停滞に酔う
わいわいと賑やかなパーティー会場の喧騒を遠くに聴きながら、アーニャは謁見の間から外庭へ向けて張り出したテラスの欄干に肘をつき、ぼんやりと変わり映えのしない庭の景色を眺めていた。
時々吹き抜ける風が揺らす大きくスリットの入った真っ赤なドレスは彼女のお気に入りだ。
ロランやデュラン兄弟程ではないがアーニャの生まれも貴族と呼ばれる部類に入っており、物心ついた頃から、もしかしたらそれ以前から社交界で生きてきた。一々覚えていられない程パーティーに出席させられており、正直なところ飽きてしまっている。
誰かと談笑する気も起きないし、音楽に浸る気も起きないし、ダンスを踊る気も起きない。これではデュランを"だらん"と揶揄する事が出来ないな、とアーニャは欄干に置いたまだ並々と赤ワインの満ちたグラスに溜め息を零した。
「そんな格好で外にいたら風邪引くぞ? もう若くねぇんだからよ、おばさん」
「あたしがおばさんなら、あなたも若くないって言ってるようなものよね? おじさん?」
アンニュイな空気が漂うテラスに侵入してきた彼は、アーニャの隣で欄干に背中を凭れかけた。おばさんなどという売り言葉を挨拶代わりに言う人間はわざわざ見なくても分かる、デュランだ。金糸銀糸の煌びやかな装飾が施された騎士団長の制服は相変わらず似合っていない。
ちなみにおじさんおばさんと罵り合ってはいるが、双方二十歳をいくらか過ぎた程度なのでまだ十分若いといえる年齢だ。
「それで? 物思いに耽っていたあたしの邪魔をしてまでここに来た用って、何なのかしら?」
「暇してるアーニャの相手しに来てやっただけだっての。ほら」
そう言ってデュランが差し出してきた白い皿には飾り切りが施された色とりどりの果物がよそわれていた。綺麗に盛り付けまでされており、適当に選んで乱雑に取り分けてきた訳ではなさそうだ。
「何も食ってねぇし、ここでぼーっとしてるし、具合悪ぃのかと思っただろ」
「何をするのもあたしの勝手でしょ。余計なお世話を焼く暇があるなら、少しは騎士らしい言葉遣いを身に付けたら?」
「それこそ余計なお世話だっつーの。いらないんなら、オレが食うぞ」
「……誰もいらないなんて言ってないわよ」
アーニャは渋々といった感じでデュランから果物が盛り付けられた皿を受け取った。
綺麗に盛り付けされている事もだが、具合が悪い場合でも果物類なら食べられるだろうという考えや、イチゴにリンゴにブドウにと殆どの果物がアーニャの好物である事が、酷く癪である。
「あなたのこういう所がムカつくわ……」
「あ? なんか言ったか?」
「別に何も言ってないわよ」
苛立たしげにイチゴをフォークで突き刺し口へ運ぶ。瑞々しくて甘酸っぱい果汁が口の中一杯に広がった。いつもなら頬が緩んでしまうが、この果物をわざわざ持って来てくれたのがデュランである事が非常に腹立たしくて頬が緩む余裕はない。
細かな気配りをさも当然のようにやってのけてしまう辺り、やはり兄であるロランと同じ血を引く弟なのだなと再認識する。それだけ兄の背を見て育ってきたからなのか、元から持っていた素質なのか、恐らくは後者だろう。
デュランが兄よりも劣っているなどと思っている阿呆はデュラン本人とその両親ぐらいだ。
少なくともロランが騎士団長代理を頼み込む位には上に立てるだけの実力と素質を持っている。そしてその騎士団長代理の案を反対しない位には、カルディア国を支えるもう一つの組織である魔道兵団の団長アーニャも信頼している。
ロランが尊敬される聖人君子ならばデュランは心を許せる隣人だとアーニャは思っているし騎士団員らもそう思っているに違いない。癪なので絶対口には出さないが。
「――そういやさ、魔道兵団長ってどうなったんだ?」
形容し難い苛立ちからイチゴの一つをフォークでざくざくと突き刺し始めたアーニャにデュランが訊ねた。
「どういう意味よ」
「わりぃ、言葉足んなかったか。んーと……ドラゴンと戦った時にさ、アーニャが魔道兵団長だってバレちまっただろ? 確か、魔道兵団長って周りにバレないようにしねぇといけなかったハズだし、バレちまったら団長辞めさせられたりとかあんのかなー、って」
なんだその事かとアーニャはずたずたになった無惨なイチゴを食べ終えてから答えた。
「魔道兵団長は変わらずあたしが務める事になったわ。団長がやってた諜報活動を、別の人がする事になっただけ」
そう伝えるとデュランは安堵の表情を浮かべる。
「あーよかったー。それなら早く言ってくれよな。マジで心配してたんだからよ」
「原因の一端はあなただものね。自分も責任取らされるかもって、それはそれは心配で仕方なかったでしょう?」
「……そんなんじゃねぇし」
ぶつぶつ言いながらも堂々と食って掛かって来ない辺り、珍しく反省してはいるらしい。結果論は嫌いだが、魔道兵団の協力を仰ぐという彼の判断は間違っていなかった。それなのに反省されると、自分がデュランに言われたから仕方なく動いたとでも思われているようで無性に腹が立つ。
デュランの為でも誰かの為でもなく、自分がここで動かなかったらもうデュランの事を"だらん"などと揶揄して呼べなくなってしまうのが嫌だっただけだ。
「……あなたが真っ先に動くなんて意外だったわ。だらんのくせに」
「だらんじゃなくてデュランだっての。ってか、真っ先に動いたのは勇者とノゾミだろ」
「それも含めて意外だって言ってるのよ。だらんなら、勇者が戦ってるなら大丈夫だーって絶対言ってるでしょ。間違いなく言ってるでしょ」
「勝手に決め付けんなし、だらんじゃねぇし。ノゾミに出来る事があるんなら、オレの方がたくさん出来る事があるだろって思っただけだし」
そう言ってデュランはグラスの中で転がしていた白ワインを一口飲む。
勇者なら大丈夫という考えや発言があったのは確実だが、それ以上追及するのはやめておく事にした。
何がきっかけで考えを改められたのかは興味ないし、相変わらず面倒臭がりで書類整理とかの興味が全く沸かない仕事は放棄気味だけれど、騎士団長の制服が少しだけ似合ってきたのだけは認めよう。
ロランが亡くなり、傍目から見ても明らかに荒れていたデュランに対して腫れものにでも触れるかのように接していた騎士団も、良くも悪くも本来の賑やかさを取り戻した。
――でも、あたしは今まで通り喧嘩を売るぐらいしか出来なかったわね……。
デュランの肩書きが騎士団長代行から騎士団長へ変わり、騎士団員らの態度が腫れものに触れるようなものへ変わり、今まで当たり前のように居た存在が永遠に会えない存在へ変わり。その中で、一人だけでも、一つだけでも変わらないものがあってもいいハズだと考えていた。
喧嘩を吹っ掛けられてそれに応えられる事は元気な証拠だと、慰めもせず、寄り添いもせず、支えもせず、可愛げのない口調で辛辣な言葉を吐き続ける事しか出来なかった。
昔からデュランを知っている自分の方が、出来る事は誰よりも多くあったハズなのに。
アーニャはブドウを口に運び、零れそうになる溜め息と一緒に飲み込んだ。
「あ、そうだ。城の修理とか色んな事が一段落したら、二、三日ぐらい休暇とる予定だからさ、そん時はよろしく」
「あら、先にサボる予定を教えて頂けるなんて、あなたそんなに律儀だったかしら」
「サボりじゃねぇっての。墓参り、行くつもりなんだよ……兄貴、とミーリィテスさんの」
一口大に切られたリンゴにフォークを突き刺した状態でアーニャは手の動きを止めた。
「……墓参りになんて絶対に来るな、ってご両親に言われてたわよね? あんまり人様の家庭の事に口出ししたくないけど、今のご両親の怒りを買うような真似は控えるべきだわ」
デュランが騎士団に入団して以降、彼と彼の両親は没交渉、というよりも絶縁に近い状態となっている。もしかしたらデュランという不出来な次男など存在せず、ロランという出来の良い長男のみが自分達の息子だと思っているかもしれない。
そうでなくとも、ロランの代わりにデュランが死ねばよかったなどと実の息子に罵詈雑言を浴びせる親との接触は可能な限り排するのがお互いの為だ。
「ああ、いや、そっちの墓じゃなくってさ。勇者に教えてもらったんだよ、兄貴とミーリィテスさんが眠ってる場所」
アーニャは驚きに目を見開いた。
「本当にあの短気勇者様が教えたの? 脅して吐かせたんじゃないでしょうね?」
「ちげぇよ。誰にも言わねぇから教えてくれって、誠心誠意お願いしただけだっての」
誠心誠意という部分をやたらと強調して言うデュラン。嘘を言っている様子ではなさそうだし、嘘を平然と言い募れる性格でない事は分かっているがアーニャは未だ半信半疑である。
ロランとミーリィテスが恋仲であったのは聞いているが、例え勇者の妹であれ勇者一行の一員であれ貴族と平民の身分違いの恋だ。デュランやロランの両親を筆頭とする階級やら身分やらに煩い人種からすれば、同じ墓で眠らせるなど言語道断。墓を暴いてでも二人を引き裂こうとするだろう。
だからこそクレナハーツは墓の場所について頑として口を開く事はなかった。そこまで考えの回るクレナハーツがデュランから彼の両親へ話が行ってしまう可能性を考えない訳がない。
「あなた馬鹿よね? あ、ごめんなさい、馬鹿だったわね。そんな事べらべら喋って、あたしがあなたの両親に話したらどうなるか、少しはそのない頭振り絞って考えなさいよ」
仮にデュランが彼の両親へ何も話さなかったとしよう。もしそうだとしても、今その話を聞いてしまった自分が何かの弾みで、もしくは故意に口を滑らせてしまう可能性はゼロとは言えないだろう。
「アーニャには言うかもしんねぇって勇者には一応言っといたし、べらべら喋る相手も選んでるから、そんなにバカだのなんだの言うなよ、バカアーニャ」
馬鹿に馬鹿呼ばわりされるのは大変不服だ。だが信頼するに足りえる人物だと思われている事が分かったので不満はそれで相殺する事にする。
「……そもそも、なんであたしには言うかもなんて言ったのよ」
どうせ口喧嘩の時に間違えて言ってしまうかもしれないとでも考えたのだろう。何をどう間違えるかはさて置き、アーニャはフォークで突き刺したままだったリンゴをつまらなそうに頬張った。
「なんでって、アーニャは兄貴の事が好きだったんだろ?」
「んぐっ!?」
突拍子もない発言にリンゴが誤って気管の方に入りかけて盛大に噎せる。
「お、おい、大丈夫か?」
咳き込むアーニャにデュランは戸惑いながら声を掛けて彼女の背中をさすった。しかしアーニャはすぐに彼の手を払い除け、ほとんど手付かずのままだった赤ワインを勢いよく飲んでリンゴを無理矢理流し込んだ。
ぜーはーと荒い息を整えて、アーニャはデュランを睨みつける。
「誰がそんな馬鹿げた話をしていらして!? 場合によっては武力行使も厭わなくてよ!?」
「え、違うのか? だってアーニャって、兄貴と話す時やたら緊張してるっぽかったし、兄貴の言う事だったら結構素直に聞いてたし……なんというか、こう……無駄にお淑やかだったような気がしたから、そうなのかなーって……」
どうやら目の前で純粋に驚いて阿呆面を晒しているデュランは自分がロランに対して恋慕の情を抱いていたと本気で信じて疑わなかったらしい。阿呆だ馬鹿だと思っていたがまさかここまで馬鹿だったとは。
「ロラン兄様の事はただ尊敬してただけよ! あんな誰かさんと違って文武両道で聖人君子で完璧超人な人、尊敬しないわけないでしょ!?」
「"誰かさん"が誰なのかはあえて訊かねぇけどよ……そんなに焦られると余計に怪しいんだよなー」
デュランの疑うような目にアーニャはカッとなって言う。
「第一、あたしには他に好きな人が居るのよ!」
言い放った瞬間口が滑ってしまったと思ったが、これ以上動揺を悟られてはいけないと思い直し、至極自然ないつも通りの態度を装う。
「お、マジで? 誰?」
「言う訳ないでしょ。あたしだってべらべら喋る相手は選ぶもの」
「ひっでぇ……オレは話せる相手じゃねぇのかよ」
「当たり前の事を一々訊かないで頂戴。あなたよりロラン兄様の方が数百倍頼りになるわ」
「……どーせオレは兄貴より数千倍劣った人間ですよーだ」
不貞腐れた顔で白ワインを飲むデュラン。流石に最後の一言は余計だったかと後悔するが、元はと言えばデュランが鈍い所為なので反省するのはやめた。
ロランには割と早い時期に片思いの相手が誰なのか気付かれ、言葉遣いをもう少し直したがいいとか、その喧嘩っ早さを落ち着かせたがいいとか、色々と助言をしてくれた。
その助言が活かされたか否かはこの現状が物語っている。
せめてきちんと名前を呼ぶよう努力はしているつもりなのだが、"だらん"というあだ名は彼に投げつける罵詈雑言の一種としてすっかり定着していて、つい口を突いて出てしまう。その上、今更名前を呼ぶのも何だか恥ずかしい。
「……ロラン兄様より劣ってるなんて言ってないじゃない。兄様程じゃないけど、他の人よりほんの少し位は頼りにしてるわよ」
「へいへい」
デュランは全く信じていない様子で適当に相槌を打つ。
この卑屈な部分が改善されれば今よりもう少しだけ頼りにしてあげてもいいのだが、今の様子を見る限り当分無理だろう。デュランがロランの数千倍劣っているとするならば、他の人は一体何億倍近く劣っている事になると思っているのか。そう言った所で彼は自分の言葉を信じる事はないだろうから絶対に言ってあげない、とアーニャは先程全く味わえなかったリンゴを口に運んだ。
何とも言えない停滞した気まずい空気が流れるテラスに、バタバタと音を立てて誰かの足音が近付いてきた。
「おい、デュラン」
「どーした、勇者ー。オレは今、このおばさんの心無い言葉に落ち込んでる最中なんだけどー」
「……騎士団で使ってる鉄靴とか、何処に置いてる?」
「は? 鉄靴? なんでそんなもんがいるんだ――って、あ、うん、大体分かった、言わなくていいわ」
新たにテラスへ乱入して来たのは、痛みを堪えているかのように肩を震わせ眦に涙を浮かべたクレナハーツと、そんな彼に手を引かれたもうそろそろで本格的に泣き出すんじゃないかと思う程に半泣きの顔をした希美。
鉄靴という言葉から、二人が慣れないワルツを踊っていたのは概ね察する事が出来る。そのダンスの悲惨さは今の二人の表情が物語っていた。
どんな怪我を負っても眉一つ動かさない仏頂面しか見た事の無いクレナハーツが涙目になるとは、希美は一体どの位の強さで何回彼の足を踏みつけたのだろうか。
「武器も防具も騎士団で使う道具は、ほとんど武器庫にあると思うけどよ……」
「ガッチャンガッチャン煩わしい音を立てながら踊るつもり? バカじゃないの?」
言い淀むデュランの代わりにアーニャが言う。
折角大陸でも有名な楽団を呼んでいるのに、その音色を全部打ち消して踊るなど馬鹿の所業だ。
「あ、あの、あの、く、クレナ、さん、えと、もう、む、無理に、踊らなくて、いいと、思い、ます、よ? クレナさんも、あ、足、痛い、でしょう、し、その、わ、私も、す、少し、疲れた、かな、って……」
希美が控え目に進言した。腰が引けているし、この場からすぐにでも逃げ出したいという考えが見え透いている。勿論これ以上クレナハーツに怪我を負わせてはいけないという思い遣りも感じられるが、ドレスを見せられただけで無理だと逃げ出すような人間だ、何も用事が無くなればいつもの鈍い動作とは比べ物にならないぐらいの速さでパーティー会場から逃走するのは間違いない。
それが分かっているからクレナハーツも多少の無茶をしてでも彼女を繋ぎとめて、彼女がやりたいと言っていたパーティーに参加させているのではないだろうか。
「……行くぞ、ノゾミ。絶対に一曲踊りきるからな」
「え、いや、あの、だ、だから、その、こ、これ以上、続けても、だ、誰も、幸せに、なりません、から!」
「男に二言はねぇ!」
「に、二言、が、あっても、いいと、思い、ますよ!?」
いや、ただの意地っ張りな頑固者か。
希美が助けを求めるようにアーニャとデュランを見るが、残念ながらこちらは彼を止める言葉を持ち合わせていない。
デュランはすまなさそうな顔で手を振って希美を見送った。
「……大丈夫かな、ノゾミ」
「二人とも大丈夫じゃないと思うわよ。この曲、確か軽く十分以上はある長い曲だもの」
「いや、それもだけどさ……なんか、周りの女性の視線が怖ぇんだけど」
何を言い出すかと思えばそんな事かとアーニャは興味無さ気にもう数えるほどしか残っていない果物を口に運ぶ。
性格云々は置いておいて、メイド仲間が黄色い声を上げる位には美丈夫の部類に入るクレナハーツだ。この機会に踊ったり話したり、距離を縮めてみたいと画策する女性は大勢居るだろう。
「心配するだけ無駄ね。あわよくば仲良くなりたいとか考えてはいるでしょうけど、他人の色恋沙汰を噂し合う方がカルディア城の女性陣は好きみたいよ」
「そうか? それならいいけど……」
まだ心配気に希美とクレナハーツの去っていった方向を見ながら、デュランは白ワインを口に含む。
「あたしが聴いた噂だと、確か運命の人のキスが短気勇者に掛かってた死の呪いを打ち消したとか何とか」
「ぶふっ!!」
「ちょっと、汚いじゃない」
白ワインを噴出すデュランに、アーニャは先程のリンゴの恨みを晴らせたような気分になって少し溜飲が下がった。
「わ、わりぃ……てか、それって、ドラゴン倒した後の事、言ってんだよな……?」
「だと思うわよ。どこでどう捻じ曲がって伝わったのかは知らないわ」
あの二人を見る視線に妬みや嫉みが無い訳ではないが、やっぱりかという諦観と憧れのような羨望の眼差しの方が多い。
クレナハーツが災禍を復活させようとワールドエンドへ向かった時も、ドラゴンと対峙した時も、彼の為に必死に行動したのは希美だけ。何も出来ず何もしなかった人達は、もうとやかく言える立場ではいのだ。
それに仏頂面で口数が少なく面倒事は嫌うクレナハーツが、面倒事の塊とも言える希美を厭う素振りも見せず、そこそこ表情豊かにほぼ一方的にだが楽しく言い合いをしている姿を見れば、鈍感でない人間ならばそれなりに察する事が出来るだろう。当人達がどう思っているのかは不明だが。
根も葉もない噂を流されるのは御免だが、彼女の勇気が少しだけ羨ましいとアーニャは思う。
偽物の王様相手に真正面から啖呵を切れるような勇気があれば、今のこの停滞した関係を変えられるような気がした。
今からでも変えられるだろうか。今からでも遅くないだろうか。
ぼーっとパーティー会場の喧騒を眺めるデュランを振り向かせようと恐る恐る手を伸ばして、しかし今更どう切り出せばいいのか思い付かずそのまま何もせずに手を下ろした。
「……どうした?」
挙動不審なアーニャに気付いたデュランが声を掛ける。
何でこういう時に限って鋭いんだと心の中で憤慨し、いやでもこれは絶好の機会なのではと思い直し、だけど自分から切り出すのは無性に腹立たしくて、かといって沈黙を貫き通すのも癪だ。
悩みに悩んだ末、アーニャは空になった白い皿をデュランに押し付けて言う。
「つ、次はケーキが食べたいから、ケーキを持って来てちょうだい」
「はあ!? 食いたいんなら自分で取ってくればいいだろ!?」
「うるっさいわね。レディがお願いしてるのよ? 何も文句言わずに持ってくるのが紳士のとるべき行動じゃなくて?」
「動かないで食ってばっかじゃ太るぞって、親切心から忠告してやってるだけだっての」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。あなた、最近太ってきたんでしょう?」
「し、脂肪じゃねぇし! 筋肉がついてきただけだし!」
「それなら、ちょっとケーキ持って来るぐらいどうって事ないじゃないの。それとも、そのちょっとも動きたくないぐらいにお太りになられたのかしら?」
デュランは怒りで肩を震わせて押し黙った。そして大きな舌打ちをしてアーニャから空になった白い皿を乱暴に奪い取るとテラスを後にする。
今日の舌戦はアーニャに軍配が上がったようだ。だが、勝利とは裏腹にアーニャはがっくりと欄干に項垂れた。
――あーもうっ!! あたしが言いたかったのは、そうじゃなくって、そうじゃなくって……っ!!
反省と後悔と自己嫌悪が波の様に押し寄せる中、少しだけホッとしている自分がいる。
変わらないものがあってもいいハズだというデュランへの態度は、アーニャ自身も変わらないものがあって欲しいと願ってのものなのだ。下らない事で言い合えて、立場とか思惑とか無しの本心で話せる、かけがえのない幼馴染みまで失いたくなかったのである。
前進も後退もしない、けれど酷く心地の良い停滞に、もう暫くの間だけ酔っていたい。




