戦後処理
寒い日の続く今日この頃、
アルタクルス軍が撤退し援軍である航空自衛隊の飛行隊も2機を除いてアカギに帰還の途に着いた頃、俺はボロボロになった西門跡の瓦礫に腰掛け滅多に吸わない煙草を吹かしていた。
「…………」
紫煙はゆっくりと夜明けの空に漂う、蒼い空は黒い煙に白い湯気に彩られ様々な色を見せた。
「はあ…………」
大空は見ていた、アルタクルス軍大将が副将であるバルツァー辺境伯に刺され一矢報いようと襲いかかった瞬間を。
……それを見た俺は撃った。刺したバルツァーではなく大将の方を、それを俺は間違いだったとは思わない。だが思い返せば俺は異世界に来てからやたらと人を殺している。
不正規戦には少なくとも8人、入城時には9人、昼間の攻防戦では40は下らない、そして夜戦では数える事すら困難な3桁は確実に殺している。僅か3日で700人強、もはや立派な殺戮者と言ったところだろう。
元の世界でも殺してしまったのは『あの時』のテロリスト2人か3人、それが異世界では数百倍とはなんと笑えない事だろうか?
「ツバサ中尉様」
「……ん?貴方は?」
金髪の彼女は大空を前に一礼する。
「お初にお目にかかります、私はシリウス辺境伯様のお屋敷で侍従長を務めさせて頂いております。シルビアと申します」
「侍従長?」
俺は驚き彼女を見る。確かに服装はメイド服だし纏う雰囲気もそういう風な感じだがいかせん若すぎる様な気がする、見た目と雰囲気に差異を感じるのだ。
「私はヒトとエルフのハーフであるハーフエルフの為長命かつ老けにくいのです」
なるほど、確かに耳がヒトより幾分か長い様だ。そして女性が羨ましがる様な特性持ちってちょっと待て、なんでメイド長なんかがここに居るんだ⁉︎
「広場に降り立たれた方々をお屋敷の貴方方の部屋にお通ししておきました。そのご報告とお呼びでしたのでお呼びに参りました」
えっと……、心を読んでます?
「はい、それもメイドの初歩的な心得の1つにございます」
マジか……。
「特に貴方は読みやすいです、はい」
「……誰かにも言われたな、誰だっけ?……まあ良いか、ともかくありがとうございますシルビアさん。案内して頂けますか?」
「仰せのままに、こちらです」
俺は彼女に着いて行く。弾丸がほぼ切れたはずの小銃はこれから起こるであろう面倒事同様、彼にはやけに重く感じるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
大空が座っていた瓦礫、そこから少し離れた場所には3つの影があった。そう神木と柊、アリサの3人である。
「アリサさん、大丈夫ですか?」
「は、はい。大丈夫です」
「その、顔が赤いですが?」
「ッ⁉︎大丈夫です‼︎」
「?、分かりました」
アリサは大空を見て赤くなったとは言えなかった為慌てて言い繕う。追い詰められていた所を大空に助けられたとはいえいきなり異性に突然抱き着くなんて彼女からすればかなり破廉恥な事だったのだ。嫌でも意識させられる。
ちなみに神木や柊が彼女と一緒にいるのは彼女の護衛の為であり神木は大空がわざわざ南門から呼び出したのだ。
「…………」
「?、神木隊長?どうしました?」
「ん?ああ、大空が珍しく煙草を吸ってるみたいだからな」
「本当ですね、あれ?」
柊は首を傾げる。
「大空隊長って煙草吸う人でしたっけ?よく思い出したら今まで聞いた事も見たことないですね」
「だろうな、あいつ基本煙草の煙が嫌いだから」
「そうなのですか?」
アリサは意外に思う。今吸っているのを見て思い込みで煙草を吸う人だと思っていたからだ。
神木はヘルメットを外し手の中で器用に回す。
「前に吸っていたのを見たのは『2年前』だ」
「『2年前』?」
私には2年前に彼に何があったかは分からない、だが隣の柊は気付いたらしい。
「『2.4全国同時多発テロ』ですか……?」
「そうだ、何年も奴とは一緒にいるが吸っているのを見たのはあの時だけだ。理由も聞いたしな」
「理由ですか?」
神木は頷く、その瞳はどこか遠い場所を眺めていた。
「そうだな……、あの日もこんな風に蒼くて煙の混じった空だった……」
◆◇◆◇◆◇◆
…………2018年2月4日、奥吉野発電所。
「ん?大空、お前煙草吸う奴だったっけ?」
「え?ああ、吸える事は吸えるよ。嫌いだけどね」
「?、ならなんで吸ってんだ?てかどこで手に入れたんだ?」
大空は側にある煙草の自動販売機に一度視線を送る、どうやらそこで買ったらしい。
「いる?」
「じゃあ……一本くれ」
「はいよ」
大空は俺に箱ごと放り投げる。中身はまだ一本分しか減っていない、ほぼ新品同然で何本かマッチが挟まっていた。
シュッ
半長靴の靴底でマッチを擦り煙草に火を点ける。柵を背にもたれ掛かる大空に対して俺は柵を前に寄り掛かった。
「で、なんで吸ってんだ?」
「……なんでって言われたら、『線香』代わりとしか言えないかな?」
「『線香』?」
「そう、『線香』。死んだ人間を弔い冥福を祈る送りの煙、生きる者が死んだ者に対してできる数少ない事の1つさ」
大空は上る紫煙を眺めながら話す。咥えていた煙草から灰が落ちる、2月らしい冷たい風が吹いた。
「今日だけでも、ここだけでも相手が7人、こちらが2人死んだ。その内1人は自分が『殺した』んだ、自己欺瞞だろうが偽善だろうが死者は弔う方が良い。それが生きる者のすべき『権利』と『義務』だ、死んだ者は……殺した者は2度と蘇らない」
「…………」
「それで今俺ができる事は線香の代わりに煙草の煙を立てる事以外に『できない』からな……、それだけだよ」
大空は煙草の火を指で揉み消す。吸い殻はポケットの奥に落とし込まれた。
「煙草は箱ごと全部やるよ、俺は吸わないからな。いらなかったら誰かにやってくれ」
大空は歩き出す。不意にそこまで言うと奴は立ち止まり振り返った。
「……まあ俺は煙草より飴の方が良いけどな」
そう言っていつものように飴玉を口に放り込み今、度こそ奴は俺から離れて行った。
◆◇◆◇◆◇◆
「…………って話だ」
「そんな理由が……あったんですね」
「…………」
神木の大空の過去の話にアリサは驚く。今まで見た中で彼はそんな思いを抱いている様には見えなかったからだ。昨日の攻防戦の時も先程の夜戦の時も、彼女が見た限り顔色ひとつ変わっていない様に見えたのだ。
私の見立てでは彼は冷たく怖い人に見えた。……でも本当は違うのかもしれない、本当は……。
「大空は戦場において感情と理性を分離し正しい判断を下せ、部下を守る為に自らを律し動ける人間だ。でもこれは奴だって初めからできた事じゃない……、隊長として部下の命を預かり率いる為に必要だから奴はできる様努力した」
「……」
「例え何百人を自分の手で殺そうとも、部下や守るモノ為ならあいつは感情を捨てて、自分の命すら捨てて戦う奴だ。……そして奴は後悔はしない、でもソレは奴を縛り付ける、心も身体も雁字搦めになって動けなくなる。そうなればあいつはあいつではなくなるだろう」
心と身体を縛り付けるのは人を殺した『事実』と言う名の鎖、血塗られ、冷たい、忘れることすら許さない重いソレはその存在そのものに絡み付き外す事などできない『見えない』鎖。どんな英雄であろうとそれから逃げる事はできず、無理に足掻けば身も心も破壊されてしまう。
「あいつはああ見えて頑固なんだよ」
「……そうなんですか?」
「ああ、馬鹿みたいにキツイ訓練を一言も弱音吐かずにやり切ってぶっ倒れたり、逃げろっつっても逃げずに救助に行くし教官に叱られても絶対に信念は曲げなかった。……馬鹿みたいに頑固で甘い、無理して怪我するくせに他人の事ばかり気にかける、心配するこっちの身にもなりやがれってんだ」
そう言って神木はため息を吐く、だがその顔はどこか優しい顔だった。
「頑固だから雁字搦めになって動けなくなるまで根を上げない、それでもなおあいつは足掻き続ける。だから俺達はあいつに付いて行きたくなる、心配でほっとけないからな」
彼は笑った。大空を誰よりも信頼し認めているからこそできる笑み、なにより絶対に大空が鎖に絡まらない様に自らの手を貸してやると言う覚悟が感じられた。
なんか……羨ましいな。
彼女は2人の間にある信頼や友情、絆を羨ましく思う。と同時に何故か心が少し痛んだ、何故だろう?
「仲……良いんですね」
「そうか?いやそうかもな」
私の言葉に神木は首を一度捻った後頷く、思い返せば中々自分達は仲が良い方だということに気付いたらしい。
「あれ?隊長は?」
「え?」
不意に柊が大空がいた場所を見るとそこから彼がいなくなっていることに気付く。私達も視線を向けると確かにそこに大空の姿は無かった。
「どっか行ったのか?」
「さあ?分かりません。目を離した隙にいなくなってました」
軽く辺りを見渡すが彼の姿は見当たらない。違う区間に行ったのだろうか?
「とりあえず私達は一度領主の館まで戻りましょう。今後について話し合う必要もありますから」
「了解しました、そう言うのは大空に一任したいんですがね」
神木の軽口に私は微笑む、
「では行きましょうか」
彼女は神木と柊の2人を連れ館に向け歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆
一方領主の館にて、
「こちらです」
「ありがとうございますシルビアさん」
大空は今彼女に案内されシリウス辺境伯から貸し出された部屋の前にいた。中には海自のアカギから武器弾薬等の物資を空輸してくれた戦闘機乗りが2人いる。
コンコン
「失礼します」
扉を軽くノックしてから開き入る、中にいた2人は戦闘機乗りには珍しい女性パイロットであり彼女達は座っていた席から立つと綺麗な敬礼をした。
「航空自衛隊千歳基地所属第3飛行隊副隊長の日立 冬由二等空尉です。こちらが」
「同じく千歳基地所属第9飛行隊副隊長、雪ノ下 楓三等空尉です」
「初めまして、陸上自衛隊新和歌山駐屯基地所属第7小隊隊長の大空 翼二等陸尉です」
彼女は右手を差し出す、が俺は敢えて無視し頭を下げた。こういう時は確かに手を握り握手した方が良い、だが今の俺は血塗れな上に硝煙の匂いが染みついている。いくら布で顔や手を拭き防弾チョッキを脱いでいるとはいえ頭や作業着に染み付いた物はどうしようもなかったのだ。
一瞬彼女は怪訝な顔をするがすぐその理由に気付いたらしい。出ていた手を引っ込めると優しげに微笑んだ。
「失礼しました、では仕事の話を始めましょう。楓ちゃん資料を」
冬由二尉は隣の雪ノ下三尉にそう言うと大空に着席を促す。言う通り着席した時雪ノ下が日立の言葉に少々不機嫌なっていたのを彼は見逃さなかった。
「ではまず武器弾薬について、今回の空輸で89式小銃が20丁と1丁に付き120発分の計2400発、キャリバーについては少ないですが1200発です。詳細は手元の資料にあります」
俺は資料に目を落とす。64式小銃の残弾はあと60発強、しかも89式小銃に装備が更新されているので弾丸が補充できるとは思っていない。よって64式小銃が20丁も使えなくなるのだが一応こちらの技術の塊なので廃棄する事も廃銃にする事もできない、なのでしばらくは海自の方で管理される事になるだろう。まあ惜しい点は89式小銃より64式小銃の方が強力な弾丸が撃てることだけだ。
「続いてはギルムに駐屯地ないしヘリ発着場を設置する事です。これは現段階では不可能だとしても『7日後』にはヘリが着陸できるように許可をとっておくようにとの事です」
「『7日後』?」
「はい、5日後にこちらの基地も港と滑走路のみで簡易的な物ですが大半が完成します。その後このギルムに追加人員を派遣するとの事です」
つまり交渉団と仮設駐屯基地防衛の為に人員を輸送したいらしい。ただかなり強硬な気もしないでもないがそれだけ切羽詰まった状況なのだろう。(そうなる様にした元凶であるコイツは絶対に言ってはならない)
「分かりました、シリウス辺境伯に確認をとりましょう」
「ありがとうございます。……では最後です」
彼女は隣の雪ノ下に目配せする。すると彼女は頷き机の下から1つの封筒を取り出した。それに俺は見覚えがある。
「大空ニ尉、どうぞ……」
「通告書か……」
「ええ」
俺の小さな呟きに日立ニ尉が答える。
「ここで開けても?」
「どうぞ」
封筒を開き中にある三つ折りの紙を広げる。
「……これは」
『 大空二等陸尉に旭基地帰投を命じる。また同時に緊急幹部会議の出席を命じる。
なお帰投は7日後到着するヘリの帰還便により帰投する事。
海上自衛隊第13護衛艦群旗艦【さくら】艦長
沖田 広嗣一等海佐
第2潜水群極秘旗艦【やまと】艦長
海江田 士郎二等海佐
航空自衛隊駐屯基地第3飛行隊隊長
日立 秋夜一等空尉 』
異世界転移をした各自衛隊の最高幹部全員の署名入りの通告書に俺は頭を抱えそうになる。この紙は『重い』、質量的にではなくこの紙切れ自身が持つ意味が半端なく『重い』のだ。
逃げたい……、無理なら仮病でも何でもいいから倒れたい……。
異世界にいる海、空自衛隊の最高幹部勢揃いの命令書なんてある意味絶対だ。断ることも無視する事も絶対にできない。
確実に首が飛ぶな。これ、
まさか物理的に飛ぶとは思えない(思いたくもないがついさっき実際に見てしまっている)が、最悪懲戒免職で牢屋行だろう。異世界に来た自衛官で初の投獄者なんて不名誉過ぎる称号は頂きたくない。
「はあ……」
「ご愁傷様です。私達は万が一、二尉が逃亡したりする事の無いように監視させて頂きます。とは言っても常に二尉にくっ付いて見張るのは楓ちゃんですが」
ガタっ、何かがこける音がした発生源である日立二尉の隣に目線を向ける。それは雪ノ下がいきなり監視を押し付けられた事に驚いてズッコケた音だった。
「冬由さん……どういうつもりですか?」
「いいじゃない別に、気にしない気にしない」
「しますよ!!」
雪ノ下は顔を真っ赤にして抗議するが日立はまるで柳の木の様にそれを受け流す。結局折れたのは雪ノ下の方だった。
「じゃ、よろしくね楓ちゃん。では以上ですが大空二等陸尉、質問は?」
「ナイデス、ハイ」
いや、そんな『無いよな?あったら殺す』みたいな雰囲気を出されてあると言える奴は居ないよ……。
彼女はそんな感じに強引に終わらせると俺と雪ノ下を放置して部屋から消える、あっという間の早業だった。
が、残されたこっちがこれでは気まずい。なので俺は彼女に話しかける事にした。
「雪ノ下さん」
「はい、どうしました大空ニ尉?」
「昔みたいに呼び捨てで構いませんよ雪ノ下さん」
俺がそう言うと彼女は驚いた様に目をしたばかせる。
「……覚えてて、くれたんですね」
「それはもう……あんな出会いだったらね」
「あの時は本当にすみませんでした……」
防大時代の彼女との出会いについて思い出してちょっと後頭部が痛くなる。まあ色々あったのだ、色々と……ね。
彼女はまだあの件については気不味いらしい、俺もあまり触れたくない黒歴史に近いので敢えて触れるつもりはない。
「ともかく、噂は聞いてたよ。パイロット養成課程を上位で修め千歳でF-22で空を飛んでるってね」
「私はニュースで観てたよ。活躍したんだね……」
「してないよ、任務を果たしたら預かり知らぬところで英雄に祭り上げられただけさ」
特戦群の情報操作で有る事無い事付け足され尾鰭どころか足まで付けられた彼の人物像だが防大時代のこれから知っている人にはそれが虚像だとすぐ分かる。こんな人間をどこをどうすればあんな完璧超人的になるのだろうか?
「でも……凄いと思うよ」
「神木も教官も仲間もいたんだ、それだけいれば誰だってできるよ」
そう、あそこにいたのは俺だけではない。長く組んでいて自分を理解してくれる神木と自衛隊最強と言われ作戦を許可してくれた恩師である教官、信じて付いて来てくれた仲間がいたからこそ自分はやれたのだ。たった1つでも欠ければ不可能だっただろうし、大空は自分1人の成果だと言える程図々しくはない。
「……君らしいや」
「そうかな?まあ根本的には変わってないのかも知れないね」
雪ノ下の言葉に俺はそう答える。
「……ともかく、大空君」
彼女は話を切り上げると俺の名前を呼ぶ。『君』付けで呼ばれるのは本当に久しぶりなのでどこか恥ずかしい。
「とりあえず、これからよろしくね」
「こちらこそ、雪ノ下さん」
2人は共に微笑む、こうして2人の再会はいたって当たり障りなく終えた。
…………
「ふぅーん、進展なしか」
が、仕組んだ張本人はこの結果に不満らしい。もちろん日立 冬由である。耳を扉に当て盗み聞きしていた訳だがあれだけお膳立てしておいて当たり障りのない程度で終わってしまったのだ。
「どうしたものか……」
彼女は雪ノ下の事を妹の様に感じている。かなり手の掛かる子ではあるが根は素直で可愛らしい、できれば彼女には好きな人と結ばれて欲しいのだ。
どうすれば大空ニ尉はあの子を見てくれるかしら?
彼女は2人をくっ付ける為に頭を悩ませながら歩く。が、それより大切な事に気付いた。
「あ……、ここどこだろう?それ以前にどこに行けばいいんだろう?」
その後、彼女が屋敷の中を当てもなく彷徨い始めるのが30秒後、完全に迷子になるのが5分後、メイド長のシルビアに発見されるのが十数分後の事になるのだがそれは別のお話。
投稿遅れてすみませんでした。