二律背反の希望
「いけ、にえ……?」
「あ、大丈夫だよ~、ただの憶測だから、ね。でも、一番有力な説かなぁっては思ってるよ」
相変わらずの微妙なフォローに希美は少しも安心出来ない。
生贄、希美の記憶が正しければそれはある目的のために殺される存在を指す。
つまり自分は、殺されるためだけにこの見知らぬ世界へ呼ばれた事になる。
恐怖と不安に泣き言と一緒に涙が零れそうになるが、それらをなんとか呑み込んで希美は疑問を口にする。
「あ、あの……天啓、って……」
「天啓、正式には絶対なる天啓って言うんだけど、"災禍"を神として崇めている人たちのことだよ。あんまり詳しいことは分からないんだけど、天啓の目的は"災禍"を復活させることらしいんだ。それから"災禍"なんだけど……こっちもあんまり詳しいことは分からなくってね。なんせ"災禍"が猛威を振るったって言われてるのは今から千年前のことだし、ほとんどおとぎ話みたいなものだからね。各国の賢者が協力して封印したとか、当時の勇者が討ち果たしたっても言われてるよ」
すらすらとホロの口から出てくる説明に、流石は図書館の館長さんだなあと希美は怯えるのも忘れて純粋に感心していた。
「"災禍"は全ての魔や悪の根源とも言われてて、だから"災禍"を封じているワールドエンドは何も実らず何も住まない不毛の大地になったらしくってね。でも別の説では勇者と"災禍"との激闘の末にワールドエンドは朽ち果ててしまったとも言われてるんだ。それからこんな面白い話もあって――」
目をらんらんと輝かせて説明を続けるホロ。
希美は申し訳ない事に話の大半も理解出来ず、ただその説明を聞き続ける。
「おい、もうその辺にしとけ」
延々と喋りそうな勢いのホロにクレナハーツが制止の声をようやく掛けた。
その声にハッとして、ホロは苦笑した。
「あはは、ごめんごめん。つい喋り過ぎちゃったよ。つまり、天啓っていうのは"災禍"を復活させようとしてる人たちのことで、"災禍"っていうのは復活させちゃいけないものだってこと。分かってくれた?」
「は、はい。あ、ありがとう、ございます」
「で、その"災禍"ってのを復活させるためのイケニエがオマエかもしれねぇんだな」
「!!」
忘れかけていた可能性に再び希美は顔を青くさせる。
この世界に居る限り生贄として命を狙われるのなら、一刻も早く元の世界へ帰りたい。
「あ、の……も、元の、世界に、帰る方法、って……」
「……ごめんね。そればっかりは分からないんだ」
「え……」
「その辺りのことは全然解明されてなくってね。元の世界に帰れた人も居るらしいし、この世界で一生を終えた人も居るらしいんだ。異世界へ行く魔法もまだ確立されてないし……でも、希望は捨てないのが大切だと思うよ?」
目に見えて意気消沈する希美。
魔物が居て危ないし、生贄として命を狙われるし、何よりもこんな見知らぬ世界で生きていける自信が無い。
自分が元々居た世界への郷愁を覚える。
たくさんの思い出が次から次へと泡のように浮かんでくる。
けれど綺麗な思い出は片手で数えられる程しかなく、浮かんでくるのは自己嫌悪の種ばかり。
――私、ホントに元の世界に帰りたいの……?
黙り込んでしまった希美をホロは心配げな面持ちで見つめながら考えた。
「…………うん。クレナ、ノゾミちゃんをカルディア城で働かせてあげなよ」
「はあ!?」
ホロの唐突な提案にクレナは希美の頭の上に乗せたままだった手に体重をかけて思わず身を乗り出し反論する。
「なんで俺が城の連中とコイツとの間を取り持たなきゃなんねぇんだよ!」
「お城なら天啓がノゾミちゃんの命を狙いにきても守りやすいと思ってさ。それにどっちにしろ元の世界に帰れるまでは働き口が必要でしょ? 天啓とか"災禍"とかに一般人を巻き込むのはどーかと思うんだよね」
「ならこの無駄に広い図書館でもいいだろ!」
「人類の英知の結晶である貴重な本を犠牲にしろと!? この悪魔! 魔王! 人でなし!!」
「……ああ、うん、図書館を提案した俺が悪かった」
身近にあった本をしかと胸に抱き締めてあらん限りの悪口を言い募るホロに、クレナハーツは諦めに似た溜め息をつきながら謝る。
「あ、あの、あの……お、お気持ちは、ありがたいん、ですが、お二人に、ご迷惑が……」
頭にかかる体重になんとか持ちこたえながら希美は言った。
「ほら、コイツもこう言って――」
「大丈夫だよ~、こーゆー時のために"世界を救った勇者様"っていう肩書きがあるんだからね。ちょっとした無理でも平気で押し通せる便利な肩書きだから気にしなくていいよ」
「話を聞け!!」
「それに、困ってる人を助けるのが勇者と国の役目だからね。遠慮しないで、どーんと甘えちゃっていいんだよ~」
「だから話を聞けーっ!!」