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フレイリーフの花言葉  作者: 明星ユウ
第二章 三つの華が交わる地
15/34

同じ願いを懐く者

 



 徐々に陽光が強くなる中。

 微笑みを浮かべ、理解したことを示すフレイに、セシーリアは一度うなずいた後、初めてその表情をそっと曇らせた。


「セシーリア様?」

 唐突に陰ったセシーリアの表情に、驚き問いかけるフレイ。

 それに、セシーリアは淡く微笑んで答えた。

「……実は、ここから先が、わたくしがフレイ様へ声をかけた本題になるのですが……」

「なるほど。……大丈夫ですよ? 時間はまだありますから」

 遠慮がちに言葉を紡ぐセシーリアに、問題ない、とフレイは微笑みを浮かべる。

 その穏やかな微笑みに、ふと安堵した様に笑んだセシーリアは、さりげなく背筋を伸ばした。

 今から尋ねることは、フレイもそうだが、セシーリア自身にも重く、のしかかってくるものだったから。

 では……と、やわらかな声が告げる。

 すっとフレイへと向けられた水色の瞳が、憂いを帯びて揺れた。

「あの……ライオッド様と、ティリア姫様のお噂は……事実、なのでしょうか……?」

「っ」

 途端にわずかに強張ったフレイの表情に、マイアが案じる視線を送る。

 それでも、一拍の沈黙の後、フレイはセシーリアの問いに、静かに答えた。

「――事実ですよ」

「……そう、ですか……」

 曇る深緑の瞳と、儚げな微笑みでの返答に、セシーリアも消えそうな声を返す。


 そろりと青い空へと水色の瞳を向け、セシーリアはぽつりと零した。

 ――自分と、ライオッドとの関係を。


「――わたくし、ライオッド様とは、ずいぶん幼い頃から長い間、一緒に過ごしてきましたの」

 懐かしむその声音に、フレイが小さく瞠目をして聞き入る。

 そんなフレイに、セシーリアはそっと瞳を閉じ、言葉を続けた。


「同じ公爵家ということもあり、昔から家族同士で仲が良かったのです。初めてライオッド様にお会いしたのは、まだわたくしもライオッド様も、三才になったばかりの頃でした――」


 セシーリアとライオッドが、互いに三才になって間もない頃。

 フィーリス公爵家の館へと訪れたフィルハイド公爵は、次男にあたる幼い息子ライオッドを連れていた。

 以前互いに、同じ年の子どもがいる事を話していた公爵たちが、近々二人を会わせようと決めていたのである。

 そうして引き合わされた二人は、幼さゆえにすぐに打ち解け、以来よく互いの家を行き来するようになった。


「ライオッドさま! ライオッドさまとおなじ、金色のお花がありますわ」

「わたしとおなじ? あっ、髪の色?」

「はい!」


 そう言って互いに微笑みあっては、庭園で遊んだり、小さなお茶会を開いたりする日々。

 二人共が成長するに従って、その内容が勉学やダンスの練習に変わっても、それは今までずっと、続いていた。

 そうなれば必然、未来の話とてもち上がる。

 どちらも今まで、口に出したことがなかったとしても。

 二人の両親や兄弟は、二人が互いを夫や妻として選ぶのだと、そう思っていた。


 空を仰ぎ、そう語ったセシーリアは、けれど、と零す。


「実はわたくし、最近まで、自分がライオッド様の妻になるなんて、考えたことがありませんでしたの」

 くすり、と笑むセシーリアは、フレイの目から見ても、本当に想像をしていなかったように見えた。

「ですから、ライオッド様がティリア姫様とダンスを躍られたあの舞踏会の時も、お二人のダンスを美しいとしか、思わなかったのですよ」

 家族は、驚いていたのですけれどね? と語るセシーリアの瞳は、時折眩しそうに細められる。

 それは、仰ぎ見る空の陽光に対するものではなく――ライオッドに対するものだった。

「……フレイ様は、ライオッド様のことをご存知かしら?」

 ふと向けられた問いに、フレイは深緑の瞳を数回瞬かせた後、小さくうなずいて答える。

「えぇ。……と言いましても、真面目で誠実な方と言われている……といった程度ですが」

 一般的な見解を思い出して告げたフレイに、瞬間、笑顔を咲かせるセシーリア。

「えぇ! ライオッド様は、本当に真面目で誠実な方なのです」

 そうして続けられた言葉にこそ、セシーリアの思いが込められていた。


「幼い頃から心優しく、いつも朗らかに笑っていらっしゃって……。とても努力家で、ご本もわたくしよりライオッド様が、先に読めるようになりましたの。準成人の十二歳になられて、わたくしより早く社交界に出られた当初から、幼いながらも誠実な人柄でいらっしゃると、多くの方々がおっしゃっていたそうです」


 紡がれる言葉のひとつひとつに、確かに宿る親愛。

 それに気付いたフレイが、ふわりと穏やかに微笑んだ。

「セシーリア様は……本当に、フィルハイド公爵子息様のことを、思っていらっしゃるのですね」

「!」

 微笑みと同じく穏やかに告げられた言葉に、セシーリアがはっと瞠目する。

 次いで、寂しそうな淡い微笑みを返した。

「――えぇ……」

 吐息をつくように零れた肯定の言葉と、再び空の彼方へと向けられた水色の瞳。

 そこに、自分と同じ複雑さが宿っているのを見つけたフレイは、今度は自分の番だと、静かに言葉を紡いだ。


「セシーリア様とフィルハイド公爵子息様の幼かった頃は、私と姫様の幼かった頃と、とてもよく似ていますね」

 そう言って、先ほどまでの自分の行動を倣うように空を見上げたフレイを、静かに見つめるセシーリア。

 その真っ直ぐな視線を感じながら、フレイもまた、自らとティリアの過去を語る。


「私と姫様の出会いは、多くの方の知る通りです。今になって思えば、少なくない方々が、不安に思っていたことでしょう。――けれど、幼かった私には、そのようなことは分からず……だからこそ、姫様とも打ち解ける事が出来たのです――」


 思い返すのは、まだフレイとティリアが出会って、間もない頃。

 いまだフレイはティリアの容姿を知らず、ティリアもまた、フレイの容姿を知らずに過ごしていた時間。

 扉で隔たれた互いの空間で、互いの好きな本を読み合って、過ごしていた日々。


「きらきらと、ひかる、せいれいたちが……森のほうへ、とんでいきます」

「精霊さま……! 森のほうへ行って……なにかいるのでしょうか?」

「えっとね……そこには、うつくしい緑のいろをもった、エルフ族のせいねんがいました!」

「わぁ! エルフ族!」


 まだまだつたない口調のティリアと、交替で本を読む時。

 扉の内や外では、互いの声が紡ぐ物語に思いを馳せ、いつも楽しげな笑顔が溢れていた。

 それは、やがてティリアが扉の内から外へと踏み出し、二人が互いに手を取り合った日からも、穏やかさは変わることはなく。

 庭園まで行けるようになってからは、二人で花の名前を教え合ったり、花々に囲まれて本を読んだりもするようになり。

 もっと成長してからも、それこそ勉学やダンスの練習では必ず傍に寄り添い、そもそも離れるということ自体が、最近に至るまで少なかった。


 遠い過去と今を思い、そっと語ったフレイが微笑む。

 わずかに悲しげなその微笑みに反し、再び紡がれた声音は、優しかった。


「セシーリア様たちとは違い、私たちは婚約の下、共に過ごしてきました。多くの人達が危険視したのでしょうこの婚約は、私にとっては確かに、姫様と出逢えるという素晴らしいきっかけだったのです。――そうでなければきっと、出逢うことは出来なかったでしょうから……」

 ――出逢うことは出来なかった。

 そう告げた言葉が、かつてのフレイが放っていた儚げな雰囲気を垣間見せる。

 今まで、淡い微笑みを浮かべて語りを聞いていたセシーリアが、一度強く瞳を閉じ、静かに開いた。


 ただただ空白の沈黙が、少し流れる。


 次いで、凪いだ水色の瞳と視線を合わせたフレイが、ふと苦笑を零した。

 紡がれる声音に宿るのは、申し訳なさと、切なさ。

「不思議ですね。今はセシーリア様とこうしてお話をしているのに。――思い浮かぶのは、姫様のことばかりなのです」

 そっと地面に落ちた深緑の瞳が、複雑な色をにじませて揺れる。

 ややあって、セシーリアもまた、苦笑と共に言葉を紡いだ。

「……実はわたくしも、ライオッド様のことばかりなのですわ」

「!」

 同感を示すその言葉に、自然と顔を上げるフレイ。

 思わず見詰め合った二人は、次いで小さな笑い声を立て合った。

「あははっ。セシーリア様も、ですか?」

「ふふっ。えぇ、実は」

 そう言って微笑み合う二人を、和やかな雰囲気にはならないだろうと考えていた守護者な令嬢たちが驚きを宿してちらりと見やる。

 その視線になんでもありません、と視線を返し、ようやく笑いを収めたセシーリアは、少しだけ口をつぐんで場に意図的な沈黙をつくった。


 それは、これから語る内容が、あくまでセシーリア自身の不満を言葉として現すに過ぎないがゆえに。

 そして同時に、それでもフレイへと、伝えておかなければならない為に。


 そうして紡ぎ出されたセシーリアの言葉は、フレイにとって予想外な内容だった。

 声量を押さえたやわらかな声が、しかし幾分かの棘をもって紡がれる。

「――わたくし、先ほどはライオッド様が、真面目で誠実な方だとお話しましたけれど……最近は、ライオッド様が誠実な方であると、確信をもってうなずくことができないのです」

「……それは」

 はっとした様に途中で言葉を切ったフレイに、セシーリアは真剣な表情を向けた。

「今回フレイ様とのお話を通して、この思いはもっと強くなりました。……わたくしの、個人的な気持ちも入っているとは思います。――それでも。今のライオッド様は、誠実とは言い難いことをなさっておいでですわ」

 伏せられた瞳と、今までにない強い口調。

 そこに確かな怒りを感じたフレイが、驚きに瞬く。

「し、しかし、フィルハイド公爵子息様だけが悪いわけでは……」

「いいえ。例えティリア姫様の願い出だったとしても。現状では、単にフレイ様との間に、割って入っているだけですもの。――婚約者の座を奪おうとしていらっしゃる――などとは、さすがに皆様口にはお出しになりませんけれど」

「!?」

 続くあまりにも直接的な批判に、思わずフレイの方が再度驚愕する。

 ……しかし、強い口調が続いたのは、ここまでだった。

 次いで紡がれたのは、震えを秘めた、自嘲の言葉。

「――けれど。わたくしとて、ライオッド様のことを言えたものではないのでしょうね。……わたくしとて、嫉妬しているに過ぎないかもしれないのですから」

「っ」

 泣きそうな、微笑み。

 膝の上で、きゅっとドレスを握るセシーリアには、確かにそういった感情があるのだろう。

 ――だとしても。

「――傍にいないことを寂しいと思うのは、私も同じですよ」

「……フレイ様」

 穏やかに、優しく紡がれたフレイの言葉に、ゆっくりと顔を上げて紡ぐセシーリア。

 そんなセシーリアに、フレイは悲しさとも、苦笑ともとれる微笑みを、浮かべてみせた。

「私には、私の内にある感情が、貴女が嫉妬と称するものなのかは、分かりません。……ですが。幼い頃から傍に居た人が離れて行くことを、寂しいという気持ちは……同じだと思うのです」

 微笑みにふわりと重ねられた、泣きそうな笑顔。

 先ほど自分が浮かべたものと同じその笑顔に、セシーリアもまた、寂しげに微笑んだ。


 互いにふと移動した視線の先には、二人の胸中などお構いなしに晴れ渡る、快晴の空。

「願わくば――」

 その瞳にもう一つの青を映したセシーリアが、小さく、祈るように呟いた。

 消え入りそうなその言葉を、確かに聞き届けたフレイは、同じ言葉を心の中で繰り返す。


 それはただ、互いに。

 隣に座る、この優しい人が。

 笑顔を咲かす結末になりますように――と。


 ただただ純粋に、互いの幸せを願う、言葉だった。




 フレイがセシーリア含む貴族令嬢と、ティリアがライオッドと過ごしたお茶会の時間を終え、再びいつも通りの日常をしきりなおしていた、夕方。


 早めに政務を切り上げ、夫婦の部屋へと戻ってきた王を、丁度ソファーにて一息ついていた王妃が微笑んで迎えた。

 足早にソファーへ歩み寄り、王妃の隣へと腰掛けた王は、いまだ政務の時の厳格な雰囲気を崩さぬまま言葉を紡ぐ。

「ティリアは今日も、フィルハイドの次男と昼を過ごしたそうだな?」

「――えぇ。そう聞きましたわ」

 鋭い王の声音に、言わんとすることを覚った王妃が、カップを傾ける手を止めて答えた。

 そのやわらかな声音での答えに、ふと厳しい雰囲気が霧散する。

 替わりに静かに腕を組んだ王は、憂いの色をその青眼に乗せ、隣に寄り添う王妃へと視線を注いだ。

 やや間を空け、そっとカップをテーブルへと戻した王妃が、静かに王の瞳を見つめ返して告げる。

「フレイは、幾人かのご令嬢とのお茶会に参加し、昼を過ごしたそうです。――主には、フィーリス公爵のご息女、セシーリアとお話をして過ごされたようですけれど」

「……そうか」

 もう一度、そうか、と束の間の安堵を込めて、王が零す。

 王妃から外れた青眼は、自らの前に用意されたカップへと落ちた。


 お茶会の参加において、フレイが貴族令嬢に囲まれているのは不安だが、セシーリアとの会話がその内容の主と言うならば、話の内容が予想できる分、安心ができる。

 ――最も、だからと言って納得できるほど、王は現状を軽く考えてはいなかった。


 今一度静かに、しかし苦いものを宿して、言葉が紡がれる。

「――いずれにせよ、よい傾向とは言えない。元は企みにより成された婚約とは言え、八年も共に過ごした仲だ。関係も良好、ゼルロースの思惑など、最早二人の仲を考えれば些細なもの。――だと言うのに、何故今になって……」

 思わず、片手を額へと当てた王を、無言で部屋の隅に控えている侍女や近衛騎士たちが心配そうに見つめる。

 王妃もまた案じる視線を王へと注ぎ――しかし、次いで紡がれた王の言葉に、小さな瞠目を見せた。

「――私も君も、二人の花舞台を望んでいるというのに」

 ぽつり、と零れたその言葉。

 それに、王妃は少しの間驚き……次いでそっと、見張った瞳を伏せる。

 束の間の沈黙の後、やわらかな声音が部屋に響いた。

「――二人なら、大丈夫ですわ」

 その言葉に、はっと顔を上げ、王妃へと振り返った王が見たのは、憂いのない、晴れやかな微笑み。

 響いた言葉は、王が疑問を口にするより早く、再び繰り返された。

「大丈夫ですわ。きっと。――二人なら」

 ただただその言葉を響かせて、王妃は優しく、王へと微笑む。


 やわらかでいて力強い言葉が、確かな未来を見据えて、部屋にそっと、響き渡った――。


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