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ネガティブ戦線  作者: 楽夢智
前編 「もう終わりにしよう」と闇が囁いた
52/60

救い、救われ

目に見えて落ち込んでいるアレスティーナ。そうなる原因の一端を担ってしまった希美は何と声をかければいいのか分からずにいた。

ギルドについて思い出していた為聞いていなかった分の話を今までの会話から察するに、クレナハーツが作ると言ったギルドにアレスティーナも入りたい、という我儘を言ったのだろう。そして今この場にいる全員の総意で駄目と言われているのだ。当然だが、その総意には希美も含まれてしまっている。

王様を危険に晒す訳にはいかないという事には希美も大賛成なのだが、もっと他に言い方があったのではないか、なんで話を聞いていなかったんだと後悔と反省が圧し掛かった。

「はあーぁ……分かりましたー、諦めますー……」

不貞腐れ、渋々といった感じがありありと見て取れるアレスティーナはのろのろと立ち上がる。

「でも、美少女盗賊☆スティちゃんは永久不滅なんだからね! 首を洗って待ってろよ!」

クレナハーツを指差してそう言った。指で差されたクレナハーツはこれ以上この話を続けるのが面倒になったらしく「はいはい」と適当に返事をする。絶対に諦めていないだろうと感じ取ったアーニャは、これからどういった対策を取るべきか考え額に手を当て溜め息をついた。

正義の味方を自称しているのにどちらかというと悪役寄りの捨て台詞はさて置き、いつも通りのアレスティーナに戻ってくれた事に希美はほっとする。普段底抜けに明るい分、例えフリでも落ち込まれるとどうすればいいのかいつも以上に分からなくなってしまう。

偽物の王は居ない、本物の王は無事、デュランとクレナハーツは和解しつつある。一週間前に起こった命懸けの大騒動は理想的な形に納まった。

――あれ、私、来る必要ってあったのかな?

執務室に来てから自分は絶叫しかしていなかった気がする。何の為に執務室に呼ばれたのだったかと首を傾げ、アレスティーナが自分こそ本物のカルディア王だと希美を驚かせる為かと納得する。

そうならば、王様だと告げられて絶叫を上げた後に帰ってしまったが良かったのだろうか。会話の内容には付いていけなかったし、特に話を振られる事もなかったし、むしろ自分は邪魔だったのではないか。

――今からでも、そーっと部屋を出て、庭掃除の続きしたがいい、よね。

この言い知れぬ疎外感から逃げ出したい気持ち半分、早く庭掃除の続きをしたい責務半分。風邪を拗らせ寝込んでしまった所為でほったらかしにしてしまった分、大荒れの庭を掃除しなければという気持ちの方が大きい。

「じゃあ次! ノッちゃん!」

「ぅえ!?」

突然アレスティーナに名前を呼ばれて希美は肩を跳ねらせる。またも話を聞いていなかった事に後悔しつつ、彼女の言った「次」とは何なのか助けを求めるように周りを見回した。

アレスティーナはコホンとわざとらしく咳払いをして言う。


「ノッちゃん……もとい、異世界から来た少女、イガラシ・ノゾミ。貴女の勇気によって、ボク……じゃなくって、私は自身が王であることを思い出すことが出来ました。悪しきドラゴンを見抜き、カルディア国を救って下さったこと、カルディア国の代表としてお礼を述べせさ、させ、えーっと、述べさせて頂きます。本当にありがとうございました」


深々とお辞儀をし、そしてやはり堅苦しい言葉遣いは慣れないのか顔を上げると恥ずかしそうに笑った。

「改めて言うとやっぱり恥ずかしいね! あ、後、これは王様としてじゃなくてスティちゃんとしてなんだけど、ハーくんのこと、止めてくれて、助けてくれて、ありがとう」

希美は戸惑っていた。アレスティーナの言っている言葉を素直に呑み込めない。

「……ノッちゃーん? さすがに二連続でりあくしょん無しはつらいよー」

「え、あ、ええっと、その……わ、私、その、お礼を、言われる、ほどの、事、して、ない、です、よ? わ、私なんかより、クレナさん、とか、ホロさん、とか、き、騎士団員の方、とか、ま、魔道兵団の方、とか、が、頑張って、くださって……えと、だから、その……私は、何も……」

次第にか細くなっていく声で希美は困惑しつつもそう言った。

希美が困惑するのも無理はない。何故なら希美は誰かの役に立てるような立派な事は何一つしていないと思っているからだ。

全て自分の勝手な判断でとった行動であって、とても褒められたものではない。この世界についても、この世界で生きている人々についても、深い事情をほとんど知らない無知な人間がした事は、かえってこの世界を危険に晒し、カルディア城のありとあらゆる人を巻き込んでしまった。

下手に自分が動き回らない方がもっと物事は円滑に進んだかもしれないのに、鈍臭い自分の所為でぐだぐだな展開になってしまったハズだ。

皆が一致団結してドラゴンと対峙している時さえ、自分は謁見の間の外で壁に隠れて震えていただけ。

――たくさん間違えたし、失敗したし……結局、私は何も出来なかったのに……。

思い返すたびに後悔と自己嫌悪の深みに嵌って抜け出せない。

希美は前髪を梳いて視界を遮ろうとして、あの長い前髪はもう切ってしまっていた事を思い出して顔を俯かせる。

しかし、アレスティーナの両手で両頬を挟まれて無理矢理上を向かされた。


「ふぇ!?」

「何もしてないなんて言う口はこの口かーっ!!」


そう言いながら両頬を左右に引っ張るようにして何度もぐにぐにと軽く抓まれる。随分と力加減をしているらしくほとんど痛くはないが、アレスティーナの突飛な行動に希美は更に混乱する。混乱している間も幾度となく頬を抓まれ続け、そこは口じゃなくてほっぺです、と妙な所で冷静にそう思った。

「ノッちゃんが何もしてないって言うなら! 誰がデューくんとあーにゃんを呼んで来てくれたの!? 誰がハーくんの剣を取り返して来てくれたの!? 誰が偽物の王様に立ち向かってくれたの!?」

「で、でも、その、ぜ、全部、私、が、勝手に、した、事、で……」

「まだ言うかーっ!!」

「い、いひゃいれふー!」

今度は両頬を左右に思い切り引っ張られる。手加減なしに引っ張られれば普通に痛い。

抗議の声が届いたのかすぐに頬を引っ張るのは止めてくれたが、未だ両頬を両手で包み込むように添えられて視線は強引に上を向かされている。

アレスティーナの怒っているような今にも泣きそうな目で睨まれ、顔を俯かせる事が出来ない代わりに視線を逸らした。

「ノッちゃんが騎士団と魔道兵団を呼んできてくれたからボクたちはドラゴンに勝てた、ノッちゃんがドラゴンに立ち向かってくれたからボクたちは反撃に出れた、ノッちゃんがあの時王様に向かって怒ってくれたから、ボクはボクが王様だったって思い出せて、みんなあの王様は偽物だって気付けた。全部、全部、ぜーんぶ、ノッちゃんのお陰なんだよ!?」

一気に捲し立て、そして噛んで含めるように言い聞かせる。

「ノッちゃんが、ハーくんのことも、ボクのことも、カルディア国も、救ってくれたんだよ」

ただひたすらに我武者羅で、自分の行動を顧みる余裕さえなく、悪足掻きに悪足掻きを重ねたみっともない上に取るに足らないような行動の数々。


本当に、思ってしまっていいのだろうか。自分の小さな行動で、この国を救えたのだと。


アレスティーナは優しいから、もしかしたら嘘を言っているかもしれないけれど、本当にそう思ってくれているのだと信じてしまっていいのだろうか。

鈍臭くて、失敗ばかりで、居ても居なくても変わらないような邪魔者でも、彼らの役に立てたのだと驕ってしまっていいのだろうか。

鼻の奥がじんじんと熱くなり視界が涙でぼやける。

今にも泣き出しそうな希美にアレスティーナはぎょっとした。

「ちょ、なんでノッちゃん泣くのー!? ボク、何か変なこと言っちゃった!? 言っちゃったの!?」

「ち、ちが、ちがい、ますっ」

鼻を啜り、嗚咽で声を詰まらせながら希美は言う。

「わ、わたし、わたしっ、その、お、お役に、た、立てた、ん、です、か? じゃ、邪魔じゃ、なかった、ん、ですか?」

希美の頭にクレナハーツの大きな手がぽんと置かれた。


「オマエが居なかったら、少なくとも、俺は今ここに居ねぇよ…………ありがとな」


素っ気なく呟かれた言葉に希美の涙が堰を切ったように溢れ出した。

ぼろぼろと涙が零れて止まらない。泣いてしまっては皆に迷惑がかかると、鼻を啜り、声を押し殺し、必死に止めようとするが止まらない。

――間違ってなかった……失敗してなかった……私も、私も役に立てたんだ……っ!

鈍臭いと、邪魔だと言われ続け、誰にも認めてもらえず、努力するだけ無駄だと悟り、自分に出来る事なんて何も無いのだとずっと思っていた。それじゃあ自分は何の為に生きているのか分からなくなり、自分が生きている理由が欲しくて、自分に出来る事を探し続けてきた。


たった一言なのに、初めて、自分を認めてもらえた気がした。


悔しい訳でも、悲しい訳でも、苦しい訳でもない、ただ嬉しくて嬉しくて涙が溢れる。

『この優しい人たちに、私は何が出来るのだろうか』

いつかロウロの森まで薬草を採りに行き、心配されて、怒られて、感謝された時に思った事。

自分は、自分に出来る事を果たせたのだ。恩を返す事が出来たのだ。

「泣かせちゃったね〜、クレナ」

「……は? 俺? 何もしてねぇだろ」

声を上げて本格的に泣き出した希美に驚いて頭に置いていた手を離したクレナハーツにホロが言った。

事実無根な濡れ衣にクレナハーツはすぐに反論するも、人目も憚らずにわんわんと泣く希美を見て本当に何もしなかったよなと自分の言動を疑い始める。

「思い当たる節でもあるならさっさと謝ったら?」

「思い当たる節があっても謝らねぇようなヤツに言われてもなー」

すかさず口を挟むデュランをアーニャは睨みつけた。

「ノッぢゃんー、泣ぎ止んでよぉー!」

貰い泣きして涙ぐむアレスティーナは希美をどうにか泣き止ませようと、両手を添えていた彼女の頬をこね回す。

涙も鼻水も止まらず随分とみっともなく泣いているにも関わらず、誰も笑わず、むしろ泣き止ませようと労わってくれる当たり前の事が嬉しくて、まだまだ涙が溢れて来る。

いい加減泣き止みたいのだが、十何年と生きてきた人生で初めての嬉し泣きに希美はどうすればいいのか全く分からない。

「ご、ごめ、なさい……わ、わたし、その、こ、こういう、とき、ど、どう、したら、いいのか、わか、ら、なく、て……」

どうやったら涙は止まるのだろうか。今までどうやって自分は涙を堪えてきたのだったか。

それよりも、お礼を言われたらなんと返せばいいのだろうか。

「そーゆー時は!」

アレスティーナが希美の口角を指で持ち上げる。

「にっこり笑って、どういたしまして、って言えばいいんだよ!」

アレスティーナの笑顔につられるように、希美は嗚咽で歪む口角を持ち上げて少しいびつな笑みを作った。

「ど、どういたし、まして……っ!!」

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