表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フレイリーフの花言葉  作者: 明星ユウ
第二章 三つの華が交わる地
14/34

誰が為の姿

 



 ティリアがライオッドと過ごす時間、フレイはティリアたちがいる庭園とは別の庭園にて、十数人の貴族令嬢たちとのお茶会に参加することとなった。


「まぁ! ゼルロース侯爵子息様!」

「皆さん! フレイ様がいらっしゃいましたわ!」


 庭園に入るなり、そのような言葉が飛び交うのに、思わず瞬き足を止めるフレイ。

 実際のところ、フレイもまたティリアと同じく、あまり身近な人々以外と過ごしたことがなかった。

 それゆえに、多くの令嬢たちに囲まれるという経験は、初めてだったりする。


「えぇっと……初めまして。皆さんご存知だとは思いますが改めまして。フレイ・ディア・ゼルロースと申します。以後、お見知りおきを」

 若干困った微笑みを浮かべながらも、常の穏やかさと丁寧さで以って挨拶をしたフレイに、令嬢たちがいっせいにドレスの裾を軽く持ちあげて礼を返す。


 そうして始まったお茶会は、大変華やかで、賑やかなものとなった。


「フレイ様。こちらのお飲み物は、たいへん香りがよいのですよ?」

「そうなんですか? ――おや、確かにとてもよい香りがしますね」

「こちらのお菓子は、最近男性の方にも好まれているものだと聞きましたわ」

「男性にも? ――あぁ、なるほど。確かに甘さがほどよく控えられていますね」


 そのようなやり取りが、あちこちで繰り広げられる。

 数人が集まるテーブルを、初めての場の雰囲気にのまれるように、声がかけられるままに移動するフレイは、彼の後方に従うマイアたちから見て、大変忙しそうであった。

 しかし、その中にあってさえ、フレイは常の穏やかさと丁寧さを消さない。

 一人二人に囲まれるわけでない状態において、他の令嬢たちに押される令嬢も少なくはないのだ。

 そういった令嬢をさりげなく支えたり、唐突に飛んでくる言葉に素早く返したりと、誠実さがうかがえる行動に、幾人かの令嬢たちが微笑みを浮かべる。


 ただ、マイアを先頭に、フレイの後に控えている従者たちは、フレイのその見慣れた紳士的な仕草の中に、あまり思いがこもっていないことを覚っていた。

 それも、当然と言えば当然だと、マイアは思う。

 本来、フレイの優しく丁寧な接し方は、ティリアに行われてきたものなのだから。

 幼い頃から共に過ごし、互いに信頼を寄せ合ってきた二人。

 この国の高貴なる王女であり、婚約者であるティリアに対するフレイの行動は、常に彼女のためにと行われてきた。

 ならば、ティリアでは無いこの場にいる令嬢たちとの接し方が、ティリアと接する時に比べるとずいぶん淡白なのも、無理からぬ話である。


 最も、その違いに、当の令嬢たちが気付くわけではなく。

 しかし一方で、入れ替わり立ち替わりフレイの傍へと歩み寄って来るその人数は、次第に複数人に囲まれる形から、個別に一人一人と話す状態へと移っていった。

 理由は単純に、それぞれが個人的に引き出すべき情報もまた、存在するからだ。

 貴族令嬢とて社交界の参加者。

 可憐な笑顔と共に探る言葉を入れてくる状態に、しかしフレイは大した情報を与えるでもなく、穏やかに会話をこなして行く。

 その様子は、一対一で語った令嬢たちに、フレイとて貴族であることを強く印象付けた。

 同時に、フレイが曲がりなりにも侯爵家の人間であり、また第二王女の婚約者と言う立場であるがゆえに、相応の教育とて受けてきたのであろうことを、令嬢たちに思い起こさせる。

 その中で、別の事実に気付いた令嬢たちが、ふとその表情に複雑な感情を浮かばせた。

 それは、今のフレイの姿が、あくまでも自分たちに向けられる姿であるということ。

 正しくは――ティリアに対しては、決して見せることのない姿だと、気付いたのだ。


 エフェナより、この場にいる令嬢たちが異なる幾つかの思惑によって参加していることを、聞かされていたマイア。

 その思惑の中で、マイアは先の複雑な表情でフレイを見つめる令嬢たちが、正しい情報を得ようする者たちだと見抜き、小さく苦笑を浮かべた。

 令嬢たちの考えが、まさしく真実であることを、マイアは誰よりも知っていたから。




 そうして、フレイと話し終わった一人一人の令嬢たちが、徐々に他の令嬢たちとの会話も行い、貴族令嬢だけの集まりも増えて行く頃。

 すでに庭園の奥まで歩み、加えてこの辺りには、あまり過激なことを尋ねてくる令嬢はいなかったため、フレイもまた、束の間の休息を得ていた。


「ふふ。とりあえずお座りになってくださいませ、フレイ様」

「そうですね。ありがとうございます、マイア」

 ようやく一息つける時間を得られたフレイに、マイアがフレイ専属の近衛騎士に頼み、近くにあったイスを移動させ、そこへフレイを導く。

 庭園の奥、その端の木陰に置かれたイスにフレイが座ると、近くでフレイの様子を見ていた令嬢たちも、各々近場に用意されているテーブルへとつき、穏やかな談笑が始まる。

 元々物静かな令嬢ばかりなのだろうこの奥の空間は、どちらかと言えば静かな空間を好むフレイにも癒しをもたらした。


 そうして、ようやく眼前に咲く花々を慈しむ余裕の出来たフレイに、ふと遠慮がちに、やわらかな声がかけられる。


「――フレイ様。少し、よろしいでしょうか?」

「えぇ。かまいませ――」


 振り向き、かまいませんよ、と紡がれるはずだった言葉が、半ばで途切れる。

 はっと見開かれた深緑の瞳に映ったのは、淡い水色のドレスをまとった女性。

 ――フレイにはその姿が、はっきりとティリアに、重なって見えた。


「……フレイ様?」

「!」

 思わず呆然と眺めていたフレイに、再度声をかける、その令嬢。

 真っ直ぐに伸びた白銀の長髪が揺れる様に、今一度重なったティリアの姿を瞬きで仕舞い込み、フレイはなんとか微笑みを口元に浮かべなおした。

「――失礼しました。どうぞ、掛けて下さい」

 丁寧な謝罪と共に、近衛騎士が静かに自らの右側へと置いたイスへと、腰掛けるよううながすフレイ。

 それに小さくうなずき、上品に座った令嬢は、ふとその優しげな水色の瞳を、フレイの深緑の瞳に合わせた。

 その色さえどこかティリアを思わせ、思わず瞳を瞬くフレイに、この場にいる令嬢の誰よりも高位な貴族の出だと分かる仕草でもって、令嬢はふわりと微笑む。

 それは、決して企みのある笑顔ではなく、むしろ慈しむような温かさを宿していた。

 再び、やわらかな声音が響く。

「――やはり、似ているのでしょうか?」

 唐突な問いかけと共にこぼれた白銀の髪を見て、フレイは眼前の令嬢が言わんとすることを読み取った。

「……えぇ。よく、似ています。一瞬、姿が重なるほどに……」

「ティリア姫様に……ですか?」

「――えぇ」

 静かな声音で交わされたその会話に、マイアたちがそっと息を呑む。

 確かに、淡い色を持つその令嬢は、どこかティリアに似ている。


 ――ただし、正確には、ティリアよりも似ている人が、かつて存在していた。

 もしこの場にエフェナや王妃がいれば、必ず思い浮かべていただろう――その人とは、すなわち。


 フレイよりも、一・二歳ほど年上であろうその令嬢は、小さくうなずく。

 そして、今では多くの者たちが語ることをやめている、真実を紡いだ。

「無理もありませんわ。――ご挨拶がおくれ、申し訳ありません。わたくしは、セシーリア・レア・フィーリス。フィーリス公爵家現当主の娘です。……そしてわたくしの中には、ティリア姫様の中に流れる血縁と、同じものが流れているのです」

 穏やかに、それでいて凛と告げられた言葉に、フレイは深緑の瞳をゆらし、マイアたちは姿勢を正す。

 どこか遠まわしなその言葉に、正確な意味を取りかねたフレイが困惑し、それでも理解しないわけにはいかないと、令嬢――セシーリアへと問った。

「……姫様の中に流れる血縁と、同じ血縁が貴女の……セシーリア様の中にも流れているとは……それは、一体どういうことなのですか?」


 ティリアと面影が重なる、目の前の令嬢セシーリア。

 フレイは、本当にセシーリアとティリアに、どのような繋がりがあるのか、知らない。

 ……正確には、知らされて(・・・・・)いない。

 それは、そもそも今となっては、表面上では最早明らかにされることのない、フィーリス公爵家と王家の、繋がりにこそ答えがあった。


 戸惑いながらも問うフレイに、セシーリアは再度うなずく。

 そして、フレイには伝えてもよいと告げた父――現フィーリス公爵の言葉を思い返し、まっすぐにその水色の瞳を、深緑の瞳に重ねた。


 本来ならばその言葉は、他にも数人の令嬢がいるこの場所で、告げるべきではない内容のもの。

 しかし、その場にいる令嬢たちがフレイとセシーリアの会話を聞いた上で、綺麗に黙秘する、セシーリアと親しく近しい地位の貴族令嬢ゆえに懸念は消え去る。

 ある意味では、静かな護り手に囲まれたこの場所は、黙されてきた真実を告げるのに、最良の場所だと言えた。

 そうして、自らの友人たちに静かに見守られながら、セシーリアはフレイへと静かに告げる。

 ――いまだ王とてその心を案じ、ティリアには告げられないままでいる……フィーリス公爵家と王家との、繋がりを。


「そうですね……では、端的に。――実は、ティリア姫様の、実のお母君……レティ・フィーリス・フィンフィール様――元の(・・)お名前を、レティ・レア・フィーリス様と言いましたが……かの方は、現フィーリス公爵とは実の兄妹の関係――つまり、わたくしの父の、実の妹君だったのです」

「!?」

 瞬間、事実を知らなかったマイアたちは、驚きに瞠目をしてお互いに視線を交わし合った。

 告げられた内容は、確かにセシーリアの姿に、ティリアが重なることを納得させるもの。

 そして同時に、今まで語られなかったがゆえに、秘されてきたことなのだと、侍女と近衛騎士に覚らせるに、十分なもの。

 思わず緊張感を漂わせる従者たちを傍に、一方でフレイは、強い納得を得たことで、常の微笑みを嬉しそうに浮かべていた。

「なるほど。それなら、セシーリア様と姫様が重なって見えたのにも、納得が出来ます」

 確かな血の繋がりを知らされ、安心と親しみがその声には宿る。

 しかし次の瞬間には、自らの従者たちと同じように、真剣な色を瞳にたたえた。

「ですが、姫様の実の母君と、セシーリア様の父君がご兄妹と言う話は……」

「えぇ。……レティ様がお亡くなりになられてからは、陛下とて、言葉にされたことはありません」

 優しげな瞳を閉じ、そう紡いだセシーリアを見て、フレイもマイアたちも沈黙する。

 ただ、だからこそ、フレイはふと浮かんできた純粋な疑問を、問いかけずにはいられなかった。

「――何故、それほど重要なお話を、私に? 元は姫様と似て見えるという単純な話題だったのですから、逸らすことは十分出来たはずです。もっと言えば、似て見えるということ自体、言わなければ話題になることは無かったと思うのですが」

 鋭い言葉は、しかし警戒ゆえのものでは無く。

 ただ真剣に、王とて黙する言葉を告げられた意味を、受け止める為に。

 フレイは静かに、セシーリアへとそう紡いだ。


 ……ややあって、フレイの瞳を真剣に見返していたセシーリアが、まとう雰囲気を和らげる。

 ――次いでフレイが見たのは、眩しげに細められた水色の瞳と、尊敬を湛える微笑みの笑顔だった。

 幼い頃から、時折マイアが浮かべる表情に似たその笑顔に、思わず深緑の瞳が瞬く。

 そんなフレイに、セシーリアはその笑顔を崩すことなく、やわらかくも凛とした声音で、答えをゆったりと紡いだ。


「――それは今では、とても簡単で、そしてとても大切な答えが、すでに出ているからです。あるいは、今更語る必要さえないほどに。単純で、もう誰もが認めること……」

 まるで歌を歌うかのように。

 瞳と同じように優しい言葉が、そっとフレイへと送られた。


「だって、フレイ様――あなた様の成してきたことは全て、ティリア姫様のためにこそ、行われてきたものでしょう?」


 涼しげなそよ風が、庭園の奥の空間を吹き抜ける。

 瞠目し、二の句を告げられずにいるフレイに、セシーリアは嬉しげな声音を続けた。

「安心や平穏、楽しさ。そして、幸せ――。そういったものを、ティリア姫様に誰よりも与えてきたのは、あなた様です。今更、あなた様がティリア姫様を傷つけるようなことをすると、疑う方が無茶ですもの。幼い頃から、あなた様の思いは、決してゆらいでなどいないのでしょう? そしてそれは、これから先も」

「――それは……」

 いまだ驚きの中にあってなお、フレイはぽつりと言葉を零す。

 それはひとえに、セシーリアが伝える言葉が、ひたすらに事実であるがゆえに。


 揺れる深緑の瞳を見つめ、セシーリアは微笑む。

 ――自らもまた、この国の王族を敬愛する、一人の臣として。

 誰よりも純粋に、そして強く、この国の第二王女のために生きる、フレイという青年に尊敬を示して。


「〝誰が為〟など、もう誰も尋ねはいたしません。誰よりも、あなた様がティリア姫様を護ってきたのですから。……であるのでしたら。黙された血縁の真実を、他ならぬあなた様が知ることに――なんの不安がありますでしょう?」


 もし、この場に、王や王妃、そしてエフェナがいたならば。

 セシーリアのその微笑みは、確かに。

 ティリアの実母、もう一人の王の妻。

 〝明光の側室〟と謳われた、レティ・フィーリス・フィンフィールの面影を見せるものだと、語ったことだろう。

 そして、同時に。

 ――ティリアが確かに、レティの娘であることを、今一度強く思ったことだっただろう。




 長い時間がたっているように、誰もが感じる此度のお茶会は、ようやく半分の時間が流れたと言ったところ。


 フレイはしばしの沈黙を経て、セシーリアの言葉を受け止め、今一度微笑みを浮かべる。

 それに安心したように微笑みを返したセシーリアは、今度こそ純粋に尋ねるべき本題を思い、わずかにその表情を曇らせた。


 お茶会を終了する時間までは、まだ時間がある。

 思わぬ出会いを果たしたフレイとセシーリアは、双方共にその残された時間を有効に使おうと考え、再び向かい合って微笑みを交わす。


 ティリアとライオッドの二人が、別の庭園で過ごしている頃。

 今一つの願いが、二人へと注がれようとしていた――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ