はじまり――運命を導く雨色の音
「喜べフレイ!」
だみ声の男の、歓喜に満ちた声が響く。
曇り空の昼下がり。
あまり明るくない部屋の中、ベッドの上で半身だけを起こして読書をしていた幼い少年は、読んでいた本からそっと顔を上げた。
一見して、十歳に届くか届かないか。上げた顔につられて揺れた髪は、少し癖のある、明るい薄緑。すっと移動し、前方の扉を映した瞳は、驚くほど静かな深い緑だ。反面、その二つに彩られた端正な童顔は、不自然に白い。単なる色白ではなく、病的な青白さ。
「フレイ!! いるか!?」
ドタドタと廊下を走る慌しい音が、部屋へと近づいてくる。その間にも、「フレイ!」と叫ぶ声は止まない。よほど気が高まっているのか、大きな足音とともに部屋の前へとやってきたその人物は、部屋の主である幼い少年に確認をとることもせずに、派手な音を立てて扉を開け放った。
「フレイ! ……おぉ、我が息子よ……」
扉を開け放った勢いのまま発せられた声は、しかし、次の瞬間には異様に柔らかなものへと変化した。それへ、幼くも澄んだ美声が返事をする。
「はい、父様。いかがなさいました?」
小さく首をかしげた仕草によって、首元まである髪がゆれた。
フレイ――それが、この小さく微笑む幼い少年の名前である。そして、先ほどから彼の名を叫んでいたこの男が、彼の実の父親であった。
儚げな印象の強い息子とは対照的に、生気にあふれた父親は、その大きく肥えた身体をゆっさゆっさと揺らしながら、ことさらゆっくりとした足取りで少年へと近づく。無言のまま上機嫌で自身のそばへと寄ってきた父親に、小さな微笑みをうかべたまま、少年は再度、問いかけた。
「何かあったのですか?」
再度の問いかけに、父親はその丸い顔へと満面の笑みを浮かべる。
「喜びなさい、フレイ」
お前と、と続く言葉には、確かな愉悦が含まれていた。
「――第二王女様との、婚約が決まった」
すでに空は、水の雫がこぼれる寸前の曇天へと、姿を変えていた。
この日、フィンフィール王国が名高き悪徳貴族、ゼルロース侯爵家が謀略を成功させたと言う噂が、貴族たちの間でまことしやかに囁かれた――。