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ネガティブ戦線  作者: 楽夢智
前編 「もう終わりにしよう」と闇が囁いた
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君に言いたいことがあるんだ

暗く深い張り詰めた静寂。一筋の光も差さないような厚い闇で作られた底無し沼を沈んでいく感覚。

身体には底から伸びる闇が絡み付いていて、その闇に引っ張られて下へ下へと沈んでいく。

恐らくこの厚い闇の底に辿り着いた時、自分は死ぬのだろう。彼、クレナハーツは漠然とながらそう確信していた。

闇を振り解こうともがく事も出来るのだろうが、もがいたところで絡み付くその闇は微動だにしないだろうし、何より振り解く力も気力ももう残っていない。それでいいのだと、彼は闇に引っ張られるがままこの闇の底を、死を目指した。


――そっか……俺は、やっと死ねるのか。


クレナハーツはずっと死を待ち望んでいたのだ。妹を、妹の恋人を亡くしたあの日から、ずっと。

あの日から自分の見る世界は色味の無い白黒にしか見えず、誰かの発する言葉さえも意味を成さない雑音にしか聞こえなかった。

本当なら、勇者の宿命も魔王討伐の使命も全部全部投げ捨てて後を追いたかったのだが、身勝手に二人も殺してしまった自分の更なる身勝手などとても許せるものではなく。理不尽な運命と自分自身への怒りを魔王へ向ける事でどうにか勇者クレナハーツとしての仕事を終えた。

そこに世界を守るのだという立派な信念などない。

あまりにも勇者らしくないなと自嘲した。

――やっと、オマエらの所に逝けるな……待たせて悪かった。

随分と無茶な魔物討伐も率先して引き受けた。偽物の王はクレナハーツに世界へと憎悪を向けさせて新たな魔王を生み出そうとしていたのだろうが、彼は憎悪を向ける相手を探すと共に死に場所も探していたのである。

死にたいという悲願が、今ようやく果たされようとしている。

『クレナ』

のんびりとした幼馴染みの呼ぶ声が聞こえた。飄々としていて自分なんかよりも圧倒的に強い力を持っていて、誰よりも非力で体力が無いのに緊急事態に陥っても一番生き残りそうだなと思っていたけれど、本当にその通りになるとは思ってもみなかった。誰が死んでも、彼だけは魔王も望まず死も望まず、今まで通り過ごすのだろう。

『ハーくん』

底抜けに明るい自称美少女盗賊の呼ぶ声が聞こえた。鬱陶しく思う程無駄に元気で四六時中笑っているくせに些細な事ですぐ泣くぐらい涙脆くて、情緒不安定なのかと妹が本気で心配していたなと懐かしんだ。偽物の王は倒れ勇者も死ぬ、だからもう無力だったなどと考えて贖罪をしなくてもいい。これから先が大変だろうけれども彼女ならどうにでもしてしまえるのだろう。

『短気勇者様』

冷静沈着なメイド改め魔道兵団長の呼ぶ声が聞こえた。丁寧さを気持ち残した程度の暴言寸前の言葉を吐いて知らない内に敵を増やしそうだなと思っていたが、その反面誰よりも世話焼きで面倒見のいい人柄で、本来ならば隠し通すべき魔道兵団長という肩書きを使わせてしまったなと後悔する。

『勇者』

どこか子供っぽい騎士団長の呼ぶ声が聞こえた。彼の兄が言っていた通り、人を惹きつけ人を動かす天性の才能を持っている騎士団長の地位に相応しい人物だ。騎士団長の座を勇者にと言っていたのは偽物の王だったからその地位を脅かすものはもうないし、いがみ合う相手も今から死ぬ。

――意外と、心残りってねぇんだな。

それも当然だ。自分の世界は色を失って白黒になってしまった、白黒の世界に思い入れもやり残したことも有りはしない。死ぬ為だけに今まで生きてきたのだ。死はとても気楽なもので、悲しみに満ちたものではない。喜ばしい事だ、喜ばしい事なのだ。


それなのに、何故こんなにも苦しいのだろうか。


死を望んでいたのだと、本懐を遂げて喜ばしいのだと自分に言い聞かせる度に、心臓がジクリと痛んで言い知れぬ悲しさと寂しさに襲われる。この痛みは何なのだ、心残りだとでも言うのか。誰よりも死ぬべき存在の自分に心残りなど無いハズなのに、何故痛むのだろうか。

底無しの厚い闇が自分を嘲笑った。心残りなどあるハズないだろうと、勇者にも魔王にもなれない半端者に居場所などありはしないと、冷たく笑う。反逆者だ、死神だ、敵意に満ちた言葉と刺すような冷たい視線が注がれる。自分を嘲笑う言葉にもなっていない雑音が闇一杯に溢れた。

クレナハーツは耳を塞ぐ事もせず、ただ全てを諦めて、この白黒の世界から別れを告げるように目を閉じる。


『うるさあああああああああああいっ!!』


刹那、響き渡った声が雑音を掻き消した。

謁見の間で死罪を言い渡された時にその場の空気も雑音も何かもかもを打ち破った、おどおどしてばかりで頼りない異世界から来た少女の、初めて聞いた怒りに満ちた大きな声。偽物の王と相対した時の背中は、恐縮して縮こまってばかりだった今までと比べ物にならない程に大きく見えた。

あの場に居た全員に死を望まれていた自分を、彼女たった一人だけが生きていてほしい、生きていてもいいのだと言ってくれたように思えた。

――やめろ、やめてくれ。なんで、なんでオマエは……っ。

視界を涙で滲ませながら耳を塞ぐ。

折角死を受け入れる決意が固まっていたのに、ようやく待ち望んでいた死を与えられたのに。心の奥底に押し込めていた心残りに気付いてしまう、抱く事さえ諦めて捨てたハズの希望に手を伸ばしてしまう。

ホロみたいに優しく接する事も出来ない、スティみたいに明るく振舞う事も出来ない、アーニャみたいに面倒見も良くない、デュランみたいに冗談を言って笑わせる事も出来ない。突き放すような言葉も言った、理不尽に怒鳴ったりもした、そして何より自分は彼女を殺そうとした。

恨まれこそすれ、助けられる謂れなどありはしない。


『あ、あの、く、クレナ、さんっ!』

それなのに、なんで彼女は嬉しそうに自分の名前を呼ぶのだろうか。


ずっと自分が彼女の手を引いて歩いていたのだと思っていた。迷って悩んで思い詰めている彼女を助けてきたのは自分だったのだから。

けれど、いつの間にか彼女は遠慮がちに自分の世界に入ってきて、拒絶しても突き放しても振り払っても付かず離れずの距離を保ってずっとそこに居続けた。そしておずおずと近付いて、どもりながら話し掛けてきて、気付いた時には自分の方が彼女に手を引かれていた。白黒ではない、色付いた世界へ向かって。

――オマエの所為だ……オマエが俺の世界に勝手に入ってきた所為で、俺は……っ!

彼女が自分の名前を呼ぶ度に、口下手なりに必死に言葉を選んで話し掛けてくる度に、彼女の表情が仕草が声が自分の世界に少しずつ少しずつ色を付けていった。一度は滅んでしまえばいいとまで思った何の思い入れも居場所もなかった白黒の世界が音もなく崩れていく。

池の畔で聞いた彼女の話は彼女を毎日一目だけでも見る為のきっかけに過ぎなかった。幼馴染みの為に行動してくれたあの優しさでいつか自分の白黒の世界を色付けてくれるのではないかという淡い期待に、自分でも知らない内に縋っていたのだ。


――…………死にたくない。


拳を握りぐっと力を込める。このまま闇に引き摺り込まれては駄目だ。身体に絡み付く闇を振り解こうともがき暴れた。予期せぬ抵抗に闇は一瞬怯むが、更に厚い闇が幾重にもクレナハーツに絡み付いて、どんどん底へと引きずり込む。

――嫌だ、死にたくない、死にたくない、死にたくないっ!

やっと世界が色を取り戻してきた。やっと世界が輝いて見えた。やっと彼女が自分の白黒の世界を壊してくれたんだ。

まだ生きたい、生きていたい。彼の心に生きる意志が明確に芽生える。しかし闇はあまりにも無情で、彼が暴れるのも意に介さず底へ底へと引きずり込む。

――俺は、まだ、アイツに、希美に、

彼女がこの世界に来てからの出来事が走馬灯のように駆け巡った。

ずきりずきりと痛む心臓が訴える心残り。沢山傷付いて傷付けて、沢山苦しんで苦しめて、それでも泣いて怯えて足を震わせながらも自分の手を引いてくれた、それにどれ程自分が救われたのか知らない彼女に伝えたい、伝えなければならない言葉があった。


――希美に、一度も"ありがとう"って、言ってないんだよ……っ!

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