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フレイリーフの花言葉  作者: 明星ユウ
第四章 花言葉が導く空の下
30/34

幸福を――フレイリーフの花言葉

9ヵ月。長らく、お待たせ致しました。

『フレイリーフの花言葉』、第一部、最終話。

お楽しみ頂ければ幸福です!

 



 やわらかな光が包み込む小さな庭園で、マリーフレアは微笑んだ。


「さあ、見てごらんなさい。フレイ」

「はい! おばあさま!」


 優しい言葉に、幼く楽しげな声が返る。

 それは、庭園に整えられた休憩用の丸テーブルをはさみ、マリーフレアが少し前まで座していたイスと、対面になるイスに大人しく座っていた、小さな少年が返したものだった。

 特別な花を見せるから、というマリーフレアの言いつけ通り、彼女が戻ってくるまで瞳を両手で隠し覆っていた幼き日のフレイは、そろりと外した手の隙間から現れた花々に、その深緑の瞳を見開く。

 いまだイスには座らず、座すフレイの隣に寄り添うように佇んでいたマリーフレアは、自らが持つ色よりも深い、愛しい孫の瞳が疑問を浮かべるのに、小さく笑みを零した。


「おばあさま、このみどりのお花はなんですか?」


 上品なドレスを小さく引き、自らを見上げてそう尋ねるフレイに、マリーフレアは微笑みを重ねる。つと移ろわせたその視線の先には、白磁の花瓶の中、綺麗な緑の花弁を揺らす小ぶりな花が咲き誇っていた。


「このお花は、フレイにとって、とても大切なお花なのですよ」


 不思議そうに円らな瞳を瞬くフレイの、小さな頭をそろそろと撫でる掌は、とても温かく。


「このお花はね――」


 そうして紡がれた言葉は、十数年の時を経ても、フレイの中で大切な記憶として存在し続けていた。


 そして――その記憶は、今ようやく。

 伝えるべき言葉として、紡がれようとしていた――。







「フレイ! お誕生日おめでとう!!」

「ありがとうございます。ティリア」


 珍しく、ティリアがフレイの部屋へと訪れた今日。

 眩い朝の光が地上へと降りそそぐこのよき日は、フレイの十八の誕生日。

 フレイが成人となった特別な日であり、同時に、フレイとティリアの――花舞台の日であった。


 微笑みを交し合う二人が纏うのは、純白に金糸で蔦模様が描かれた、花舞台用の特別な衣装。一見でさえ、玉座の間を思わす白と金が精緻さを魅せるその衣装は、そこにもうひと工夫を加えることで、真に特別であることを示していた。


 ふと、微笑み合っていたフレイとティリアの視線が、同時に少し下へと移る。そうして、思わず互いに頬を染め、その青と深緑の瞳に映したのは――互いの名の元となった、美しい花の刺繍。


 フレイの左胸に描かれているのは、水中にたゆたう花弁を思わす、ティリアの名前の元となった花、雫の青(ティレネリア)。衣装のところどころに飾られた宝石もまた、淡く澄んだ水色。

 そのひと工夫は、まさしく端的かつ絶妙に、彼が誰を妻とするのかを、周囲へと伝えるものであった。

 それは当然として、ティリアとて同じであり――しかし、一方で、ティリアは自らの左胸に刺繍された花の名前を、いまだにフレイから伝えられてはいなかった。


 フレイの胸元を見つめ、次いで自らの胸元へと視線を落としたティリアは、小さく不思議そうに小首をかしげる。

 ティリアの左胸に描かれているのは、淡い緑の糸が丁寧に花弁を咲かせた、緑の花。フレイと同じく、衣装のところどころに飾られた宝石の色もまた、淡い緑色。

 フレイの髪色である薄緑よりは濃く、しかし瞳の色である深緑よりは薄いその緑の色合いは、何故かその〝緑〟こそが、フレイが持つ本来の色であるかのように、ティリアには思えた。


 ――その色を纏うだけで、心が温かくなる。


 ティリアは、花舞台用に、一際ひらりキラリと波打ち装飾されたそのドレスを身に着けた瞬間から、まるでフレイの腕の中にいるように安心した心地になった。

 そのことに驚き、そう言えば、とすっかり聞き忘れていたフレイの名前の元となった花の事を問いかけ……しかし、もう少し後で教えます、と返されたのが、今朝早く。

 その返答に、疑問を瞳に浮かべたのは、決してティリアだけではなかったが、フレイはただどこか懐かしさと、そして嬉しさを宿した微笑みを浮かべるばかりで、答えを紡ぐことはしなかった。


 ティリアは今一度、不思議と温かな心地で、フレイを見上げる。

 すでにティリアを見つめていた深緑の瞳が、青の瞳と重なり――同時に跳ねる、甘やかな鼓動。

 自然と再び見つめ合った二人を同じように見つめ、二人の周囲に控えている従者たちが微笑む。次いで、窓の外へと視線を注いだ侍女たちが、心底から喜びに満ちた声音を響かせた。


「ほんとうに、本日は素晴らしいお天気ですわ」

「まるで、天までお二方を祝福なさっているかのよう」


 双方の侍女がそう微笑み語り合うように、今日の空は晴れやかな蒼穹一色。

 開け放たれた窓から入り込む風も心地よく、互いの髪をもてあそぶそよ風に、見つめ合いを中断したフレイとティリアは、どちらからともなく小さな笑い声を立てる。


 愛し合う婚約者に、祝福する蒼天の輝きが光臨光となって降り注ぎ――互いと、従者たちの瞳に、鮮やかに刻み込まれた。


「――さて。では、行きましょうか」

「えぇ!」


 穏やかに紡いだフレイに、待ちきれないとばかりの笑顔を返すティリア。

 唯一残された、フレイの名前の元となった花の謎は――すぐに、明かされることとなった。




 久しく出ていなかった、王城の外へと足を運んだフレイとティリアは、眼前に用意されたお披露目用の馬車に早速と乗り込んだ。

 小さな部屋を思わす普通の馬車とは異なり、お披露目用の馬車は、天井部と側壁が取り除かれ、高めの台の上に上品なソファーを備え付けた形をしている。

 ソファーに腰掛ける者と外界とを隔てる側壁が無い以上、安全性に危機感を抱かざるを得ないその馬車は、しかし物理的にも魔法的にも優れた護りを発揮する、透明な結界魔法が幾重にもかけられていた。


 鮮やかな花舞台用の衣装をさらに飾り立てんと白磁の輝きを魅せるお披露目用の馬車と、その馬車の四方を囲む、二人の従者たちと護衛の騎士たちを乗せた、お披露目用の馬車と同じように上側部を解放した馬車群。

 それらが、一様にゆったりと城下の大通りへと進み出でる様は、まさしく壮麗であった。

 通りは、一定間隔で護衛の騎士や魔法使いたちが並んでいたが、彼らの後ろでは民たちが集まり溢れ、ティリアとフレイを乗せた馬車が通りに顔を出した瞬間には、沸き立つ幾重もの祝福と拍手が轟いた。


 ――その笑顔と祝音が広がり響くただ中で、ふと、フレイがティリアへと、言葉を紡ぐ。


 それは、長らくフレイの内で秘されてきた、大切な言の葉だった。


 満面の笑みを浮かべ、民たちへと嬉しそうに手を振るティリアの右隣で、同じようにゆったりと手を振りながら、フレイは告げる。

「――ティリア。実は、僕の名前は、お祖母(ばあ)様――マリーフレア・ゼルロースにつけて頂いたものなのです」

「まぁ!」

 唐突なその言葉に、しかし素敵なことだと、ティリアはフレイへと向けた顔を笑みで満たす。

 しかし、続いたフレイの次の言葉には、思わずその青の瞳をぱちり、と見開いていた。

「ですが、お祖母様につけて頂いた僕の名前は、〝フレイ〟ではありません。――僕には、貴女にも、陛下にも、伝えていなかった――〝本当の名前〟があるのです」

「え……?」

 戸惑いと疑問の声を零すティリアに、フレイは淡く、それでいて幼き頃の達観とは異なる、心穏やかな微笑みを浮かべて見せた。


 そうして、その〝名〟を、声に乗せる。

 自らの、真なる名を。


「――フレイリーフ(・・・・・・)。――僕の本当の名前は、フレイリーフ・ゼルロース。――その花の名前と、同じものなのです」


 そっと紡がれた言葉と共に、深緑の瞳がティリアの纏う衣装の、一点へと注がれる。

 純白と金と、緑で飾られたその衣装の、左胸。淡い緑の糸で描かれた――緑の花。

 フレイと同じように、視線を自らの左胸へと落としていたティリアは、次の瞬間、まさしく大地咲き誇る大輪の花を思わす、鮮やかさと幸福に満ちた笑みを、その美貌いっぱいに咲かせた。


 花の名そのものが名前であるのは、この〝花の王国〟においても、珍しい名付け方である。

 それは、ひとえにその名付け方が、名の元とした花の花言葉のみ、あるいは花の名に宿る意味のみを込める本来の名付け以上に、その花の名の由来さえも含めた、特別な意味を宿す事だと、理解されている為。

 生まれた時から天と地に還るその瞬間まで、本当に多くの時間を花々に囲まれて生きるこの国の民にとって、花の名の由来さえ含めると言うことは――その花が辿った歴史の重みのみならず、その花の存在理由さえも背負うことを、意味するのだ。

 故に、名付ける者にとってよほど大切で、花の名そのものを名乗るに相応しい存在でなければ、この名付け方が用いられることは無い。

 そして何より、名の元となるその花こそ――愛されている花でなければ。


 ひと時ののち、その名付けの意味を理解したティリアは、ただただ胸の内にあふれる嬉しさのまま、フレイへと言葉を返す。

「フレイ! マリーフレア様は、本当にフレイの事を大切に思っていらっしゃったのだわ!」

 ただしく、愛されていたからこそ、授かった名前。

 そこに込められた意味がどれほどのものか、それだけはマリーフレア・ゼルロースにしか分からない事ではあったが、その重みも、込められた愛おしさも、今のティリアにはよく分かった。

 心にあふれる喜びは、自分が愛する青年が、確かに愛されていた存在であったことへの、幸福そのもの。

 そしてまた、そのフレイの名の元となった花に対しても、同様に。

「フレイ。――フレイリーフ。このお花のことを、教えてちょうだい?」

 自らの左胸に描かれた花を、大切になぞり。ティリアはフレイを見上げて、そう問いかける。

 その願いに、嬉しげに瞳を細めたフレイは、遠く晴れ渡る空へと視線を移しながら、かつての時を思い出すように、ゆったりと言葉を紡いだ。

「フレイリーフの名の意味は……〝優しい緑〟。……そして、その花言葉は――」


 数多あるその花の花言葉が、歓声の中で風に乗る。

 遠い過去のある日。マリーフレアが幼きフレイへと告げた、その、花の言の葉が。


「優しい救い。穏やかな陰。淡い癒し。まっすぐな思い……」


 そして――。


「――静かな純愛」


 眩く降り注ぐ陽光に照らされ、フレイの深緑の瞳が優しく煌く。

 ――それこそが、彼を、彼たらしめた、花言葉。

 悪徳の家族の中に在り、清く正しき公爵家の青年が恋敵となってさえ。

 それでも、ティリアという一人の少女を、女性を、ただまっすぐに、純粋に、愛し続けた、理由。


 己が名と同じ花に込められた花言葉は――名を授かった者自身にも、確かに、その在り方を与えてくれるものだから。


「まぁ……! フレイにぴったりね!」

 紡がれた花言葉に、両手を軽く重ね打ってそう答えるティリア。

「ふふ、そうでしょうか?」

 そんなティリアへと視線を戻し、フレイは穏やかに、嬉しげに、問いかける。

 静かなフレイの問いかけに、ティリアはただ、その青の瞳に愛する緑を映して、眩いばかりの笑顔を咲かせた。

「えぇ! 優しくて、素敵な――フレイにぴったりの花言葉よ!」

 返された言葉に、二人分の零れた笑みが、周囲へと広がって行く――。


 二人が婚儀を行う、特別な場所は、もう目前。


 ゆっくりと進む速度を落とした馬車が、次々と止まって行く。

 ふと正面へと視線を注いだ二人の眼前には、白磁の壁に大きさも形も様々な、多種多様な花々を刻んだ、円形の建物が佇んでいた。

 特別大きなわけでもなく、むしろ王族や貴族が用いる場としては、小さすぎる印象を与えるその建物は、刻まれた花でさえ彩られていないにも関わらず、荘厳な雰囲気を放っている。

 さながら、一目でここが特別な場所なのだと、言葉として紡がずとも、訪れた者たちに伝えるかのように。


「――行きましょう」

 静謐に佇む建物を見やり、フレイはそう、穏やかに紡ぎながらティリアへと左手を差し出した。

「えぇ! わたしたちの――花舞台へ!」

 美しく笑み、ティリアは差し出された手に自らの手を重ねる。

 ゆったりとお披露目用の馬車を降り、マイアやエフェナたち従者と、眼前の建物と同化するかのように白鎧をまとった護衛の騎士たちと共に、フレイとティリアは建物へと足を進める。


 開かれた扉の中――そこは、鮮やかに咲き誇る花々の、園であった。


 はっと、息をのんだのは、誰であったのか。

 色とりどりの花々が満たすその空間は、透明な天井から降り注ぐ陽光を受け、花々と金光に煌いていた。

 その美しさは、王城庭園にも劣ることなく。いっそう神秘的とさえ呼べるほどの清らかさで以って、フレイとティリアを迎え入れた。


「二人とも、こちらへ」

 温かで美しい空間にて、先にこの場で待っていた王が、二人を呼ぶ。

 王の隣で佇む王妃と、その二人とは反対側にいるフレリアス・ゼルロースもまた、微笑んで二人を促した。

 フレイとティリアは一度互いの視線を交わし、寄り添って一歩を踏み出す。

 花々で満たされた地面には、わずかなずれも無いと思わせる、純白の一本道が伸びていた。ゆったりと歩を進める先には、王と王妃やフレリアス、重臣たちが待つ、白き石畳の場。二人の後方に控えていた従者と騎士たちは、円形の空間の外縁にも敷かれていた白の道を進み、二人を守るように囲い並んでその時を待つ。


 辿り着いた石畳の場には、中心に数段の階段を経て高くなった場所があった。

 足場の広さとしては、人が五人は互いを押し合うこともなく乗れるほどであったが、この場所――〝舞台〟に立つ者は、この花園にて、愛を誓い合う二人だけ。


 清らかな空間にて、美しき花々に囲まれ、互いを支え合いながら舞台へとのぼる、フレイとティリア。

 これこそが、この花の王国フィンフィールにおいて、結婚の儀が――〝花舞台〟と呼ばれる、その理由。


 一際高くなったその舞台にて寄り添う二人に、そっと王と、フレリアスが近づく。

 そして、王はフレイへ、フレリアスはティリアへと、その手の内にあった花を一輪、手渡した。

 フレイが授かった花は――水の中にてたゆたうが如く、澄んだ青を魅せる、ティリアの名の元となった花――雫の青(ティレネリア)

 ティリアが授かった花は――森の中で優しく導くが如く、淡い緑を魅せる、フレイの真なる名と同じ名の花――優しい緑(フレイリーフ)

 互いの名と色を示す大切なその花を、フレイは右手に、ティリアは左手に持ち掲げ、そして互いを繋ぐべき、フレイの左手とティリアの右手は、しっかりと指を絡め合い。


 そうして響かせる――愛を誓う、聖なる言の葉。


「この花が、幾度も美しく花開くように――」

「永久なる愛を、あなたとともに――」


 引き寄せた花弁に、愛しき口付け。

 互いの特別な花に、互いが口付ける、幸福。

 射し込む陽光は、薄緑と白金の髪を煌かせ、二人を眩く飾り立てる。

 瞳を閉じ、一輪の花に愛の口付けを落とすその様は、その場で二人を祝福する全ての者たちの瞳に、美しき絵画よりもなお鮮やかに、焼き付いた。


 時としては、わずか。

 しかし、愛し合う二人にとっては、永遠にも近しい口付けの後。

 そっと花弁から唇を放した二人は、その深緑と青の瞳で互いを見つめ――と、その瞬間、フレイが掲げるティレネリアからは薄青の、ティリアが掲げるフレイリーフからは薄緑の、赤子の拳大に輝く光球が飛び出した。

「!?」

「きゃ……!」

 驚き声を上げたのは、二人だけではなく。

 思わず王と王妃でさえその青と黄緑の瞳を、驚愕に見開く。

 婚儀の場に相応しくないほどの驚きが、瞬く間に満ちた空間にて、くるくると互いに弧を描き二重の螺旋を宙に刻む光球。

 瞬間、その正体に気付いたティリアの歓声が、花々の空間に響いた。

「精霊様っ!」


 その光球はまさしく、幼き頃より数多く読んできた本の幾つかに書かれていた、精霊――下級精霊、そのもの。

 薄青と薄緑に輝くその精霊たちは、精霊と植物の隣人であるエルフ族から花の君、と呼ばれる、花の下級精霊であった。


 二体の精霊たちは、螺旋を描くのをやめると、次はそれぞれフレイとティリアの頭上を、交互に円を描きながら行き来しはじめる。

 その様子に、二人と精霊たちを見守る者たちは、まるで二人の結婚を精霊たちも祝っているかのように思え、自然と笑みを浮かべた。


 清らかにして美しい花の空間に、温かな雰囲気が戻ってくる。


 ティリアと共に頭上を見上げていたフレイは、ふと下した深緑の瞳に、嬉しさと幸福を満たした愛する人の笑顔を見つけ、思わず頬を染める。

 途端に胸の内から溢れた思いは、言葉になるより先に、フレイに一歩を踏み出させた。

「! フレ――」

 驚き、名を呼ぼうとしたティリアの言葉は、最後まで続くことなく途切れる。

 するりとほどいた左手の指先が、ティリアの頬に優しく添えられ、掲げられた二輪の花が、花弁を寄せ合う。

 近づき、ふわりと目近に迫ったフレイの微笑みを浮かべる端正な顔に、咄嗟に瞳を閉じるティリア。フレイの行動の意味を、理解するには至っていない思考の中、それでも右頬に添えられたフレイの左手が、熱を帯びていることに気付いて。


 おぉ! と歓声に似たどよめきが、互いの耳を打つ中で。


 二人の唇が――そっと、重なり合った。


 心を満たす幸福は……身体の外にまで、溢れ出してしまいそうなほど。

 愛を重ね、幸福を重ね。愛する人と触れ合う喜びが、二人を満たして行く。


 ゆっくりと、ティリアの右手が、自らの頬に添えられたフレイの左手に、重なったころ。

 そっと唇を離したフレイの瞳に、瞳を開いたティリアの、とろけそうな微笑みが映る。

 溢れても溢れても止まらない思いに、しかし今度こそ、フレイは言葉を紡いだ。


「――これからも」

 そうして、続けようとした言葉にかぶさるように、ティリアも言葉を響かせる。

 これからも――。


「「二人で――」」


 重なった言の葉と思いに、二人は互いに笑みを零す。




 約束の果て。哀の果て。

 紡がれた、その花言葉の果て。

 ここに、九年の歳月を経て――。


 新たな公爵家――満つる幸福(フィンマリア)が、誕生したのだった。




次話は番外編になります。

第二部のはじまりも、お待ち頂ければ嬉しいです。

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