」

「ん?どうした?」


後ろを振り返ると彼よりやや年上の男が方位自身を見ながら言う。


「進行方位が少し右にずれてます。どういたしますか?」

「……このまま行こうか柳三尉とっつぁん、街道を外れたら確実に迷う……」

「ですね、せめて地図があれば良かったんですが……」

「無理だね、まずもう走って3日だけど人っ子一人会って無い。情報収集すらままなら無いとはね……」


そう、俺達は何の予備知識もなく未開の地を既に3日間走り続けている。今は連絡が唯一ついた海上・航空自衛隊の指示通りひたすら西にある海を目指してわずか2小隊、つまり男女合わせて20人が計6台の高機動車両と軽装甲車両に分乗している状態である。


「幸い食料と飲料水については戦闘糧食レーションが1週間分ある上水場の確保は比較的し易いですが……」

「隊員の不満とストレスは溜まるよなあ……」


もうかれこれ3日だ、いくら厳しい訓練を受けた自衛官達であっても人なのは変わら無い。精神面メンタルは一般人よりは強いだろうがもう流石にきついはずだった。


「特に女性隊員は風呂が無い点に不満らしいが……」

「男性隊員はどちらかと言うと暇を持て余しているようです」


基本こういった不満は当たり前に出るもので訓練で何日も風呂無しで任務に出ることがあるのでまだ無視して構わないが問題は暇を持て余している点だ。流石に3日間緊張感を維持する事は出来ないとはいえ今が一番危険な時期である。


「……仕方ない。柊二曹」

「はい、何ですか隊長」

「俺の鞄のサイドポケットからトランプ出して暇潰ししてていいよ。みんなでね」

「⁉︎良いんですか?」

「今休憩中でしょ?3人ぐらいで大富豪とかしときなよ。暇なんでしょ」

「ありがとうございます隊長」


すぐさま彼女は俺の鞄に手を突っ込みトランプを引っ張り出す。同乗していた栗原を誘って彼女はトランプを始めるが、


「とっつぁん、方向確認は俺がやるからトランプやってやってくれないか?2人じゃババ抜きぐらいしかできんだろ」

「了解、少し休ませてもらいます」


柳三尉は方位磁石を俺に手渡し女性の中に混じりババ抜きを始めた。すると横で運転している比企谷二曹がぼやいた。


「隊長〜、俺もトランプしたいっす」

「諦めろ、お前以外安定して走られん」

「えぇー」


とはいえ文句を言いつつも真面目に運転しているので助かっている。運転手がストライキなんて起こせば間違いなくみんな死活問題になる。


「ん?見えた。あと5Km先、広めな場所がある。そこまで行こう」

「了解っす」


後ろを監視する第一小隊に連絡を送り俺は前を見る。海自と合流できるまでまだ暫く掛かりそうだった。



◆◇◆◇◆◇◆



何故俺達がこんな事になったのか、実を言うと俺達もさっぱり分からない。ただ分かっているのは3日前の8月15日、その日を境にここに現れたというぐらいだった。


2020年8月の15日土曜日、朝6時。俺はいつも通り目を覚ました。


「ふあぁあ、朝か」


薄い布団を片付けささっと作業着に着替える。本日〇九〇〇に2小隊合同の訓練があり、ミーティングは〇七〇〇から。準備等を考えれば少し早い事になるが早朝訓練には丁度いい、とはいえまずは腹ごしらえからだが。


「幹部食堂は……開いてるかな?」


一応寮に泊まる隊員も増えてきた為改装後に食堂が朝も開かれる様になったがたまに休みの為PX(購買部)で凌ぐのもしばしばある。今回は運が良かった様だ、開いている。


「よう、大空」

「おはよう神木」


そこでは俺より一足先に神木は食べ終え朝刊をめくりつつ食後にコーヒーを飲んでいた。


「何かおもしろい話はある?」

「んー、無いっちゃ無いがあるとしたらまた内閣が変わるって話だな」

「またか、まだあれから2年と保ってないじゃないか」

「しゃあないさ、アレは俺達には嬉しい法律だが今の事なかれ主義の内閣じゃ扱い切れない」


2年前のテロの後、当時の総理大臣は対テロの流れに乗り集団的自衛権を両院を通過させ、自衛隊権限を『あくまで国民の生活を守る盾と矛として、テロに対抗する為に自衛隊を強化する』と言う建前の元、一気に拡大したのだ。これにより自衛隊の戦闘制約の一部緩和、隊員の増員、国内外への派遣がスムーズに行える様になったがやはり左翼や反戦派の人物からの批判は絶えず、今の事なかれ主義の内閣はそれを上手く躱し切れずにマスコミにまで叩かれる始末である。空中分解しそうだったのだが遂にしたらしい。


「どうなると思う?」

「そうだな、また事なかれ主義内閣が立つんじゃないか?最悪、現体制反対派の内閣か」

「それは……まずいねえ」

「ああ、まずい。引っ繰り返されたら自衛隊だけじゃなく防衛省まで下手したら吹っ飛ぶ」


せっかく正式に日本の保持する『戦力』となったのにまた存在が不確定化するのはやめて欲しい。軍備拡張が行われた今では2年前の様に逃げ切ることはできない。下手を打てば自衛隊の解体すらあり得る。


「……まあ、そんなことより今日の合同訓練についてだが」

「ん?」


俺が朝の定食の焼き鮭セットの御飯をかきこんでいる時に神木が話し掛ける。


「あの噂を鵜呑みにした奴が今回配属されるらしいぞ」

「⁉︎ぐっ」

「おいいけるか?水だほら」


思わずむせそうになったのを無理矢理抑え込みそれを見た神木が水の入ったコップを差し出した。


「げほげほ、ありがとう……」


それをひと息に飲む、何とか元に戻った。


「まじかよ、あれから2年だぞ?」

「まあここ以外の人間は事実を知らんからな、俺達の」

「くそう、特戦群(S)め‼︎欺瞞情報でどれだけ俺らが苦労している事か!」

「仕方ないさ、ああでもしなきゃ今頃自衛隊の評判は右肩下がりだっただろうよ」


あのテロの後、自衛隊の特殊作戦群、通称Sは俺達を事件解決の立役者として祭り上げ完璧超人という欺瞞情報を流して自衛隊の風評の良効化を狙ったのだ。結果自衛隊の評判は上がったが俺達は誇張され過ぎた能力について誤解した連中から上手く逃げ回らなくてはならなくなったのだ。何とか新和歌山駐屯地の人間には事実を分かってもらっているが新隊員はまだそれを信じている者も実際沢山いる。とはいえ、とはいえだ。それで俺達が恐ろしく苦労したに対して対価は一階級昇進(ニ尉)だけ、確かにこの歳でニ尉とは破格の待遇だがやはり釣り合わないと思うのだ。


「……因みに性別は?」

「最悪な事に女性」

「まじかよ⁉︎……一番気まずいじゃないか……」

「何回やっても慣れないよ……、泣かれるのは特に」

「……」

「あと大空」

「……何?」


げんなりとする俺の肩に神木は手を置く。


「聞いた話によるとお前の事を王子様とか言ってるらしいぞ」

「も……」

「も?」

「もう嫌だ〜‼︎」


まだ人の少ない幹部食堂に大空の絶叫が響いた。


朝7時、げんなりとした大空と神木は訓練のミーティングを行う為作戦会議室を1つ借りていた。


「ではこれより本日〇九〇〇より開始する対テロ要地奪還作戦におけるミーティングを行なう」

「じゃあ出席確認から。第七小隊、柳准尉」

「はっ」

「一咲一曹」

「はい」

「比企谷二曹」

「うっす」

「栗原三曹」

「はい」

「吉田三曹」

「はい」

「田中士長」

「はい」

「石田一士」

「はい」

「最後に蓮尾一士」

「はい」


普通とは違い曹や尉が多い編成なのは俺や神木の補佐役として部隊を成立させる為で俺の小隊は9人と少ない。まあ今回例の新人よって補充されるのだが、


「で、今回の訓練から新たに配属された新兵がうちに来る。自己紹介してくれ」


扉を開けて1人の女性が入って来る。彼女は俺の前まで来ると全員の方を向いた。


「今回の訓練から配属される事になりましたひいらぎ 紫苑しおんです。新人で不束者ですがよろしくお願いします」


黒い髪を揺らしつつ彼女は一礼した。ザ大和撫子っていう感じなので男性隊員からは好印象なようだ。

特に美人だしな、……うん。

おもむろに彼女のプロフィールに目を落とす、階級は二曹、年齢は24で血液型はB型。出身は和歌山らしく案外俺の実家に近い、会ったことぐらいあるかもしれん。二曹と言うのは年齢的にはまあ早い方か?防大卒ならまあ遅い方かもしれないが気にしないでおこう。


「柊二曹は俺達の小隊に所属することになる。栗原三曹、女性同士隊についてよくしてやってくれ」

「分かりました。柊さんよろしく」

「よろしくお願いします先輩」

「先輩……うん良い響きだね〜」


先輩の一文字に感慨深くなる栗原は放って置いて早速訓練について説明を始める。内容を分かりやすくすると山の中の要地に見立てた地点を3日かけて様々な手段で奪還する訓練をするという事だ。主な移動手段は徒歩だが車両は2小隊合わせて6台、高機動車(HNV)4台に軽装甲機動車(LAV)2台。たった20人に奮発気味な気もするが今回の訓練は実弾も使用される、まあ積載量も増えるので仕方ないか?


「……と言う事だが、っておい!栗原しっかり聞いてたか⁉︎」

「ひゃい⁉︎き、聞いてました⁉︎」


内容について話し終わった時にまだ一人心地だった栗原に俺は突っ込む。合わせて20分くらい話してたんだけど君まったく聞いてなかったの?


「……まあいい、それじゃあ〇八〇〇から訓練準備を開始し半時間後には訓練施設出発する予定だ。用意を整えておくように、一時解散」

「「「はっ」」」


各々それぞれに部屋から出て行くが俺と神木は最後まで残っていた。


「神木」

「なんだ?」

「どう思う?」

「作戦についてか?それとも彼女についてか?」


神木の問いに俺は小さく頷く。


「作戦については、まあ珍しいの部類だな。LAVがあるって事は非正規戦も想定しろって事だろう。彼女についてはだが……」

「十中八九、密偵だよね。問題はどこかだけど」

「防衛省(上)か公安だろう?最悪は内閣だろうが」

「まあ裏がありそうだよ。プロフィールはほとんど弄ってないだろうけど経歴は怪しいよね」

「年齢的に二曹っいうのは微妙すぎるからな。高校からなら早いし防大卒なら有り得なくはないぐらい、怪しすぎる。デコイの可能性もあるがな」


神木はため息をつく。結局は分からないのだ。怪しすぎるが逆にそれが怪しいのである。


「まあ様子見って事でいいよな?」

「……それしかないだろ。今日の訓練である程度目処はつくだろうがな」

「今日の降雨確率は20%だっけ?降らないといいんだけど」

「雨に濡れた後の野営はきついからな。……そろそろ時間だな、行くか」

「おう、鍵は頼んだ‼︎」

「おい待て‼︎」


俺は戸締まりを神木に押し付けて逃げた。

毎回俺が閉めてたから偶にはやってもらわなきゃね。

そう思って逃げた訳だがその後訓練中に神木がへそを曲げて一切話しを聞いてくれなくなり困る事になるのだが今の俺には知る由もなかった。


時刻は午後6時過ぎ、訓練も一段落つき休憩と野営場まで移動を始めたその頃、予報を大きく外れて大雨が降って来た。


「……雨が降ったな」

「隊長、霧も出てきました。運転も危険ですよ」

「これは酷いな、前が見えない。後付いて来てるか?」

「はい、来てます。……隊長、通信が悪化しています」

「なに?第一小隊とは?」

「いけますが駐屯地からの通信が……今完全に途絶えました‼︎」


栗原の報告に俺は後方車に確認をとる。第一小隊、第七小隊のどちらも本部と連絡が取れない事が分かった。


「大空隊長、停車を具申します」

「……そうだね、比企谷二曹停車させ……」

「隊長、霧が晴れてきました」


停車させようとした時不意に霧が晴れて始める。霧から出た後、そこは野原だった。


「なに?野原だと?」

「隊長……俺は夢でも見てるんすかね?今まで山の中を走ってたはずっすけど」


俺は思わず頬を抓る。うん痛い、夢じゃないようだ。


「……夢じゃないみたいだな。とりあえず後方車は?」

「第一、第七小隊全車確認できます。一時停車させましょう」

「ああ……神木」

『ああ、分かった。……停車させる』


第一、第七小隊の全車両はしばらく走った後、道らしき場所まで走り停車した。


「総員警戒せよ。神木」

『ああ、ここは……和歌山じゃないな。別の場所だ』


車体は雨の中走り抜けていただけあって濡れている、だがこの街道の路面は全く濡れていない。しかも、


『GPSが反応しない……、駐屯地とも連絡が不通だ』

「こっちもだ……、携帯すら通じない。唯一いけるのは無線だけだけど他は通じない」


ナビは使えなく、携帯やスマートフォンは通じない。ここまでくればいい加減推理はできる。それは……、


「ここは和歌山でも日本でも地球でもない……全く別の惑星ほしだな……」


こうして西暦2020年、8月の15日。東京五輪も終わったその日俺達陸上自衛隊所属第七小隊と第一小隊は新和歌山駐屯地から姿を消した。

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