恩人は勇者様
「ごめんね~、クレナ、顔も怖いし性格も怖いけど、気にしないでね?」
「は、はい……ごめんなさい……」
半泣きになっている希美を見兼ねてホロが微妙なフォローをした。
クレナは否定も反論もせずにフンッとそっぽを向く。
――怖い、けど……でも、きっと、優しいハズ……。
顔が怖かろうが性格が怖かろうが、あのロウロの森で希美を助けてくれた事実を噛み締めた。
外套の男に斬りかかったり、強引に全力で走らされたり、抱き上げてまで走ってくれたのにここに着いた途端本の山の上に落とされたりしたけれど。
――…………優しい、よね……?
今までの一連の出来事を思い出すたび、優しいか否かの疑問が深まってしまった。
「うーんと、そうだね……まずはこの本のことかな。この本、っていうかこれは僕が書いてるメモ帳なんだけど、図書館にある異世界関連の著書に出てきた異世界の名前と特徴を書き出してあるんだ」
ホロは適当なページを開くと希美に差し出す。
促されるまま本を覗くと、そこには綺麗な字で書かれた大量の見知らぬ横文字。
ホロの話を聞く限りでは異世界の名前を示しているのだろう。
名前の後には1や2といった数字が書かれているので、このページはおそらく目次だ。
しかしそれ以外に異世界の名前を見たところで分かる事はない。
ただ一つ分かった事は、どれも希美の知っている国名でも地名でもないという事だ。
「この世界には、昔からよく異世界人が訪れていてね。異世界とか異世界人とかに慣れてるっていうか、
割と理解があるんだ」
「あ……だ、だから、その……私が、い、異世界人だって、分かったん、ですね……」
視界の端に見えたクレナの眉間の皺に怖気づき冷や汗を流しながらも希美は言った。
するとホロは困った表情をして頬を人差し指で掻く。
「あー……いや、実はそうじゃなくってね……」
「へ……?」
理解に失敗していた事に羞恥が込み上げ、どうして発言してしまったのかと後悔が押し寄せた。
ホロはちらりとクレナの方を見ると目が合った。
そして口パクで伝える。
「めんどいからもう帰っていいか?」
「君が蒔いた種なんだから、最後まで責任とりなさい」
クレナは盛大に舌打ちした。
その舌打ちに希美は肩を跳ねらせ、再び半泣きの状態に戻ってしまった。
その光景が少し前までの日常を思い出させて、ホロは一瞬悲しげに笑う。
「……僕たちの事知らない人なんて、たぶんこの世界には居ないと思ってさ……」
その言葉に希美がホロの方を見た時には、ホロはいつも通りの柔らかな笑みを浮かべていた。
希美はその意味を、今度こそ間違えて理解しないように考える。
知らない人がいない、という事は相当な有名人ということだろうか。
――良い意味で? 悪い意味で?
勿論良い意味でだろうと思おうとしたが、つい先ほどのクレナの舌打ちやその他諸々の言動を思い出してしまい、どうしても肯定出来ない自分がいる。
「この世界にはね、少し前まで"魔王"がいて、あんまり平和じゃなかったんだ。そうだね……君が森で追いかけられてたフェンリルって魔物がそこら中に溢れてて四方八方から襲いかかってくる感じかな?」
「!?」
一瞬にして森で追いかけれたあの見た事も無い化物を思い出して、希美は血の気が引いた。
「大丈夫だよ~、もうそんな凶暴な魔物はほとんど居ないからね。居たら居たで、クレナが討伐に行ってるし」
「え、っと……つまり、魔王は倒された、んです、か……?」
「うん、そうだよ。僕たちが倒してきたんだ」
「…………え」
普通に凄いなと感心の声を上げようとして、魔王を倒した人たちが彼らである事にようやく気付き、目をぱちくりとさせる。
有名というのはこうした良い意味だったのか、と心の隅の方で安心していた。
「クレナが勇者で、僕がそれをサポートした魔法使い、ってところかな」
その言葉に思わずクレナの方を凝視してしまった。
その視線に気付いたクレナは眉間に皺を寄せ、頬を引き攣らせる。
「なにか文句でもあんのか……?」
「な、なななな、な、ないです、ないです、ないですっ!」