エンドロールはまだ早い
煌びやかに賑わうカルディア城内とは対照的に殺風景な夜の静寂が支配している外の世界。
半分に欠けた月が儚げに照らす、祝宴から隔絶されたもの達が蠢く世界。
彼は一時の安寧に酔い痴れる人らを見下すかのように、天守塔の天に向かって鋭く尖る屋根の先端に立っていた。
吹き荒ぶ冷たい夜風が彼の外套をはためかせ、目深に被ったフードから雪の様な寒々しさを孕んだ純白の髪が見え隠れしては月の光を受けて美しく輝いている。
憎しみとも蔑みとも憐れみともとれない無表情の彼に、風邪を引くよと誰かが声を掛けた。
彼の立つ天守塔よりも低い隣に並んだ塔の屋上に現れたその影。
彼は何も答えず、トンと屋根を蹴って飛び降りると静かに音もなく影の居る塔の屋上へと着地する。
「……風邪なんか、引かない……」
まだ幼さの残る声は感情の起伏がなく暗く単調で、口数の少ない落ち着いた喋り方は声とは裏腹に大人びた印象を与える。
彼は眉間に皺を寄せて影を睨む。宝石の紅玉を嵌め込んだような眼は一切の光を許さない程に暗く淀んでいる。
「……なんで、助けたの……? あの子が死んでれば、今頃サイカは……」
影はごめんと言う。
影はアジ・ダハーカに殺されそうになっていた希美を助けてしまった。その事を彼は怒っているのだ。
カルディア王がアジ・ダハーカが幻術で化けていた存在だった事は想定外だったが、今代の勇者と言われているクレナハーツを唆して希美を殺させる計画が失敗に終わった今では、彼と影の悲願を成し遂げるまたとない機会であった。
その機会を、影はみすみす逃してしまった。
「……謝らなくていい……でも、無理はしないで……」
今にも泣きそうな表情をする彼に影はもう一度ごめんと言う。
冷静に考えれば、ドラゴンの中でも凶悪で強大な存在と言われるアジ・ダハーカに立ち向かったのはあまりにも無謀な行動だった。もう二度と彼を独りにはしないと決意したのに、彼を心配させてしまった、それは大きな反省点だ。
不意に、城内から楽しそうな笑い声が響く。
それが影には酷く耳障りで、無性に羨ましかった。
「……呑気だね……もうすぐ、世界は滅ぶのに……」
蔑むような口調で彼は吐き捨てて、忌々しげにカルディア城を、カルディア国を、世界を見下ろす。
まばらに灯りのともった城下町の家々では、一日の仕事を終えた人々が家族、或いは恋人との団欒を楽しんでいるのだろう。
今の幸せが誰の犠牲と不幸の上に成り立っているのかも知らずに。
「……恨むなら、人を恨め……人の過ちが、浅ましさが、醜さが、この世界を滅ぼす……」
感情が欠落していた声に怒気が宿った。
彼がこんなにも人を恨み世界を憎むのは、影ともう一人のある人物の所為だ。
影は彼の名を呼び、彼を落ち着かせようと身体を擦り寄せる。
彼は影の温かさに気付き怒りを和らげた。
「……絶対に……絶対に、サイカを蘇らせてみせるから……だから、これからも、頑張ろう……?」
彼――絶対なる天啓の頂点に君臨する教主は影に言う。
もし、影にあの時の希美のように声を上げる勇気を持てたなら、立ち向かう勇気を持てたなら、彼を苦しめずに済んだのかもしれない、傷付けずに済んだのかもしれない。
考える事を止めていたもしもの話が影の声を詰まらせる。
けれど、もう引き返す事も立ち止まる事も出来ない。気付くにはあまりにも遅過ぎた。
『――もちろんだよ、ヴァイス』
頭を巡るもしもの話に気付かないフリをして、カカは彼に微笑んだ。
前編「もう終わりにしよう」と闇が囁いた、終幕――




