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ネガティブ戦線  作者: 楽夢智
前編 「もう終わりにしよう」と闇が囁いた
56/60

五分間の魔法

ホロはパーティー会場の壁際に置かれた椅子に腰掛けて、退屈そうにぼんやりとパーティーの様子を眺めていた。

身に着けている礼服の色は黒。長い濃紺の髪は本を読み耽っている間に、アレスティーナによって綺麗に一つに結われていた。髪結い紐の色は水色で、アレスティーナとお揃いの色だ。

立食形式に加えてダンスもあるという事があってか片足の不自由な自分は無理に参加しなくても大丈夫だとアレスティーナには言われたが、今回のパーティーの名目はアレスティーナ王政の復活とカルディア国を奪還した英雄らを祝い讃えるもの。強制参加ではなくとも人付き合いの観点から見て参加した方が無難だろう。

それに、思い出したとは言えつい最近まで盗賊のスティとして生きていたアレスティーナがいきなり諸外国の王族相手に渡り合えるのかの心配も参加した理由の一つだ。

普段とは似ても似つかない落ち着いた言動と礼儀正しい姿勢を見るからに、どうやら杞憂だったらしい。


――まさか、こんな結末を迎えるなんてね〜。


ホロはふぅと息を吐き出すと天井を見上げる。

クレナハーツが災禍を復活させると決断し決行した時点で、この世界は遂に滅亡するのだと思っていた。未来視の魔法だけは苦手だが、漠然と、けれど明確に、今回の"勇者"はそういう終わりを迎えるのだと。

しかしそれは覆されて、クレナハーツは希美と共にカルディア城へと戻ってきた。

決意が鈍ったのか、寸での所で思い止まったのか、最初から悪になれる程の器ではなかったのか、希美の存在がそうさせたのか。

でもクレナハーツは分かっていたハズだ。決行してしまった時点で、災禍を復活させて世界ごと終わるか、災禍を復活させず反逆者として処刑されて終わるか、そのどちらかしか道が残されていない事を。

だが、そのどちらでもない予想外の第三の道が切り拓かれた。切り拓いたのはこれまた予想外の人物である希美。意図して言った言葉ではなく単なる言葉の綾だったとしても、彼女の言葉によって偽物の王の幻術は破られた。


こうも偶然が重なり、話が上手く行き過ぎていると一つの疑惑が生まれる。

それは、五十嵐希美という異世界人は運命を自分の都合よく書き換える能力を神に願ったのではないかというものだ。

その考えに行き着くと今までの全てが疑わしく思えた。

異世界へ来た瞬間に絶対なる天啓に殺されかけた時も、偶然すぐ近くまで魔物討伐に来ていたクレナハーツに助けられている。自分が毒に蝕まれた左足の痛みで寝込んでいた時も、彼女は万能薬の原料となる希少な薬草を採ってきた。そして災禍復活を成し遂げようとしたクレナハーツを思い止まらせ、偽物の王の幻術を破き、ドラゴンと対峙した際には騎士団と魔道兵団を参戦させている。


――まぁ、これは考え過ぎだったけどね。でも、そういう力を持っててくれた方が良かったかな〜。


希美はホロの考えるような運命を都合よく書き換える能力など持っておらず、これから先も手に入れる事はない。彼女はクレナハーツを助ける為だけに折角のチャンスを棒に振ったのだ。

そんな彼女の献身のお陰でクレナハーツは一命を取り留めたのだが、ホロは幼馴染みの無事を喜ぶよりも先に勿体無い事をしたなと希美を憐れみ、人一人の命など捨て置けば良かったのにとさえ思った。

過ぎた事、しかも他人のした事をいつまでも不満に思っていても仕方がないと、ホロはため息ともとれる息を吐いた。

クレナハーツが災禍を復活させようとした事は偽物の王の陰謀だったとして不問となり、アレスティーナが城を飛び出し勇者の旅に同行したのは偽物の王の魔手から逃れる為だったとなり、諸悪の根源だった偽物の王が討たれてカルディア国は救われた。


――めでたし、めでたし……で、今はいっか〜。まだ災禍とか天啓とかの問題は残ってるけど……こればっかりは考えてもどうにもならないもんな〜。でも、ちゃんと考えなきゃいけないことなんだよね〜。


華やかなパーティーには不似合いな問題で頭を悩ませ始めたホロの元に小走りで駆け寄る影が一つ。

「ホロホロー! ボクもうへとへとだよー……」

「はいはい、お疲れさま〜」

元気よくホロに抱き着いてきたアレスティーナは、そのままへなへなと力なくホロにしなだれかかる。ホロは盗賊のスティの時から変わっていない過多なスキンシップに苦笑しながら彼女の頭を軽く撫でてあげた。

パーティーが始まってからずっとアレスティーナは立ちっぱなしの喋りっぱなしで、しかも相手は他国の王族ばかり。流石の彼女でも疲れてしまうのは当然だ。

少し位休憩した方がいいのではないかと考えたホロは、すぐ傍の壁に立て掛けていた杖を手に立ち上がろうとした。けれどそれを察したのかアレスティーナ全体重をかけてホロに圧し掛かり阻んでくる。

本を三冊以上持つ時は魔法で浮かせないと持てない程に非力なホロには充分重く小さく呻いた。

「しばらく座って休んだ方がいいと思うんだけどな〜」

「ボクは平気だよ! ホロホロは座ってなきゃダメ!」

「そこまで貧弱じゃないよ〜。少しだけ立ってるぐらいなら平気だから、ね?」

「むー……疲れたらすぐに言ってよ?」

渋々ではあるがようやくアレスティーナは退いてくれた。

ずっと立ったままなのは確かに辛いが、その時は魔法でも何でも使って負担を減らせばいいだけなのでホロはそれほど気にしていない。むしろ、魔法を使い辛い人間に圧し掛かられたままの方が大変だ。

「…………どうしたの? スティ。僕の顔に何かついてる?」

椅子に座り一息ついたアレスティーナの視線が壁に寄り掛かって立つホロに注がれている。少し不機嫌そうな表情を不思議に思ったホロは彼女に訊ねた。

アレスティーナはむすっとした不機嫌な表情のまま言う。


「黒じゃない色の服着たホロホロが見たかった」


ホロの着ている礼服の色がお気に召さなかったらしい。

「そう言われてもな〜……黒が一番落ち着くんだよね〜」

「外套も黒、普段着も黒、黒黒黒黒黒ばっかりじゃん! 白とか赤とか青とか、絶対他の色も似合うのにもったいないよ! 黒だけがこの世界の色じゃないんだからね!」

そんなに力説されても、洒落っ気のない自分にはどの色が似合ってどの色が似合わないのか分からないし、そもそも服装自体を気にした事がない。きっと今日のパーティーの準備の際に礼服をどうするか訊かれなかったらいつも通りの服装で出席していただろう。

「他の色がいいって先に言ってくれてたら考えたんだけど……でも、白だけは苦手かな」

その呟きにアレスティーナはパッと目を輝かせる。

「じゃあじゃあ、白以外なら着てくれるの? 着てくれるの?」

「え? うーん、着てもいいけど……今から着替えるのは嫌だからね?」

目を爛々と輝かせてそわそわしているアレスティーナに、今すぐにでも着替えの為に別室へ連れて行かれそうな不安を覚えたホロは先に釘を打っておく事にした。

「えー、つまんない」

唇を尖らせて不機嫌な表情に戻ってしまったアレスティーナ。やっぱり今から別の礼服に着替えさせようと企んでいたのかとホロは苦笑した。

申し訳ないとは思うが、彼女の高過ぎる行動力に全部付き合っていてはこちらの身が持たない。諸外国の王族を相手にしていた時の落ち着いた言動は何処へ行ってしまったのだろうか。

「……スティって、ちゃんと敬語使えたんだね。びっくりしたよ〜」

「ふっふっふ、なんてったって天下無敵なカルディア国王☆アレスティーナちゃんだからね!」

自慢げに胸を張り、盗賊のスティだった時のものを流用した決め台詞を言う。けれどふと何かを思い出したのか表情を曇らせて俯いた。


「スティ?」

「……ボクって、王様、なんだよね?」


改めて確認するまでもない事を何故訊くのだろうか。もしかして幻術の件があったから疑心暗鬼に陥っているのかもしれない。或いはまだ記憶が混濁としていてハッキリと思い出せていないのか。

「王様のハズだよ〜? まだ記憶がハッキリしてないのかな?」

アレスティーナは首を横に振る。

「王様としてどーゆー振る舞いをして、どーゆー言葉遣いをすればいいのか憶えてるし、誰が何処の国のどのくらいの地位の人で何々っていう名前でどーゆー容姿かってのも全部憶えてて、自分はカルディア国王だー、って分かってるんだけど……"カルディア国王のアレスティーナちゃん"を思い出しても、"美少女盗賊のスティちゃん"だった自分が消えてなくなるわけじゃなくってさ……こう、なんて言うか……いきなりアレスティーナちゃんが出てきてスティちゃんびっくり! みたいな?」

しっかりと思い出しているからこそ、未だカルディア国王であるアレスティーナを受け入れきれずにいると言いたいのだろう。城下町の復興にカルディア城の修繕にと何かと慌ただしくしていたから、戸惑いや困惑の声を上げられず呑み込んでいたのかもしれない。

――そういった悩み事とか、無縁そうだと思ってたんだけどな〜。

盗賊のスティこそが自分だと信じていたのに、その自分を否定されてしまったのだから本当の自分を簡単に受け入れられないのも無理はない。

「まぁ、その辺りのスティちゃんとアレスティーナちゃんのいざこざは、両者に拳で語り合ってもらって和解にもっていく予定なんだけど、今はアレスティーナちゃんがスティちゃんの自由気ままな感じに憧れてて拳と拳の語り合いまでいってなくってさー……」

盗賊のスティだった時の何にも縛られない自由さが忘れられないという意味だろうとホロは解釈した。

アレスティーナが城を飛び出してまで勇者の旅に同行したのは偽物の王の魔手から逃れる為だったという事になってはいるが、勝手に城を抜け出した事に変わりはない。本人も反省しているようなのでしばらくは勝手気ままな行動は慎むハズだ。

それに、国王の仕事がどういったものなのかは分からないが、偽物の王の所為で滅茶苦茶になってしまった政治を元に戻す為に当分の間は仕事漬けの日々が続くだろう。自由とは程遠いが、国王という立場上仕方ない。


――そうなると、しばらくはスティに異世界の本を読んであげなくていいのか〜。


異世界に関心のあるアレスティーナに頼み込まれて了承した最近の日課を思い出した。その日課がなくなると一人で集中して調べ物でも何でも出来るから大変有難いのだが、いつもの賑やかで少し煩い声のない静かな部屋で本を読む自分を想像すると彼女の声が足りない部屋はとても寂しくて退屈で、今一つ手放しで喜べないし嬉しくない。

「……アレスティーナちゃんはね、好きな時に好きな人に会えて、地位とか立場とかそんなものうっとうしいわー! って言えちゃうスティちゃんが羨ましいのよ。だってアレスティーナちゃんは一国の王様で、ハーくんとかノッちゃんとかホロホロとかと気軽に会えないんだもん」

――そっか、スティも寂しいのか。

カルディア城には王様の側近とも呼べるアーニャとデュランが居るし、二人程の頻度で会えなくても希美も居る。けれど、折角半ば強引に同行した旅で仲良くなれたクレナハーツやホロには滅多に会えなくなる。

それが王様のアレスティーナが盗賊のスティに憧れる理由のようだ。

「いつでも会いにくればいいんじゃないかな〜」

「それが出来るならボクだって悩まないよ。アレスティーナちゃんは、ホロホロが知ってるスティちゃんじゃないもん」

そんな簡単な問題ではないのだと言いたげにアレスティーナは頬を膨らませた。

「そう言われてもな〜……スティが先に言ったんだよ? "カルディア国王のアレスティーナ"を思い出しても、"美少女盗賊のスティ"だった自分が消えてなくなるわけじゃない、って。だからさ、王様とか盗賊とかいくら肩書きが変わっても、僕たちがスティと一緒に旅をしたことが消えてなくなったりなんてしないよ〜。だって、王様のスティも盗賊のスティも、どっちも同じスティに違いないんだから、ね」

ホロは続ける。

「よかったら、またいつでも異世界の本を読んであげるよ〜。あ、でも、脱走とかは駄目だからね?」

クレナハーツに常々言われているように今回の話も無駄に長くて分かり難かったのだろうか、アレスティーナは無言でじっとホロを見つめた。

自分としては大分噛み砕いて話したつもりだったがこれでもまだ駄目らしい。

もう少し分かり易く伝えるにはどうしたらいいものかとホロが頭を悩ませ始めた時、アレスティーナは自身の両頬を両手で挟み込むようにパチンと叩いた。

「今、アレスティーナちゃんがスティちゃんに宣戦布告してきた!」

「そっか、よかったね〜」

「でもスティちゃんはスティちゃんで徹底抗戦の構えに出てるよ!」

「あ〜、長期戦かな〜」

いつものような笑顔を浮かべるアレスティーナ。まだ葛藤が全部無くなった訳ではないようだが、ある程度の迷いは晴れたのだろう。


「ところでさ、スティは踊ってこなくていいの〜?」


話が一段落ついたところでホロはアレスティーナに訊ねた。

「もしかしてボク、ホロホロの考え事の邪魔しちゃってた!?」

厄介払いをしたいと捉えてしまったようでアレスティーナは慌てる。

「確かに邪魔はされたけど、邪魔だから何処かに行ってほしいとかじゃなくってね。他の国の王族の人と踊ったりとかはしなくていいのかな〜って」

邪魔という程ではないけれど災禍や絶対なる天啓への今後の対策を考える時間を取られた事は事実なので同意すると、アレスティーナはがっくりと肩を落として落ち込んだ。

厄介払いしたい訳ではないと言ったハズなのに何故落ち込むのだろうかとホロは不思議に思った。

「踊った方がいいんだけど、それよりホロホロと話してる方が楽しいんだよねー……ホロホロの邪魔じゃないなら」

「ダンスが苦手とかじゃなくって?」

「はいすぺっくが売りのスティちゃんに死角はないのである☆」

ダンスが苦手ではないのなら、一国の主で今日の主役の一人でもあるアレスティーナを壁の花にさせておく訳にはいかないのではないだろうか。

――退屈してたの、バレちゃったのかもな〜。

人一倍優れた洞察力と観察眼はなかなか侮れない。一国の王を壁の花にさせている原因の一端は間違いなく自分にあるのだろう。

ホロは一度深呼吸をすると胸ポケットから小さな瓶を取り出した。小瓶の中には薬を詰めたカプセルが五、六個程入っている。

普段なら殆ど物を持たず、必要な時に必要な物を自室から転移魔法で持って来るのだが、この薬は大変希少なものなので部屋に放っておく訳にいかず、これだけは肌身離さず持つようにしている。

ホロは小瓶からカプセルを一つ取り出して飲み込んだ。手を何度か開いたり閉じたり、足にも力を入れて床を軽く踏み締めてみたりして薬の効果を確かめる。

「何してるの? ホロホロ?」

「ちょっと確認だよ〜」

不思議そうに見つめるアレスティーナを他所にホロは一連の行動を数度繰り返し、薬の効果が問題無く出ていると確信すると小さく頷き「よし」と呟いた。


そして、杖を壁に立て掛けて両足でしっかりと歩いてアレスティーナの前に立ち、彼女へ片手を差し出し言う。

「よかったら、僕と踊ってくれませんか? お姫様」


前に一度アレスティーナに読んであげた異世界の御伽噺にあった一節だ。乙女の憧れは異世界でも共通なんだね、ときゃーきゃー黄色い声を上げながら力説していたので拝借してみたのだが、力説していた当人は忘れてしまったのか実際に言われると何かが違ったのか喜んでくれない。

「え〜と……駄目、なのかな〜?」

そう言われてハッとしたアレスティーナは椅子を倒しそうな勢いで立ち上がる。

「だ、ダメじゃなくて、ダメじゃなくって! そ、それより、ホロホロ、足、足!!」

「あ、足なら平気だよ〜。今さっき薬飲んだから、う〜んと……五分ぐらいなら動けるかな」

「薬!? 五分!? 動ける!? なんで!? 何がどうなってるの!? もうボクどこに驚けばいいのか分かんないよ!」

恥ずかしさを我慢して御伽噺の一節を言ったのに足の方への驚きが上で聞き流されてしまっている事に落ち込みつつも、混乱しているアレスティーナに分かり易く出来る限り簡潔に説明を始めた。

「前、僕が倒れちゃった時に、ノゾミちゃんが薬草を採ってきてくれたのは憶えてるよね? その時の薬草でね、大体の怪我も病気も治せちゃう薬が作れたんだ〜。流石にもう動かなくなっちゃった足とかは治せないけど、薬が一番効いてる四、五分位なら動かせるようになるみたいだよ〜」

「そんな強い薬で副作用とかないの!? 大丈夫なの!?」

「う〜ん……慣れない運動するから、筋肉痛になる位かな」

説明している間にも絶えず時間は進んでいく。薬は先程の小瓶に入っていたもので全部だ。薬草自体はまだ残しているが、それは繁殖用の為に栽培しているものなので薬に使う事は出来ない。


「ところで、まだ返事を貰ってないんだけど……駄目かな?」

「……ボクでよければ、喜んで!」


満面の笑みでアレスティーナに飛び付かれホロは少しよろける。

御伽噺のお姫様は静がに微笑んで差し出した手に手を重ねていたのだが、御伽噺通りの返事をしてくれても行動までは真似してくれなかった。彼女らしいと言えば彼女らしい。

「ねぇねぇホロホロ、そんなにすごい薬草があったなら、なんでボクに言ってくれなかったの? 言ってくれたら、例え火の中、水の中、どんなトコでも探してきたのに」

謁見の間の中央辺りの開けた空間へ向かう道すがらアレスティーナが訊ねる。

「そう言われてもな〜。見つかるハズがないって思ってたからね〜」

「はいすぺっくなスティちゃんを見くびってもらっちゃあ困りますぜ!」

「そういう問題じゃなくってね……え〜っと……」

言っておくべきか否か悩み、言っておかなければアレスティーナ一人で探しに行きそうだという懸念があった為、ホロは言っておく事にした。


「ノゾミちゃんが採ってきてくれた薬草、アンブロシアって名前なんだけど、もう何百年も前に絶滅しちゃったハズの種類なんだよね〜。だから見つけてくるのは結構難しいと思うよ?」


あの時は極めて平静を装っていたが本当に驚き、そして疑った。

絶滅したと伝えられている種の中でも稀に人の目につかない所でひっそりと生き続けているものがあるから、アンブロシアが未だ絶えていなかった事にはそれほど驚いていない。希美がアンブロシアを見つけてきた事は偶然か奇跡か、或いは異世界人たる彼女の持つ不思議な能力なのか考えはしたが、特に害があるとは思えなかったので疑う程ではない。

「なんで、ノッちゃんは見つけられたんだろ……」

「僕は"なんで見つけられたか"より――"どうやって薬草のことを知ったのか"の方が気になるかな〜」

最近の薬草事典には絶滅してしまったアンブロシアについて書かれていないものが殆どだ。カルディア城の書庫にある薬草事典にならば確か載っていたが、あれは素人が薬草を探す際に使うガイドブックではなく薬草学者の研究の際に読まれる参考書なので、生息地などの記述は一切無い。

それなのに、何故希美はロウロの森へと探しに行ったのだろうか。

彼女がアンブロシアと間違えて採ってきた毒草は熟練の薬草学者でも間違える事がある程そっくりな種類のものばかりで、目についた薬草っぽいものを片っ端から採ってきた訳ではない事が分かった。

この世界の知識を殆ど持たない彼女が、わざわざ生息地の書かれていない薬草を探しに行くだろうか。

詳しく確認もせずに突っ走ったのか、それとも、誰かに教えてもらったのか。

ホロは頭を横に振って、深みへと嵌りかけていた思考を振り払う。

「……今は、この話はやめとこうか〜。時間がもったいないし」

「そだね。ノッちゃんが恩人なのは変わんないもんね!」

考える事などいつでも出来る。足が動く今しか出来ない事に時間を割くべきだ。

この魔法は五分間だけしか使えないのだから。

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