交わす言葉とその思い
フィーリス公爵家と王家。その関係性の真実を知ってなお、多くの者たちが自らを守ってくれていたことに、笑顔で感謝を告げたティリア。
美しい花々と綺麗な噴水の庭園は、再び穏やかな時を取り戻していた。
そうなると必然、戻ってくるのは、互いに思い合う男女四人という現実。
――穏やかに口火を切ったのは、フレイだった。
「さて。では、お茶会を再開しましょうか」
ふわり、と表現するに相応しい、穏やかな微笑み。
ゆったりと紡いだフレイに、思い思いの反応が返る。
ティリアは、嬉しそうな笑顔のままこくりとうなずいた。
今この時は、何の憂いも無く。ただただ、嬉しさと、これから始まるお茶会の楽しさに思いを馳せて。
ライオッドは、途端に藍眼を細めて、笑んだ。
今再び、フレイとの真剣勝負の時が、訪れたことを覚って。
セシーリアは、微笑みを湛えたまま、そっと瞳を伏せた。
自らが抱くライオッドへの思いと、フレイが見せたティリアへの思いとを、並べて。
ついに、交叉する思いを抱えた四人が、揃った。
それは、未だ開ききらぬか花弁が、鮮やかに咲き開くように。
それぞれが多くの思いを抱えながら、それでもなお穏やかに。
――華やかなお茶会が、再開された。
ことティリアが傍にいる時、誰よりも最初に動くのは――フレイである。
「そういえば、今回用意された飲み物は、ティリアが好きなものですね」
穏やかに微笑み、そう告げるフレイに、ティリアとセシーリアの瞳が煌いた。
「まぁ、ティリア姫様のお好きな?」
「ふふっ、そうなの! セシーリアのお口にも、合えばいいのだけれど……」
振られた話題に素早く反応したセシーリアに、ティリアが純粋な思いで返す。
そのティリアらしい優しい言葉に、フレイは深緑の瞳を優しく細めた。
その深い瞳の中は、ティリアへの思いで満ちている。
そこには、優しさがあった。
眩しさがあった。
喜びがあった。
――愛おしさが、あった。
その思い全てが、フレイの微笑みを、ティリアに対してだけ、特別なものとしていた。
次に、フレイを追うように、ライオッドが動く。
「出されているお菓子も、ティリア様がお好きな物ですよね」
「えぇ! とっても美味しいのよ!」
「まぁ!」
飲み物の話題の後に、お菓子の話題へと。
うまい話の流れには、ティリアの意識をフレイの側からライオッド自身の側へと引く、真剣勝負のささやかな駆け引きが含まれていた。
嬉しげなティリアを見つめるライオッドの藍眼もまた、かすかに細められている。
ライオッドの場合は、敬愛が強い。
そして、その敬愛の中に、鮮やかさを隠そうともしない――恋心。
「さっそく頂きましょう?」
そう言ってライオッドへと笑ったティリアに、ライオッドの頬が染まるのは――恋心ゆえ。
そうして少しのお菓子を挟んでのお茶会の中で、セシーリアもまた、ライオッドへと動いた。
「ライオッド様。こちらのお飲み物は、この甘いお菓子によく合いますわ」
「どれ……おぉ、これは確かに美味!」
「ふふ、そうでしょう?」
やわらかな勧めに、セシーリアにとっては心底から嬉しい反応を返すライオッド。
常にやわらかな微笑みが、その時だけは、満面の笑顔となる。
その美しい変化は、ひとえに相手がライオッドであるからこそ、引き起こされるもの。
セシーリアの水色の瞳の中には――ただただライオッドを思う、愛情があった。
そうして続く鮮やかな場の変化に、ティリアは頬を染めて笑む。
ティリアにとって今この場は、まるで物語の一ページだった。
題するならば――四人で咲かす朝のお茶会。
美しい花々に囲まれ、それぞれがきらりと輝いて見える今に、ティリアは確かな幸福を感じた。
そして――幸福と感じたからこそ、はっとした。
自らが探さなければならない答えが、今、目の前にあるのではないかと、気付いて。
慌てて巡らした視線に、まず飛び込んできたのは、
「? どうかしましたか? ティリア」
そう、微笑みながらも不思議そうに首を傾げて問う、フレイだった。
「あっ、なんでもないの!」
慌ててそう返したティリアに、フレイはにっこりと微笑み、そうですか、と返す。
その微笑みは、ティリアでさえ最近見る事が出来始めた、新しいもの。
嬉しさと、フレイらしい穏やかさと……そして、甘さを含んだ、とろけそうな微笑み。
ふとティリアは、その新しい微笑みが、自分だけに向けられていることに気付いて、瞬く。
次いで移動した視線は、フレイと同じようにティリアへと視線を注いでいた、ライオッドの藍眼と交わった。
「何か御取りしましょうか? ティリア様」
そう言って、すぐさま視線をお菓子へと落としたライオッドに、ティリアは再びかぶりを振る。
「ううん。大丈夫よ!」
そのティリアの言葉に、ライオッドは少しだけ藍眼を細めてうなずいた。
ライオッドのその表情もまた、よくよく観察すると、自分にしか向けられていないことに、ティリアは気付く。
では――と最後に移動した視線は、今度はすぐには交わらなかった。
セシーリアの綺麗な水色の瞳は、ただまっすぐに、ライオッドへと向いていたから。
――まるで、あたり前だった風景が、様変わりしたよう。
穏やかで鮮やかなこの四人のお茶会は、確かに一人一人の思いによって、形作られている。
それに気付いたティリアは、驚きに染まりそうな表情を取り繕うのに、必死にならなければならなかった。
誰が誰へとその瞳を向ける時に、より笑顔が花咲くのかを、知ってしまったが故に。
ティリアは、今一度その胸中で、〝幸せ〟とは何かを考える。
自らがお茶会を始めた手前、その思考は決して深くは無い。
だからなのか、ティリアはその問いの中で、いくつもの過去の記憶を思い返していた。
朝のお茶会は、決して長い時間行われるわけではない。
昼が近くなれば、素早くも穏やかに、幕を下ろすものだ。
けれど、このお茶会をきっかけとして多くの事を知ったティリアにとっては。
昼までの時間は、決して短いものではなかった――。




