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聖者の街の蒼い穹  作者: kim
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招待状~キズついたコドモたちへ

 招待状~キズついたコドモたちへ

 十五歳・ロムールにて



 とはいえ、アクトウ退治および死霊術師の計略阻止。

 そのための計画実行までは一年の歳月を要することになる。


 理由の一つは情報収集と根回し。

 あれから、全員で噂の真相を探ったのだが、いまいち決定的な証拠が見つからなかったのだ。

 末端階級つまり手足に使われてるザコを捕まえても、組織の全容を把握するどころか、すぐ上の階級のヒトしか知らないようで組織トップの尻尾をもつかめないでいた。

 また、シータの叔母さんは黒幕よろしく表舞台に出てこないし、詐欺集団がクスリ屋さんに接触してくることもなかった。

 父曰く、カネとクスリをフルに使ってピラミッドみたいな組織を作ってるらしい。

 金ばら撒いてチンピラ集めて、ヒト殺して、死体集めてうっぱらって、クスリ、つまりは麻薬を蔓延させて。


「やってくれんね。」

 とシータ。


 末端の葉っぱちぎって、金のなる実は叩き落してるからそれ以上の組織拡大ができないでいる。

 それががせめてもの救いではある。

 しかし、その幹となる部分、つまりは組織の中枢に誰がいてどこを拠点としているかを探りだせないと、いたちごっこにしかならない。


 それと遅々として進まぬもう一つの理由。

「今日は?」

 シータはあたしを誘うとき必ず確認する。

 クスリ屋さんが用意してくれた神経の昂ぶりを抑える薬を毎日服用する生活がいまだ続いているからだ。

 精神薬の副作用と薬がきれたときの禁断症状にさいなまれる毎日。

 それがあるていど落ち着くまでに一年かかった。


「ふらつかない?」

「大丈夫。」


 あの後、何度もあたしは発作を起こした。

 胸の動悸が治まらなくなり、体が震え、呼吸もままならなくなる。

 薬を飲む飲まないは症状次第で調整していいとは説明されているんだけど、ほぼ毎日定期的に飲んでいる。

 吐き気、嘔吐、ふらつき、めまい、不眠、頭痛、疲労感。薬がきれるといまだに禁断症状が現れるから。


「まぁ、今日は天気いいし。」


 炎暑にめまいを起こしたけど、ただ暑いだけだ。

 だいじょうぶ。


 汗ばんだシータの手を借りながらアパートの階段を降りた。

 ブワリと汗が吹きでた。


 だいじょうぶ。

 これも暑いだけだ。


 ゆらゆら陽炎を作る地面に踏み出した。

「カレのトコは行く?」

 シータの問いに即答できなかった。


 カレには父が説明してくれた。

 気が狂ったものだと恐れたカレは、高位神官団に頼みこんであたしに悪魔祓いをしようとしたらしい。

「下手すれば、水に沈められたぞ。」

 父が無神経に笑うからヘスが激怒した。

 二人の間に、しばらく冷戦状態が続いたらしい。


 わからないでもない。

 悪魔祓いは時に魔女裁判になる。

 水を張った大きな水槽にぶちこまれて、沈んだら無罪、浮かんだら有罪。

 なんだそれ?ってのが、つい数百年前まで行われていたらしい。

 光明神殿を離れてずいぶん経った父には笑い事でも、いまだ光明神殿の神官位を持っているヘスからすれば過去ではなく現在なんだ、だってさ。


「疾患に必要なのは診断であって審査ではない。

 そんなんで正しい死因を究明できるのか。

 ってブチギレだったなぁ。」

「んなふうに他人事みたいに言ってると、またヘスに怒られるよ。

 ヘスったら、自分の父親をディルに近づかせるな、ってあたしにまで言ってきたんだから。」

 と感謝しながらも、シータと二人笑い転げたのも半年前のこと。


 そう考えると病気があまりよくなった気がしないな。


「どうしたの?」

「あ、ちょっと回想シーンに入ってた。

 えっと、カレのトコか…今日はやめておく。

 たぶん今日も司祭様のトコに行ってると思うよ。」

 夏休みに入ったからカレもヒマしてるかな、とホントは思ってる。

 でも、今日はダメだ。


「あー、でも、お墓参りは行きたい。」

「りょーかーい。」

 二人でスラムの坂をゆっくり降りた。

 道が細いから、二人並ぶと誰ともすれ違えない。


「あれ?」

 先に気づいたのはシータだった。

 真っ白な神官着に身を包んだ二人の男性が坂を登ってきたのだ。

 あたしは慌てて知らないヒトの家の隙間に逃げこんだ。

「あ、気にしないでください。」

 住人が不審者視線を送ってくるのを、笑顔で受け流して身を潜めた。


 ウチらの前を足早に通り過ぎていく。

「OOGSを世話してるのだろ?」

「はい。素直ないい娘です。

 今日、ご紹介したくて。

 ご足労いただきありがとうございます。」

「しかし、家族が見つかったと噂があるぞ。」

 沈黙。

「…いえ、おそらく彼女は…」

 会話が遠ざかっていき、聞こえなくなった。

「ダイジョウブじゃないよね…」

 シータが言った。

 覗きこんだ瞳が暗く濁っていた。


 違う。

 アタシのノウミソに入力するヒトミがニゴってるんだ。


 OOGSを世話してる?

 ダレのことなの? 

 OOGSって、神に見放されたヒト以外の存在ってことよね。

 神殿でも学校でも習ったよ。

 それって、公然と認められてる、いわゆる差別用語だよね。

 それって…


 体が勝手に反応し始めた。

 胃がグリグリとエグられる感覚に猛烈な吐き気をもよおした。

 何度も何度もパニックを起こすと、だんだんとコワれはじめる直前の感覚がわかってくるのだ。

 確実にこの状態はくる。


 だから、あらかじめ隣に頼んだ。

「シィタァ…殴って…でも…止めて…よね…絶対だよ…」

 すぐに返答は戻ってこなかった。

 代わりに頭を撫でられた。

 なにやら懐かしさを感じて、ふと気持ちが落ち着いた。

 隣が話し始めた。


「あんたって娘はつくづく難儀な子だねぇ。

 あんたが悪いわけじゃないのにねぇ。

 あんたはいい子なのに、周りの大人たちはなんでこうなのかねぇ。」


 え? シータも声変わり?


 はじかれたように隣を見た。

 同じように驚いた顔がそこにあった。

「えっと…いまのって…」

「私じゃないよ!

 え? えっと…」

 二人、顔を見合わせた。

 あたしの白昼夢ではない。

 その証拠にシータがいちばん戸惑ってる。


 一応再確認する。 

「おかげでキレないですんだけど、今のってシータの意思?」

 ぶんぶんと大きく否定された。

「口寄せした覚えはない。

 って、おばあちゃんなの?

 今の声って。」

「たぶん。

 って、口寄せできたの?」

 あたしの質問に「あ、しまった」という表情を出してしまい、わざとらしくポーカーフェイスになった。

「シータ。

 口寄せできるんなら、これまでだっておばあちゃんと話しできたってことだよね?」


 口寄せが交霊術の一つで、術者の口を借りて死者の言葉を聴く呪術である。

 それくらいなら死霊術師を専門にしてなくても知っている。

 口寄せできるか否かが、術者レベルと死後の期間によることも知識としては持っている。


「やりたくなかったから、教えてくれなかったの?」

「できるけどやらない。

 嫌いなの、あの術。

 …怒ってる?」

 珍しく弱気なシータにすぐ答えた。

「怒ってるわけない。

 嫌いならやらなくて当然だもん。

 ん~、はなっから頭にないことだったから取り乱しただけ。気にせんで。」

 二マリと笑うと、シータも安心したように笑った。


 それが「あたしが暴れださなかった」ことへの安堵だと疑うアタシの存在に辟易する。

 失礼だ。

 シータにも。おばあちゃんにも。


「おばあちゃん、ありがとう。

 心配ばっかりかけてごめんね。」

 とりあえずカレの言葉はムシしよう。

 あたしに代わって憤慨するシータをなだめて、お墓参りを済ませることにした。


「負けないようにする。

 まだ、弱っちぃけど、がんばって歩いてくから。

 もう少しだけ、もう少しだけ見守っててください。」

「おばあちゃん、心配しないで頼りないけど私もヘスもいるから。

 ディルをキズつけたオトナたちも少しはマシになったから。

 で、ついでですが、これからも何かディルに伝えたいことあったら、私のこと使ってかまいません。」

 と横で真剣な顔をしてるのを見て、思わずふきだしてしまった。


 ってか、口寄せがキライって言ってたのに自分使ってって。


 ふくれっ面をつっつくとシータもつられてふきだした。

「シータ。学校始まる前にケリつけちゃわない?」

「なによ、突然。」

「いや、今ならできる気がして。」


 根拠のない自信。

 できるできないじゃなくて、テンションの問題だ。

「いいよ。やろう。」


 決意。

 動くきっかけ。

 モチベーション。

 そういうのって、自分を守ってるうちは進まない気がした。


 お墓参りの後は、小一時間ほどお茶のみをした。

 ヘスが神殿でのお努めが終える夕方に再度落ち合うことにして、あたしは父のトコへ、シータは街へと歌いに行った。

 なんでか、がっちり握手をしてから。



 ファーストフード店の片隅で三人のコドモが額を寄せてひそひそ話をしている。

 テーブルに並ぶホットドックやアップルパイ、ポテト、そして、トールサイズの飲み物。

 それらとは似つかわない会話内容。


「ケイラ隊にも動いてもらおう。」

 テーブル上を準備万端にしたあたしの第一声はそれだった。

 シータが露骨に嫌そうにした。


 計画コードネーム「アクトウ」。


 あたしが声高に宣言したときも、そんな顔してたな。

「異論反論は手を挙げて発言すること。」

 二人は手を挙げない。


「警邏隊に頼ると、自分たちが動きづらくなるからイヤだ。」

 一年前の提案時からシータはそう言って、あくまで自力捜査にこだわっていた。

 というより、王国もしくは王国管理市の直属組織をあまり信じてないみたい。

 もしかしたら情報共有できるかもと言い張ったがシータは認めなかった。

 確かにその選択は正しかったかもしれないとは思う。

 協力を申し出ても「コドモはひっこんでろ」とばかりに、ウチらに監視がつけられた可能性だってあるのだ。


「だけどさ、もうラチあかないから。

 とりあえず下っ端の情報だけケイラ隊に報告して見回りしてもらおう。

 で、あたしたちは本丸に乗り込もう。」

 もう一度改めて説得する。


 昼間はそのことを父に相談しに行ったのだ。

 父曰く、ロムール市警邏隊がこの一連の事件を知らないわけではないらしい。

 おばあちゃんの件であたしも尋問されているから詐欺集団の存在はデータ上残されている。

 その詐欺集団と現在ロムールを席巻する事件の関連性も含め、市警邏隊でも捜査班は作られていた。

 一時は、詐欺集団の仲間ではないかと疑われてもいたとのこと。

 だから、重要参考人としてあたしが呼び出される予定もあったらしい。

 しかし、そこは父の社会的信頼性が認められた形になる。

 父があたしから聞いた話が全てであるとして、再尋問を拒否ったらしいのだ。


 結果、あたしたちは父に指示を仰ぐのを条件に独自捜査を認められた。

「って話なの。

 だったらいっそのこと協力体制つくろうよ。」

 ウチらの一年の活動は警邏隊をそれなりに感心させたらしい。

 街中をハデに動いてるからロムールの犯罪率は低下していた。

 ウチらの活動に賛同した街のヒトビトが自警団を組んだり、詐欺撲滅の警鐘活動を始めたことも大きな要因だった。

 一人ひとりの力こそ小さなものだったが、ムリヤリ死体が造られることはなくなりつつある。


「協力は難しいかも。」

 歯切れ悪くヘスが言った。

「なによ。ヘスまで。」

 あたしはむっとしてヘスを見る。

 シータも彼を見たが、その表情には驚きみたいなのが垣間見えた。

「父さん、他になんて言ってた?」

「三人で一度話をまとめてきてくれって言われた。」

 そういえば、父も何かに迷っているような口調だった。

「なんかあったの?」

 あたしが尋ねると、しばらく間が空いた。


「僕は、今回ディルが戦うことを決めたことはすごく嬉しかったし、もちろん僕も一緒に戦う。

 シータもこの夏にケリつけるってのには賛成なんだよね?」

 シータが黙って頷いた。

 それを確認すると最低限の動きで店内を見渡した。


「一回場所変えよう。」

 ヘスは小声で一方的に告げると、さっさとテーブルの上を片付けて店を出て行った。 

「なんかあったの?」

 もう一度同じ質問をした。

 でも、この質問には、なんで店を出たのか、なんでこんな場所でこそこそ話しなければならないのか、も含んでいる。

「壁に耳あり。」

 あたしの疑問に一言で返した。

「つまり、追い詰められているのはアクトウじゃなくあたしたちってこと?」

「そこまで極端じゃない…いや、あり得るな。」

 腕組みして考え込むヘスの視線の先は大河を望む橋の下。

 向こう岸でヤナギが夏風に揺れていた。


 あくまで教会での噂だ。と前置きしてヘスが説明を始めた。


 端的にいえば、カラトン市が王国教会に反旗を翻した。

 まだ、分離独立といった話は出ていないが、ロムール神殿がカラトン神殿の自治に苦言を呈したのが始まりだった。

 カラトン市が特例自治権を持っているのは、英雄墓地と呼ばれる宗教中立地帯の存在があるからだ。

 それに対し、光明神の一神教を主張するロムール神殿が意義を唱えた。

 基本、王国は光明神を主神としているが、あくまでそれは王国の方針決定のためであり、王国内住人については信仰の自由を約束している。

 今更何を言い出すんだ、とカラトン神殿は突っぱねた。


 で、それがなぜウチらの活動に絡むのか。

 それはカラトン神殿の大司教があたしとヘスの祖父、ヴィクセン家の人間だから、と言うことらしい。

 あたしとヘスと父を異端として裁判にかけようとする勢力が現れたのだ。


「そんなこと言ってる暇あったら、ロムールが少しでも安全な街になるように頭使ってよぉ。」

 情けないやら、呆れ果てるやら。怒りは一気に飛び越えた。

 もしかしたら裏で扇動したのもいるのかもしれない。

「あんまり言いたくないんだけど…」

 とヘスが言い淀んだ。

 あたしは、なんとなく想像がついたから先を促した。

「ディルのカレもその先鋒に立ってるらしい。」


「だからか、あの態度は。」

 シータがヘスに午前中の出来事を報告した。

「立場を守るためには、ディルとの関係は不利だからね。

 やってくれんね。」


 二人があたしの代わりに本気で怒ってくれている。

 だから、あたしは心を落ち着けるのに集中できる。

 でも、一応精神薬は飲んでおいた。

「あ、一応だよ。ダイジョウブ。そんなんじゃ、もうコワれない。」

 こんなことでコワれてたら、おばあちゃんに申し訳が立たないから。

「隙を見せたら、あたしたちがお尋ね者かぁ。」


 広い世界の微々たる力を精一杯使って、この街が少しでも良くなって欲しいと願ってるコドモたちがここにいるってのに。

「オトナは自分守るので精一杯とはホントに情けないね。」

 そんなヘスのぼやきに全員深く頷いた。


「父はどうする気だろう。」

「あのヒトは僕らの味方だよ。

 なにがあろうとね。」

 信じて疑わないヘスの口調にあたしは少し驚いた。

 アレだけ文句言って、アレだけ関わりたくなさそうにしてたのに。


 きちんと繋がっていた。

 やっぱりダレも信用してなかったのはアタシ自身だった。

 あたしは自嘲する。


「まず、拠点は変更ね。

 デルヴィおじさんのトコに移る?」

「いや、あそこにはクスリ屋さんと黒メガネが来たことある。

 たしかに距離的に安全かもしんないけど、ロムールの部屋を焼かれて〈転移の扉〉を封鎖される可能性があるから、ほかを考えたほうがいいと思う。」

「もしかして、クスリ屋さんもアッチ側につくかな?」

「それはないと思うけど。

 でもまぁ、商売やってるからね。

 意図はどうあれ、世間体が優先になるかも。

 少し距離は置いたほうがいいんじゃない?」


 そこもムリか。

 あたしのアパートはぜったい押さえられるだろうし。


「じゃあ、カラトンを拠点にするの?」

「それはそれで反逆者決定になりそうだなぁ。

 祖父さんには黙っておきたいし。

 絶対カラトンを出るなって言われる。」

「コドモの浅知恵って言われそう。」

「いやいや、ウチらが心配だから。

 危険なことに首突っ込むな。」

「同じじゃん。

 コドモは口出すなってことでしょ。」

「いまだ祖父さんは敵だな。」

「私のトコもモリア叔母さんに押さえられてるだろうしなぁ。」

「あたしはカレに逢うべき?」

 最後の質問で会話が途切れた。


 二人の困りきった瞳を見てかなり後悔した。

 それは自分で決めなければならないことだ。

「ゴメン、最後のナシ。」

 慌てて訂正した。

「コッチこそゴメン。

 それは私にもヘスにも答えられない。

 答えちゃダメな気がする。」

 だよねぇ、と明るく言い捨てた。

 ますます困った顔をされてしまったから、会話が続かない。


「なぁ…」

 沈黙を破ったのは、

「提案が一つあるんだが、シータ、しゃべってもいいか?」

 シータの前に無造作に置かれた箱だった。


 なんでそんなエンリョがち? 

 ってか、弱気。

 シータパパ…娘に何を約束させられたんだ?

 毎度ながら情けない父親だな、と苦笑しながらも、どっかで微笑ましく見守ってしまう自分にさらに苦笑する。


「いいわよ。でも、即却下だったら二度としゃべらせないよ。」

 世の中の父娘にはいろいろな形があるもんだ。

「あのな。別のところを繋げばいいんじゃないか?」

「は?

 何を…あっ!」

 多分即却下の予定だったのだろうが、何か思いついたらしい。

 ポンと手を打ち、しかし再度黙り込む。


「どうしたの? シータパパのは却下なの?」

「ん~。

 パパは、デルヴィおじさんの家との〈転移の扉〉をほかに作ったら、って言ってんだよね。

 そうすれば、アッチを拠点にしても問題ないでしょ?」

「たしかに。」

 あたしとヘスの声がハモった。

「でもね。自信ない。」


 よくわからない。

 魔術の能力的問題と言うことなのか?


「私がもし〈転移の扉〉を新しく作るとなったら、地獄を経由させて空間を捻じ曲げるんだけど…」

 また黙りこんだだ。

「今の私の力じゃ失敗する可能性が高いのと、モリア叔母さんにバレるかもしれないの。」

 申し訳なさそうにシータが呟いた。

「そっか。

 リスク覚悟でやるわけにはいかないの?」

 あたしの問いに、じっと箱を、シータパパを見つめている。


「じゃあ、100年前のシータだったらできる?」

 ヘスが言った。

 言葉を搾り出すような言い方に違和感を覚える。

 驚愕に見開かれたシータの目が彼を凝視していた。

 あたし一人首を傾げた。

「100年前?」

 熱い瞳で見つめ合う男女をぽかんと見てた。

 傍から見てたらとてもアツいカップルに見えた。


「ヘス、知ってたの?」

「さすがに調べた。

 ゴメン。」


 震えた問い。

 苦しげな返答。

 いまだ途方にくれてるあたし。


 シータが泣きそうな表情であたしを見た。

 ヘスが再度口を開く。

「ディル、黙っててゴメン。

 ホントはシータはコドモじゃない。」

「はぁ…」

 間の抜けた返事しかできなかった。

「シータは実年齢にしたら、ウチらと比べ物にならないほど生きてんだ。」

「あぁ、そういうこと。」

 冷静なあたしにシータが戸惑っていた。

 だから、笑ってピラピラと手を振ってやった。

「だって、短剣戦争って何百年前のことよ。

 その娘があたしたちと同い年のワケないじゃない。

 シータ、バカ?」


 ポカーン。

 二人の呆けた顔にコッチが戸惑う。

「ヘスもバカ?

 そんなの調べなくてもわかりきってるじゃないの。

 それともあたしがバカだと思われてんのかしら?」

 ブンブンと激しく頭を横にふって否定された。

「もしかして、あたしがそれを知ったらトモダチやめると思ったの?」

 俯いた顔を覗きこんだら、シータは涙ぐんでいた。

 ふくれて、そして慌てて涙を袖でぬぐった。


「シータのバーカ。

 そんなんで避けたりするわけないさ。

 シータはシータでしょうが。

 それにシータ、コドモだし。」

「オトナコドモ…」

 主張に力がない。

 やっぱりコドモじゃないか。


「決定。

 今のシータじゃできないけど、前のシータならできるんでしょ?」

 小さく頷く。

 でも、シータがいつまでもグズついてるから、コードネーム「アクトウ」の橋の下会議はそこでお開きとなった。

 街に戻って、計画なんてぜんぶ一旦忘れてケーキの食べ放題にいった。

 スイーツ男子のヘスですら呆れるほどに二人で食いまくった。


「最後の晩餐?」

 そんなことをヌカすヘスを前後はさむように二人でけっとばす。



 次の日。

「なるほど。」

 橋の下会議の報告を父は楽しそうに頷いて聞いてくれた。


 とくに〈転移の扉〉を創ることを決定したあとシータが「知ってて私に告白したの?」ってヘスに尋ねていたときの話は、ホント楽しげに聞いていた。

 ちなみに強くうなずいたヘスを手放しで誉めていた。

 ヘスとシータは恥ずかしそうにうつむいていた。


 閑話休題。

 父は、あたしの体調と精神状態を気遣い、いろいろ調査したヘスを誉めて、シータの決断を申し訳なさそうに受け入れた。

「さて。」

 と情報を全て報告し終わると、父も自分自身の持っていた情報を開示した。


 この仕事場はロムールだけでなくカラトンにも繋がっていること。

 変死体が父のところではなくロムール神殿に運ばれていること。

 クスリ屋さんは裏切ったことにして街に残ってもらえるように二人で話し合ったこと。

 祖父は立場を守れるようにコッチのことに関知しないように伝えたこと。

「アクトウ」たちが王国警邏隊上層部やロムール神殿の急進派とも繋がっていること。


「すごいね。父もやればできんのね。」

「ディルの僕に対する評価は本当に低いね。

 さすがに我が子二人ががんばってんのにサボってられないさ。」

 父娘とは思えぬ会話にヘスが苦笑してたけど、何でか嬉しそうだった。


「問題はモリアが何をしてくるかだな。

 ずいぶんコネを使ってみたんだけど、そこだけはどうしても尻尾を掴めなかった。」

「そこは私がケリつけます。

 だから、ホネ貸してもらえますか?」


 ホネ?

 コネじゃなくてホネ?


「リヤさんのホネ。

 リヤさんとパパと私で誘い出します。」

 決意。

 だから、あたしも決意した。

「あたしたち、ソッチ手伝わないよ。」

「オォォォケェェェ。

 私の家族の不始末は私が責任取るわ。

 だから、ヴィクセン家メンバーは黒メガネたちをお願いします。」

 オンナ二人、ニタリと不敵に笑んだ。


 心配げなヘスを黙らすように彼女はさらに続けた。

「過去のニンゲンは過去を清算する。

 だから、ヘスは今現在をきちんと戦って。」


 パン!


 あたしとシータがハイタッチ。

 続けてヘスともハイタッチ。

 そして、三人が背中を合わせて立つ。

 両手いっぱい伸ばして、それぞれの武器を自分の前にかざした。


「闘おう!」


 あたしたちの形。

 真上から見たら、三葉のクローバーを象っているはずだ。

 そして、それぞれの扉をくぐって歩き出すんだ。


 その前に、

「ディルのバカたれ。」

 とローキックを放たれる。


 あぁ、ヘスとのいっけんを父にリークしたことか。


「バイバイ…」

 あたしは敵以前に自分と闘わなければならない。

 夕日に消えていくそれぞれの後姿をしっかり瞳に焼き付けた。



 あたしの掌にはヘスとシータのぬくもりが残っていた。

 心には二人からもらった勇気が残っていた。


「お兄ちゃん。」

 ロムール神殿前の広場。

 もう日も落ちて、日中の熱だけを残した草と木だけが風に揺れていた。

 ベンチに座ってあたしを力なく見上げるカレに問いかける。

「お兄ちゃんには感謝してるよ。

 いっぱい。

 ずっと支えだったし、好き…」

 一瞬躊躇ってしまう。


「だから、きちんと聞かせて。

 お兄ちゃんにとってあたしは何?」

「何って…」

 あたしは神殿でのお勤めを終えたカレを待ち伏せて、今ここにいる。

 お互い何となく避けていたから確かめることがなかった。


「コワれたあたしを扱いきれなかったのは理解できる。

 あたしがお兄ちゃんの立場だったら、一緒にいられるかどうかわからないもの。」


 苦しいな。やっぱり。


「でもね。OOGSの話は反則だよ。

 OOGSって“神の子以外のモノ”って意味なんでしょ?

 あたしを全うなニンゲンにするために、お兄ちゃんはあたしの隣にいただけなんでしょ?」


 ダメだ。

 やっぱりあたしがアタシになっていく。

 感情があふれ出す。

 コワれていく。


「誰がそんなことを…」

「お兄ちゃんが自分で言ったんじゃない!

 司祭さんにそう言ってたのは自分でしょ!」

 二の腕を掴んで、グラグラ揺らして、あたしは泣きだした。

 これじゃダメだ、と思いながらも涙が止まらなかった。


 カレの反論。

「オトナに反抗ばっかりして、今回だってヒトの気も知らずに。

 キミを立派なニンゲンにしようとしたんじゃないか。」


 リッパなニンゲン?

 ナニソレ? 

 そのカンジョウはナニ?

 イカり?

 カナシミ?

 チガう。

 アレはアキラメだ。

 カレがノゾむニンゲンになれないアタシへのアキラメだ。


「ヒトリのヒトとしてみとめられないなら、まだヒトとして気狂いあつかいされたほうがマシだ。」

 くたりと膝を落としてアタシは独りごちた。

 あんなに優しくて、オトナ相手にも正しいものを正しいと胸張って語ってくれたお兄ちゃんは、アタシの中でも、あたしの中でも死んだ。


 無気力に立ち上がったまでは覚えている。

 でも、どうやって家に帰ったのかは、覚えていない。


 アタシは一つだけ大事なことを知った。

「弱いと自覚しているヒトは強い。」

 アタシはあたしにならなければならない。  





 おばあちゃん、正しいって何ですか?

 おばあちゃんが、アタシを笑って許してくれていた理由が少しだけ解ります。

 おばあちゃんはアタシの無知な善意を断りきれなかったんですね。

 カレのきょとんとした顔見て、そんな気がしました。





 翌日、計画は実行された。

『首都ロムールの反乱』

 歴史の教科書に描かれることがあるのだろうか。

 書かれるとしたら、黒の歴史になるか、英雄になるか、あたしたちの反旗は中学校の屋上に堂々と掲げられた。


 教師陣には内緒で学生に同志を募った。

 特に光明神以外の神を信仰する学生に声をかけて、情報を集めてまとめたものを再度拡散していった。

 そして、夏休みにも関わらず、勝手に学校集会を決行。

 ほとんど校舎にいなかった教師を一部屋に押し込めて、高らかに信仰の自由を宣言した。


 実を言えば、校舎に残っていたのはほとんどがウチらへの賛成派だったから、自ら軟禁されてくれたかたちだ。

 自分を主張できないオトナたちの立場に苛立つとともに、少しだけ同情する。


 ともあれ、中学校を制圧した後、ロムール神殿と警邏隊、王国議会の腐敗を糾弾した。

 それは他の王国都市にまで波及し、同年代のコドモたちが集結しだした。

 真綿で首を絞められるように弾圧されていた街のヒトビトが、ウチらの言動に賛同し市内各所でボイコット。


 ウチらの祖父が光明神殿の大司教であることも、逆に信憑性を与えたようだ。

 立場的に一神教にしてしまったほうがメリットのあるヴィクセン家のニンゲンが信仰の自由を声高に宣言する。

 それは、抑圧された異端派を力づけたのだ。


 コッチはほぼヘスが準備、決行を手がけた。

 その間、あたしは父と詐欺集団の包囲網を作り上げる。


「ねぇ、父に一つ訊いていい?」

 ロムール市北部通称赤レンガ倉庫街の第三倉庫。

 錆びて赤茶けた大きな鉄扉を前にあたしは父を横目に小声で話しかけた。

「どうやって王宮を黙らせたの?」


 そう。

 保守派の警邏隊や光明神殿のお偉方を抑えることはなんとかできるのかもしれない。

 しかし、国王以下王宮や王国議会は、あたしたち一般市民とは立場が違いすぎる。

 いまだ身分制がはびこる王宮はある意味治外法権だ。

 問答無用に王国騎士団やらが弾圧に来てもおかしくないはずだ。


「さすがに国王命令で動いてる、と敵側に思われているわけじゃないと思うんだけど。」

 こんなあからさまな反乱を、王国として黙認する理由が最後までわからなかった。

「秘密。」

 父がほくそ笑んだ。

 あたしはむっとして父を睨んだ。


「僕にだってね、助けてくれる友達がいるんだよ。

 年に一度会うかどうかのヒトたちだけど心から信頼できる友達がね。

 シータには何百年転生を繰り返してもバケモノ扱いせずに命預けてくれるヒトがいる。

 精神的に不安定なディルを本気で心配してくれるヒトがいる。

 ヘスだって自分の立場だったり家柄に悩んでいるけど、そんなこと気にするなって助けに来てくれるヒトがいる。

 僕にだって、どんなにコワれてたとしても助けてくれるヒトがいるんだよ。」

 穏やかな表情。


 父ってこんなヒトだったっけかな。


「ま、決してお偉いさん方に信用されてるからではないけどね。

 下手に動くと後ろから刺されるから、動けないだけ。」


 我が兄ヘス、今更だけど、あなたのことを尊敬します。

 よくこんな父親を相手してたもんだ。


「行こうか。」

「正面から?」

 焦るあたしを尻目に、父は倉庫の鉄扉を開け放った。


 心の準備もあったもんじゃない。

 あたしにとっては初めての大きな戦いなんだぞ。


「なんだこれ?」

 あたしの目に飛び込んできたのは、木箱やら樽やらが雑多に転がった殺風景な大部屋だった。

 あたしの背の何倍もあるようなレンガ壁に囲まれているのに、中はすごく明るかった。

 はたと気づく。

 天井にまるで太陽みたいに輝く光球が浮かんでいた。


「遅いよ。」

 木箱や樽の陰でいろんな武器が照り返していた。

 その中心に数人のヒトたちがいて、中の一人が振り向いて父に声をかけてきたのだ。

 声のイメージは若い女性だった。


「ごめんごめん。子連れなもんでね。」

 笑いながらのんびりと輪の中心へと歩いていく。

 どこからか鉄矢が放たれた。

 あたしが悲鳴をあげる間もなく、父はそれを一瞥もせずに叩き落した。

「ディル。僕から離れないでね。」

 あたしは急いで父に駆け寄った。


「ちょ、ちょっとぉ…すごく囲まれてるよ。」

 数えると真ん中に七人。

 たぶん父の言っていたトモダチなのだろう。

 そして、取り囲んだアクトウはその何十倍といた。

 隠れてるから正確な人数は測りかねた。


「あら。ディルサちゃん、ずいぶん大きくなったわね。」

 最初に声かけてきた女のヒトだ。

 やたら犬歯の長い全身黒ずくめの女性。

 あたしは思わず頭を下げてしまう。

「あ、はい。こんにちわ。

 今日は来ていただいてありがとうございます。

 父に代わってお礼を言わせてください!」

 声が上ずる。


 そんなこといってる状況じゃないのは認識できてる。

 でも、もう何がなんだかわからない。

 だって瞳が真っ赤。

 聞けば吸血鬼だそうな。

 あたしの幼いころを知ってる吸血鬼なんているんか?

 初耳だ。


「大変だったね。

 でも、よくがんばったよ。」

 今度はやたらダンディなオジサマ。

 父とは十歳以上離れているだろう。

 わざわざ王国南部の海岸の街から駆けつけてくれたとのこと。


「後の汚れ仕事は俺らに任せてもいいんだぞ。」

 クマが笑ってあたしの頭をグリグリと撫でた。

 クマじゃないヒトだ。

 ガハハって笑い方がよく似合う野太い声だ。


「うわ。美女と野獣だ。」

 隣の美青年が爽やかに笑った。

 長めの糸切り歯、黒ずくめにシルクハットっていでたちがやたらとお似合い。

 こっちのヒトも瞳は赤。

 だから、吸血鬼。

 クマのヒトといっしょに南東の国境を越えたトコから来たらしい。

 父のコネってどこまで広がってんだ?


「デルヴィ、一応訊いとくけど、あいつら来ないんだよね?」

 ぼそぼそと金髪の魔法使いが周囲を見渡す。

 父が肯くトコを見ると、その金髪魔術師の言うあいつらとは今囲んでるアクトウではないみたい。


「なぁ、こいつら全員喰い尽くしていいのか?」

 このヒトが一番変。

 明らかに死人だ。

 半分腐ってんじゃん。

 もう驚きすらない。


「…」

 そして、七人目はフードを目深に被った光明神官だった。

 なぜわかったか。

 それは光明神の神官着を着てるから。

「って、お祖父さん?」

 ちらりと覗いた長くて白い顎鬚は絶対そうだ。

 一瞬慌てた様子が見られたが何も答えない。

 関わらない約束を父としたんじゃなかったの?


「心配で夜も寝られないってさ。」

 と父が耳打ちした。


 あぁ…聞いたか? やさぐれていたころのアタシよ。


「さて、全員そろったところでやっちまうかね。」

 父がパキパキと指を鳴らした。


 でも、このアクトウたちはなぜ律儀にあたしたちを待っていたんだろ。


 そんなあたしの疑問に答えるかのように、父が隣の黒づくめの女性に尋ねた。

「誰も逃がしてないよね?」

「もちろん。

 捕まえた傍から術をかけて仲間を連れてこさせたから、洩らさず全員のはずだよ。」

 ケラケラと笑う。


 周囲との温度差に頭がついていかない。

 周りの殺気ときたら尋常じゃないのに。

 多分ビビッてるのはあたしだけだ。

 短剣を握り締めて、必死に耐えるあたしがバカに思えてくる。


「大丈夫。

 今日は所要があってこれなかったけど、その短剣を鍛えてくれたおっさんの業を信じな。」

 あたしが大事にしていた短剣は銀色に鈍く輝いている。

 あんなにサビだらけだったのに、いろいろ魔法を付与されてこの手に戻ってきた。


「その短剣は短剣戦争の遺物じゃない。

 でも、もっと大切な、決してヒトが使う魔法なんかじゃ強化することができない力を持ってたんだ。」

 父があたしに返したとき、強い口調で教えてくれたのを思い出した。


 それは〈勇気〉って魔法。


 あたしはもう一度握りなおして、父を見て力強く頷いた。

 父と七人のゆかいな仲間たち。いろんなオトナたちが優しく微笑んだ。


「出て来い! 黒メガネ! 最後の勝負だ!」

 あたしの怒鳴り声が号令になった。

 一斉に放たれた鉄の矢をかいくぐり、敵の一陣に突っ込んでいく。

 短剣を構えて斬りかかった。

 隣には父の姿。


「こなくそ!」

 数度の剣戟で相手の剣を弾き飛ばす。

 と同時に、父のトネリコの十字架っていう十字架のかたちをした木製の棍棒が昏倒させた。

 次々とあたしの討ちもらしを処理するように棍棒が背後でうなっていた。

 正直こんなに強いとは知らなかった。

 さほど時が経たぬうちに、敵の包囲が明らかに甘くなっていった。


「すご…」

 戦況を見渡す余裕もできる。

 そして、見たのは阿鼻叫喚の地獄絵図。


 黒づくめの男女は相変わらずケラケラ笑いながら、ニンゲン離れした身体能力で敵を殴り飛ばしては、気絶したアクトウを自分たちがさっきまでいた倉庫の真ん中に投げ捨てていた。

 オジサマはレイピアって種類の剣身のやたら細い剣を振るい、クマおやじはでかい斧をぶん回し次々と再起不能にしていく。

 金髪魔術師は見た目どおり遠くから魔法を連発して、全員のフォローをしていた。時々起こる火柱はあのヒトの魔法だろう。

 死人も魔術師だ。手を差し向けるだけで、次々とアクトウが倒れていく。

 光明神官は回復魔法要員だったみたい。パーティを組むときの基本ではある。でも、コッチの被害がまるでないから、所在なさげにアクトウの回収をしていた。

 むしろアクトウの治癒回復に大忙しだった。


「誰も殺す気はないよ。」

 父は不敵に笑んだ。

「もちろん二度と悪事が働けないくらいにぶちのめすけどね。」

 あたしはその言葉を背後に聞きながら、黒メガネと対峙した。

「あのときのチビがこんなにおおきくなるとはな。」

「アンタもずいぶんと偉くなったわね。

 初めて会ったときは小悪党だったのにさ。

 十年の月日は偉大だわ。」

 目いっぱい皮肉を込めて挑発を鼻で笑い飛ばした。

 凶悪に歪む形相とひしひしと感じる殺気に、弱虫の自分が這い出してきた。


 ダンっ!


 右足で床を力いっぱい踏みつけた。

 一瞬気圧された黒メガネを怒鳴りつける。


「あたしはあんたを許さない!

 絶対に、絶対に許さない!

 おばあちゃんのお墓の前で、額がボロボロになるまで土下座させてやるから。」


 真正面から小細工なしに戦場を駆けぬける。

 陰に何人か、ヤツの仲間の気配は感じられたがそんなのムシだ。

 そんなの父とゆかいな仲間たちが退治してくれる。

「ふざけんな! ガキが!」


 黒メガネの剣はあたしの短剣の何倍も長さがある。

 剣術の腕もあたしの何倍もたつだろう。

 そんなこと承知の上。

 ただ、あたしの気持ちがそれをチャラにする、きっと。


「くたばれ! アクトウ!」

 それだけを信じて、あたしは黒メガネの振り下ろす剣を避けることなく短剣を突き出した。



 走馬灯ってこんなのかもしれない。



 おばあちゃんが笑ってて、カレが隣にいて、父や祖父やクスリ屋さんが遠くで見守ってくれていて、ヘスとシータがはしゃぎまわってて。

 でも、あたしはみんなに手を振って歩いていく。


 川原のあちらこちらに石が積まれてる。

 あたしも真似て積んでみた。

 意外ときちんと積める石がない。

 何度か崩してしまってけっきょく飽きた。

 平たい小石を水面めがけ投げる。

 ぽちゃぽちゃ音をたてた。

 水面を三回跳ねて沈んでいった。

 向こう岸の見えない河に足をつけたら異様に冷たくて慌てて足を引いた。


「ありがちな展開だけどさぁ。」

 枝垂れ柳の下、独り女性が立っていた。

 見た感じ幽霊っぽい。

 でも、そうしゃべりだした口調はなんだか幼い感じだ。

「もしかして、母?」

 すごく曖昧な女性が嬉しそうにうなずいた。

 隣にもう一人女性が増えた。

「ゴメンね。」

 たぶん、ヘスのお母さんかな。

 全然特徴のないぼやけたヒト型だから、見た目は区別がつかないけど。


 そうだ、ぜったいそうだ。


「あたしたち、決して仲が悪かったんじゃないの。

 お互いにオトナになりきれない黒いモノを抱えてたのよね。」

「コドモに胸はってもらえるような母親を目指してたんだけどね。」


 そんなのどうでもいいんだけどな。

 父もあんな感じなんだから。

 弱いトコを補い合って、寂しいときは抱き合って、それでよかったんじゃないのかな。


 口に出したつもりがないのに微笑んだように視えた。

 あたしのノウナイセカイのシンキロウだろうか。


「ディルはいい娘だね。」

「あら、ヘスだっていい男になったじゃない。

 ま、自慢の娘だけどね。」

「言ってなさい!」


 あたしをムシして、なにをおちゃらけてんだ!


 わかりやすくムカついた顔をしてやった。

「あは。いいのよ、それで。」


 なにが?


「好きなヒトの前では、怒っても、泣いても、ま、できれば笑ってて欲しいけど。

 それでもね…」

「世の中全てが許してくれるわけじゃないけど、感情を受け止めてくれるヒトがいるならきちんと頼るのよ。」


 二人ともお母さんみたいなことを言う。

 あ、お母さんだっけ。

 でも、世の中のお母さんが、みんなそういうことを言ってくれるわけじゃない。

 親だからこそ感情出せないって泣いてた友達もいっぱいいた。


 あたしは恵まれてるんだ。


「そうね。

 あたしたちも独りじゃないことを信じられたら、もしかしたらあなたと一緒に笑ってたのかもね。」

「でも、感謝してる。

 あなたがこうしてあたしたちのトコに来てくれたから、あたしたちも仲直りできた。」


 そりゃ、結構でした。

 皮肉が先立つのはもうクセだ。

 ついでにタバコをくわえてしまうのもクセ。


「脳内世界でグダグダ悩んで、皮肉で会話して、タバコ吸って。

 父親の遺伝って怖いわね。」


 そりゃ、すみませんね。


「さ、みんなのところに帰りなさい。みんな待ってるわ。」

「うん。めいっぱい生き抜いて、満足したらコッチにおいで。」


 あ、やっぱジゴクの入り口だったんだ。


 二人がかわりばんこにぎゅっと抱きしめてくれた。

 去りぎわ二人そろって笑う。

「ジゴクじゃないわ。ちゃんとテンゴクにいるから。あたしたちも。」


 はぁ…はぁ?




 ゆっくりと目を覚ましたら、いつかと同じだった。

 ポヤっと薄明かりのついた天井と白い壁。

 そして、違うのは数多くの顔が並んでいることだ。


「あたし、勝てた?」

「ん~。微妙。」

「負けてはないけど、勝ってもない。」

 あたしのトモダチは容赦ないな。

 笑おうとしたらいろんなところが痛んだ。

 思わず顔をしかめるあたしに、クスリ屋さんと祖父が慌てて駆け寄ってきた。


「おじぃ、ゴメンなさい。」

「な、何がだ。」

「いろんなの。」

 いろんな気もちがまざった表情であたしを見ている。

 体が痛むけど意地で笑う。

「クスリ屋さん、ありがと。

 おかげでこんなに大きくなれたよ。」

 うんうんと涙目で何度もうなずかれた。


 無事なのが確認してもらえるように憎まれ口を、なんて目が覚めたとき思ったけどやめた。

 そんなコドモっぽいのは、もう卒業しよう。


「みんなありがとう。ホントに、ホントにありがとう。」

 一人ひとりと抱き合ってきちんと頭を下げたかったけど、さすがにムリみたい。

 でも、まぁ伝わってんだろ。


 父が簡潔に説明をしてくれた。

 闘いの結果、あたしは引き分け。

 ザックリと肩口を袈裟斬りされたのに、勢いそのままに黒メガネをブッ刺した。

 血まみれなまま鬼の形相で見下ろすあたしに怯えて黒メガネは戦意喪失。

 アクトウは一掃された、んだと。


 父のトモダチは?

 と尋ねると、あたしが生きてんのを確認したら、そっこうで帰ったとのこと。


 後でお礼参りに行かなきゃ。

 にしても、あのヒトたち、強かったなぁ。


 と呆けていたら、

「まぁ、あの七人は、一度は僕が戦った相手だからね。

 強さは身をもって知ってたのさ。」

 だって。


 ん?

 七人って、お祖父も入ってないか?


 父の過去をホジクり返すのも面白いかもしれない。


 そして、シータ。

 計画通りリヤさんのホネに釣られて姿を現したモリア叔母さんを滅多打ちにして、二度と敵に回らないと念書を書かせた。

 この娘は本当に容赦ないな。

 トモダチとしては心強いけど、敵には絶対回りたくない。

「でもね、もう逢えないと思ってたんだよ。

 シータが死ぬとは思ってなかったけど、そのままいなくなっちゃうんじゃないかって怖かったんだ。」

 と本音を吐くとゲラゲラ笑われた。

 涙目で。


「そういえばね。父から聞いたんだけどね。

 叔母さんとリヤさんが奪い合った噂のオトコがさっきまでいたのよ。」

「え? 誰よ。」

「えっと、教えていいのかしらないから黙ってるけど、でもね、だから急いで帰ったらしいわ。」

 二人で大爆笑した。


 で、ヘス。

 中学校に掲げた反旗は街中に広がって、結局王国そのものを動かした。

 カラトン市の独立は反故となり、ロムール市は信仰の自由を勝ち取った。

 カラトン大神殿は王国とロムール神殿の諮問機関的役割を持つことになった。

 その議定書の原案をヘスが祖父と一緒に作成したらしい。


 どこまで優秀なんだよ。

 適わない、とホントに思う。

 嫉妬も憧憬もない。

 ただただ感心させられる。


 でも、そんな気もちを隠して、悪たれた。

「ヘスがオトナ、コドモ関係なく信用されるのはなぜなのかね。

 結構ぶっコワれてるのに。」

 いつもの苦笑いが返ってきた。

 いまだヘスとの距離は変わらない。

 ってか、変えちゃならない気がする。


「父、そういえば母にあったよ。」

 あれ? 意外と冷静だな。

「母もお義母さんもジゴクにいなかったよ。

 テンゴクだってさ。」

 さすがに反応した。

 あたしはしてやったりと鼻で笑い飛ばした。

「じゃあ、あのジゴク旅行はムダボネだったってこと?」

 すっとんきょうな声をあげるヘス。

 呆ける父。

 笑いをこらえるシータ。


「父のばーか。」

 笑い声が暑苦しい部屋に満ちた。




 おばあちゃん、今までホントありがとう。

 あたしには家族がいます。

 友達がいます。

 信用できるオトナも信用できないオトナもたくさんいます。

 でも、それでも信じて、裏切られても信じていきたいと思います。

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