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フレイリーフの花言葉  作者: 明星ユウ
第三章 過去が彩る四華の色
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華麗なる真剣勝負

 



 舞い上がる花びらの中、再び訪れる沈黙。

 しかしそれは、ふといつも通りの微笑みを浮かべたフレイにより、穏やかに破られた。


「昼食の時間ですね」

「……あ……」

 その言葉と共に、優しい微笑みを浮かべたまま、そっと立ち上がるフレイ。

 思わず小さく零したティリアは、迷うように視線を彷徨わせた。

 そんなティリアへとゆったりと近付き、フレイはいまだ右手に持っていたティレネリアの花を、美しくその白金の髪へと飾る。

 はっとして飾られた花へと手を伸ばすティリアに、フレイは眩しそうに深緑の瞳を細めて囁いた。

「――似合っていますよ……とても」

 にこりと重ねられた微笑みに、ティリアはようやく、小さく微笑む。

「……ありがとう、フレイ」

「はい」

 そっと見上げての言葉に、嬉しそうにうなずくフレイ。

 再び緩やかに絡められた腕に、互いの従者たちはほっと安堵の息をついた。

「さぁ、隣の庭園に行きましょう」

「えぇ!」

 穏やかに反転し微笑んで告げたフレイの言葉に、ティリアもまた微笑み、二人は歩き出す。


 目指すは、ライオッドが待つ、隣の庭園。

 先を見つめる青の瞳は、ティリアの内心を隠すことなく表して、いまだ小さく揺れていた――。




「……ゼルロース侯爵子息殿」


 フレイがティリアを導き辿り着いた隣の庭園で、ティリアを待っていたライオッドが真剣な表情でそう呟く。

 そんなライオッドに対して、ふわりと柔らかく微笑んだフレイは、穏やかな声音と共ににこりとその笑みを深めた。

「どうぞフレイと呼んで下さい。フィルハイド公爵子息様」

「!」

 小さな思惑を見せるその笑みに、ライオッドは一度藍眼を見開く。


 ……そして、戦いはすでに始まっているのだと悟り、凛とした笑みを浮かべた。


「ははは! では、私のこともライオッド、と」

「承りました」

 そう言い、互いに笑顔を向け合っての静かな押収に、思わずエフェナとマイアが微笑みながら冷や汗を流す。

 いまだぎこちなさの残るティリアを、フレイとライオッドが挟む形。

 そうして始まった昼食会は、しかし意外なほど穏やかさを損なうことなく、それでいて王族・公爵・侯爵と高貴な者が揃うだけに、実に華やかであった。


 そもそもまず、所作そのものが、三人とも非常に上品で優雅なのだ。

 その上、微笑みも声音も美しく澄んでいて、それだけで場が明るさに満ちる。

 それが数多の花彩る庭園にて成されるのだから、華やかにならないわけが無かった。

 そよ風に揺れる髪の煌きも、和やかな談笑の声も、すべてが鮮やかの一言。

 はじめの方こそ、フレイとライオッドの一挙一動に緊張していた従者たちも、思いのほか穏やかな会話に、今は眼前の華やかな光景を、眩しげに見守っていた。


 そんな中、ふとティリアを見つめたライオッドが、その白金の長髪に飾られた薄青の花を見て、凛とした笑みと共にティリアへと告げる。

「その花の髪飾りは、ティリア姫によく似合っていますね」

「えっ、あ、そうかしら?」

 不意打ちのように告げられたライオッドの言葉に、慌てながら、フレイによって飾られたティレネリアの花へ手を伸ばすティリア。

 それに、柔らかく深緑の瞳を細めたフレイは、ライオッドへと穏やかに紡いだ。

「このティレネリアの花は、ティリアの名前の元となった花だそうですよ」

「ほう……そうでしたか」

 穏やかに語られた言葉に、素直に感心を示してそう返すライオッド。

 自然と交わった深緑と藍の瞳が、互いに鮮やかな色を映す。

 ふと同時に浮かんだ微笑みが、まだ勝負は始まったばかりだと、告げていた――。




 今回は二夜続けて行われることになっていた舞踏会。

 昨晩に続き、今夜もまた、舞踏会場には多くの人々が集い、皆思い思いに知人たちと語り合っていた。

 しかし賑やかなその中で、王と王妃が座す入り口の付近だけは、不思議と騒がしさが無い。

 それどころか、その場にいる者たちの多くは、口元に微笑みを浮かべながらも揃って真剣な表情をしていた。

 彼・彼女らが向ける視線の先は、王と王妃――そして、王と王妃の近くにある、出入り口。

 最早語るまでも無く、その場にいる者たちは昨晩のことを思い出し、ティリアとフレイが今晩の舞踏会に来られるかを、案じていた。

 その中には、当然として王と王妃も含まれる。

 互いに視線を交わし、そして幾度となく出入り口へと向けられる青と黄緑の視線は、不安げではなくとも静かな色を宿して、二人の姿を探す。


 そうして舞踏会の始まりから、もうすぐダンスが始まるという頃まで、待った時。


「!」

 誰かが息をのむ音と共に、フレイとティリア――そしてライオッドの三人が、出入り口から現われた。

「!?」

 途端に瞠目した王と、ざわりと周囲に驚愕が満ちたのは、ほとんど同時。

 フレイがティリアを導き、その隣にライオッドが並んで入ってくるというこの事態に、一瞬その場が愕然とした雰囲気に満ちる。

 しかし、それを覚ったエフェナやマイアが、思わず首を縮める中、この場の雰囲気を作り出した原因である三人は、王と王妃へと微笑みを向けると、平然と互いに視線を戻す。

 それにはっとして見守る態勢へと移った周囲を横目に、音楽が変わったことを一番に気付いたフレイが、ふわりとティリアへと微笑んだ。

「ティリア。丁度ダンスの時間のようですから、行きましょう?」

「!」

 そうしてそっとティリアの手を引いたフレイに、今一度その場に緊張と、そして驚愕が満ちて行く。

 緊張を抱いたのは、王と王妃をのぞく、三人を見守る周囲の人々。

 彼・彼女らの脳裏には、はっきりと昨晩の光景が甦っていた。

 一方で、驚愕を現したのは、エフェナやマイアたち従者と、そして王と王妃。

 それはひとえに、フレイがどのような人物かよく知っているが故に。

 ――ティリアが答える前から彼女の手を引く。

 その、フレイらしからぬ強引な行動に、ただただ驚いてしまう。

 けれど、ティリアの手を引いた、その後は。

 まるで、その青いドレスが、ふわりと可愛らしくゆれることを心得ているかのように、絶妙な時間差で歩みが開始される。

 まさしく、いつもと同じ――いや、いつも以上に、ティリアを思って成されるフレイの所作に、多くの者が感嘆のため息をついた。


 そうして、ライオッドが声をかける間さえないほど自然に、フレイがティリアを導き、二人は舞踏会場の中央へと辿り着く。

 自然と集まる多くの視線に、少し戸惑いながらフレイを見上げたティリアは、しかしいつも安心させられる、柔らかな微笑みをそこに見た。

「――フレイ」

「はい、ティリア」

 零れた小さな呟きを、しかしフレイはしっかりと拾う。


 ――それと同時に、音楽が変わった。


 一拍を置いて、フレイが軽いステップを踏むことで、舞踏初めのダンスが始まる。

 フレイのステップに導かれ、そっと音に乗ったティリアはしかし、今日はやはりぎこちない動きが目立つ。

 フレイは最初の三拍ほどでそれを覚り、次ぐ盛り上がる音楽に合わせて、ティリアの足を実になめらかに滑らせた。

「!」

 思わずティリアがはっと息をのんだ時には、瞳に映る人々の姿が流れ――気がつけば、微笑むフレイの端整な顔が、すぐ目の前。

「っ」

 反射的に頬を染めたティリアは、ここにきてようやく、フレイが自分を実に鮮やかな手腕で以ってターンさせたのだと、気付いた。

 途端、周囲から驚嘆の声が湧く。

 しかし、フレイはそれにかまわず、トンッとステップを続けた。

 どこまでも穏やかなその足運びは、しかし常以上にティリアを支え、彼女をより美しく魅せるダンスをその場に刻む。

 ティリアへと捧げるかの如く、彼女を魅せるために成されるステップは、穏やかでありながら鮮烈に、見る者たちの目に焼きついた。


 それは――まるで、独擅場。


 決して、フレイ自身が目立つ動き方ではないにも関わらず、正しくその場がさもフレイの独擅場であるかのような感覚を、多くの者たちが抱いて瞠目する。

 二人のダンスを、入って来た出入り口の傍で見ていたライオッドは、無意識にその両手を握りしめた。

「――なんと素晴らしいダンスだ」

 反して、そう呟かれた声音は感嘆に満ち、その表情は純粋な驚きで満ちている。

 同時に、その藍眼には確かな尊敬が浮かび、揺れて何度も瞬いていた。

 ライオッドは思う。

 ――これが、フレイという人物か、と。


 誰もが見惚れるそのダンスは、しかし舞踏初めのダンスだと多くの者たちが思い出し、次第にステップの音が重なって行く。

 それはあっという間に会場全体に広がり、フレイとティリアのすぐ傍でも、幾人もが円舞を描き始めた。

 多くの者たちがフレイとティリアのダンスに魅了され、先の素晴らしさに負けないようにとステップを踏む。

 その只中で、予想以上の盛り上がりに困惑したティリアが、眉を下げてフレイへと呼びかけた。

「フレイ……」

「大丈夫ですよ」

 不安げな声音に、穏やかでいて力強い返答。

 フレイは、自らを見上げてくるティリアに、ふわりと優しく微笑んだ。

 ――と、その時。

「あっ」

「おっと!」

 すぐ傍まで迫っていた互いに気付き、ティリアと男性の声が上がったのは、同時。

 声を上げた男性の組とターンが重なり、危うくぶつかると言う所で、フレイがくるりと回る位置を変え、衝突を回避する。

「失礼致しました!」

「いえいえ、こちらこそ申し訳ありません」

 即座に飛んだ謝罪の言葉に、穏やかに微笑みながら返すフレイ。

 無事なめらかに続いたダンスは、やはり驚くほどふわりと優雅で、何よりもティリアを思ってステップが踏まれる。


 鮮やかなる緑と青の円舞は、しかしそれから少しだけ続いた後、優雅さを残してステップを止めたフレイにより、終わりを迎えた。

 そうして静かに舞踏者の間を抜け、ライオッドの元へと帰って来たフレイとティリアに、ライオッドは以前の舞踏会の時のように、素直に賛辞を捧げる。

 次いで、少しの休憩を挟んだ後に、ライオッドとティリアのダンスも行われ、それもまた実に見事ではあったが……しかし一方で、多くの者たちは感嘆の声を上げることが、出来なかった。

 それはあまりにも、先のフレイが刻んだダンスが、素晴らしかったが故に。

 ティリアと共に躍るライオッドでさえ、フレイが見せた動きを再現する事は出来ないと、強く確信を抱いて。

 確かに、今日一番に行われた舞踏こそが、最高の舞踏であったことを、誰もが認めて。

 穏やかにして鮮烈なあのダンスを超えるダンスは、今日はもう見られないだろうと、多くの者たちが胸中でそう、言葉を零した。


 ――しかし、舞踏会はまだ始まったばかり。

 それを思わず失念していた少なくない数の者たちは、ライオッドとティリアのダンスが終わり、再びフレイがティリアの隣に並んだことで、それを痛感することとなった。


「ティリアもライオッド様も、のどが渇いていませんか? ――あのテーブルに、ティリアが好きな飲み物があったのですが……」

 どうしますか? と問う深緑の瞳に、瞬間ティリアの青の瞳が輝く。

「飲みたいわ! 行きましょう!」

 そうして笑顔と共に、フレイの左腕へと手を絡めたティリアに、ライオッドがはっとする。

 そして、今のティリアを導くような言葉と、先の素晴らしいダンスを思い返して――思い出す。

 ……フレイとの真剣勝負は、まだ続いているということを。

 思わず浮かんだ真剣な表情は、しかしティリアがぱっと嬉しげな表情で振り向いたことによって、笑顔へと変わる。

「ライオッドも行きましょう?」

「――はい」

 言葉はティリアに、藍眼はフレイへと移して、ライオッドは返す。

 それに、同じようににっこりと微笑むティリアとフレイ。


 ……しかし、改めて気を引き締め直したライオッドは、今日はその努力が実りそうにないことを、すぐに実感して驚愕した。


 一見して、ライオッドの事もしっかり気遣い、穏やかにティリアを導くフレイ。

 けれど一方で、その立ち位置はティリアがフレイの腕から手を解いてさえ、決してティリアの右隣から、外れる事は無かった。

 だからと言って、ライオッドをティリアから遠ざけている、というわけでも無い。

 ――ただ、本当にうまく、ティリアの気を引き続けるのだ。

 常ならぬフレイの強引な所作は、しかしあまりにも見事と言わざるを得ず、ライオッドを含める多くの人々は、その胸中に驚きを抱かずにはいられない。

 加えて、驚いたのは、マイアたちフレイの侍女や近衛騎士、そして王と王妃もまた同じで……。

 こちら側の人々は、フレイの行動がティリアにつき従うものから、彼女の好みを把握した上で積極的に導くものへと変化したことに、純粋に驚きを抱く。

 そして同時にその口元へと、慈しむ微笑みを浮かべた。

 ――不思議と、フレイがまた一つ、立派に成長したように感じて。


 そうして、周囲の驚きと共に過ぎ行く時間の中、ティリアはフレイの左側、ライオッドはティリアの左やや後方の位置取りで、フレイの導きにより、三人は舞踏会場を回って行く。

 その表情は三者三様で、しかし三人ともが、決して自らを偽ろうとはしていなかった。


「ティリア。あちらに白いケーキがありますよ」

「まぁ!」

 愛する人が隣にある嬉しさに、明るく微笑んでそう紡ぐフレイ。

 その言葉に、青の瞳を煌かせたティリアは、揺れる思いを胸中にわだかまらせたまま、けれどやはり今の瞬間とて楽しくて。

「ライオッド様も如何ですか?」

「え、ええ。――頂きます」

 くるりと振り返ってのフレイの問いに、藍眼に複雑な色を浮かべ、けれどもライオッドは自分らしく、凛とした笑みでうなずいてみせた。


 ふと、誰もが胸中で問いかける。

 ――この物語の結末は、果たして? と。


「美味しいですね、ティリア」

「――えぇ。とっても!」

 そう言って、満面の笑顔をティリアに向けるフレイに、ティリアもまた笑みを浮かべ、二人は嬉しそうに、楽しそうに、笑い合う。


 それは、ライオッドから見ても、とても眩い光景だった――。


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