変わらない今までと変わっていくこれから
クレナハーツらに魔王討伐をお願いしたはいいものの、人数はたったの三人。騎士団長のロランも加わると言ったがそれでも四人しかいない。こんな少数で本当に大丈夫なのかと何度も確認したけれど、彼らは大丈夫だと言って旅立った。
けれど残念な事に、アレスティーナは「大丈夫」と言われて「はいそうですか」と簡単に引き下がれるような人間ではない。その性格を熟知している王の側近たる騎士団長と魔道兵団長は城を抜け出すかもしれないと考え警戒していたらしく、厳重な監視の目から逃れるのには随分と骨が折れた。
人一倍好奇心旺盛だった為に培われた王族なのにと窘められるような知識と経験。自分の身は自分で守らなければならないからと教えられた剣術。持って生まれた母親譲りの精霊術。幼い頃に父母を亡くしてから利用しようとすり寄る大人らを見て自然と鍛えられていった洞察力と観察眼と社交性。自分の武器はいくらでもあった。
そしてなによりも、憧れていたのだ。異世界の物語として紡がれた、分け隔てなく手を差し伸べる正義の味方に、世界を旅する自由な旅人に。
「旅より前の記憶があやふやなのも当然だよねー。だって、"美少女盗賊☆スティちゃん"はハーくん達と旅がしたくてその時に作り出した存在なんだもん。それより前の"カルディア国王アレスティーナ"の記憶なんて持ってないない☆」
あっけらかんといつもの調子で語るスティ、改めアレスティーナ。
「なるほどね〜、つまり盗賊のスティとして旅をしている間に、アジ・ダハーカがカルディア国王に成り代わって、スティは国王の、えーっと、ア、アレ、レ……レ……なんだっけ?」
「アレスティーナだよ、ホロホロ!」
「あ、そうだったね、えーっと、カルディア国王に成り代わられて、スティは国王のアレスティーナに戻れなくなっちゃって、旅の間の設定だった盗賊のスティこそが本当の自分だって思っちゃったんだね〜」
「むぅ……そんなに前から狙われてたとは、スティちゃん一生の不覚!」
スティはむすっと唇を尖らせた。
忍び寄っていたカルディア国の危機を察知出来なかった事に不満を感じているのだろうが、今回の場合は城を抜け出していて良かったのではないだろうか。もしアレスティーナが城に留まっていたなら、あのドラゴンはカルディア王へ成り代わる為に現国王を殺していたかもしれない。
アレスティーナら家族が描かれた絵画を見て学校の怪談じみた怪現象を想像してしまった事を思い出してから、頭の隅でどこそこの鏡に映ると鏡の中の自分と入れ替わるなんて怪談もあったなあと考えていた希美はその最悪の可能性に身震いした。
「王様が脱走しやがってすぐに成り代わられた訳じゃないわよね? それなのに、どうしてあなた達はこんな変装らしい変装も出来てないエセ盗賊が王様だって気付かなかったのかしら?」
アーニャがクレナハーツとホロを睨みつけて言った。
希美は自分も含まれているのかと一瞬焦ったが、つい先程アレスティーナが王様だと知ったばかりの自分には無理難題だ。違うよね、と自信なさげにアーニャの顔色を窺い、肩を落としてあからさまに落ち込んでいるアレスティーナに気付いた。どうやらアーニャの言った「変装らしい変装も出来てないエセ盗賊」という言葉にショックを受けたらしい。
「人の顔とか、一回会っただけで憶えきれねぇよ」
「会った事あるような気がするな〜っては思ってたんだけどね〜」
「……あなた達に期待したあたしが馬鹿だったわ」
良くも悪くも田舎者の二人には、自分達の住んでいる国を治めている王様の顔など全く馴染みも興味もなかったようだ。
「でもさ、兄貴はさすがに気付いたよな?」
「うん、さっすがらんらんだよね☆ 出会ってすぐ、顔がさーって青くなってたよ」
「そりゃそうだろ! 兄貴じゃなくてもビックリするっての!」
「すぐに帰れーって言われちゃったけど、全力で恋路を応援されるのと、邪魔されるのと、どっちがいーい? って脅し……もとい訊いたら顔を赤くしたり青くしたりして、だいぶ悩んでたけど黙認してくれたんだよー!」
「あ、兄貴……」
「ロラン兄様……」
デュランとアーニャは呆気にとられて二の句が継げない。それは騎士団長を脅してまで旅に同行したアレスティーナに対してなのか、脅しに屈して王様の旅への同行を黙認したロランに対してなのかは不明である。声に同情が滲み出ているので恐らく前者だと思われるが。
無駄に行動力のあるアレスティーナを敵に回せばどうなるか想像に難くないので、ロランの判断は致し方の無いものだ。全く面識のないデュランの兄の人知れぬ苦労を垣間見たような気がして、希美は心の中でお疲れ様ですと呟いて合掌した。
「あとね、デューくん許さんってらんらんが呟いてた」
「ちょっ、濡れ衣だっての! てかなんで王様知ってんだよ!? オレ、誰にも言ってねぇんだけど! 言ってねぇよな!? な!?」
ロランの恋情については仲の良い騎士団員にさえ話していなかったし、何より騎士団長代行の件で相談された時にロランの方からうっかり口を滑らせてしまっただけで、当時知っていたのはデュランだけのハズ。それにも関わらずその事を持ち出して脅迫している事に気付き、デュランは慌ててアーニャに同意を求めた。
「知らないわよ! あたしに訊かないでちょうだい!」
勿論、アーニャにも話していない事だったので彼女が事の真偽を知っている訳がない。
「大丈夫だよー、盗み聞きだから」
「なんだ盗み聞きかよ……あー、焦った」
「……なに安心してやがるのよ、バカだらん。盗み聞きも十分悪いわよ」
自分が知らず知らずの内に口を滑らせた訳ではなかったと分かりデュランは安堵の息を吐き、安堵する箇所が違うのではないかとアーニャは呆れたような溜め息をついた。
「……帰るか、ノゾミ」
「え、え? え? で、でも……」
一連の騒ぎを黙って見ていたクレナハーツが、同じくオロオロしながら黙って騒ぎを見守っていた希美に声を掛けた。本当に帰ってしまっていいのかと希美は戸惑いながらクレナハーツとアレスティーナらを交互に見る。
クレナハーツはアレスティーナらに背を向けて、どうしたらいいのか戸惑っている希美の手首を掴んで扉へと歩き出した。掴まれている手を振り払っていいものか分からず、希美は帰ってもいいなら庭掃除しないとなぁとぼんやり考えながら引っ張られるようにして歩く。
「あの、えと、クレナ、さん? その、えっと、本当に、帰って、しまって、いいんでしょうか?」
「別にいいんじゃねぇか?」
「よ・く・な・い・よ!」
クレナハーツの適当な返事を遮るようにアレスティーナが叫んだ。
「全っ然よくないから! なんで帰ろうとしてるの!? まだ本題なんにも話してないのに!」
「ならさっさと言え」
「……ゴメン」
「……わりぃ」
本題を放り出して雑談に花を咲かせてしまっていたアレスティーナは項垂れて、話が脱線するきっかけを作ってしまったデュランは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
クレナハーツは希美の手首から手を離してアレスティーナらに向き直る。希美も一拍遅れてそれに倣う。
「こほん……えーと、まずは……勇者クレナハーツ、それから魔法使いホロ、遅くなりましたが魔王討伐の命を果たした事、エステルダストの国々を代表してショーサンとカンシャの言葉を贈ります。ありがとうございました」
こういった畏まった言い回しに慣れていないのかアレスティーナは所々噛みそうになりながら言った。
「それで、そのコーセキを讃えて褒美をとり……じゃなくて……と……と、とら、とらせよう?」
「なんで疑問形なのよ」
「だってボク、こーゆー言葉遣いって苦手なんだもん! なんか恥ずかしいし! もーやめた! とにかく! あのドラゴンが勝手に図書館の館長をーとか騎士団長の座をーとか言ってたけど、ボクから、正式に、きちんと、ちゃんと、ハーくんとホロホロが欲しいものをあげたいの!」
畏まった言い回しが余程言い辛かったのだろう、今まで通りの砕けた話し方へと戻した。気を払っていた一人称さえとうの昔に訂正するのを止めているので今更な気もする。
「僕は、今のまま館長で居れたらそれでいいよ〜」
特に逡巡する素振りもなくホロは言った。
「アジ・ダハーカは僕が邪魔だったから、図書館に閉じ込めておくつもりだったんだと思うけど、本に埋もれてると安心するし、調べ物もしやすいし、それにあんまり外に出るのとか好きじゃないからね〜。たまにスティとかクレナとかノゾミちゃんとかが来てくれれば、それだけで十分かな」
たまに誰かが訪ねてくれればいい、という言葉にアレスティーナがパッと目を輝かせる。たまにどころか毎日押し掛けかねないその表情に、アーニャとデュランの両団長はこれから起こるであろう王様の脱走劇と大捕物にげんなりとした表情を浮かべた。
「それで、ハーくんは? たぶん、デューくんとか騎士団とかと仲違いさせたくて、騎士団長の座をーって言ってたんだと思うんだけど、でも、もしハーくんが騎士団長になりたいなら、ボクは叶えてあげられるよ?」
偽物の王様は居なくなり、本物の王様は無事で、嵐や死闘で被害を受けた城下町もカルディア城も復興の目処がつき、これでめでたく大団円だとすっかり思い込んでいた希美は、クレナハーツとデュランの確執を忘れていた事に気付きハッとする。
しかし気付いたところで自分に出来る事は何もなく、希美は不安げに彼らを見た。
「興味ねぇし、無理」
「だよね☆」
そんな希美の心配を他所にクレナハーツはアレスティーナの提案をばっさりと切り捨てた。予想通りの返事だったのかアレスティーナはけらけらと笑う。
「家の修理とかしてる騎士団の奴ら見てたけど、あんなのの上に立つとか無理難題だろ」
「そりゃあ、結構ふざけてたりはするけどさ、良い奴ばっかりだぞ? そんなに言われるほど酷くねぇって思うんだけどなぁ……」
「……これなら一気に釘が打てるとか言って、あの無駄にでかい盾持ち出してきて、ほとんど修理が終わってた壁に穴空けるような奴が?」
「あれはー……そのー……スンマセン」
背後に般若を背負ったアーニャと目を合わせないようにデュランは顔を背け、誰に対してなのか分からないが謝罪の言葉を述べた。
クレナハーツとデュランの間に一時期の様なギスギスとした空気はない。その意外な様子に希美は拍子抜けして、しばし呆然とした後ほっと胸を撫で下ろした。何があったのかは分からないが、いがみ合わないに越した事はない。
「じゃあ、ハーくんは何が欲しいの? 何か言ってくれるまでスティちゃんは粘るよー、しつこいよー、面倒臭いよー?」
何を言ってくるのか期待に胸を膨らませて目を輝かせるアレスティーナに、本人の言う通り面倒臭いなとクレナハーツは溜め息をついて頭を掻いた。
「……ギルド、作ろうと思ってんだ。ギルドの連中に色々訊いたら、きちんとした正式なギルド作るには色んな国の承認が必要で結構面倒臭いって聞いた。だから、その辺の事手伝ってくれれば、俺はそれでいい」
視線を斜め下に逸らしてぶっきらぼうにクレナハーツは言った。
「ギルド? 作るの? ハーくんが?」
「なんか文句あんのかよ」
「だってそんなこと、一言も言ってなかったじゃん! びっくり仰天だよ!」
どんな些細な情報さえも聞き漏らさないアレスティーナでさえ、ギルドの話は青天の霹靂だったらしい。希美もアレスティーナにつられて驚いたが、そもそもギルドとは何だっただろうかと首を傾げた。カカに教えてもらったような気がするけれど、なかなか思い出せない。
「ずっと、考えてはいたんだよ。旅してみて、ギルドに頼りたくても頼れない村とか知ってな。色々あって考えんのやめてたけど、ドラゴンの事とかあって、城下町の復興手伝ってみて、やっぱり、人助けがしてぇんだ、俺」
ちらりとクレナハーツはギルドが何だったかと必死に思い出そうとしている希美を横目で見た。
「世界守れって言われてもよく分かんねぇけど、俺の守りたいものとか、誰かが守りたいものぐらい、守ってやりたいんだ。もう、後悔したくねぇからな」
「……そっか!」
アレスティーナは嬉しそうな満面の笑みで茶化す事もせずそれだけ言った。
「ギルドの名前とかは決めてるの? シンボルマークは? もう考えたの? 考えたの?」
「まだだ。そういうの考えんの、苦手なんだよ……」
「もちろんボクもハーくんのギルドに入っていいよね? ね? ね?」
「は? ダメだろ」
「無理だと思うよ〜」
「やめといたがいいんじゃねぇか?」
「馬鹿なの?」
「みんなヒドイ! あーにゃんにいたってはただの悪口じゃん!」
全員から全面否定されたアレスティーナは涙目になり、唯一否定の言葉を言っていない希美に助けを求めるように抱き付いた。
「ノッちゃーん! ノッちゃんだけはボクの味方だよね!?」
「ぅえ!? え、え、え? え? え!?」
ああそうだ、ギルドは確か迷子探しや魔物退治をしてくれる何でも屋さんの事だ、とようやく思い出して喉に引っ掛かっていた小骨がやっと取れた感覚に安堵していた希美は前触れもなく突然抱きつかれて狼狽する。ギルドが何か思い出すことに一所懸命で、周りが何の話をしていたのか全く耳に入っていない。
どうしようと助けを求めて周囲に視線を彷徨わせる。希美の困惑した表情に気付いてくれたデュランがアレスティーナの死角で、腕でバッテンを作った。駄目だと言え、という事だろう。希美はデュランの助け舟に感謝し、その通りにする事にした。
「えと、えっと、だ、駄目、で、す?」
「ノッちゃんにまで見放されたーっ!!」
「え、あ、え、ご、ごめんなさい!?」
デュランの指示通りに言ったものの、今にも泣き出しそうな顔のアレスティーナを見て指示を読み違えてしまったかと焦る。
「いい加減諦めろ。勝手に玉座空けて、また成り代わられても知らねぇからな」
クレナハーツに痛い所を突かれ、アレスティーナも気にしていたのだろう、うぬぬ、と唸って黙り込んだ。
「……そんなこと言っていいのかなー、ハーくん?」
「は?」
諦めたかと思いきや微塵も諦めていないアレスティーナが意地の悪そうな笑みを浮かべてクレナハーツに言う。
「ハーくん、ボクに貸しがあるんじゃなかったっけー?」
「もう返しただろ」
「そうそう、もう返してもらっ、て……え?」
予定外の言葉で即答されアレスティーナはしばし呆然とする。
「いやいやいやいや、まだ返してもらってないよ? 返してもらってないからね!?」
「……オマエの言ってる"貸しを返せ"ってのは、"どんなお願いでも一回は聞け"って事だろ?」
「え、うん、そうだよ。だから――」
「驚かせたいから自分が本当の王様だって事をノゾミには何も説明するな、ってお願いしてきたのは、何処のどいつだ?」
「…………はっ! そうだった!」
クレナハーツに言われて初めて気付いたアレスティーナはその場に膝から崩れ落ちてがっくりと項垂れた。
「不覚……っ!!」
「分かったら黙って王様やってろ。これ以上迷惑かけんな」




