おわかれのことば~おばあちゃんへ
おわかれのことば~おばあちゃんへ
5さい・ロムールにて
「おぉ、ディルサ、よく来たね。」
おばあちゃんはそういってわらった。
「クスリもってきたよ。」
「いつもありがとね。」
あたしは、しんぞうにびょうきをもってるおばあちゃんに、一しゅうかんに一かいクスリをとどけてる。
どんなびょうきにもきく『ユニコーンのつの』をコナにしたクスリだ。
「いい子だね。こっちはお代。あとお駄賃ね。」
おばあちゃんはいつもあたしにクスリのおかねとおこづかいをくれる。
だれにも言っちゃダメだよって言われてるから、あたしはおこづかいのことをクスリやさんにもだまってる。
クスリやさんはあたしのパパ。
ホントのパパじゃないけど、あたしのお父さんをしてくれてる。
じゃなきゃ、あたしはしんでるとおもう。
だから、ウソはつきたくないんだけど、おばあちゃんがすきだからだまってる。
あたしはおかねがほしいんじゃない。
クスリやさんがごはんをつくってくれるから、オナカがすくこともなかったし、とくにほしいものもなかったし。
でもおばあちゃんがくれたものだから、青いビンのなかにだいじにいれてる。
「貯金してるのかい。いいことだね。
それともヘソクリって言ったほうがいいかね。
まぁ、大人になったら、きっと役にたつよ。
秘密の隠し場所にきちんと置いておきな。
誰にも教えちゃダメだよ。
お金を自慢しても、いいことなんて一つもないからね。」
おばあちゃんはクチビルに人さしゆびをあててクスクスわらった。
よくわからなかったけどアタシもわらった。
おばあちゃんはいつも、だんごとお茶をだしてくれる。
むかし、おだんごやさんをしてたから、今でも手づくり。
まほうのようにまんまるで、すごくおいしい。
それをぜんぶ食べて、パンっとむねのまえで手をあわせ、ちょっとおじぎした。
「ごちそうさまでした。」
「いえいえ、お粗末さま。」
「そまつでないです。おいしかったです。」
そんなおしゃべりして、もう一かいわらった。ホントはバイバイするのがイヤなんだけど、おばあちゃんに手をふった。
なんどもふりかえって大きく手をふる。
かどをまがって、あたしがみえなくなるまで、おばあちゃんはみおくってくれる。
アタシはクスリをもってイエにいそいだ。
クスリのおかねをもってるから、下だけをみて、はやあしであるいてく。
わくわくしながらあるくドングリのみちも、今はないけどハルになるとサクラがきれいなかわらのみちも、いろんなおとがいっぱいのおみせのみちも、みえないフリをしなきゃならない。
おかねをもってるときは、よりみちはしちゃいけないから。
「ディルサ。注文お願いしたいんだけど、ちょっといいかい?」
とおりかかったイエのマドから、とつぜんよびとめられた。
たちどまってソッチをみた。
いつもおこったかおをしてるおばさんだ。
あたしはちょっとこまった。
いまはおかねをもっている。
でも、あたしのしんぱいにかんけいなく、おばさんはメモをわたしてきた。
こまってるんだから、すこしはクウキをよんでほしいとおもう。
「あぁ、あと、あんたの親父に言っといてくれよ。」
ビクビクとくびをすくませながら、上目づかいにおばさんをみた。
「こんど紛い物掴ませたら、ウチのが黙っちゃいないよ、ってね。」
おこったような、でも口はわらってるみたいなヘンなかおで、おばさんがあたしのほっぺたをつまんだ。
「いたい!」
といえない。
いったら、またおこられる。
あたしはだまってうなずいた。
マガイモノってなんだろ。
いってるイミがよくわからなかったから、おこってたことだけつたえよう。
「クスリやさん、ただいま。」
おみせのいりぐちから入って、レジのトコにいるオトコのヒトにいった。
「おかえり。」
ほんわりしたやさしいへんじ。
あたしはクスリやさんもすきだ。
じぶんのホントのムスメじゃないあたしをそだててくれてるのだ。
ソトでは「おとうさん」とよぶ。
でも、イエではクスリやさんだ。
みんながそうよぶから、あたしもそうよんだだけなのだが、クスリやさんはちょっとカナシそうに目をそらす。
そして、あのほんわりなこえでおはなしするのだ。
「はい。おばあちゃんから。
いつもありがとね、
ってつたえてっていわれたよ。」
あたしはわらったかおで、クスリやさんにおかねをわたした。
あたしはうれしいのに、なんでいつもクスリやさんはカナシそうにうつむくんだろう。
「あ、それから、カドのおばさんからごちゅうもんいただきました。」
とあずかったメモをわたした。
やっぱりなきそうなヘンなかおでそれをうけとった。
そのメモをみたクスリやさんがますますかなしそうになった。
「だいじょーぶ?」
あたしがきくと、クスリやさんは「大丈夫だよ」とだいじょうぶじゃないこえでこたえた。
そういえば、あそこのおくさんがサイゴになんかいってたけど、わすれたからいいや。
とあたしはクツをぬいで、おくのへやにいった。
くらいへやのなか、ぼんやりとクスリやさんのおシゴトがおわるのをまつ。
カチカチとレジのかずのトコがおされたおとがする。
それと、ときどききこえるクスリやさんのこえ。
イミはわからないけど、「なるほどね」とか、おきゃくさんがうれしそうにいってるから、きっとおシゴトはうまくいってるのだろう。
「お待たせ。ディルサ、ご飯にしようか。」
うん。わらってる。
あたまをなでてくれる。
つぎの日もおばあちゃんのところへくすりをとどけにいった。
「お、おぉ、ディルサかい…」
いつもならほそい目をいっぱいにひらいて、あたしをみてあたまをなでてくれるのに、きょうはこまったように下ばかりをみてる。
「えっと、おばあちゃん、コレ…」
なんだかイヤなかんじがした。
「ディルサ、ごめんね。
今日はお金を準備していなくてね。
おくすりを買ってあげられないんだよ。」
「そっか。わかった。」
おかねがないときにどうするかは、クスリやさんにきいてなかった。
ちょっとだけこまったけど、それいじょうにこまってるおばあちゃんのソバにはいられない気がした。
アタシはいつものクスリをうらずにイエにもどった。
「許さん!
いいから無理やりにでも売ってこい!
でなきゃ、今晩からメシは食わさん!」
クスリやさんにどなられた。
いつもはほんわりしてるのに、きょうはすごくこわかった。
きっとしごとをセキニンもってやらなかったからだ。
ごはんがないとつらいから、あたしはもう1かいおばあちゃんのとこにいった。
なのに、いくらよんでもおばあちゃんはでてこなかった。
しばらくしたら、オトコのヒトがでてきた。
「もう、あんたのところからはクスリは買わない。帰ってくれ。」
あたしはこまってないた。
どんなにかなしくても、あたしのあたまをなでて、
「大丈夫だよ」といってくれるおばあちゃんは、きょうはでてきてくれなかった。
「もうウチからかわないっていわれた。
あたしがわるい子だからなの?
セキニンもってしごとができなくて…
ごめんなさい。」
なきながらあやまったあたしを、クスリやさんはおこらなかった。
とおくのほうをみながら、
「そうか…」
とだけいった。
あたまはなでてもらえなかった。
つぎの日のあさ、おばあちゃんが死んだ。
「ウソだ!」
あたしはさかをかけおりて、おばあちゃんに会いにいった。
クロいヒトがいっぱいいた。
「おばあちゃんにあわせてください。」
ひっしにあたまをさげた。
「何よ。
この娘ノコノコと…」
こわいかおをしたオンナのヒトがアタシをにらんでいた。
にげたかったけど、あしがガクガクふるえた。
いっしょうけんめいなくのをガマンして、あしをいっぱいたたいてガクガクをとめた。
「この娘は悪くないんだ。
わかってるだろ? お前も。」
オンナのヒトのうしろからオトコのヒトがでてきた。きのうあったおばあちゃんのムスコさんだった。
オンナのヒトはないてた。
あたしがわるい?
だから、ムスコさんはあたしをおいかえして、オンナのヒトはあたしをおこったらしい。
オンナのヒトは、ムスコさんにいわれてイエの中にはいっていった。
「おばあの顔、見ていくかい?」
カナシイかおでむすこさんはいった。
あたしはなんどもうなずいた。
「ディルサ、だったよな。」
ムスコさんにきかれたから、あたしはもう1かいうなずいた。
「おばあが最期に言ってた。
ごめん、だって。」
ナミダがこぼれた。
それをダマってみていたムスコさんが、あたしの手をひいてイエの中につれていってくれた。
フトンにねていたおばあちゃんは、しんでるようにみえなかった。
「おばあちゃん!」
なんども、なんどもあたしはさけんだ。
こたえてくれないおばあちゃんにすがってナイた。
オトナたちはみんな、そんなあたしをみてた。
さっきのオンナのヒトもなにもいわず、アタシをみていた。
しばらくしたら、
「花、あげていって。」
オンナのヒトがあたしにしろいお花をもたせてくれた。
あたしはすこしおどろいて、でも「ありがとう」とあたまをさげて、おばあちゃんのほっぺたのすぐよこにお花をおいた。
ちょっとだけさわったほっぺたはつめたかった。
なんでみんなおこってたんだろ…
おばあちゃんのだいすきだったおニワのお花に水をあげながら、ぼんやりとえんがわのおへやをみていた。
なつの日ざしが、あたしをジリジリとやいていた。
おへやのなかはおセンコウのケムリでしろくかすんでた。
「ありがとうございました。
あたし、かえります。」
だいじょうぶ? とおばさんがきいてきた。
あんなにおこってたのに、すごくやさしかった。
あたしはうつむいたままうなずいた。
いつもみたいにちかみちのうらもんをくぐった。
フジの花のアーチ。
いまはもうカレちゃったけど。
うらのとおりにでたあたしはタイヨウをみ上げながら、ぽつりとつぶやいた。
「ユニコーンのつの、おばあちゃんにきかなかったんだ…」
「少し詳しく訊かせてくれないか?」
ひとりごとだったのに、オトコのヒトがこたえたなつのタイヨウがおおきなカゲにおおわれた。
あたしはコワくてナミダがでてきた。
「あ、いや、ゴメン。」
ふつうのオジサンだった。
でも、やっぱりコワい。
足がふるえた。
へんじどころか、かおもあげられなかった。
と、
「なにしてんだ! そこのオトナ!」
ちがうオトコのヒト? オトコの子のこえがした。
「ぐげっ!」
なにがおこったのかはわからなかった。
だから、ひめいがでてしまった。
きゅうに手をひっぱられた。
「だいじょうぶ?」
もういきをしてるのもツラいくらいはしって、タイヨウがみえないタテモノのなかにはいって、ようやくはしるのをやめた。
やっと、あたしをたすけてくれたヒトをみることができた。
まっしろのエリつきのシャツ。ひざしたくらいのあおいズボン。
まゆげにかかるくらいのマエがみと耳がかくれるくらいのヨコとウシロのかみは、うすいちゃいろ。
おひるのアカリにちょっとだけきんいろにキラキラしていて、とってもキレイだった。
「あ、ありがとう。」
あたしはまぶしすぎてうつむいた。
うわ目づかいに、そっとオトコの子のかおをみた。
オトコの子だ。
あたしとは10はちがうかもしれないけど、こどもだった。
ちゃいろのまえがみからじっとノゾく目はおんなじちゃいろで、あたしがあこがれるくらいのまっかなクチビルがやさしくうごいていた。
たぶん、あたしをむりやりひっぱってきたことをあやまってんだ。
あたしはなにもきこえていなかった。
「おにいちゃん…」
「おにいちゃん、いるの?」
ききのがしてはくれなかった。
あたまのなかにだけいるジマンのおにいちゃんがめのまえにいた。
うれしかったけど、あたまのなかのおにいちゃんがいるわけないから、ハズかしくなった。
「…いない…です。」
そっか、とえがおであたまをなでてくれた。
「家に一人で帰れる?」
なでながら、あたしにきいてきた。
あたしはむねをはって、「だいじょうぶです」ってこたえたかったんだけど、ぜんぜんこえがでなかった。
また、なきだしてしまった。
「コワイよね。不安だよね。」
あたしをいっしょうけんめいになでてくれるオトコの子に、どうしようもないくらいあまえた。
けっきょく、おにいちゃん(かってにおにいちゃんにした)はイエまでおくってくれた。
ナキベソかいたままだとクスリやさんがシンパイするから、ゴシゴシとそででふいた。
そんなあたしから目をそらしてくれるのもうれしかった。やっとナミダもとまって、かおをあげた。
おれいをいおうとおもったんだけど、あたしはようすがヘンなことにきづいた。
「おにいちゃん、どうしたの?」
おにいちゃんは、
なんかコワいかおして、クスリやのあかりをみてた。
「しずかに。」
あたしの口をおおった。
すこしこきゅうがつまった。
「お前、薬屋の娘だよな。」
イヤなこえだ。あわててあたしたちはふりかえる。さっきのオジサンじゃない。こんなワルイかおしてなかった。
またなきだしそうだった。
「ディルサ、逃げるんだ!」
おみせのイリグチから、クスリやさんのさけぶこえがきこえた。
タイヨウのヒカリでみづらいけど、クスリやさんだ。
かけよろうとしたけど、クスリやさんのうしろからとてもワルそうなくろづくめ、くろメガネのやせっぽちのオトコのヒトがでてきてたちどまった。
「全員が家族ではないよな。」
アタリマエのことをたしかめられた。
あたしはなんどもうなずいた。
「おっと、逃がすかよ。」
イヤらしく口もとにうすワライをうかべながら、あたしたちのウシロにいたオトコがとおせんぼした。
「ディルサ!」
クスリやさんがもういちどさけんでかけよってきた。
なにかにうたれて、たおれた。
たおれながらあたしのかたをつかんでいたウシロのオトコの手をはらった。
「コイツを頼む…」
クスリやさんがおにいちゃんにいった。
おにいちゃんはチカラいっぱいうなずいて、またあたしの手をにぎってかけだした。
ほそいろじうらに。
オトナはおおきなカラダがつっかかってうごけなくなるようなみちをはしった。
「こっち。」
とちゅう、ヒトのウチのおニワをぬけて、もしかしたらデグチでまちぶせされているかもしれないから、とグニャグニャとみちをかえてはしった。
ムチュウではしって、きがついたらしらないおへやにいた。
「ボクの住んでるアパートだよ。
きっとここなら気づかれないし、ヤツらは近づくことすらできない。」
おにいちゃんは、アンシンしろっていうみたいにじぶんのむねをたたいた。
「うん…」
あたしはなきそうに、わらった。
かえれないきがした。
おばあちゃんにもクスリやさんにも、もうあえないんだ。
夕やけでまっかになったへやのすみで、こっそりないた。
もうだれもあたまをなでてくれない。
おばあちゃん、とてもさびしいです。
でも、がんばります。
だから、てんごくでみまもっててください。
おばあちゃん、さようなら。
いままでありがとうございました。