ギルム攻防戦:勝利宣言(チェック・メイト)
異名が良いのが思いつかない……。
F-35Bが頭上を駆け抜ける。白い雲を引き天を駆ける銀翼を横目に俺は銃弾をばら撒いた。
「いけるかねアシュリード君?」
「大丈夫です、背中は任せます」
「了解、死なないでくれよ?同じ顔の死体なんか見たくはないからな」
「そちらこそ!」
2人は背中を合わせ敵を薙ぎ倒す。囲まれているがその囲みを喰い破らん限りに彼等は奮闘していた。
「はあぁっ‼︎」
「せいっ‼︎」
銃剣が敵の喉を貫き、氷の刀が敵の胴を切り裂く。血飛沫が舞い2人の身を赤く染め上げる、まるで真紅の薔薇の様に。
「ひぃっ……バケモンだこいつら」
「下手に近付くな‼︎殺られるぞ⁈」
「き、弓兵はどこだ⁉︎遠距離からやれ‼︎」
「いねえよ‼︎市街地戦に弓兵はただのお荷物だろ‼︎連れてくるか‼︎」
2人を囲む兵は恐怖に後退さる、トドメを刺したのは真紅に染まった大空だった。
「ようこそ……、クソッタレの戦場に。死にたい奴は前に出ろ‼︎生きたい奴は退け‼︎死にたくなかったらな‼︎」
大空の叫び、そして背後にあった建物に着弾した空対空ミサイルは爆発にその場は恐慌状態に陥る。戦友を、仲間を蹴落とし自分だけは助かろうと我先にと敗走し始める。
「逃げろっ⁉︎俺はまだ死にたくない‼︎」
「退けっ、俺が先だ‼︎」
「ざけなんなっ、俺だ‼︎」
味方内で争い、不用意に数を減らす。邪魔な者を背後から斬り裂き、斬り裂いた自分もまた背後から誰かに斬り裂裂かれる。それが繰り返された。
「ペッ……血の味しかしない」
大空は口の中に入った血を吐く。自分の血は何度も味わった事はあるが他人の血はどうも慣れず不味かった。
「ツバサ殿、どうしますか?」
「待機だ、動くに動けん。第1近衛騎士団が動くまでここで死守だ」
「分かりました。あと少しです」
「ああ、生き残るぞ」
逃げる兵に今更2人に歯向かってくる兵は皆無に等しいが2人の構えは油断し解かれることはなかった。
◆◇◆◇◆◇◆
なんという事だ、なんという事なのだろうか。
ワイバーンを超える飛行能力を持つ銀翼のそれが現れてから、西門に突き刺さった白い矢で発生した数々の爆発に銀翼から放たれた光弾に彼の兵は薙ぎ倒された。その力は圧倒的でありまるで人がゴミ屑の様に処分されている様に彼には見えた。
「……これは……」
「バルツァー様‼︎城内に進行していた部隊が完全に敗走しています。撤退しましょう‼︎」
「あ、ああ、そうしよう」
「ならん‼︎踏み止まり敵の追撃にそなえよ‼︎」
バルツァーが副官の具申を受け入れ退却の指示を出そうとした時、横から要らぬ横槍が差し込まれた。そう、彼の上司であるロマノフ公爵である。
「お言葉ですが!それは兵に『死ね』とおっしゃるのですか?」
「そうだ、儂が生き残ればそれで良い。所詮兵など金のかかる『壁』でしかないわ‼︎散々金を食ったんだ、ここで役立ってもらう」
大将である男の暴言に普段イエスマンである副官の男も唖然とする。唯一同調したのはクソッタレのゴマすり貴族数人ぐらいだった。
「公、なりません!兵達を壁にし将のみがおめおめ逃げるなど、戦での貴族の誇りに反します!」
「たわけっ!誇りで命が守れるか!」
副官の諫言を公は吹き飛ばす。確かに『誇りで命は守れない』と言う公の意見には同意するがその判断は賛同できるものではない。誇りなんかでは確かに命は守れない、だが兵の命を無駄に捨てる事が正しい訳ではないのだ。
「いいから兵にはこれより1時間はここに留まる事を命じる。敵前逃亡及び命令違反は死刑だと思え」
「しかし!」
「うるさい!お前は大人しく儂の命に従えばいいのだ」
「失礼だがロマノフ公」
彼は噤んでいた口を開き2人に歩み寄る。
「な、なんだ」
「戦場における死亡率で2番目に高いのはなんだと思われますか?」
「な⁉︎何が言いたい⁉︎」
「なに、簡単な事ですよ」
その時、突然ロマノフの背中から抜き身の刀身が生えた。
「ぐはっ⁉︎」
「2番目に高いのは上官が部下に背後から討たれる事です」
公爵が腹部を貫いた剣を押さえながら崩れ落ちたと同時にいくつかの『固いモノ』が地面に落下した音がした。遅れて地面が流れた水分に湿らされていく、副官の男は背後から刃をまわされ拘束されていた。
「貴様……‼︎貴族の首を落とし儂を殺そうとして無事で済むと思うな!」
腹を貫いた剣の柄を手に彼はいくつか落ちた首とクソッタレの『元』上司を見下ろす。その目はまるで人が害虫やゴミ屑を処理する時と同じぐらい冷たい目をしていた。
「無事で済みますよ、カルカロス・ヴァン・ロマノフ『元』公爵殿。第一皇子ノアノエル・ワールド・アルタクルス殿下の命より国家転覆の『逆賊』、ロマノフ公爵以下貴族を征伐する。上納金の改竄に賄賂、恐喝、国家機密漏洩、スタイリシュアとの内通、ギルムに対する無許可侵攻の挙句無駄に兵を失わせ敗退等他にも多々法を犯した上国家転覆及び反逆の恐れがあるとし先日付けで征伐命令が下された。よって現時点を持って刑である極刑を執行する」
ロマノフは慌てて周りを見渡すが周りはバルツァー領兵のみであり部下は拘束済みである副官以外1人もいない、残るは彼一人だけだ。
「馬鹿な、馬鹿な……」
「チェックメイトです」
バルツァーは側にいる兵士に目配せする、兵士の男は腰の剣の柄に手をし前に出たその時、
「バルツァーっ、貴様だけは‼︎」
「危ない!」
追い詰められ逆ギレしたロマノフは隠し持っていた短剣を手に最後の力を振り絞って肉薄する。せめて道連れにするつもりなのだろう。
「死ねぇっ!」
「ちっ!」
手にしていた剣は奴の腹に刺さったままなのでそのままにしてバックステップをとる。太っている割に意外と素早い、だが兵達が剣を抜いた時突如としてロマノフの頭部が破裂した。すぐ後にもはや聞き慣れてしまった死の音色が耳に届く。
「閣下!第1近衛騎士団です!」
「来たか!」
バルツァーは門を見る、門の前には横陣を敷き騎兵戦術を行う準備の整った騎士団が存在していた。が彼の目がいったのはそこではない、普通なら見えないはずだが今の彼にははっきりと見えた。
「奴か」
壁上にいる血に染まった黒髪の男、構えていた黒い杖を下ろすと奴は見られているのに気付いたのだろう、こちらを見ている。
「アルタクルス軍に告げます。今すぐこの地から撤退するなら我々ノアニール・マグナ軍は追撃しません。これは最後通牒です、撤退しなければ容赦は致しません。蹂躙させて頂きます」
白髪の女性が先陣に立ちそう宣言する。彼女が噂の『戦姫』らしい、背後の騎士達は槍を構え馬は今にも駆け抜けそうである。
「撤退だ。残存戦力に連絡、総員国境付近の前線基地まで退却する」
「了解しました」
バルツァーは迷う事なく撤退を決意する。大将は死に(最終的に大空が討ち取ったが)多くの貴族が粛正された上元々彼はこの軍の副将である、反対する者は1人もおらずすぐに簡単にだが隊は再編され万が一の殿を残し撤退を開始する。
「……黒髪の男、『鮮血』や『真紅』と呼ばれた『ギルムの英雄』か……」
この大陸において黒髪とは少し珍しいという部類に入り更に黒眼は更に珍しい部類に入る。なぜなら主に黒髪黒瞳の人間は東方にある国にしかいないからだ。つまり黒髪黒瞳である彼は東方出身である可能性が高い、従ってノアニールは遂に東の国と軍事同盟を結んだと考えられた。そうなるとノアニールと戦うのはリターンよりリスクの方が高くなる、すぐにでも和平交渉が我が国から持ちかけられるようになるだろう。
「まあ、ノアノエル殿下の指示通り『不正貴族』は始末できたんだ。良しとしよう、それなりにギルムも傷物にできたし戦果は十分だ」
彼は彼の仕える主である青年の顔を思い浮かべる。悪い笑顔を浮かべた彼の顔を思い出し苦笑する、あの親子は全く碌なもんではない。
「……さあ『英雄』さんよ、次に会うのは戦場でなく別の場所が良いもんだ」
彼は馬首を返しながらそう呟く、彼の勘は間違い無く再び会う時はそう遠くないと予想していた。
◆◇◆◇◆◇◆
「ふう、撤退してくれたみたいね」
上空を駆けるF-35Bから見下ろしながら搭乗者である雪ノ下楓はそう呟く。雪ノ下の機体には爆装はされておらず代わりに弾薬などの物資が無理矢理積まれており武装は最低限の保険である25㎜ガトリング砲のみである。まあそれでも負ける気はしないが、
「こちらアテナ、どこに着陸すれば良い?」
『こちら仮設駐屯基地、広場に着陸してくれ。人払いは済んでいる』
「了解、目視も出来た。冬由さん、先に行かせてもらいます」
『良いわよ、落ち着いてね』
F-35B戦闘機は他の機とは違い垂直離着陸が可能な機体な為、実は滑走路を必要としない。その為他の機体では離着陸が出来ない場所、短い滑走路やヘリ空母でも関係無く運用できる優れた機体である。
そして空を駆け回っていた彼女の機体は空中で静止しゆっくりと高度を下げ始める。
「むううぅ……難しいな……」
実は彼女はF-35Bで垂直離着陸をしたのは訓練などの限られた数しかした事がない、彼女の愛機はこの世界にも共に来たF-22J改なのだ。だが彼女は失敗する気は毛頭無い、伊達にエリートと呼ばれるだけでは無いからだ。
「ギアダウン、着陸まで5、4、3、2、1、着陸成功。エンジン停止」
車輪が全て石畳に着いたのを確認してからエンジンを停止させる、冬由が着陸できるように広場には余裕を持たせて下ろした為右翼は建物ギリギリである。
『上手くやったわね楓ちゃん、私も行くわよ』
「冬由さん……この歳で『ちゃん』付けはやめて下さいよ……」
『えぇ〜、いいじゃん。まだ若いんだし』
「…………」
雪ノ下はため息を吐く。流石に26にもなって『ちゃん』付けされるのはどこか悲しい。が千歳配属当初からお世話になっている日立妻にはどうも口では勝て無いのだ。
『着陸まで5、4、3、2、1、はい着陸成功。楓ちゃん降りて良いわよ』
「……了解です、はあ……」
『ため息ばっかりじゃ幸せも初恋の相手も逃げちゃうぞ〜』
「主に冬由さんの所為です、って一言余計ですよ!」
元凶その2の爆弾に彼女は慌てて突っ込む。ちなみに元凶その1とは『初恋の相手』であり大学の『同期』である彼だ。
『良いじゃない、会うのは7年ぶりなんでしょ?』
「向こうは覚えてませんよ……片想いの一方通行でしたし……ね」
『……』
冴えない、だが立てる作戦はそこに居る者の価値を最大限に活かし何より奇抜でありながら生存率が恐ろしく高い。何より人命を優先しながら自分は誰よりも前で戦おうとする。残虐なのではなく容赦が無いだけ、血も涙も無い様で本当は誰よりも真っ直ぐで優しかったりする。そんな所に7年前の私は惹かれてしまった。が、想いを伝える前に卒業、彼は陸上自衛隊新和歌山駐屯地へ、私は航空自衛隊千歳基地に配属され会えなくなってしまったのだ。
「……初恋は叶わないからこそ美しい、まったく……その通りね」
嘘だ、叶ったほうが良いに決まっている。だがそうでも思わなければただ悲しいだけだ。
彼女はベルトを外し風防を開け立ち上がる。
「ふう、あれ?」
ヘルメットを外すと留めてあったピンが外れて長い黒髪が風にたなびく。先程の騒がしさとは打って変わり何故か広場はシンとしていた。
あれ?さっきはうるさいぐらい戦闘機に驚いてたのに、どうしたのかしら?
集まっていた人の1人が口を開く。
「ぎ……」
「ぎ?」
「『黒髪の銀天女』様だ‼︎」
「え?」
こうしていつの間にか彼女の異名までも生まれ『空の英雄』として広まる事になったのだが、一緒にいた冬由には異名が付かず後日同じく異名の付いた旦那である秋夜に【アカギ】艦内で愚痴を零す彼女の姿が見られたとか見られなかったとか。