エステルダスト大陸
エステルダスト大陸はこの世界の要といえる有人大陸である。
他にある大陸といえば北の最果てにあるワールドエンドと呼ばれる、何も住んでおらず何も実らない、寂れた不毛の大陸がある程度だ。
そのエステルダスト大陸で、世界一の領土を誇る国がカルディア国。
戦争によって広がっていった領土であるが、国内の治安は悪くはない。
今のところは諸外国との衝突も無く、割と平和な日々が過ぎている。
そしてここはカルディアの誇る大陸一の規模をもつ、大図書館『ツァラトゥストラ書院』。
「――さて、今までの話で知っていたことはあるかな?」
概略を話し終えてそう問いかけたホロに、希美は首を力無く横に振る。
全く聞いたことのない地名だらけだ。
地理の教科書にも載っていなかったし、歴史の教科書でも見たことがない。
「やっぱりね。ちなみに、君は何処から来たのかな?」
「え、っと……に、日本から、です……」
「ふーむ……ニホンかあ…………ちょっと待っててね」
そう言ってホロは椅子にしていた本のタワーから下り、左手に持った杖を支えにしながら本の海を歩いていった。
この辺りだったかな、と呟いて積み重なった本の背表紙を確認していく。
「…………」
「…………」
残された希美とクレナの間には沈黙が流れた。
ちらりと横目で仰ぎ見たクレナの目は、森では綺麗だとか思っていたのに、今は苛立たしさしか感じ取れず怖い。
希美は前髪を梳きながら少しだけ視界を覆った。
「あったあった!」
ホロが嬉しげな声を上げ、積み重なった本を避ける事もせずにタワーの中間辺りにあったその本を引っ張り出した。
「!!」
ぐらりとホロ目掛けて崩れくる本。
焦ったのは、希美だけだった。
「止まれ」
ぴたり、とホロが短く呟くと倒れてきていた本はそのまま空中で停止した。
空中に浮かぶ本。
希美は目を点にしてそれを見つめていた。
ホロがタワーの根本を指差すと、浮かんでいた本はそこへと独りでに積み重なっていく。
数分と掛からず、本のタワーは元通りになった。
先刻の裂け目といい、先ほどの空中に浮かんだ本といい、まるで"魔法"でも見ているようだ。
「お待たせ〜。えーっと、ミホンだっけ?」
「に、日本です」
「そうそう、ニホンニホン」
ホロの持ってきた本はところどころ装丁が剥げたり汚れたりしており、年期の入ったものだと分かる。
題名には"異世界について"と書かれていた。
「二……二……ニホ……うーん、無いね。また新しい異世界から来たみたいだね〜」
「あ、あの……」
「うん?」
「えっと……その……」
どうして異世界とか異世界人だとか知っているの、とか、その本には何が書いてあるの、とか、希美には訊きたい事がたくさんあった。
しかし口は思うように動いてくれず、どう訊ねればいいのか言葉が出てこない。
そして沈黙が続けば続くほど焦ってしまい、訊くべき言葉が喉に詰まってしまう。
「だあーっ! くそっ! うざってぇなあ!!」
声を荒げたのはクレナだった。
希美は肩を跳ねらせて反射的にクレナを見上げる。
「うじうじうじうじうじうじ! さっさと言いたい事言いやがれ! 何が言いたいのか、ちっとも分かんねぇっつの!」
顔を近付けながらクレナはまくし立てた。
怒鳴られていることに加えて顔が至近距離にあることで希美は極度の緊張に目を回す。
「え、えぇっと、ど、ど、どうして異世界、とか、異世界人、とか、分かるの、かなって……」
「他には!!」
「そ、その本には、何が書いてあるのかなって……!」
「他に!!」
「お、お二人は、誰なのかなって……!」
「他!!」
「も、もうないです!」
悲鳴に近い声で叫んで、ようやくクレナの顔が離れていった。
早鐘を打つ胸を押さえて荒い呼吸を繰り返す。
――色々と心臓に悪過ぎる……っ!
体力的にも精神的にも、今日は心臓がいくつあっても足りない気がする。
クレナはホロに向き直って手短に告げた。
「――だってよ」
「……うん、クレナが答えるつもりはないんだね……」
別に構わないけど、とホロは付け加えた。