ありがとうの手紙~友だちへ
ありがとうの手紙~友だちへ
9さい・ロムールにて
アタシのツミは無知だったことだ。
無知でなければ、おばあちゃんは死ななかった。
お兄ちゃんを失うことはなかった。
クスリ屋さんだって救えたかもしれない。
アタシのツミは無知だ。
老すいだ、とむすこであるおじさんは言っていた。
ホントのことは知らない。
アタシがおばあちゃんにハイタツしていたクスリが、ホントにクスリだったのか、ドクだったのか。ギヤク、プラシーボ、いわゆる治るってアンジをかけるだけのニセモノのクスリだったのか。
おばあちゃんはクスリを飲み始めてから、2年後に死んだ。
だから、クスリとのインガカンケイもわからないし、実はドクだったとけつろんづけるには、生きている期間が長すぎた。
そのジジツを知ったきっかけは、おばあちゃんのおソウシキでのことだ。
でも、それがサギだって知ったのは、おばあちゃんがしんだ4年後のこと。
泣きながらい体にすがる、血えんでもない女の子。
家族や親せきはおたがいに知ってるかどうかをかくにんし、フシギそうな目で見ていた。
「『ユニコーンの角』きかなかったんだ…」
帰りぎわにボソリとつぶやいたあたしに、知らない男の人が声をかけてきた。
さっきまでおばあちゃんのそばにいた家ぞくのダレでもなかったから、少しだけコワかった。
「少し詳しく聞かせてくれないか?」
男の人はそう言って、ケイラテチョウを見せてきた。
あたしはむずかしい字はよめないし、ケイラテチョウのなんたるかも知らないから、小さく首をふってにげようとした。
でも、すぐにつかまって、ときどき話をするお兄ちゃん、そのあとにおこったジケンいこうにいっしょにくらすことになるヒトが助けてくれた。
お兄ちゃんがワルい人ではないことはムカシから知っていた。
たまにオトナに言いかえすていど。
クスリ屋さんの家に帰れなくなったあたしを自分の家においてくれた。
それだけじゃない。
小学一年生のアタシが好きだとコクハクしたら、こまったように笑って
「ありがとう。嬉しいよ。」
と言ってくれたから、あたしにとっては王子さまだった。
お兄ちゃんとくらし始めて数日後、ケイラのおじさんが家にきた。
ケイラのおじさんとお兄ちゃんは、『ユニコーンの角』のことをくわしく聞いてきた。
クスリ屋さんにヒミツホジだの言われていたけど、とりあえずヒミツホジはムシした。
「ヒトにしゃべっちゃダメ、って言われてるんだけど…」
ひたいのアセをふきふき、いっしょうけんめいメモをとるケイラのおじさんに、クスリ屋さんの場所とおばあちゃんに売ってたものを教えた。
次の日、もとあたしがすんでいた家、クスリ屋さんの家に行ったら、やっぱりクスリ屋さんはいなくなったままだった。
次の日、またクスリ屋さんの家に行った。
そしたら、入口にいっぱい人が来ていて、クスリをぜんぶもっていかれた。
あたしは、夏の太陽の下でいそがしくニモツをはこぶおじさんたちを、ただボウゼンと見ていた。
「あ、目覚ました。」
いつのまにねてたんだろう。
ダルい体をおこしてまわりを見たら、自分のへやじゃなかった。
まくらもとにはお兄ちゃんがいた。
たいりょうの水をもっていた。
「熱中症で倒れてたんだよ。」
「あ、そうなんですね。ありがとうございます。」
よりによってお兄ちゃんの前でシッタイをさらすとは。
ドウヨウをかくして、少しだけオトナっぽく、クールにほほ笑んだ。
「そろそろ家にかえります。」
サッソウとたちさろうとしたのに、お兄ちゃんに右手首をつかまれた。
「キミの帰る家はもうないんだ。」
アワレむようにあたしを見つめるヒトミ。
首をかしげるあたし。
ようやく思いだした。
おばあちゃんが死んだ日、クスリ屋さんがワルイヒトたちにつれさられて、お兄ちゃんのトコにすむことになったんだ。
ワルイヒトたちにメイレイされて、ウソのクスリをとどけていたカノウセイがある。
そうケイラのヒトが言っていた。
だから、クスリ屋さんは帰ってこない。
あたしは一人になった。
一人になったアタシといてくれたのはお兄ちゃんだけだった。
そんなオサナき自分を思いだしながら、アタシは木カゲに逃げた。
ぬけるような青空をあおいで、ひと言ボヤく。
「夏の太陽はキライ。」
「どうして?」
と、太陽のような笑顔でヘシアンが聞いてきた。
いちど目せんを下ろしてみるものの、小首をかしげる男の子がまぶしくて、顔をそむけた。
とうぜん自分のカゲをかえり見るかたちになる。
どっからも目がそらせないことを再確認する。
「だって、アタシの黒いモノをくっきりとうつすから。」
「そう。
でもね、誰でもそうだよ。
誰でも黒い影を引き連れて、歩いていかなきゃならないんだよ。」
とシータスが会話にわって入る。
かの女はたまにコドモじゃない話をする。
すごく冷めたような、キズついたような顔をして。
「どーせ、逃げられないなら、黒いのも背負って戦わなきゃならないでしょ?」
神デン前の中央広ばの大きくえだ葉を広げた木のもとへと歩きだした。
夏風にしなやかにゆれるアオヤナギ。
そのゆたかな葉は、おとしたカゲで下草の緑のノウタンをくっきりとうつしだす。
深緑の下草の上に、それぞれのブキがならんでいた。
つかもうと手をのばした先、ブキにつぶされた三つ葉を見つけて、ちょっとだけせつなくなった。
「行くよ。」
ヘスの号令がかかった。
4年生の夏休み、アタシたちはジゴクへと向かう。
べつに比ゆ表現ではない。
文字どおり行き先はジゴクだ。
つないだ手がアセかいてる。
きっかけは父だった。
それは、夏休みに入って間もない日曜日。
アタシはヘスによび出され、ロムール大神でん前の広ばにいた。
ふきだすアセにイラ立つ。
なぜ、太陽の下に集まるんだ。
ぜったいアイスをおごらせてやる。
なんて、グチりながら、たどりついた広ばには、ヘスだけじゃなく、シータもいた。
思わず首をかしげたアタシにかの女は言った。
「あなたたちのお父さんは、どうしようもない罪を背負おうとしている。
きっとお父さんが思っているような、夢見てるような未来は訪れないのに。」
シータスが悲しげに言った。
なにを語ってんのだ?
アタシがますます首をかしげるものだから、ヘスがホソクする。
ヨウヤクすると、父はこんどジゴクに行くらしい。
いまだよく理かいできていないが、ヘスの話はつづく。
父のジゴク行きの話を、シータに相だんした。
夏休みに入ったと同時に。
あたしよりも先に?
とオコったら、
「ディルに心配かけるのもイヤだったし、自分たちじゃどうしようもないことだったから相談できなかった。」
と言われた。
ジジョウを聞いてアタシもおどろいたし、ナットクした。
父は死んだ母をよみがえらせるために、ジゴクへ向う
…んだってさ。
「父はバカなの?」
思わず口から出た言葉はソレだった。
ヘスがホントにコマッたように
「オレもそう思う。」
と答えた。
で、相だんされたシータがアタシとヘスを集めて話しだしたのだ。
「なら止めるべきでしょ!」
これはヘスから話を聞いたときにも言ったことだ。「どうしようもない罪」と言いすてたシータに、アタシはつめよった。
「アタシたちが父を助けに行く前に、父を止めるべきでしょ?
二人ともバカじゃないの!
それともコドモが口出すな、とでもドナラれたわけ?
だったらシカトすりゃいいじゃない。」
なに、そろってこまり顔してんのよ。
ますますイラつくだつ。
「過去にすがる弱虫なんて父親じゃない!」
自分をたなに上げて。
でも父と娘が同レベルでいいのか。
「オトナだから強いわけじゃない。
もちろん力は強いかもしれないけど、心が鉄壁なわけじゃないのよ。
むしろ、積み上げてきた年月の分、ディルの言うところの黒いモノも大きいのよ。」
鼻息があらくなるアタシを、シータは静かにさとした。
あんたは一体いくつだ?
オトナの心理をわかったフリするシータに、アタシの心がみだされる。
オトナの黒いモノ。
父の黒いモノ。
大のオトナがいいわけにできるのか。
「だから?」
さらにバクハツしそうな思いをかみコロし、アタシはたずねた。
「毎日冷たくなった死体に触れなければならない、あなたのお父さんの心のキズは計り知れないわ。
始めから体温のない無機物ならまだしも、元は体温があったのよ。
失われた熱。
硬くなった肉と皮膚。
そこに空虚を感じたから、あのヒトは次第に壊れていったんじゃない?」
ヘスがアタシらにわって入ろうとしたから、むごんでおしのけた。
たかだか十才にとどくかのアタシには、理かいできないことだ。
ただ、本気で話してくれるシータの言葉をムシするわけにはいかない。
「あなたのお父さんが触れた女のヒトはみんな冷たくなっていく。
あのヒトを生んだ母親も、長年連れ添った姉も、初めて愛した女性でさえも。
ヘスを手元において、ディルを捨てたのも、もしかしたらそんなことかしら。」
「父にはじめてあったとき、やっと見つけたって言ってた。
ウソなのかな?」
アワレむようなしせんをさけるように、ヘスをふりかえった。
ちいさく首をよこにふられたから、問いつめる気にはならなかった。
「ディルに距離を置いたとしても不思議じゃないでしょ。
近づいたら、ディルが死ぬかも知れないんだから。
ディルが女性である事実。
家族であるゆえ、意図的じゃないにせよ触れてしまうかもしれない事実。
トラウマってやつ。
あなたのお父さんの黒いモノは、彼の心の奥底を蝕んでるわ。」
父のアタシへの思いは、いずれどこかで聞くかもしれない。
だったら、
「でも、おかしくない?
死体だったら、けっきょくは体温がないのよ。」
やはり父には生きていてくれないと、こまる。
なので、父の目的をかくにんする。
「うん。
だからお父さんが望んでいることは、おそらくだけど、死体にもう一度血を通わせること。
そして、体温を取り戻すこと。
もしそうだとしたら、心がなくてもいいのかもしれない。
自分が触れることを許可されている体温のある身体を手に入れることにこそ、あのヒトの執着はあるのよ。
きっと。」
「そんなこと思えるのは、シータのお父さんがムキブツだから?」
べしりとヘスにたたかれた。
「なによ!」
「さすがに言い過ぎ。」
「いいの。
たぶん本当だから。」
なにをサトってんのよ。
どんどんどんどん黒いモノがわきだしてくる。
今にも口からはきだしそうだ。
そもそも、あたしになんの関係がある?
父がのぞむ母はあたしの母ではない。
ヘシアン・ヴィクセンの母だ。
ひっしにはき気をおさえつつ、アタシはたずねた。
「だから?」
「満たされない黒いモノは、そのヒトを壊すのよ。
だから、助けてあげよ。」
そう答えてほほ笑んだ。
アタシの肩をたたくシータはホントに悲しげで、さみしげでそれいじょうなにも言えなくなる。
父のジゴク旅行の出発は八月十五日だそうだ。
その日は、メイ界と現世がつながりやすいとのこと。
夏休みに入った次の日からじゅんびにとりかかった。
とは言うものの、しらべモノはシータがするから、アタシとヘスがしなきゃいけないことは、七月中に夏休みの宿題をおおかた終わらせることだった。
そして、月があけた三日のこと。
「こんちわ。」
アオヤナギのカゲの下で三人会ギをしていたら、一人の女せいが声をかけてきた。
知らないヒトだけど、そうぞうできた。
真っ黒のクチビルをのぞけば、シータにそっくりだったから。
「あ、叔母さん。
こんにちわ。」
あんのじょう、シータが笑って、そのヒトを出むかえた。
「紹介するわ、私のお母さんの妹、つまり叔母さん。
今回の地獄行きには、私の力だけじゃ無理だから、勝手に頼んだの。」
「こんにちわ。モリア・ミアロートよ。
降霊術師をしてるわ。」
「モリア・ミアロートって、短剣戦争のときにカツヤクした…?」
ヘスがおどろいた顔でたずねた。
「あら、よく知ってるわね。
ご名答。
シータスの母親ユース・ミアロートと姉妹揃って、短剣戦争の英雄って呼ばれてるわね。」
ジマンげでもなく、たんたんとモリアおばさんは言った。
「シータって、ホントにあのミアロートだったんだ…あ、オレ、じゃなくボクはヘシアンと言います。」
デンセツにあいまみ見まえた感動に目をうるませるヘス。
そんなヘスをひややかにイチベツして、ワレかんせずのシータにとどかないワルグチをつぶやいた。
「エイユウってたんごにあこがれちゃうあたりは男の子だよなぁ。」
って。
ついでに
「そんなにエイユウってのは、ポンポンと人前に現れるのか?」
なんてアタシはうたがいのまなざしをそのヒトに向けた。
あからさまなテキイをミアロートの二人はかんぜんにムシしてた。
「で、あの仮面もってきてくれた?」
「何に使うの?」
カメンとやらが入っているだろうふくろをリュックからとり出しながら、モリアおばさんがたずねてきた。
「友だちのお父さんを助けるためにね、地獄に行くのよ。」
遠足にでも行くような話し方でシータはおばさんに右手をのばす。
「遺言よ。
姉さんからアンタにムチャさせるなって、釘刺されたのよね。」
うで組みして、あたしらをニラむしせんがものすごくイタい。
でも、シータはそれでもめげるようすはない。おばさんのことばを受け流すように
「パパがいるから大丈夫。」
とシータはさらに手をさし出した。
「アンタが表立って動くのめずらしくない?」
「余計なこと言わないで。きちんと手間賃払うから、いつもみたいに黙って渡してくれればいいの。」
ウチらに聞こえないようにと小声だ。
横目でチラ見された。
「だってさ…」
モリアさんにもチラ見された。
ついヘスとべつの話をしてるフリをしてしまう。
おばさんは大きなタメイキをついた。
そして、じろりとアタシらをにらんだ。
「友達?」
「もちろん!」
間、はつを入れず答えたのはアタシ。
シータに対し多少ケンカごしだったとはいえ、そこはためらうつもりはない。
おどろいて、白目がどこだとさがしてしまうくらいに大きくなった茶色いヒトミで、おばさんはアナがあくほどアタシとヘスを見つめた。
そして、キカイ人形のように首をシータにむけた。
「友達なんだぁ…あんたにねぇ…」
「叔母さん、それかなり失礼。」
さも意外そうなおばのつぶやきに、シータは顔を真っ赤にしてうつむいた。
ヘスにコクハクされたときより赤くないか?
ヘスも同じことを感じたらしく、なぜかアタシが後ろアタマをたたかれた。
「べつにいい。アタシは二人についてくだけだし。」
そう。シータは、とくに気にすることなく、一言こたえて、アタシから目せんをそらす。
イッシュンとがめるようにヘスはアタシをにらんだ。
ムシすると、二人は作セン会ギにもどった。
なんだというのだ。
聞いたところでアタシにはセンタクシはないじゃないか。
そっせんして動けって言うの?
たいしたセンリョクになりそうにないのに?
ブキもこころもとないし、ノウリョクもないってのに?
二人はりっぱなブキをもってるくせに。
右手に少しざらついた感しょくをおぼえつつ、にぎった短ケンを見つめた。
サビついて赤茶けた刀身。
せめてもち手くらいはまいてる布を新しくすればよかっただろうか。
「どうしたの?」
ヘスの声にワレにかえった。
さいきんノウナイセカイに入る回数が多いような気がする。
今日はXデイだ。
八月十五日。
その日が来てしまった。
グダグダ言ってみたところで、行かなきゃならないんだ。
ブキをひろい、こないだシータのおばさんからうけとったカメンを手に取った。
シータがカイセツをくわえていた。
「この仮面には、二つの意味があるわ。
一つはデスマスクとしての効果。
生者が死者の国に行くためには、デスマスクと呼ばれる触媒が必要なの。」
よく理かいできない単語がまじっていたが、そこはムシ。
「もう一つは?」
「我が子に助けられたなんてことをお父さんが知ったら卒倒するわよ。」
と笑いながら、シータが答えた。
ニブい銀色が夏の太陽をはんしゃさせていた。
頭全体をおおうテツカメン。
ホントは目のまわりをかくすメガネと、口とはなをおおうマスクで十分らしい。
それなのにあえてテツカメンなのは、なるほど、それが理由か。
「あれ? いがいとカルい。」
ヘスがさっそくかぶっていた。
「正確に言えば鉄じゃないから。
アルミとチタン…だっけかな。」
またよくわからない単語だ。
やっぱりそれをスルーして、アタシもテツカメンをかぶった。ヘスの言うとおりぜんぜん重さを感じなかった。
だから、このメマイは陽ざしのせいなのだろう。
「ムレる。アツい。サイアク。」
そして、にあわない。
頭でっかちな人形みたいだ。
アタシたちはおたがい指さして、ゴツゴツとおたがいのカメンをたたいてバク笑した。
フシギな風景だった。
ジゴクの入り口。げんじつ感がない。
まぁ、ジゴクだからとうぜんなのかも知れないけど。
朝の太陽が頭を出す直前あたりの青白い空。
アタシらの真上に枝葉を広げるシダレヤナギ。
生ぬるい風に吹かれ揺らめくたびにシロハイ、モエギ、ワカアオ、フカミドリ、リョクチャ、クロハイと色を変えていた。
空は、教科書のコトバをかりるなら、白夜とよべるにちがいない。
はいごには川。
この世とあの世をわけるキョウカイセンが川だと言われている。向こうぎしがかすんでいる。
今はどっちがわにいるのだろう。
「あ、父さん。」
ヘスの声。
アタシらの目の前を父と知らない女せいが手をつなぎ、急ぎ足でよこぎった。
いっしゅん目が合うが、テツカメンをかぶった3人のコドモは百鬼の一味と思われたんだろう。
見つかったとばかりに、足早にさっていく。
「おわないの?」
とシータが聞いた。
「だっておいかけたら、シータの思うツボだもの。」
アタシはハナで笑いとばした。
ヘスが苦笑する。
「おっかけたほうが安全なんでしょ?
アタシたちにさきをいそがせて、またヒトリでたたかう気なんでしょ?」
アタシはイジワルく笑みをつくる。
ばれたか。
テヘペロとはいわないまでもそんなひょうじょうで、まったく悪びれるようすもなく、シータがおなじみになった木のハコを取り出した。
カリンバとよばれるヘンキョウのしゅぞくがつかう楽器だと、出発前におしえてくれた。
少し灰色じみた白いハコ。
そのひょうめんにてつベラが五本、長くのびた水てきのようなかたちのてつベラがまちまちな長さでついていた。
ねもとからユビのはばひとつ分のところで、それらはハコにとめられており、ふくらんでるほうへいくにつれ、上へとそりかえっていた。
ソレをはじくことにより音が出るしくみだ。
ハコにはゆがんだ黒丸が二つえがかれており、ソレを目とすれば、てつベラは歯だ。
正面からは、ズガイコツに見えた。
この景色がそう見せるのだろう
もう一回、ジゴクの風景を見渡した。
青白い空。
ゲンエイのような太陽。
シダレヤナギ。
カクヨの川。
目の前は平原にしか見えないけど、草地にも街にも荒地にも見えた。
なんだかよくわからない風景だ。
「来たぞ。」
アタシたちの会話を楽しげに聞いていたヘスのひょうじょうが、急にひきしまる。
とつじょ白い太陽がヤミにおおわれた。
ヤミはだんだんと大きくなってきて、しだいにソレがソレらであることがハンメイする。
ヤミはたくさんのバケモノの集合体だった。
「うわぁ…」
コワイことはコワイ。
でも、目をそらせなかった。
目の前にせまりくるきょ大なヤミ。
アタシのカゲまでも食らいつくす黒いモノ。
キョウアクな負の光景にアットウされる。
魑魅魍魎。
ジゴクの話をしてくれモリアおばさんが書いた、いせかいの言葉をハンスウする。
「パパ。出番よ。」
シータの言葉にみちびかれ、カリンバが黒いケムリにつつまれた。
「って、こむずかしい呪文はいらないのかい。」
ヘスがツッコんだ。
アタシの感そうも右に同じ。
イセカイの言葉しゃべれて「すげー」って感動したあたしの気持ちをかえせって感じ。
もちろんシータはあたしの感ショウなぞ気にもとめていない。
「あー、アレは脅すためのハッタリ。それに雰囲気出るでしょ。」
ミョウなとこカッコつけなあたりにオヤジくささを感じんのは、あたしだけだろうか。
アレか?
物語のヒーローがとりあえずカッコいいけど、メンドくさいヒッサツワザの名前をさけぶようなものか?
キョウフ心をなんとかごまかそうとぐるぐると考えをめぐらせている間にも、ヤミは目の前までせまっていた。
先頭の鬼があたしらをにらんでいた。
「邪魔だ。どけろ。」
ジゴクの底からひびく、というかじっさいジゴクなんだけど、そんな声。下っぱらをえぐられて、かきまわされるような不かいさに顔をゆがめた。
「避けないわよ。」
とたん鬼のギョウソウに変わる。
イカりやニクシみといった負のかたまりが、まるで火の玉のようにアタシたちにおそいかかり、心をもやしつくそうとした。
あのシータですら、歯を食いしばってソレにたえていた。
「アレはヨモツヘグイを口にした。
もうすでに我々の仲間だ。」
いくつもの、まるで何百もの声を合わせたようなフキョワオンがノウナイにひびいた。
あまりの不カイさにはき気がする。
「ヨモ…? ヘス、知ってる?」
「知らない。」
うめくように答えたヘスも、不カイとたたかっているらしい。
シータに目をうつす。
「ヨモツヘグイ。
コモン語に変換されずに聞こえてきたってことは、かなり特殊な単語なんでしょうね。
口にするって言ってたから、食べ物の類なことは確かでしょうけど。」
多シュ多ヨウなしゅぞくがコンザイする王国には、〈言語結界〉と呼ばれる魔法におおわれている。
だから、王国内にいるかぎりすべてのしゅぞく語は、共通言語であるコモン語にへんかんされる。
とじゅぎょうでならった。
ただ、そのシステムにテキゴウしない単語があり、それはそのままノウミソにとどくのだ。
「ヨモツヒラサカは調べたわ。
地獄から地上に続く道のことよ。
だから、アレらが言うヨモツヘグリは冥界の食べ物であると推測される。」
とシータはアタシたちにセツメイした。
「冥界のおもてなしを受けたんだから、自分たちの仲間になれって、とこかしらね。
きっと。」
「早い話が、ゆるすつもりはないっことなのよね?」
シータがむごんでうなずいた。
「で、どうするの?」
正直アタシはこんなの相手できる気はしない。
黒メガネ以下アクトウを相手するのとはべつだ。
それに
「こんな短ケンじゃ、自分の身すら守れないよね。」
シータはシニガミのやどった大ガマ。
ヘスは父の手でつくられ、祖父にセイベツされたトネリコの十字か。
アタシは…
「地獄は魂の戦いよ!」
アタシを、というより自分自身をコブするようにシータがさけんだ。
そういえばそれもじゅ業で習った気がするな。
赤茶色にサビついた短ケンをもう一度にぎってみた。
負けるな。
くじけるな。
アタシの足、しっかり立て。
何度も言い聞かす。
テツカメンでよかった。
ナサケナい顔をさらさないですむ。
「どけろ。」
百鬼がいっせいにほえた。
びりびりと空気がふるえた。
やっぱりコワイ。
どんなに気合を入れなおしたところでやっぱりコワイものはコワイ。
ヒヤアセかナミダかよくわかんないのがほおをつたった。
「そっちこそどけろ!」
ヘスが十字かを地めんにつき立てた。
シータが先頭の鬼に大ガマをふりおろした。
セントウ開始の合図!
…だった…はず。
「そうよね。
この鉄仮面を被っている限り、私たちは死人なのよね。」
シータのやる気のぬけたつぶやきに、アタシはこっそりと安どのタメイキをこぼした。
始まったはずのセントウはとつぜん終わりをつげたのだ。
百鬼夜行はアタシたちを飲みこむことなく、コツゼンとすがたを消した。
なぜならば、父と母が百鬼夜行のフィールドからいなくなったから。
百鬼夜行はアタシたちとたたかうのが目的ではないから。
かの女の言ったとおり、アタシたちは今、ジゴクの住民だったのだ。
そのためのカメンだから。
だとすれば百鬼夜行がどんなにシンニュウシャをハイジョするやくわりをもっていようが、アタシらをおそうことはない。
百鬼夜行のイカリはタンジュンにシンニュウシャのハイジョをジャマをされたイラダチにすぎなかったのだろう。
アタシたちは、ぼんやりと百鬼夜行が消えた空を見上げた。
「あれ?」
不安げに三人して手をつなぎあったとき、目の前がアンテンしたかと思うととつぜん景色が変わった。
時は夕ぐれ。
じめんに落ちかけの陽光が、どぶ川の水面をきらきらときらめかす。
両ぎしを人工的にかためられた川辺の大きなシダレヤナギの下に、おばあちゃんのカゲをみる。
ここは大きなゼツボウとわずかなキボウのはざまにあるばしょのようだ。
「おばあちゃんにあいたい!」
と泣きわめく小さいアタシがいる。
いまだ小さいアタシが、さらに小さいアタシが泣くすがたをアワレんだ。
「ディルにはそう視えるんだ。」
とシータ。
いっしゅん心をよまれたか? なんてケイカイしたけど、
「アタシ、口に出してた?」
友だち二人がうなずくから、ちょっとだけハズかしくなった。
「ヘスはなにが見えてるの?」
一人だけはじかくのはイヤだからヘスにネタをふった。
ホンネをさけて、ニガワライでごまかすと思っていただけに、ヘスがきちんと答えたのはかなりイガイだった。
「カラトンの商店ガイ。
多シュ多様なヒトとモノ。
ショーウィンドウに反シャするたくさんの太陽。
十字路のまんなかにヤナギがしだれてる。
あそこにヤナギなんてないのに。」
つられたのか、シータも話し出した。
「私は、荒涼とした丘よ。
何もない、何もいない、赤石まじりの岩だらけの丘だわ。
涸れてひび割れた川の岸に、多分あれが私の視るシダレヤナギかしら、干からびた枝と幹があるわ。」
3人そろってタメイキをついた。
言葉に出さなくてもわかった。アタシたちのシンショウセカイだ。
百鬼夜行がアタシたちにのこしたモノ。それは、ゼツボウのきおくだ。
同時に見上げた太陽もきっと、3人ともちがってみえているにちがいない。
ヘスはキンシンコンで生まれた。
だから、まどにハンシャする太陽は、ヘスが今までおびえつづけてきたヒトビトのしせんだ。
あくいにみちたソレ。
たとえそれがジイシキカジョウなモウソウだとしても、だ。
アタシが太陽のつくる長いカゲ、黒いモノにおびえるのとおんなじ。
「シータもコワいの?」
ビックリしたみたい。
おとなびた顔がゆがんだ。
「子供だからって油断してた。」
「バカにしてる?」
「してない。ゴメン。」
「あやまるな。バカにしてないのだってわかってるから。
シータはオトナコドモだからね。」
へんな言い方、とシータはクスクスと笑った。
「私にとって太陽は何も照らさないものよ。
過去を曝け出して、未来を絶望させるだけの丸い光でしかないわ。」
アタシが、おばあちゃんを思い泣いてたとき、シータも自分の黒いモノとたたかっていた。
じゃあ、今は自分の黒いモノを受け入れたのだろうか。
今は迷わず歩きたい。あたしは二人の手をひいた。
再びしかいがアンテンすると、あれた山道にいた。
山と言うか、谷底。
両わきは登るにてきさない切り立ったガケで、一本道を登っていくしか道はなさそうだ。
「行こうか。」
ヘスが言う。
なかば、カンコウでもするかのように、アタシらはヨモツヒラサカとやらを上っていった。
あたりはうす暗いし、こうばいは急だけど、そのへんの山道となんらかわりのない上りざかがつづいた。
「ジゴクって感じしない。」
「つまんない。はやく坂終われ。」
さっきまでブルっていたアタシとヘスが、ブキをふりまわしながらブーたれた。
きっと後ろを歩くシータはあきれ顔にちがいない。
「タイクツな道だなぁ。」
時々すれちがう死んだように青白い顔したヒトビトいがいダレも、動物も植物もいない。
あ、ジゴクだから、死んでんのか。
ボーっとしながら歩いてると、
「ほらぁ、またノウナイセカイに入りこむじゃないか…」
つれもどしてね、ヘス。
手をのばして前を歩くヘスのシャツのすそをつかんでから、ノウナイセカイへ。
父は実の父だが、アタシの父親ではない気がする。
そんなアタシとちがってシータもヘスも血縁に愛されている。
あたしだけがミナシゴなんだ。
ジゴクをおとずれるちょくぜん、アタシはシータにごねた。
「アタシもおばあちゃんに会いたいよ。
ねぇ…シータぁ…お願いだから…
いっしゅんでいいから、おばあちゃんにぃ…
会わせてよぉ…」
ミナシゴのアタシにとって、心をゆるせたのはおばあちゃんだけだった。
だからこそ、ナミダが止まらない。
それなのに、泣きじゃくるアタシの頭をポンポンとやさしくたたいて、しずかにさとす。
それは、何回目かの作セン会ギのとちゅう。
「やめときなよ。
死んだヒトは元には戻らない。」
「でも、父は?」
シータはイジワルだ。
なおも食い下がるあたしをあやし続けながらも、冷たく答えた。
「きっと駄目になる。
だから助けにいくの。」
ナミダ目でにらみつけた。
しばらく、フオンな空気がながれた。
なんで父は母に会うことをゆるされて、あたしはおばあちゃんに会うことがゆるされないんだ。
ダメかどうかなんて他人がきめることじゃない。
「いいじゃないか。」
声をはっしたのはシータではなく、男のヒトだった。
だけどヘスでもなかった。
大がまだった。
「好きにやらせなさい。
経験しなければ理解できないことだってある。」
ダダをこねるアタシをなだめるように、シータのパパである大がまがそう言った。
それにたいしシータは、
「パパはまたそうやって無責任にヒトをけしかけるんだから。
コドモがキズつくのがわかってて止めないのがオトナ?」
とオコっていた。
父のけんだってそうじゃないかとムカついたけど、少しナットクした。
「キズついた分強くなれるさ。
大人になったときに抵抗力がつく。
涙の数だけヒトは強くなれるんだ。」
「パパはバカだ。
涙を流せないほどのキズは絶望でしかない。
連れてくるのは未来への強さじゃなく、未来への絶望なんだから。
空虚なヒトは未来や過去とは戦えない。
誇れる過去があって、夢見る未来があるヒトだけが闘える。」
今にも泣き出しそうな顔をして、かたをふるわせる少女。
いつもレイセイチンチャクで、れいぎ正しく、ていねいで、頭がよくて。
でも、どっかさめてて、ヒニクやで、ひねくれてて。
ぜったいこんなコドモがいるはずない、とうたがわなかったシータが、コドモに見えた。
セリフはあいもかわらずコドモじみてはいないのだけど。
「子供みたいなこと言うなよ。
絶望なんて大人になれば誰だって…グゲっ!」
「あたしはオトナコドモだ!」
そうわめいてなげすてた木バコが、ぱい~んと間のぬけた音をたてた。
かたこきゅうを数度くりかえしたあと、アタシのことをまっすぐ指さす。
「ディルとあなたのお父さんと、やることは同じかもしれないかもしれないけど、絶対に違う。
子供は絶望すると先に進めなくなる。
でも、大人は絶望しなければ先に進めないことがあるの。
中途半端な希望を持ったままじゃ、立ち上がれないのよ。」
さいご、アタシにそんなことを言っていたのをおもい出した。
なるほど、シータを取りまいていたのは、ゼツボウとクウキョだったのか。
まだ、坂道は続く。谷底にも太陽の光がさしこんでいた。
でも、真正面にある太陽はぜんぜんまぶしくなかった。
もう一回、ノウナイセカイへ。
ユウレイはモノにやどる。
イセカイにおいてはヤオロズとかツクモガミとよばれ、イフされたり、信こうのたいしょうとなったりしたらしい。
「私のは無理矢理宿した形だから、モノ神には当たらないわよ。」
シータはカリンバのてつベラをはじきながら、そう答えた。
ヘスがたずねたのだ。
シータの父おやは、この世に未れんがあるからジョウブツできないのか?
といったしつ問だった。
「なんでまた自分の父おやを大ガマになんかにしたの?」
カリンバがふっとうしてるかのようにガタガタとなり、湯気をふきだしていた。
当事者をさしおいて、なにかってな話をしてるんだ。たぶんそんなトコ。
やたらニンゲンくさい反応に笑みがこぼれた。
「なんでって言われてもねぇ。
物心ついたときからこんなだったから。
あ、誤解しないで。
私がしたわけじゃないのよ。
むしろ私は人間じゃなく無機物と死体から生まれたコドモだと信じ込んでたんだから。」
笑うに笑えないボケに無言で後ろ頭をひっぱたいた。
少しナミダ目でにらむのがけっこうカワイイ。
シータもいっつもクールなフリしてないで、もっとカワイイ顔してればって思う。
「でもさ、パパって生きてることになるのかなぁ?」
これまた答えづらいしつ問だ。
生と死をわけるものはなんなのだろう。
3人そろって首をかしげた。
「そういえば、シータのお父さんにしつ問なんですけど。
こないだ黒メガネたちとたたかったとき、ウチの父さんの持ってた骨となんか言いあってましたよね?」
たしかにそんなことがあった。
「リヤさんってダレなんですか?」
木バコに語りかけるヘスはすこしアホに見えた。
シータはマジメな顔してる。
「パパ。ちゃんと答えなさい。」
むすめにしかられる父おや。
アタシは小さくふきだしてしまう。
「過去の英雄の一人だよ。」
「それはなんとなく知ってます。
なんでなか悪いんですか?」
ヘスにしてはずいぶんとプライベートにツッコむなぁ。
「敵だからな。」
「それ言ったら、勢力としてはミアロート家も敵じゃないですか。」
チンモク。
シータが大きくためいきをついた。
「パパ、言い辛そうだから、私が説明するね。」
娘の語りだしたソウダイな歴史絵まき、王国のソンボウをかけたせん史が…
「やめてくれ!」
語られなかった。
父おやのヒメイとはウラハラに。
シータの話をようやくするとこんな感じ。
シータの母ユースは、なか間であるリヤや妹のモリアの反対を押し切って、父モアル・プルートゥのもとへ走った。
さい初の理由はレンアイネタのグチだったらしい。
自分の妹とリヤが、一人の男をとりあってるから、いっしょにたたかってんのがメンドくさい、と。
そこにつけこんだつもりはなかったのだが、けっか的にそのキレツがたたかいにケッチャクをつけたのだという。
モリアがうらぎってセンジョウからにげだし、男がおっかけて、リヤはメッタ打ちにされて、ほうほうのていでにげのびた。
それいらいリヤはミアロート家をウラギリモノとしてにくみつづけている。
王国にとってセイギの味方はモストーン家。
それと行動をともにしたミアード家とディオン家。
それからル・ガード家とロールアン家。
いろいろ名家ってよばれるヒューマンぞくをならべられたけどおぼえられそうにないや。
「だからね。
しばらくはウチら家族は日陰暮らしだったのよ。
モリア叔母さんは最後までド派手に立ち回ってたんだけどね。」
チワゲンカでのケッチャクか。
「それってべつにシータのお父さんのセキニンじゃなくない?」
アタシはしわがよったみけんに、ひとさし指をあてて思考をめぐらせた。
「だよなぁ!」
ハコがさけんだ。
だまれとばかりに、シータは地面にハコをたたきつけた。
ヘスが苦笑しながら、それを拾う。
とうぜんだけどハコにぬくもりはない。
「ねぇ、シータ…」
景色の変わらない谷の道にあきて、回想にもあきたので、シータとムダ話でもしようかと思ったらヘスに止められた。
文句を言おうとしたんだけど口をつぐむ。
なぜかシータの話し声が聞こえてきたからだ。
ヘスは今はアタシと話をしている。
ということは相手はたぶんシータパパ。
「ここからは俺、手伝わないぞ。
あいつらの父親が持ってた骨。
あれはリヤの骨だ。
さすがに俺が表に出たら面倒だ。」
「そうね。絡みが多すぎるわ。」
「それにもしかしたら、だが…」
「どしたの?」
「その仮面とったほうがいいかも知れんぞ。
モリアは知ってるかもしれない。
リヤの骨を持ってること。」
「マジか。」
少し意外だった。
シータって、父おやと話すときだけはコドモなんだ。
カメンの中でほくそ笑んで、頭を上げたそのしゅんかん
「あれれ?」
テツカメンの中からのぞいていた外界が、またもやアンテンした。
でも、さっきみたいなカイソウモードに入ったわけではない。
目の前に広がったのは、真夏のケシキ。
地めんは強い日ざしにねっせられ、ケシキがユラユラとゆらいでいた。
カゲロウか?
父といっしょににげてた女せいの体がドロドロととけ落ちて、知らない女せいがスナのようにボロボロとクズレていった。
父の手のひらの中にあるホネがカラカラとなっていた。
それを見たとたん、カラダが動いていた。
いしとはむかんけいに。
アタシはぬき身の短ケンをこしにかまえ、カゲロウの中へとつっこんでいく。
せまるは父のすがた。
ボウゼンとひざをくずしたカッコウで、アタシを見てた。
短ケンを父へとつき出した。
なぜ?
なぜに、アタシは父のことをさそうとしてる?
「ダメぇ!」
ダレかがはるか、はるか遠くでさけぶ声がする。
サビついた刃が父へととどくセツナのできごと。
ガチン!
ズガイコツをハゲしくゆさぶるショウゲキとコマクをつきやぶるようなかん高いダゲキ音。
まずテツカメンがわれた。
のう天にチクリと痛みがはしった。
真上をブン、ガシャンとはげしい音をたてて、十字かがすぎていった。
ヘスが体ごとぶつかってきた。今にも父をさそうとしていた短ケンがそれて、地めんへとつきささる。
ぼうぜんと短けんを見つめていたあたしのところに二人がかけよってきた。
「だいじょうぶ?」
「危機一髪だよぉ…」
アタシの横にはヘスとシータ。
二人ともカメンをつけていない。
しかいがひろい。
ちょっと手を頭にもっていった。
アタシの頭もかいほうされていた。
ゆめまぼろしではなかったってこと。
「なにがおこったの?」
そう問うと、シータがまっすぐに左のほうを指さした。
ホネがういていた。
トナリには二つにわれたテツカメン。
その近くにシータのもってた大ガマ。
大きさはまちまちだが、とりまくケムリはヒトの形で大きさだった。
カゲロウ?
シンキロウ?
なにがおこったのかぜんぜんわかんない。
でも、父をさそうとしたジジツだけがキオクにのこっている。
いまさらながら体がふるえだした。
ぽん。
二人の手のひらが頭におかれる。
ゆっくりと顔をあげる。
「だいじょうぶ。
そんな泣きそうな顔しなくてもだいじょうぶだから。」
とヘス。
「モリアばばぁ! だましたな!」
ダレだ? 今の声。
ちゅうにうかぶテツカメンをとびげりでたたき落としたのは、シータだった。
まさかのシータのどなり声?
よくよく見れば、テツカメンをとりまくヒト型のカゲはシータのおばであるモリアおばさんににていた。
ホネをとりまく女せいは、リヤとよばれていたヒトなのだろう。
カゲロウなのに、歯ぎしりが聞こえてきそうだ。
大ガマがまとうヒト、シータのお父さんをにらんでいた。
いつぞやもウラミごとまんさいで出現したっけ。
おろおろとゆれる大ガマシータパパはしょうじきカッコわるい。
なんてのはどうでもいいこと。
「アタシ…もしかして?」
となりで心ぱいげに見つめるヘスにたずねてみた。
「うん。
モリアおばさんにあやつられて、父さんを殺そうとしてた。」
「マジかぁ…」
さっきのシータのセリフをまねしてしまった。
父、ゴメン。あやまろうとした。
が、
「あれ?」
アタシはもう一つ、いような光景に気づいた。
とけ落ちたはずのナニカがスナをとりこむようにして父のほうへと動き始めていた。
スライムのような、でも、光たくかんのないゲンケイをとどめないナニカ。
アメーバのような。
手や顔があるようなないような。
そう。
シーツをかぶった子どものイタズラオバケみたいな。そんなのが父へとにじりよっている。
父はホウシンしたままボンヤリとそれを見つめていた。
気づいてないわけがない。
きちんと見ている。
つまり、父は自分のいしでアメーバに食われようとしているってこと。
そうとしか思えない。
「父! しっかりして!」
アタシは何のためらいもなくその合間にわって入ると、両うでを目いっぱい広げて、とおせんぼをした。
せなかごしの父にハンノウはない。
「立って!
アタシの父でしょ!」
ゼッキョウした。
自分でもおどろくくらいに声をはりあげた。
アタシのキョウフがようやくヘスにとどいた。
あわててこっちに走ってきて、アタシのとなりにならんだ。
「母さん!
父さんをこれ以上せめないで!」
とさけぶ。
しかし、ヘスが母さんとよんだソレがうごきを止めることはなかった。
「父さん!」
アタシとヘスのさけび声がかさなった。
思わず目をギュッとつむった。
「……」
アタシたちのすきまの空気がうごいた。
おそるおそるうす目を開けたアタシのちょうどコツばんのあたり、トネリコの十字かがつき出されていた。
十字かがアメーバっぽいなにかのはオナカのあたりにささっていた。
「母さん…」
ヘスのつぶやき。
アタシたちの一歩手前でソレは、灰になってくずれおちた。
ムスコとムスメのさけびは父にとどいた。
でも、ほうけた父の目がアタシたちふたりのわが子をうつすことはない。
父おやとしてのぎむだけでかってに体が動いた、そんな感じ。
ヘスがトナリでイカリをあらわにしていた。
それすら父にはとどかない。
「シェスが…」
泣きくずれる父のすがた。
風にとばされていく灰を見おくって、アタシは
「しょうがない父だね。」
とおずおずと頭をなでた。
さっき二人がしてくれたみたいに。
死んだつまをおっかけてジゴクまできて、ムスメにさされそうになって、やっと見つけたつまにおそわれて。
そんなんでも、父だ。
ちがう、アタシだ。
アタシは父をなぐさめることで、アタシ自身をなぐさめているんだ。
灰となったアレは…おばあちゃんだったかもしれなかったんだ。
そんなアタシのカンジョウに気づかないヘスは、
「カッコわる。」
小さくつぶやいた。
ムカついた。
今にもヒステリーにどなりちらそうな顔をしていたんだろう。
間にシータがわりこんできた。
「大人だって泣くことはあるのよ。
独りでがんばってきたんだから、たまにはいいじゃない。
死体の管理人として、たった独りで死を受け入れ続ける痛みは、あなたのお父さんにしかわからないわ。」
ヘスのイカリがおさまることはない。
「ミアロート家は世界のために戦ってきた。
ってのに、ヴィクセン家はいったい何をしてるんだよ。」
苦笑い。
いやチョウ笑。
「ぜんぶ自分たちのヨクボウじゃないか。」
「世界のために、と自分のために、と誰かのために。それに優劣はないわ。
正誤も善悪も。」
シータのヒニクめいた笑みを、ヘスはあざけるように鼻であしらう。
「なに知った口きいてんのさ。
お前、ホントにコドモか?」
「オトナコドモよ!」
胸をはって、そうセンゲンして、大きくタメイキをついた。
「ヘス…だってさ、アッチでも、とぉっても私的な英雄戦争やってるわよ。」
シータが指差す方向に目を向ける。
もう一度大きくタメイキをついて、アタシらはモノにやどった3体のユウレイを手わけしておさえつけた。
「モリアおばさん。
地上にもどったらアタシのウラミごと、一ばん中聞いてもらいますね。
楽しみにしててください。」
まっ二つにわられたテツカメン。
本当にキキイッパツだったのだ。
アタシの短ケンが父をさしたかもしれない。
シータのカマの先がアタシのノウミソにまでつきささったかもしれない。
ヘスの十字かがアタシやシータをなぐりとばしたかもしれない。
リヤホネのはんげきやら、モリアおばさんの逆ギレやら、シータパパのくもがくれやら。
いろんなカノウセイがありえたいっしゅんだったらしい。
「あ、あれ。」
ヘスの指差した先には、じめんにむぞうさにおかれただけのトビラ。
ゆっくりと向こうがわへと開いていった。
「ステージクリア?」
「帰れってか。」
はんたいがわの空には、暗雲。
たぶん、百鬼夜行。
ハッピーエンド?
バッドエンド?
「ほら、立って。」
父はヘスに手を引かれ、アオヤナギのつくるカゲの下に歩いていく。
シータが続き、アタシがそれを追った。
開いたトビラの向こうには、いつものケシキ。
ロムール大神殿前の広ば。まぶしい緑色とヒトビトのケンソウ。
夕ぐれにいそぎ足で家に帰るヒトビトとカラスのなき声。
夜やみに星がまたたき、日がのぼって、みんながネムそうに歩いて、日ざしいっぱいの草っぱらで昼寝をして、また帰っていって…
早送りに昼と夜をくりかえしている。
アタシはもう一歩ふみだした。
で、足を止めた。
「元気でやるんだよ。」
ナツカシい声にふりむ…
「うん。」
…こうとしてやめた。
「大丈夫。
おばあちゃんはディルサが大好きだよ。
今も、出会ってこれまでもね。ずっと、ずっと…」
カゲロウだろうか。
足が進まなくなった。
何度もうなずいた。
「アタシは歩く。」
トビラをカンゼンにくぐりきる。
まばたき一つで、しゅういは夜だった。
いや、おそらく夜明け前。
遠くの空が白んでいる。
そっと目元をぬぐう。
ケシキがはっきりした。
「父?
行かないの?」
いまだヤナギを見つめたまま立ちつくす父に、アタシは声をかけた。
ひつよういじょうに明るく、気楽に。
「と…」
イカりもあらわに父へと歩みよろうとしたヘスを無言で止めた。
けげんそうにアタシをふり向いたヘスに笑いかけ、あたしもとなりに立ってみた。
夜明け前の白い世界。深茶と深緑のヤナギの下。
アタシたち父娘は、同じような、でもちがうカゲロウを見ていた
アタシと父は同るいだ。
朝日がのぼった。
アタシはあまりのマブしさに目を閉じた。
感じるネツ。
太陽のネツだけじゃない。
ここにいる全員の体温がふれてくるのを感じた。
父はソレを感じてるだろうか。
太陽を真っ正面にながめると、大きな木も、背の高い草も、アタシたちのかたちも真っ黒だ。
「そうだ。」
父をムリヤリ立たせた。
ていこうなくアタシにつれられる。
木のうらがわに回って、太陽を背にして木を見た。
二人で。
父のとなりには、今ダレもいない。
ひとりにしちゃいけない。
「ほらね。」
父はフシギそうにアタシを見た。
ニッコリと笑ってみた。
「えだ葉を切り落とされたって、花をムザンにつまれたって、実をとりつくされたって、木はネっことミキで立ってんだ。
で、太陽の光をいっぱいにすって、えだをのばして、葉っぱ広げて、また花をつけて、実をつけて、大きくなって家ぞくふやしていくんだよ。」
枝葉をめいっぱい広げて、立っていた。
太陽の光を広げた枝葉にいっぱいにすいこんで。
キラキラと陽光に輝くあさつゆをいっぱい飲んで。
って、おばあちゃんが話してくれたんだ。
死んじゃった日の一週間前。
もしかしたら、おばあちゃんは自分の死きがわかっていたのかもしれない。
今だから、言えることだけど。
ぼんやりとヤナギを見つめる父。
そして、アタシを横目でちょっとだけ見た。
クライ目はしてるけど、シニンの目ではない気がした。
「おばあちゃんに逢えた?」
いつのまにやら、アタシの後ろには、ヘスとシータがいた。
すごくすっきりしていた。
それがひょうじょうに出てたんじゃないかな。
だから、ふりかえって小さくうなずく。
ツラくても、サビシくても、だけでなくたのしいときもうれしいときも、アタシには友だちがいる。
家ぞくもいるし、おばあちゃんだって見守ってくれている。
太陽がすべて顔を出したかとおもったらと、さっそくアセばんできた。
ふらふらとヤナギの木カゲにしゃがみこんだ。
やさしい風がアタシのほおをなで、そして地面の草をゆらした。
「ヘス、シータ。」
手まねくアタシにかけよってきた二人に地面からちぎった緑をわたす。
「シアワセの三つ葉のクローバー。」
にんまりと笑うアタシ。
フカシギそうに首をかしげた二人。
「幸せ運んでくんのって、四つ葉じゃないの?」
とヘス。
「いいの。これはアタシたちなんだから。
三つ葉なんてそこらにいっぱい生えてる。
アタリマエにね。
でもさ、今のアタシたちに必要なのは、アタリマエのシアワセなのよ。」
太陽に目いっぱい葉っぱを広げる三つ葉のクローバーに思いをはせ、ぎゅぅっと二人をだきしめて、そのかたごしに太陽をあおいだ。
おばあちゃん、ごめんなさい。
謝っても謝りきれないことを、アタシはおばあちゃんにしてたんだ。
許してもらえないと思う。
ごめんなさい。
アタシはおばあちゃんのこと好きだったんだよ。
ホントだよ。