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ネガティブ戦線  作者: 楽夢智
間章 「きっとまた会える」と君は泣いた
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彼女の世界は嘘で出来ている 前

アレスティーナ・カルディアの世界は、母の死から始まった。


病弱だったが故に出産に耐え切れず命を落としたとアレスティーナの父や家臣らは言っている。

最愛の人を亡くした父は酷く憔悴し、けれどカルディア国の王として王の務めを果たし、アレスティーナの父として彼女を愛し育ててきた。

アレスティーナは厳しくも優しい父と温かな家臣らに見守られ、笑顔の絶えない天真爛漫なお姫様へと成長していった。

彼女は積極的に帝王学を学び、有事の際には自分も民も守れるよう剣術も学びたいと志願し、いずれ父の跡を継ぎ王となる為に王族の教養を嬉々として身に付けていく。


そして空いた時間は書庫で本を読み耽り知識を得たり、

「らーんらん!」

「……あの、恐れながら王女様、私はしがない一兵卒ですので、そのようなあだ名でお呼びしては他の者に示しがつかないと思うのですが……」

相手をしてくれそうな家臣を捕まえて喋ったりしている。


「だいじょーぶ、だいじょーぶ。他の人もあだ名で呼んでるボクにぬかりはないよ!」

「いえ、その、他の人もそう呼んでいれば良いという訳ではなくて……後、御自分の事を"ボク"と言われるのも考えた方が良いかと……」

「らんらんってば頭固いなー。この話何回目? さすがのボクでもあきちゃうよー」

今日捕まえた家臣の名はロラン。カルディア国でも有数の名門貴族の出で、地位良し顔良し性格良し、その上剣の腕前も確かとあって女性の家臣からは将来有望だと熱烈な支持を受けている。

小言が少々多いのが玉に瑕ではあるが、決して融通が利かない訳ではない。弟を持つ兄であるが故の面倒見の良さと元来の真面目さからついつい口を出してしまうのだろう。


「ところで、らんらんのだんな。お仲間から例のブツについて何か聞いてやいませんか?」

「どこでそんな言葉遣いを覚えてこられるんですか……」


声を潜めて何処の方言かも分からない言葉で訊ねるアレスティーナにロランは呆れ気味にため息をついた。

「王女様が仰られる"例のブツ"というものが何なのか私には分かりませんが、騎士団員から伝言を預かっております。確か……王女様からお願いされていた物は約束通りの場所に置いております、と言っていましたよ」

「やった! ありがとうって伝えといて!」

「はい、畏まりました……また、変な事を企てておられる訳ではありませんよね?」

疑いの目を向けるロラン。今回はやましい事は何もないのでアレスティーナは胸を張って言う。

「しっけいな! 服を買ってきてもらっただけだよ!」

「服、ですか?」

「そう、服! ごくごくふつーな人が着てるようなふつーの男の子の服!」

何故そんなものをとロランは首を傾げ、すぐにアレスティーナが何をしようとしているのか見当がつき顔色を変える。


「まさか、城を抜け出して城下へ遊びに行かれるおつもりですか!?」

「うーん、ちょーっとちがうんだよね。ちゃんとお父さまに行ってきていいよって言われてるし、城下じゃなくって、つぁ、つぁら、た、たらとすとら書院に行ってくるんだよー」


全部本当の事だ。カルディア城の書庫にある本は読み飽きてしまったので、たらとすとら書院もといツァラトゥストラ書院へ行って目新しい本を読みたいのである。父にはきちんと話して、ついでに城下町も見て回ってくるといいとも言われている。

服は、一般人も多く利用する図書館なので周りから浮いてしまって要らぬ注目を浴びないようにと手配したもの。

ちなみに何故騎士団員に買ってくるよう依頼したかというと、極秘任務とか面白そうだよねと意気投合した件の団員と遊びの延長の様な感覚で今回の計画を立てて実行しただけであり、それ以上の理由はない。

「そうだったんですか。疑ってしまい、申し訳ありません」

ロランはほっとした表情を浮かべた。

「……というのは、らんらんの説教から逃げるためのウソで、だれの許可もなしに城下町に行ってくるって言ったらどうする?」

散々疑っておいて、あっさり納得するロランにアレスティーナが意地悪で訊いてみる。

「止めるべき、なんでしょうけど……私はお止めしませんよ。いつも勉学に励まれているのですから、たまには息抜きをなされたり、外へお出掛けになられたりしても良いと思います。有事の際は魔道兵団の方々が動いて下さるでしょうが、あまり国王様に御心配をお掛けしないよう気を付けて下さいね」

悪く言えば甘く、良く言えば優しいロランの考えをアレスティーナは好ましく思っている。名門貴族である事を鼻に掛けず、地位が上の人だけでなく誰にでも分け隔てなく与える優しさは聖人君子と言われても仕方ない。

アレスティーナは両手を合わせてロランを拝む。

「ありがたや、ありがたや」

「あ、あの……?」

「らんらんの背中に後光が見えた」

真剣な顔でそう言っても、ロランはそんな事ある訳ないと軽くあしらった。

そうやって話している内に時間はあっという間に過ぎ、ふと見た時計はそろそろ騎士団の訓練が始まる時刻を指していた。

「申し訳ありませんが、私はこれで失礼いたします」

「そっか。じゃあボクは"おしのび"っていうのをしてくるね!」

「あまり御迷惑をお掛けしないよう気を付けて下さいね? あ、そういえば使用人の方から聞きましたよ、今日も御食事を残されたって。差し出がましい事を言うようですが、ちゃんと好き嫌いなくお食べにならないといけませんよ」

「うぇー……最後の最後まで説教されたー……」

言うだけ言うとロランは一礼してから去って行った。

小言と一緒に一人残されたアレスティーナは彼の背中を見送ると、先程まで浮かべていた笑みを消してぼそりと呟く。


「さすがのボクでも、毒は食べれないよ……」


■□■□


騎士団員が例のブツを置いてくれている取引場所の屋内庭園へアレスティーナは鼻歌を歌いながら向かう。

道すがら使用人や魔道兵団員や官僚らとすれ違い、その度に明るい声で挨拶を交わす。


『あ、さっきの人、アレスティーナちゃん見て驚いてたよ』

『今日のご飯に毒盛ったの、あの人だったりして』

『あの子は昨日、花瓶割っちゃって怒られてたなー』

『あの花瓶って贋作だったのにねー』

『えー、何それ怒られ損じゃん!』


そして、すれ違う人の噂や邪推に花を咲かせる男とも女ともとれる賑やかな声に耳を澄ませる。

この声の主の姿を見る事は出来ないし、声を聴けるのはカルディア城内でもアレスティーナ一人だけだろう。彼女以外の人は噂話をされているなど露ほども知らない。


姿は見えず、素質の無い者には声さえ聴けない、それが"精霊"という存在だ。


"精霊"と言えば高位の存在だとか敬うべき存在だとか思われているが、アレスティーナにとっては噂好きな近所のおばちゃんだ。もしかしたら、おじちゃんかもしれないが。

目聡くて耳聡くて、集まった噂を元に色々な推測を立て、時には下世話な話で盛り上がる、けれどこちらが何か言わない限りは賑やかにお喋りするだけの傍観者。

精霊達の有益な情報を聴きながら、アレスティーナは辿り着いた屋内庭園の中でも一際大きな木の前に立つ。

大の大人が腕を回しても届かない程太く逞しい幹に、地面にがっしりと根付く人の腕よりも遥かに太い根っこ。青々と茂る緑を支える枝は人一人乗ったところでびくともしないだろう。

この大木の天辺が例のブツの置かれた取引場所だ。

極秘任務を受けた騎士団員は田舎の出で木登りが得意との事だったので二人で考えた末ここに決めた。

「この木の精霊さん、この前おねがいしていたものがてっぺんにあると思うんですが、取ってもらえますかー?」

アレスティーナが呼び掛けると、大木は答えるようにざわざわと風もなく葉を鳴らす。すると木の頂上辺りから二本の枝がアレスティーナへ向けてするすると伸びてきて、その枝が抱えていた紙袋を彼女へと差し出した。

「ありがと!」

そう言って受け取ると二本の枝は大木へと戻っていき、何事もなかったかのように静まり返る。この大木の精霊はとても寡黙で、声は数えるほどしか聴いた事が無い。

早速紙袋の中身を確かめると、頼んでおいた通りの地味な男物の服が入っていた。それから「任務完了! 次の極秘任務も待ってます!」と書かれた手紙。ノリが良い人は大好きだ。

『変な細工はされてないみたいだよ』

『この前贈られてきた服なんて、呪いが掛けられてたもんね。気を付けなきゃ!』

『最近入ってくる団員さんって、良い意味でお馬鹿さんが多いから有難いよねー』

『団長くんは有難くないみたいだったけどね』

精霊の目から見ても安全な物だと分かりホッと胸を撫で下ろす。任務を言い渡した騎士団員がそんな小細工をするとは思っていないが、知らない内に誰かに利用されてしまっている可能性はゼロではない。

すぐにでも着替えてカルディア城を飛び出したい気持ちを抑えて、紙袋を大事そうに胸に抱えたアレスティーナがまず向かったのは父が居る執務室。


「お父さま!」

「おお、スティか。どうしたのだ?」


アレスティーナの父、カルディア国王は書類から顔を上げて、彼女と同じ琥珀色の瞳に嬉しさを滲ませる。

「えっとね、第一任務がみごとカンスイしたので、これからアレスティーナちゃん"おしのび"計画は第二任務にイコーするであります!」

騎士団員らを真似た敬礼の姿勢で報告すると、カルディア国王はくつくつと笑った。

「そうかそうか、確かツァラトゥストラ書院へ行きたいと言っていたな。これから出掛けてくるのか?」

「そうであります!」

「気を付けて行っておいで」

「あいあいさー!」

報告を済ませいざ出発だと勢い込んで執務室を後にしようとしたアレスティーナを、カルディア国王は彼女の名前を呼んで引き止めた。

「一人で本当に大丈夫か? やはり何人か供を付けた方が……」

「父上、とめないでくだせぇ。あっしは一人で事を成し遂げてみせると、あの日、心に決めたんでさぁ」

アレスティーナの固い決意に観念したのか、真剣な顔つきで言った何処の方言かも分からない言葉に脱力したのか、カルディア国王はくつくつと笑って「行ってらっしゃい」と優しさに満ちた声で改めて彼女を見送る。


『暗殺者を送ろうかどうしようか話し合ってる人がいたよ』

『お供が付くなら、そのお供に手を下させようって言ってるよ』

『魔道兵団も使えないかって話してる』

『でも城の外ではやめとこうって結論になったみたい』

『民衆の目を気にしてるんだね』

『当然だよ』

『王女様を殺そうとしてるなんて皆にバレたら、その人の人生終わりだもん』


精霊の声など聴こえないフリをして、アレスティーナはいつも通りの笑顔で言った。

「いってきます!」


■□■□


アレスティーナ・カルディアの世界は、嘘で作られている。


彼女は知っている、全カルディア国民に祝福されたと伝えられている国王の父と庶民の母の結婚は、家臣や貴族らの猛反対を押し切ってのものだったと。

彼女は知っている、出産の際に命を落としたと言われている母は、王族に庶民の血が混ざる事を受け入れられなかった家臣らによって暗殺されたと。

彼女は知っている、母の命と引き換えに産まれてきた自分は、母が暗殺された時に同じく殺されたと。

彼女は知っている、一度は殺されたハズの自分が生きているのは、母が死の間際に施してくれた精霊術のお陰だと。

彼女は知っている、いずれ父の跡を継ぎこの国を治める為に日夜勉学に励む自分は、家臣らにとって王族に相応しくない庶民の血を流し、女の身でありながら国王の地位を望む恥知らずだと思われていると。

彼女は知っている、毒に呪術に暗殺者にとあらゆる手で自分を殺そうとしてくる家臣らは、妻も娘も亡くせば今度こそ王は庶民などではなく貴族から新たな妃を娶るだろうと信じている事を。


彼女は、全て知っている。全て、精霊が教えてくれた事だ。

精霊は噂好きだが、嘘をつかない。何故なら嘘をつく必要がないから。

だから、嘘をつく人間が面白くて滑稽で、いつも精霊達の噂の的となるのは人間ばかりなのだ。


着替える為に自室へと向かっていたアレスティーナはふと足を止め、廊下の壁に掛けられたある絵画を見上げた。

それは王妃の死と最愛の人を亡くした王、そして幼くして残された王女を憐れんだ画家が描いた、成長した王女の両隣で王妃と王が微笑む実現する事のなかった一家団欒の絵。

この絵画を見る父は、酷く悲しそうで寂しそうで、けれどもとても愛しいものを見るような目をする。

父が母へ向ける愛、そして娘の自分に向ける愛、それだけは、嘘に塗れたカルディア城での嘘偽りのない唯一の真実なのだ。


だからアレスティーナは一つだけ嘘をつく事にした。

それは自分の身を守る為でもあり、父にこれ以上の心配を掛けない為の、妻を亡くして壊れかけた心がこれ以上壊れない為の、精霊術は扱えても精霊の声を聴ける程の力はないという嘘。


母の死の真相も、自分の暗殺計画も、全てに気付かないフリをして、やたらと勘と悪知恵だけは働く我儘で能天気な王女様。そう思われていても一向に構わない。

わざとふざけたり悪戯したりすれば、父は子供らしい稚拙な悪戯に笑ってくれる。

自分が無垢な子供のフリをして屈託なく笑っていれば、父も釣られて笑ってくれる。

嘘のない唯一の真実を与えてくれる父の為に、温かい家臣らに見守られる笑顔の絶えない天真爛漫な王女様をアレスティーナは演じ続ける道を選んだ。


――お母さま。お父さまのことも、カルディア国のことも、ボクに任せて。ボクは絶対にだれにも負けないよ。絶対に、お母さまからもらった命も力も、ムダにしないよ。

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