そして――確かな思いを胸に抱いて
『幼少期』の最終話です。
告げられた真実に涙し、しかし多くの者がすでに眠りについた時間。
王と王妃は夫婦の部屋にて、互いに寄り添ってソファーに腰掛けていた。
「――このままであれば、よいが……」
「二人なら、大丈夫ですよ」
ぽつりと零した王の言葉に、間を置かず穏やかに返す王妃。
それにゆったりとうなずく一方で、王は言葉を続けた。
「しかし、あの子たちもいずれ大人になる日が来る。――果たして、その時に、今と同じでいられるか……」
「大丈夫です」
「……なぜそう言えるんだい?」
己が言葉にまたもや間髪入れず断言した王妃に、王は不思議そうに尋ねた。
それに対し、そっと王と視線を合わせた王妃は、さらりと金の髪を零して微笑む。
「あら、陛下とてお忘れではありませんでしょう? ――ティリアは、貴方様がわたくし以外に唯一選んだ――〝彼女〟の、娘ですのよ?」
「――それは」
ハッとしたように呟いた王に、王妃はそっと、黄緑に煌く瞳を閉じる。
「わたくし、ティリアが可愛くてしかたがありませんの。……確かに、ティリアはわたくしの実の娘ではありませんけれど……それでも」
自然と開かれた瞳には、穏やかな懐かしさが宿っていた。
「わたくしの手を引いてくれた、〝彼女〟の娘ですもの」
次いで、慈愛を込めて紡がれた言葉に、王は今度こそ、穏やかに微笑みうなずいた。
「あの子なら、きっと――」
――昨晩から降り続いていたのだろう雨は、朝には小雨となり、昼にはすっかりと止んでいた。
水分を含んだ陽気に、窓から見える森はいっそう輝いている。
「借りてきましたよ、ティリア」
「あっ、おかえりなさい! フレイ」
雨上がりの景色を窓から眺めていたティリアは、書室で本を借りに行っていたフレイが帰ってくるのに、嬉しそうに振り向いた。
そうして互いにまだ足が浮いてしまうソファーへと腰掛けた二人は、フレイが借りてきた本の表紙を、そっと眺める。
――それは以前、二人が初めて出逢った時に、フレイが朗読した本だった。
【まほうつかいのぼうけん】と書かれたタイトルはいかにも子供向けで、表紙に描かれた絵もまた、杖を掲げた黒いローブ姿の魔法使いの青年が、周囲に鮮やかな炎の球をいくつも浮かべているという、子供の興味を惹きやすそうなもの。
ありふれた子供向けの冒険物語、といえばそこまでだが、けれど二人にとってこの本は、かけがえのない一冊だった。
交わった湖色の青と森色の深緑が、同じ好奇心を湛えて笑む。
フレイの膝にあるその本の表紙を、小さなティリアの真白い手が、大切そうに、ゆっくりと捲った――。
――時は流れる。
穏やかなその日々はやがて、幼かった二人を、回る舞台へと導いて行く――。
『幼少期』、ご愛読頂きありがとうございました!
次の『青年期』に当たる次話の投稿は遅くなりますが、のんびりとお待ち頂ければ幸いです。
――改めて、ここまで読んで頂き、感謝を!!
次話投稿まで、しばらくお待ち下さい。