夜姫からの招待状
このままじゃ、卒業できないかも……
窓の外の風景が黄昏に染まる中、神木黎一二等陸尉は大空のいないその一室で1人外を眺めていた。
「はぁ……」
神木は思わずため息を漏らす。そのため息の原因は間違いなく彼の腐れ縁の同僚であり、その発端は目の前にあるその腐れ縁の同僚と入れ違いになって届いたその手紙にあった。
神木はその手紙にもう何度目になるか再び視線を送る。
『招待状
拝啓、早くも夏となりました今日この頃。
ツバサ・オオゾラ様、貴方を我が館に招待させて頂きます。願わくば本日夕時、商業区北西部『朧夜通り』にお越し下さい。精一杯おもてなしさせて頂きます。
夜姫 』
隣に置かれた綺麗かつ上品に書かれたその手紙の日本語訳に神木は止まる事の無いため息の連鎖を起こす。
「はぁ……何やってんだよあの馬鹿は……」
今手紙に招かれた張本人たる大空は運が悪いのかはたまた神に呪われたのか祟られているのか、つい数時間前にたった1人で街を見てくると外出してしまっていたのだ。今は手紙の日本語訳をしてくれたメイド、サラがその張本人を探しに出てくれている。全くどれだけ周りに心配を掛ければ気が済むのか、ほとほと困った奴である。
「……済まん、サラさん。あのバカは頼んだ」
神木は窓に向け手を合わせる。彼はただ一心にとばっちりを受けさせてしまったサラに対して謝罪の言葉を心の中で唱えるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
少し時は戻る、取り敢えず目立たないよう屋敷で借りた一般人が着るような衣類一式を身に付け護身用に拳銃と予備弾倉2つ、あと64式銃剣(またの名をごぼう剣)を腰に差して大空翼は街に出ていた。一応お金もクロノから金貨5枚と銀貨10枚、銅貨15枚と最低限(?)借りてきたし大丈夫だと思う。
ちなみに金銀貨の価値レベルを日本的になおせば、
金貨=10.000円
銀貨=1.000円
銅貨=500円
鉄貨=100円
となり、
金貨1枚=銀貨100枚
銀貨1枚=銅貨50枚
銅貨1枚=鉄貨10枚
となる。他に貯蓄用の金貨『白金貨』や国家予算とか賠償金とか桁がデカすぎて白金貨何十枚とかになる時は更に上の金貨『真金貨』とかがあるらしいが、王族や侯家ならまだしも普通なら貴族でも殆どお目にかかることはないので大空にはまだ関係のない話である。
「……でもまあ、財布は重いよね」
まず金銀銅鉄貨全てはおよそ直径2.5cmと大体500円玉と同じ位の大きさでどれも型により鋳造された物であるが当たり前にどれも重い。なにせ全部貴金属や金属で出来ているのだから当たり前であるがやはりかなり質量が有る。しかも価値レベルは上記なのにして換金枚数が馬鹿みたいにデカイのだ、ほんとマジて嫌になります。
「おお、兄ちゃん。旭東の人かい?見ない顔だな、まあ1本買ってけよ。今なら焼き立ての肉の串焼きだぜ!」
お金について考えているとふと道端で出店をやっている親父に声を掛けられる。美味しそうなその匂いに負けて大空は買うことにした。
「ああ、なら頼む」
「幾つだい?」
「んじゃあ、3本程。お代は?」
「おう、なら鉄貨4枚でいい。2枚分はまけてやる」
「良いのか?」
焼き立ての出来立ての焼肉串を3本親父が袋に詰めながらそう言って大空が聞き返す。
「おうよ、戦争が大した被害無くさっさと終わったからな。みんな景気が良くて問題ねえぜ。ほらよ、熱いうちに食べな!」
「ありがとう」
屈託無く豪快に笑う親父に鉄貨4枚を渡し大空は歩きながら串に齧り付く。
「うん、美味い!」
噛み締めた瞬間口の中に広がるジュワッとした肉汁に炭火焼で焼かれた香ばしい表面と味付けは塩だけとシンプルではあるが安っぽくはない美味さがそこにはあった。間違いない、買って損はなかった!
あまりの美味さに感激しつつフラフラとあっち行ったりこっち行ったりと買い食いをしつつ大空が歩いているとふとまたあの感覚がした。
「む、またか……」
誰かに見られている感覚、いや……若干違う、なんなんだこれは?
「もぐもぐ……よく分からない……もぐもぐ、気配だな。ごっくん、むしゃむしゃ……どうしよっか?」
右手に先程とは違う肉の串焼き(醤油っぽいタレ付き)、左手にはパンに野菜とソーセージを挟んだ物を口に交互に入れながら大空は考える。なお、現在までの出費総額は銀貨3枚程度、日本円レベルでは3,000円位である。
「ふう……美味しかった。んで、こっちの方からだけど……」
美味しくぺろりと頂いた大空は先程した気配は方角が見る。方位にして北西、距離は遠くもなく近くもない程度だろう。
「行ってみるか……、何があるかは分からんがな」
歩みの進行方向を北西に変える。いくつかの通りを越え十数分後、
「着いたな」
広くもなく狭くもない通りに辿り着いた。
「……人が少ないな。いや……建物に中にいるのか?」
真昼間であるというのに通りを歩く人の数がかなり少ない、しかも並んでいる建物の3分の2が酒場である。大空はそれを見てここがどういった場所なのかがなんとなく理解できた。
「歓楽街か……」
歓楽街、この場合は『色街』と言った方が良いだろう。『色街』、『花や春を売る街』、別名は色々あるがつまるところ個人、組織を問わず売春を行う娼館が連なる通りという事だ。
「道理で昼間に人通りが少ない訳だ。1日でここが一番栄えるのは昼間じゃなくて、良い子は寝なくてはならない夜なんだから」
大空はそこでどうしようか考える。不可思議な気配を辿っていたら歓楽街に着いてなんだか面倒くさそうな予感がしてきたからだ。ちなみにこういう時の大空の予感はよく当たる、それは当の本人も分かっており彼自身もよくその勘に救われていた。
「さて、どうしよっか?」
「さて、どうしましょう?」
「⁉︎」
突然の背後からの声に大空は銃剣と懐に隠した拳銃に手を添える。振り返った先にいたのは2人の『ヒト』だった。ただし、ただの『ヒト』ではないが……、
「⁉︎……え、『エルフ』と『ダークエルフ』」
「お初にお目にかかります。ギルド所属Aランク、『風の弓』シャーリー・ルゥ・ロドアと申します」
「同じくギルド所属Aランク、『宵の刃』ロル・ディア・ロエスです」
「こ、これはご丁寧に。日本国陸上自衛隊特地偵察隊隊長の翼・大空特務大尉です。こちらこそよろしくお願いします」
そう、金髪色白のエルフと淡い金髪と褐色の肌を保つダークエルフの女性2人がスーツっぽい服を着て立っていたのだ。とはいえエルフの女性の方は短弓を背負っているしダークエルフの女性の方は金属音がしたので多分暗器とかしこたま仕込んでそうだが、
それでもなおマジでファンタジックだな……てかギャップと違和感がぱねー……
丁寧に自己紹介をされたので大空も返しつつそんな事を思う。てかやっぱいたんだな……、獣人もいたんだから当たり前か……。
「ツバサ様、どうなさいました?」
「い、いえ大丈夫です。エルフの方とかは初めてお目にかかったので……って『様』?」
「はい、『様』です」
なんか謎に『様』付けされていたので素で聞き返すとエルフの女性、シャーリーはコクンと頷く。ダークエルフの女性、ロルはいきなり大空の腕に自分抱き付いて引っ張ってきた。それによりふくよかな胸が腕に……
「ちょっ?」
「あ、ズルい私も、えいっ」
「はいぃぃっ⁉︎」
何故かそれを見てシャーリーまでもが空いていたもう一方の大空の腕に抱き付いた。……スレンダーな体型なので余り胸が手に当たる事はなかった。
「む、何か失礼な事を考えませんでしたか?」
イ、イエ、ナンデモアリマセン。ハイ。
「ふっ、シャーリーは私と違ってどことは言わないが貧相だからな」
カチンッ
おい、なんてこと言うんだ。俺を挟んでそんな事言ったら、間違いなく俺も割りを食うだろ⁉︎
「ふんっ、そんな所ばっかりに養分が行くから相変わらずバカなのよ。そろそろ中級魔法は覚えたかしら?私は10の時には上級魔法をマスターしていたけれど」
「なっ⁉︎魔法ができるからってなんだ!後ろからちょろちょろへろい矢しか撃てない貧相エルフがっ」
「なんですって⁉︎突っ込むしか能が無い色黒エロフがっ。私達純白エルフの同列に立とうなんて生意気よ‼︎」
「突っ込むしかできなくて悪かったな貧相エルフめっ。それに私はまだ処女だっ!」
「当たり前じゃない私もよっ!」
…………もう勘弁してくれ……
2人のエルフのやいやい賑やかな口喧嘩に挟まれ精神的にゲッソリしてしまった大空を他所に2人のエルフはズンズン歩みを進める。
いつの間にか3人は1軒の大きな屋敷の前に辿り着いていた。
「……それ以前に……あ、着きましたよツバサ様。大丈夫ですかツバサ様?」
「……何がエロフだ、って大丈夫ですかツバサ様?」
「ええ……、大丈夫……です。あはは……はは」
どこか魂ここにあらずといった大空の様子に揃って腕に抱き付いていた2人(元凶)は心配そうに大空に尋ねる。
「大丈夫です……ええ、うん大丈夫ですよ。シャーリーさん、ロルさん」
何とか復旧した大空は相変わらず疲れた顔のままだがそう言う。そしていつの間にかどこかの屋敷の前に立っていることにようやく気付いた。
「あれ?ここどこですか?」
「ここは私達の雇い主のお屋敷です」
「ちなみに言って私達はこの屋敷に住んでる雇い主の護衛役、今回はなんか予想外にツバサ様が早く朧月通りに来ちゃったから雇い主も焦っちゃって急遽一番早く動ける私達が貴方様のお出迎えにGO!って訳」
なんだか知らない内に彼女達に迷惑を掛けていたらしい。なんとなく怪しかったから来た訳だがこれは反省すべきなのかもしれない。
「そうだったんですか……ご迷惑をお掛けして済みませんでした。でもなんでここに来た事が分かったんですか?自分は怪しい気配というか、見られているかのような感覚を追ってきただけなのですが」
「「はい?」」
「?」
大空は素直に疑問に思ったことを聞いただけなのだがそれにシャーリーとロルは目を丸くする。
「う、うそ、もしかしてそれ魔力感知……」
「じゃ、じゃあ、『招待状』を受け取ってないんですか?」
「『招待状』?知りませんね、自分はついさっきまで街を散歩していましたから」
「「本当に……」」
「はい」
やけに揃った声で2人は大空に聞き返す、そして頷かれると少し耳を寄せ合ってなにやら話してしばらくすると戻ってきた。
……でもなんか2人ともどこか自棄になっているような気が……
「…雇い主が焦って私達をお迎えに行かせたのかなんとなく分かりました……そりゃそうですよね…」
「ああ……、なんか色々おかしいと思うんだけどな……あははは」
「ちょっとお2人さん!?戻って来て下さい!!ねえってば!!」
「「あはははは………」」
なんかその日、大空の絶叫ていうか悲鳴ぽいものが商業区の一角で響いていたらしいがその事実を知る者は彼の知人にはいなかったそうな。
次回、更に遅れます。
済みません。夏は地獄です。