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フレイリーフの花言葉  作者: 明星ユウ
第三章 過去が彩る四華の色
26/34

おとずれる――あなたと紡ぐ花未来

 



 穏やかで平穏な日々は、あっという間に過ぎて行くもの。

 偶然が導いた四人での朝の茶会から、十数日が過ぎた、今日。


 今日は、実に喜ばしい事に、ティリアが成人となる――十八歳の誕生日だった。




 王族の誕生日ともなれば、日夜問わず国中が祝い、賑やかになるのが恒例である。

 それは当然、今回の成人祝いも兼ねるティリアの十八歳の誕生日も、決して例外ではなく。

 むしろ、成人になるという成長の証を含めた今回の誕生日は、常より盛大なものとなった。

 それは結果的に、主役であるティリアが、朝からフレイと共に色々と忙しさが続くことになり……。

「お疲れさまです、ティリア」

「……ふぇぇ」

 夜の舞踏会前にあたる束の間の休息時には、そう声をかけるフレイに涙声を返すほど、疲れてしまっていた。

「……お祝いしてくれるのは、とても嬉しいのよ?」

「はい」

 ソファーにもたれかかったまま、そう紡いだティリアに、隣に腰掛けていたフレイは微笑みの中に苦笑を混ぜて、うなずく。

「でもね? わたしがこんなに疲れてしまうのは……やっぱりダメだと思うのー!」

「そうですねぇ」

 最後は両手を振り上げての抗議に、まだ元気が残っている事を確認したフレイが、笑って同意してみせる。

 次いで、着替えの時間が迫っている事に気付き、ソファーから立ち上がった。

「では、私は自室で着がえて来ますので、また後で」

 そうして微笑んだフレイに、ティリアもまたはっとしたようにソファーから立ち上がる。

 当然のことながら、舞踏会でも主役であるティリアもまた、新しいドレスに着がえなくてはならない。

「わたしも、せいいっぱい綺麗にしないと!」

 そう、先の疲れを吹き飛ばして笑ったティリアに、フレイもつられたように微笑み、そして囁くように呟いた。

「――楽しみにしていますね」

「!」

 ふと耳に届いた甘い声音に、ティリアがぱっとフレイを見上げる。

 それに、声と同じように甘く微笑み直したフレイは、今度こそマイアたちと共に、ティリアの部屋を後にした。

 後に残されたティリアは、フレイたちが出て行った扉を見つめ、ぽつりと呟く。

「……なんだか、最近フレイには驚かされてばかりだわ」

「まぁ」

 少しだけ憮然とした声音に、エフェナが上品な笑い声を立てる。

 軽やかなその声に小さく頬をふくらませて見せたティリアは、頬をほんのりと赤く染めたまま、着がえのドレスを用意してある寝室へと振り返った。

 楽しそうなエフェナ含める侍女たちは、すぐさまティリアのための準備に取りかかる。

 寝室に入り、新たなドレスに着がえたり、装飾品を変えたりしている中で、ティリアはふと、寝室の中で一つだけある本棚に視線を注いだ。

 そこに並べられている本は、幼い頃からティリアが読んできた本の中でも、特に幼い子向けに書かれている本――古き伝説や創作をわかりやすく綴ったもの。

 幼子の目を惹くように、濃い色の表紙が多いそれらを端から辿り、ティリアはその中の一冊で、青の視線を止めた。

 それは、自らの記憶が正しければ、強く気高い騎士が物語の主人公であった本だと、ティリアは思い返す。

 そして、物語の中に書かれていた騎士を思い浮かべ――その凛とした姿に、ライオッドを重ねた。


 ふ――と伏せられた瞳の奥。

 思い出すのは、ライオッドと初めて出会った、あの王城舞踏会の記憶。

 優雅に歩み出てきた彼を、確かにティリアは――騎士のようだと思った。

 それは、今でも変わらない。

 けれど今は、もう一つの姿もまた、ライオッドに相応しいのだとティリアは思う。

 すなわち――セシーリアにとっては、騎士でも魔法使いでもなく、ただただ物語の、主人公であるのだと。

 ――自らにとって、フレイがそうであるように。


「――ティリア」

 扉の向こうから、着がえを終えて戻って来たフレイの声が届く。

 開いた瞳と共に、ティリアはぱっと後を振り向いた。

「今行くわ!」

 そう返事をして、一呼吸。

 不思議と高鳴る胸の音を感じながら、ティリアはこれからの舞踏会に思いを馳せ、開かれた扉の前に立つフレイへと足を踏み出した――。




 眩いほど、光に満ちたその舞踏の部屋で。

 今晩行われる勝負が、最後の勝負だと。

 深緑と藍に煌く、互いの瞳を見た瞬間。

 ――フレイとライオッドは、理解した。


「ティリア。十八の誕生日と成人、おめでとう」

「おめでとう、ティリア」

「お父様、お義母(かあ)様! ありがとうございます!」

 王と王妃の、慈しむ笑顔と共に語られた祝いの言葉を受け、ティリアは心の底から溢れる嬉しさを、咲きほこる笑顔で表す。

 朝に正式な祝いをすませ、半ば楽しむだけの場として開かれている夜の舞踏会場では、王族の誕生日でありながら厳かさといったものは見られない。

 王や王妃とて、今はただ、娘の成長を喜ぶ親として、ティリアに接していた。

「そうか……ティリアも、もう成人か……」

「わたくしたちにとっては、あっという間でしたね」

 しみじみとそう呟く王に、軽く笑みを零しながらうなずく王妃。

 娘の成長を実感する二人の視線は、すぐにティリアの隣で立つ、フレイにも向いた。

「フレイも、もう少しで成人だな」

 そう紡ぎ、そしてこれからも、と続きかけた言葉を、王ははっとして意図的にのみ込む。

 澄んだ青眼と交わる、深緑の瞳。そこに、まだ答えは出ていないと告げる、意思が湛えられていたから。


 ――ふと、音楽が変わる。


 それは、初めからダンスが行われている現状において、舞踏初めではなくとも。

 まるで、いつかの時のように。

 ダンスを始める合図となって、ティリアの、フレイの……ライオッドの耳へ、確かに届いた。

 王の青眼に、煌く金の髪が、映る。

「ライオッド……」

 そう、静かな声音で、ティリアが名を呼んだ。

 それはひとえに、歩み寄ってきたライオッドと、そして隣にいるフレイの雰囲気が、変わったが故に。


 カツン、と一つ、靴音を立て。

 純白の貴族服をまとい、凛とした笑みを浮かべ、歩み寄ってきたライオッドの藍眼と、深緑の貴族服をまとい、穏やかな微笑みを浮かべて向き直った、フレイの深緑の瞳が――交わる。

 互いの瞳が、強く告げた。

 これが――最後の、勝負。


 穏やかだったその場に、波紋のような緊迫感が広がる。

 王と王妃でさえ、さっと表情を真剣なものとして。

 マイアとエフェナが、祈るように互いの傍へ寄り。

 ティリアが、はっと、息をのんだ――瞬間。

 タンッ! と鳴った靴音と共に、フレイとライオッドがティリアの眼前で並び立ち、そしてそれぞれが実に優雅な所作で片膝をつき、同じようにティリアへと手を差し伸べ――。

「ティリア」

「ティリア様」

 呼び方を違えるそれぞれの声が、次の瞬間。

「「――私と一曲、躍って頂けませんか?」」

 完全に重なり、はっきりとその場に響いた。


 ティリアの瞳が、見開かれる。

 騎士のようなライオッドと、婚約者であるフレイを、前にして。

 ティリアは瞬間、二人との過去を、その脳裏に映し出した。

 幼い頃から自分を導いてくれた、フレイとの、温かな過去。

 ひと目見たときから輝いていた、ライオッドとの、眩い過去。

 それらを瞬く間に思い返す中で、ティリアは。

 幼いあの日、フレイと初めて出逢った日の事を、思い出し……。


「大丈夫です」

「――だい、じょうぶ?」

「はい。――ぼくが、よみますから」


 そう言って自らを、光放つ外の世界へと導いた――幼くも力強い声を、聞いた。


 揺れる青の瞳が、静寂な湖へと、姿を変える。

 可愛らしい美貌が、真剣な表情を湛えて。

 自らへと差し出された、二つの掌。

 その、どちらか一つしか、選べないのならば。


 ――わたしは。


 心に、思いが満ちる。

 たった一つの、その思い。

 そして思い出した、その言葉。

 ただただそれらを抱き、そっと伸ばされた、ティリアの手は。

「!」

 その深くも鮮やかな緑が、よく分かるほどに瞠目した――フレイの手に、重ねられた。


 ――勝負は、決した。


 まるで切り抜かれたように、静まり返っていたその一角に、初めてざわりと音が立つ。

 フレイは、溢れる思いのままに笑顔を咲かせ、立ち上がり。

 ライオッドは、片膝をついたまま、静かに手を下ろした。


「ティリア――」

 喜びに、感謝に――愛しさに。

 震える心をそのままに、フレイは自らの左手に乗せられた、ティリアの手を優しく優しく、両の掌で包み込む。

 後方に控えていたマイアが、そっと閉じた瞳から、嬉しさにあふれる涙を零しながら、エフェナへと顔を寄せた。

 嬉し涙とはいえ、心底から喜ぶ主に、泣き顔は見せられない。

 その意図を正しく読み取ったエフェナは、微笑みながらマイアを抱きしめる。

 それでも、とあえて移動させた碧の瞳に、ライオッドを映す。

 いまだ片膝をついたまま、その場で留まっていたライオッドは、しかし――そっと瞳を閉じ、薄い笑みを浮かべていた。

 それは、諦めではなく――納得の、微笑み。

 ティリアへの恋心を自覚しながら、それでいてフレイの誠実さと、己では真似をする事の出来ない偉大さ、強さを、知っていたからこそ。

 ライオッドは、この正々堂々と行われた勝負の結果に、誰よりも納得していた。

 開かれた藍眼が、ふと移動した青の瞳と、その瞳を追って振り向いた深緑の瞳とを、静かに映す。

「ライオッド」

 そう響いたティリアの声音は、瞳が湛える気持ちと同じように、感謝と、申し訳なさとで、揺れていた。

 それでも――ティリアは、紡ぐ。


 これが自らの選択だと、示すために。


「ライオッド。――あなたは、わたしにとって、とても素敵な騎士だった。それは、出会った時から、今も、変わってはいないわ。――けれど」

 けれど、自分を、光へと導いてくれた人は。

「けれど。……わたしを、外へと導いてくれたのは――フレイだから」

 だから、と響かせる声は、ただただ純粋な、思いを乗せて。

「だから――本当に一緒に居続ける相手に、あなたを選ぶことは……できないわ」

 感謝を込めて。

 謝罪を込めて。

 その言葉は確かに、ライオッドへと……そして、セシーリアへと、届いた。

 ライオッドが、何かしらの言葉を返す前に。

「問題ありませんわ、ティリア姫様」

 ――誰よりも、ライオッドを愛する者の声音が、その場へ届く。

「! ……セシーリア」

 驚き、瞠目して振り返ったライオッドに、美しい青のドレスを揺らし、人垣から歩み出たセシーリアが微笑む。

 その微笑みは、次いでティリアへと向けられて。

 それに、ティリアが儚く、微笑み返した。

「……そう。そうなのでしょう? ライオッド」

 問いかけを含めて、ティリアは今一度、ライオッドへと紡ぐ。

「あなたには、もうずっと前から――」

 青の瞳に映るのは、ライオッドとセシーリア――幼馴染である、二人の姿。

「……素敵な人が、いたのでしょう?」


 ――それが、ティリアが出した……〝幸せ〟の、答えだった。


「――それ、は……」

 いまだ見開かれ揺れる、藍眼が、今一度後方を向き。

 そこで、ふわりと微笑む、セシーリアを映して。

 そのよく見知ったその微笑みに、ライオッドもまた、悟った。


 ――そうだ、確かに。

 ――私には、ずっと昔から。

 大切な存在が――いたのだ。


 ふと浮かんだ笑みは、誰よりも傍で尽くしてくれていた人に気付けなかった、自分へ向けた自嘲。

 けれど、自らに相応しくないその笑みを消し去った後。

 そっと立ち上がったライオッドは、決意を新たに、セシーリアへと歩み寄った。

 ようやく交わった藍と水の瞳は、どちらからともなく、異なる二つの瞳へと振り返って。

 今一度、今度は四色の瞳が交わり――ライオッドとセシーリアは、ティリアとフレイへと深々と礼をした後、互いの手をとりあって、その場を静かに離れて行った。


 静まり返った一角に、穏やかさが、戻ってくる。

 ティリアの婚約者は、フレイである、と。

 そう決した勝負の果てで――けれどフレイは、泣きそうな表情で、笑った。

 零れる、とても単純な、問いかけ。

「本当に――僕で、いいのですか?」

 私、ではなく、僕、と。

 ただの、〝フレイ〟としての、言葉で。

 フレイはそう、ティリアへと問いかけた。

 それを聞いたティリアもまた、泣きそうな表情で、笑みを返し――零れそうな涙の代わりに、そっと、自らの右手を握るフレイの両手に、左手を重ねて。

 そうして、紡いだ。


 ――ずっとずっと、忘れていた、けれど一番、大切な思いを。


「――あなたが導いてくれたこの世界で、あなたと一緒に生きて行くの。……わたし、忘れていたわ、フレイ。――〝一緒に居たい〟って言ったのは……わたしだったことを――」


 かつての、幼い日の一幕。

 幼いフレイが、毒に倒れたことをきっかけとして、ティリアが始めて外へ出る事が出来た――あの日。

 〝生きていてほしい〟と。

 〝一緒に居てほしい〟と。

 そう告げたのは――ティリアだったこと。


「あぁ……」

 零れる、感嘆と感謝の、声。

 ただ、愛しくて。

 ティリアの傍にいられるだけで、嬉しくて。

「貴女を、幸せに、してみせます――ティリア」

 途切れ途切れでも、言葉を紡ぐ。

 ティリアが幸せであること。

 ――それこそが、フレイの幸せだから。


「ありがとう。わたしも頑張るわ、フレイ。――大好き」

 今まで、気付けていなかった、嬉しさ。

 もし、この世界でどうしても、手放せないものがあるとしたら。

 それこそが、フレイだと気づいたから。

 誰よりも自分の幸せを願ってくれる、フレイの傍こそが。

 ――ティリアの、居場所だったから。


 ――今一度、音楽が変わる。


 深緑の瞳が青を見つめ、青の瞳が深緑を見つめ。

「行きましょう!」

「えぇ!」

 笑顔を交わし、足を進めて辿り着く、舞踏会場の中央で。

 はっと気付いた周囲を虜に、溢れる思いを胸に抱き、二人は寄り添いステップを踏んだ。

 途端に咲く――湖と森の、美しき円舞。

 ――傷つけていても、愛していて。

 ――傷つけられても、愛していて。

 流れる景色にさっと広がる、やわらかな薄緑の長髪に、煌く白金の長髪が重なり見えた――木漏れ日の神秘。

 嬉しくて、楽しくて。

 眩いばかりに輝き、瞬きさえ惜しいと向く互いの瞳は、同じように輝く瞳を映し、よりいっそうの光を満たす。

 フレイが踏んだステップに、ティリアが身を預けて宙に描く、一回転。

 流麗な水流思わすティリアのドレスが流れ流れ――その様はまるで、煌く水の渦のよう。

 重ねて踏まれたステップが、水を追う木の葉を連想させ、それもまた実に美しく。


 ――願い、願われ、夢を見て。

 例え、どれほどすれ違ったとしても。

 伸ばしたその手は必ず――大切な人を、抱くから。


「愛しています――ティリア」

「わたしも……愛しています――フレイ」


 その言葉と、思いと、響きと――同じだけの、愛を見せて。

 苛烈な様で、優雅さと美しさを抱き、まぎれもない感動を周囲にもたらした二人のダンスは、見る者全てを魅了して――穏やかに幕を下ろした。




 ティリアの、十八歳の誕生日。

 彼女が、成人を迎えた、その日に。

 フレイとティリアは、確かな未来をその手に掴み。

 大切な互いを、その瞳に映して――もう一度。


「愛しています」


 と、微笑んだ――。



第三章『過去が彩る四華の色』終了。

第四章『花言葉が導く空の下』へ続きます。


※11月24日から三週間ほど、更新をお休みさせて頂きます。詳しくは11月23日の活動報告の【終わりに】を。

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